【授業事例32】

当事者意識を持って課題解決学習に取り組むために、過去の作品を活用する

協働的な学びを促進するタブレットPC向けデジタル教材の開発

東京学芸大学附属高等学校 森棟隆一先生


森棟隆一先生
森棟隆一先生

本校は東京都世田谷区にあり、男女共学の普通科高校です。2012年度にスーパー・サイエンス・ハイスクールに指定され、今年度で3年目です。


校内は木の机などを使っていて古めかしいのですが、教室には必ず最新型のiMacが1台入っています。



コンピュータはすべてモバイルカートに入っていて移動でき、様々な教科で使われています。昨年度、iPad miniを48台購入しました。やはりモバイルカートに入っています。すべてMacにしている理由は、強いていえば、家庭でWindowsを使っている生徒が多いので、いろいろなものを使えたほうがよいだろうということです。

課題解決でいちばん重要なのは、「それが問題である」と認識すること

情報の授業は1年次に2単位、「社会と情報」を行っています。附属中学から上がってくる生徒が約3/4いることもあり、多くの生徒がコンピュータの使い方は知っています。ですから、高校の情報は、それを活用してどうやって社会で生きていくか、あるいは、自分が表現したいことをどのようにコンピュータを使って実現するかなどを目標にしています。

カリキュラムは以下のとおりです。今回は、3学期に行う「学校CM制作」を中心にお話しします。

本校の授業では多くの場合、グループ活動によるアクティブラーニングやPBLを取り入れています。そういった中で、課題解決のプロセスにPDCAサイクルがありますが、一般的にいわれるPDCAサイクルには、いちばん大切なものが欠けていると僕は思っています。それは、Planする前に自分たちがそれが問題だと認識すること。課題解決の場面は、子どもたちにとって日常いたるところにあるわけですが、それを子どもたちが問題であると思うか・思わないか、あるいは、それを自分がやるべきなのか・やらなくてもよいのか。そういった問題意識や課題意識の植え付けが大事であると思っています。それがあったうえで初めて、では問題をどうやって解決していこうかというPlanを立て、それを実施(Do)し、そして最終的にCheck、Actionという形で再構築していくわけです。


そして、再構築する部分でもうひとつ大事なのが評価です。授業者の評価も大事なことだと思いますが、成果を社会に発信して、社会から子どもたちが評価を受ける。そういった活動が非常に大事だと考えています。


今回の教材開発のゴールも、社会的な評価をきちんと受けられるように教育をしていくことだと考えています。


学校CMの制作では、先生ではなくプロの目から見て作品を評価

さて、情報の授業のまとめとして実践している学校CM制作の授業は、このサイクルが非常にうまくまわっています。


1年の最後に発表会を行いますが、私自身は一切、作品への評価は行いません。それまでのプロジェクト会議でしっかり報告書は書けているか、どのように進捗しているかといったことのみを評価し、作品については生徒同士の評価と、プロの方のコメント・評価が行われるのみです。

作品は全部でおよそ100本になりますが、その中で、全体の場でプロの方からコメントをいただけるのは1/5くらいです。子どもたちは、自分たちの作ったものはぜひ皆の前でとりあげてもらいたいと思っていますから、取り上げてもらえると喜びます。しかし、逆に厳しく言われて落ち込むこともあります。


学校の授業の枠組みの中で「はい、できてよかったね」で終わるのではなく、プロの方から、社会にこのCMを流したときにどのような意味を持つか。どのような点が優れていて、どういう点が問題なのかといった観点で評価していただけるので、生徒たちの成長の場になると考えています。
CMは実際に学校説明会で使われ、それを観た受験生が、自分たちもこういう作品を作ってみたいと思います。現在はそのような良質なサイクルもできあがっています。


「出口」を用意するだけでなく、問題意識をいかに持たせるか

他の活動についても、情報通信技術を活用して生徒同士が教え学び合い、充実した言語活動を基盤にして、協働的な活動ができるようにしたいと考えています。今回ご紹介するのは、2学期に行う「情報社会の光と影」という活動です。『情報社会に参画する態度』を育成するために、情報社会における問題点やエチケットなど教科書を読むだけでは、生徒の心に響きにくい題材についてグループで調べ、プレゼンすることでその結果を共有しようという学習です。テーマはそれぞれコミュニケーションだったり、LINEだったりといったことについて、生徒が自分たちで決め、実験したりインタビューしたりしてまとめていきます。


この活動の「出口」は実は簡単です。できたものに対して評価を受ける場面はたくさんあります。まず、授業の中で相互評価をする。クラスの中で選ばれたものが学年全体で発表する。学年全体でみんなから評価を受けたものは、学校外で発表もする。それらを積極的に行っています。


例えば、学校外での発表については、「プレゼンピック」や「PC Conference」といったイベントにも参加していますが、人に見られることで作品のクオリティは非常に上がります。

このように出口は用意できます。一方で、どうすれば生徒たちに「情報社会の光と影」に対する問題意識を持つきっかけを作れるのだろうかと、ずっと悩んでいます。毎年何とか改善したいとは思っているのですが、なかなか思うようにいきませんでした。


当事者意識を育むために、過去の作品を有効活用する工夫を重ねる

私が抱えるジレンマは、例えば、今年の生徒に対して、過去の生徒の作品をどうやって使うかということです。見せすぎると結局私の思いになってしまって、そこには子どもたちの学びがない、課題意識が芽生えないといった問題があります。逆に見せないと、なかなか課題意識を見つけられません。毎年一からスタートして十まで上げて、また次の年に一まで戻るというのをずっと繰り返しています。

それを何とかしたいと考えていて、先ほど示した問題解決のサイクルにうまく乗れるようになにかできないかと思い、今回新たな教材と展開を研究しました。

どのように過去作品の提示をするか。今までは生徒がテーマを挙げて、私にそれを言ってきたときに、「こんなのもあるよ、あんな作品もあるよ」と提示していました。しかし、それをすると生徒の意識がおのずと凝り固まってしまいます。そうではなく、課題意識を可視化できるものが必要でした。


新しい教材では、過去のプレゼンテーションにそれぞれキーワードを付与しています。そのキーワードの類似性から、過去のプレゼンのスライドと音声にアクセスできるようになっています。今回はとりあえずキーワードの個数だけで配置しました、個数がマッチングしたものは近い位置、そうでないものは遠い位置に配置するような、タブレットでも見られるものを考えています。

類似度を可視化するとは、例えばこのスライドで真ん中の「コミュニケーションの不成立」を選んだ生徒に対し、「近いものも探してみよう」と提案できます。ほかをクリックすると過去のプレゼンを見ることができます。

当事者意識を育むために、過去の作品を参考にしてもらうのが狙いです。また、例えば、動画の中で「ウィキペディアを参照して」と出てきたら、それを見た生徒が「ウィキペディアって実際どうなの? 信憑性は?」と考えるような広がりも期待できます。
この活動はまだ実証はしていませんが、タブレットで試してみたいと思っています。これまでとは違った結果が出るのではないかと期待しています。

課題解決型学習について入口と出口をどのようにデザインするかについて、これまでは主に出口を意識していました。けれども今回は、入口をどうするか、どうやって入れてあげたら、生徒たちが自分たちなりの課題意識を持つことができるかを意識しました。この視点で今後も研究を続けていきたいと思っています。

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