ネット依存の予防は「知ることこそ護身術」

<ネット依存相談の窓口から>

第6回「インターネット依存症51万8千人」発表の衝撃

~スマホやLINEだけが原因ではない


52万人どころではない。ネット依存予備軍はもっといる!

 

2013年8月1日に、「インターネット依存の中高校生は全国で推計51万8千人に上る」という報道があり、大騒ぎになりました。これは、厚生労働省研究班の大井田研究室(日本大学)の発表によるものですが、2年に1回行っているタバコやアルコールへの依存の調査に、今回初めてインターネットに関する設問を付加したところ、とんでもない数字が出てきてしまったので、マスコミも中高生のネット依存を大きく取り上げ、厚生労働省も反響の大きさにあわてている、という状態です。しかし、どのようなきっかけであれ、社会が、『ネット依存』が子ども達にとっても、身近な存在だということに気付いたのは良かったと思います。

 

今回発表となった約52万人という数字が騒がれていますが、実際はもっと多いのではないか、というのが実感です。今回の調査で「ネット依存」と見なされたのは、下記の設問で5個以上「はい」と答えた人ですが、これは相当な依存症と言うべき状態です。個人的には、依存症予備軍はもっと多く、高校生の半数、中学生でも4分の1くらいはその傾向があるのではないかと思います。また依存に気付かない人や、依存が重度な人は自分から「ネットの使用をやめよう」と思わないことを考えると、重度の依存者がチェックに漏れている可能性も否めません。

 

◆中高生への質問事項

※「はい」か「いいえ」で回答。「はい」が5項目以上ある場合、「病的な使用」と判定

Q1 インターネットに夢中になっていると感じるか
Q2 満足を得るために、ネットを使う時間を長くしていかなければならないと感じるか
Q3 使用時間を減らしたり、やめようとしたりしたが、うまくいかなかったことが度々あったか
Q4 ネットの使用をやめようとした時、落ち込みやイライラなどを感じるか
Q5 意図したよりも、長時間オンラインの状態でいるか
Q6 ネットのため、大切な人間関係、学校、部活のことを危うくしたことがあったか
Q7 熱中しすぎていることを隠すため、家族や先生にうそをついたことがあるか
Q8 嫌な気持ちや不安、落ち込みから逃げるためにネットを使うか

ともあれ、子どものネット依存について、回復や予防といったプログラムに注目が集まりつつあります。また、前にもお話ししたように、ネット依存は、人依存やつながり依存になることです。早速つながり依存の予防プログラムを作ろう、という動きも出てきています。


プロバイダーや、コンピュータ教育を推進する立場の団体も乗り出したことは、「コンピュータやインターネット」と「人」との関わりに一歩踏み込むことになり、議論が期待されます。ただ、企業としては、スマホやPC、タブレットのようなネット依存の原因とも言われるデバイスの活用を推奨する立場なので、その中でどのように対策を打つか、というのは難しい問題です。デバイス自体がいけないのではなく、アプリやゲームなどに、本来の目的とははずれて過度にのめり込んでいることが原因なのですが、自分の意志でコントロールできない人が少なくないことも考えなければなりません。

 

あの報道で、ネット依存ということについて社会的な関心が一気に高まりました。最近、中高生のスマホの所有率の急増(「青少年のインターネット利用環境実態調査」2012年度 内閣府)やLINEの利用者者の2億人突破などが話題になったこともあり、スマホやLINEがその元凶と見られがちですが、原因はそれだけとは限りません。依存の相談の中にスマホやLINE、SNS、というワードが増えてきたことや、その機能がより依存しやすいものであることは確かです。ですが問題の根本となること、子どもが手軽にインターネットに触れ、のめり込んでしまう様々な環境はここ数年でじわじわと広がってきていたのに、社会が無関心でありすぎたのも、非常に深刻な今の状況を生む要因の一つであった思います。子どもの依存も、実は大人の責任によるところが大きいということを、心にとめておかなくてはなりません。

 

生徒に対する依存の講演の依頼を受けることも多くなりました。高校では、以前は「情報モラル」をテーマにして話す中で、依存についても触れることが多かったのですが、最近はネット依存そのものについて話してほしい、という依頼が多くなりました。深夜までゲームやSNSにはまり込んで成績が急落したり、深刻ないじめに遭ったりするなど、学校生活に大きな影響が出ていることに、先生方もようやく危機感を持たれてきたのだと思います。

 

 

現場の先生全員に関心を持っていただきたい

 

今後、学校でのネットの使い方の指導では、生活のリズムや他者との関わり方など、子どもの内面形成に関わる部分にも触れていく必要があると思います。具体的には、就寝時間は何時か、フトンの中までスマホやゲーム機を持ち込んでいないか、ネットを使い始めてから家族や友人との関係に変化が出たことはないか、などについても振り返らせてみましょう。そして、その結果を先生方全体で共有し、いろいろな方向から子ども達を見守っていくような体制ができれば、少なからずネット依存傾向を見つけたり、ネット依存の事態の改善につながるのではないでしょうか。

 

ただ、一方で、生徒が使っているSNSやゲームの仕組みや内容がわかっていない先生方、さらには、関心すら持たれていない先生方が多いことも問題です。


先日、ある県の養護の先生方の研修会で話をしたところ、「アカウント」「ソーシャルメディア」というというネットユーザーにとっては基本的な用語や、「アバターとはどんなものか?」というネット利用に関する質問が出ました。ネットを日常的に利用する子ども達と、ネットをあまり利用しない大人との間に会話の溝もあることが伺えます。子どもたちのアンケートからは、大人に相談しない理由の一つに、「ネットの知識が自分よりないから…」という回答もあります。生徒と同じレベルの知識を持つ必要は必ずしもないのですが、子ども達が直面している状況に関心を持ち、時には生徒にネットについていろいろ聞いてみるというような姿勢も持ちながら指導していただきたいと思います。

 

同じようにゲームやSNSをやっていても、依存症と言われるほどのめり込んでしまうのか、そうでないのかには、心理的な背景や家族との関わりも大きく影響します。生徒一人ひとりの性格や家庭環境などを知っている先生方だからこそ、依存に陥りそうな生徒を救うことができるのだと思います。体調不良や寝不足、精神的に不安定になると保健室に訪れる子供も多いことから、比較的サインが見えるのは養護の先生かと思いますが、養護の先生だけでなく、現場の先生方全員が問題意識を持って、連携しながら依存予防や対策を立てていただくことが大事だと思います。

 


社会のルールや善悪の判断がつく前にネットの世界に触れ、考え方までネット依存

 

これからの日本では、学校で、ネット社会とリアルな社会の折り合いというものを、小さい頃から繰り返して教えることが必要でしょう。欧米の情報教育では、デバイスの使い方だけでなく、発達段階に合わせたネットコミュニケーションのあり方や、その中で思い通りにならない事態に出会ったらどのように対処したらよいかを考える教材があります。


一方、日本の子ども達は、まさに野放しと言うべき状態です。デバイスやアプリの使い方を体系立てて学んでいないので、有意義な活用の仕方がわからず、手軽な機能だけを暇つぶしにいじっている間に、どんどん手放せなくなってしまうのです。

 

さらに、日本は他の国に比べてゲームのプラットフォームを作っている会社が桁外れに多く、またその課金の手口も巧妙です。オンラインゲームに参加すること自体は無料でも、強くなるためのアイテムを1つ手に入れるためには、80時間近くプレイしなければなりません。それがいやなら、お金を払え、ということで時間かお金かどちらかをつぎ込まなければならない仕組みになっています。小学生でも使いこなせるため、社会のルールや善悪の判断がつく前にネットの世界にのめり込んでしまい、そのままリアルなコミュニケーションでもまれる経験のないまま、成長してしまう子が増えていくことが危惧されます。

 

そうなっていくと、ものの考え方まで、「ネット依存」になることも心配です。高校生への取材で、「ネットの情報と、授業で習ったことが食い違っていたらどちらを信じるか」と聞いたことがありますが、「ネットの情報を信用する」と言う子もいました。ネットの情報は、時として不正確だったり一方的だったりすることが多いのですが、ネットを多用する子ほど、そういった情報に引きずられやすい傾向があります。ネットにあふれる情報が正しいかどうか判断したり、その情報を有効に活用したりといったリテラシーも、学校で教える重要なことになるでしょう。


 

◇プロフィール

遠藤 美季(えんどう みき)

 

任意団体エンジェルズアイズを主宰。アニメーションカメラマン、PCインストラクターを経て、保護者・学校関係者に対し子どものネット依存の問題の啓発活動を展開するため、2002年にエンジェルズアイズを立ち上げる。PCインストラクターをしていた頃、生徒やインストラクター仲間のなかに、インターネットをしているときに人格が普段と一変してしまう人を見たのがきっかけ。2005年からはWeb上での普及啓発活動を、2006年からは保護者、子どもからのメールによる相談の受け付け、助言も行っている。ネット依存は予防こそが決め手であるが、当然ながら、相談者にはすでにネット依存に苦しんでいる人たちや家族からのものも多い。
講座内容のひとつ「情報モラル講座」ではトラブルを避け快適なネット利用についてアドバイスも行っている。またアンケートによる意識調査や取材などを通じ、現場の声から未成年のネット利用についての問題点を探り、ネットとの快適な距離・関係の在り方について提案している。
※情報教育アドバイザー