東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会

公開授業 情報

アーカイブの活用が拓く新しい課題解決学習の形~単なる調べ学習を超えたプレゼンをつくる

東京学芸大学附属高等学校 情報科 森棟隆一先生


[科目]社会と情報
[単元]情報社会の光と影
1年生(42名)

情報社会に参画するための当事者意識の獲得をめざす(公開授業資料より)

森棟隆一先生
森棟隆一先生

情報機器の発達が進み、情報の活用が社会生活に必要不可欠になった現代、高校生にとってこれらを活用して創造していく場面がますます増加しています。社会の要請としても、情報活用の実践力や情報に関する倫理的態度や安全や規範意識を持ち合わせた人材の育成が求められています。


学習指導要領にも、「情報を適切に活用する上で必要とされる倫理的態度、安全に配慮する態度等については、情報モラル、知的財産の保護、情報安全等に対する実践的な態度を育む指導を重視する」とあります。

これまでも、情報技術やメディアを活用した創作活動を行う中で、メディアの意味や特性を踏まえ、「判断力」「思考力」「表現力」を育成してきました。本単元では情報発信者としての個人の責任・モラルについても考察し、情報社会での生き方について、実感を伴った理解および行動をさせることを目標とします。


「情報社会の光と影」は、全12回(各回50分×2)のシリーズで行われます。前回の授業で、情報社会に関するキーワード8~10個についてグループで調査して情報を共有し、自分達を取り巻く情報社会に対する理解を深めさせました。


この回の授業では、過去の授業で行った先輩達のプレゼンテーションのアーカイブ(動画)を見せて、情報社会での問題・課題を発見し、その解決のためにどのような方法を提案していくべきかを考えさせ、情報社会に参画していくための当事者意識の獲得を目指します。また、アーカイブの過去の作品の中から、自分達が取り上げようとするテーマに近い作品を、「誰に・何を伝えようとしているのか」という観点で見て、どうすれば自分達の意見や主張、アイデアがきちんと・かつ魅力的に伝えられるかを考えさせます。


[授業レポート]
単なる調べ学習でなく、情報社会の課題として解決するためのテーマを選ぶ

初めに前回の授業で行ったキーワードの復習を行った後、今回制作するプレゼンテーションの概要と、授業の流れ・目指す到達点が生徒達に提示されました。


自分達にとっても無関係ではない情報社会における課題を発見し、その解決のためには何をしたらよいか、という提案を行うために、今回の授業ではグループでそのテーマ設定を行います。


今回のプレゼンでは、ただ知識を詰め込んで披瀝するのでなく、自分達の言葉で、聞いている人を魅了するようなプレゼンを考える、という条件も課せられます。そのために、この日は「誰のためのプレゼンか」「どのようなテーマにするか」「『何を』伝えるプレゼンか」を中心にグループで話し合います。


今回のプレゼンでは、情報社会の光と影(情報技術によって受ける恩恵と問題点)について考えます。そして、聞いている人には、「決して他人事ではないこと」を理解させと納得させるように伝えなければなりません。そのためには、単なる調べ学習ではなく、情報社会における課題を発見・設定し、それを解決するようなテーマ設定にすること、グループ間で重ならないように選択することが指示されました。


「プレゼンの成功とは何か」を考える

プレゼンで重要なことは、話し手が思っていることを伝えきることではなく、聞き手が納得し、理解できることです。話し手が意図したとおりに情報を伝達するためには、聞き手の立場を意識することが必要であることを学びます。


成功するプレゼンとは何かということについて、生徒達に問いかけながらスライドで説明していきます。

発表の場面であれば、話し手の言いたいことが聞き手に伝わること。営業マンであれば、お客さんが買ってくれること。授業なら、愛の告白なら…と、様々な場面をプレゼンととらえて、聞き手に話し手の情報が伝わり、意図したとおりに動かすためには、聞き手がどのような興味・関心を抱いているか、課題意識をどのように持たせることができるかが必要であることを理解させます。

そして、聞き手(ターゲット)を意図した通りに動かす手順=AIDMAの法則を説明した後、生徒にはスライドのポイント部分が抜けているワークシートに、まとめとして記入させます。


「誰に・何を伝えようとしているのか」の観点で過去の作品を見て、魅力的なプレゼンを考える


プレゼンのテーマを考えます。情報伝達に必要なのは5W1Hと言われますが、プレゼンで重要なのは「誰に・何を・なぜ」伝えるかをまず考えることを示します。訴求対象を把握し、何を伝えるのかを理解した上で、発表の方法を考えることで、効果的なプレゼンテーションになる、ということを理解させました。


ここからが、過去のプレゼンテーション作品を使った学習になります。作品にはキーワードを付与した形でアーカイブに保存してあります。キーワードを1つ選ぶと、それに関連した作品が並ぶので、そこから見たい作品を選ぶことができます。


 

各グループで、タブレット1台と自分達のスマホ1台を使って、2人1組で作品を選んで見させます。先輩達の作品を見る際にはイヤホンを使い、集中して取り組んでいました。


そして、2本以上作品を見て、
・Q1 誰に伝えようとしているのか(ターゲットの分析)
・Q2 何を伝えようとしているのか(課題設定)
をワークシートに記入していきます。作品は全てアップしてあるので、必ずしも優れた作品だけとは限りません。しかし、うまくできていない作品は、どこがよくなかったのかということを考えることもできる、と指示が与えられました。

 

過去の作品を見た後で、自分達の課題意識は何か、解決すべき問題点は何にするかをグループで議論し、テーマを絞り込みます。その間先生は机間巡視を行い、質問を受けたり過去の作品の工夫や問題点を紹介したりしました。議論はメモに残して、最後にグループごとに話し合ったことを発表しました。

 

生徒から出た意見には、
・劇があると、わかりやすく簡潔に表現することができるし、おもしろい。
・自分達で実験をしたものが多く、伝えたいことがわかりやすいのでやってみたい。


出てきたテーマとしては、
・Twitterを止めてみるとか、逆にまだやったことがない人が始めてみるとかいうことを考えている。
・コミュニケーションの方法を整理して、会話で伝わること・伝わらないことを実験で確かめてみる。
・24時間テレビの前にいたらどうなるか。引きこもりとはどんな状態か調べてみる。
などがありました。先輩達の作品を見たことで、よりわかりやすく伝えるとはどのようなことかを、自分達なりの視点で考えられたことがうかがわれました。

先生からは、過去の作品でデジタルデバイドを調べたチームの紹介がありました。SNSやメディアに対する男女差を調べていくうちに、男女の恋愛に対する考え方にまで発展させたというものでした。高校生にとって身近な話題というと、コンピュータ依存に関する問題ばかりになりがちで、同じような発表になってしまうので、自分達なりに柔軟に発展させてみよう、というお話で、早速新たなアイデアを話し合うグループも見られました。


[授業見学を終えて]
過去の生徒の作品のアーカイブ化が、新たな学びの形を作る

情報社会の課題を取り上げ、解決策を考えてプレゼンするという大きな学習目標の中に、「相手が納得し理解するプレゼンはどのように作ったらよいか」というプレゼン制作の技法と、過去の作品をクリティカルに見ることで自分達の作品制作に活かすという、思考の方法のトレーニングが重層的に組み込まれた授業でした。森棟先生は、第7回の全国高等学校情報教育研究会で、当事者意識を持って課題解決学習に取り組む姿勢を育てるために、過去の作品を活用するための工夫について発表しておられ、今回の授業はその実践となりました。様々な作品を、「ターゲットの設定は明確か」「課題がきちんと伝わっているか」という視点を決めて見ることで、先生が選んだ「良い作品」だけを見る以上に多くの気づきがあることが見て取れました。

デジタル作品は保存や再生が容易なので、過去の作品をうまく活用すれば、生徒はより多くのことを学ぶことができます。そのためには、ただ見せるだけでなく「仕掛け」やタイミングの工夫が重要であることを、改めて感じました。


森棟先生授業案.pdf
PDFファイル 2.9 MB

東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会
「次世代学習環境を実現するICTの活用~タブレットPC、電子黒板、クラウドでの共有~」
(10月1日東京学芸大学附属高等学校)での公開授業より

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東京学芸大学附属高等学校 森棟隆一先生

(全国高等学校情報教育研究会全国大会 第7回埼玉大会より)