2013ジョーシンパネルディスカッション

「情報教育の重要性と情報入試」


[司会] 中野由章先生(神戸市立科学技術高等学校)

[指定討論者] 谷川佳隆先生(千葉県立船橋芝山高校)

[パネリスト] 辰己丈夫先生(早稲田大学情報教育研究所)

       井上勝先生(八千代松陰高等学校)

       植原啓介先生(慶応義塾大学環境情報学部)

       萩谷昌己先生(東京大学大学院情報理工学研究科)

       奥村晴彦先生(三重大学教育学部情報教育課程)

 

2. 情報入試模試の具体的な検討と、情報入試の今後について

司会)

まず、情報入試の模擬試験の問題作成に当たられた植原先生。会場から質問が寄せられていますので、それに答える形でお願いします。

 

植原 啓介先生
植原 啓介先生

植原先生)

まずなぜ情報入試をやらなければならないのか、その背景からお話ししたいと思います。

 

これからの少なくとも10年間、ビッグデータの時代にデータ・サイエンティストは最もセクシーな職業といわれます。先ほどから教科「情報」が役に立つ・立たないの議論が続いていますが、今後の状況を考えると、やっぱり役に立つことを教えているんですね。10年前には、小さな数のデータを使ってどういうふうに社会を表すかが重要だったのですが、今後は情報は間違いなく膨大なものになり、それを扱うための技術とかスキルが必要になってきます。そういう観点からも、経営スキルと統計解析と情報を扱うデータ・サイエンティストを育てていかなければならない。そこに情報入試の必要性も存在すると考えます。

 

今回の模試の個々の質問についてお答えしていきます。まず、第2問のプログラミングの問題で、穴埋め方式でなく文の短冊並べ替えし方式をとった理由を先ほど報告しました。この第2問の点数が低かったのは、受験者がこの方式に慣れてなかったからでないかというご質問がありました。まさにそうだろうと私も思います。ただしこれは模試ですので、こういうやり方に慣れてもらって、来るべき情報入試に備えていただくという認識をもっていただけたらと思います。

 

模試の結果を他の入試結果や検定との相関をとったほうがいいのでは、というご指摘もありました。ぜひとっていきたいと思っています。

 

情報入試をするデメリットを教えてくださいという質問もありました。これを、情報入試をすると決めた大学に所属する当事者の私に聞きますか?!(笑)。でも逆に言うと、入試をやろうと決めたときには、当然メリット・デメリットが検討されました。そのときまず問題になったのは、情報入試できちんと大学へ入学させるための資質が問えるのか、ということがありました。最終的に、どのような人材でも、これから入学してくる大学生は教科「情報」で教えているような内容を知っていないと困る。だから情報入試をやろうと決めた次第です。

 

では情報入試をやるデメリットは何か? 正直言って、高校で教えていることと我々大学関係者が求めていることの間の差異は、今、けっこう大きいです。なので、その穴埋めがちゃんとできるのか常に気になっています。

 

今回の模試の結果について、いつから情報学会のwebページで公開されますか、という質問がありました。このパネルディスカッションのすぐ後、10月28日から公開します。公開したものについては、複製して何かの研究に利用するとか、ご自由に利用して いただいて結構です。

 

来年早々開催予定の第2回模試についても質問をいただいています。来年の模試の試験時間は45分×2回ですが、それぞれ「共通」「社会と情報」「情報の科学」の3つとも出題されます。

 

団体受験の質問もありました。情報入試をやろうと決めた当初から、受験してくれる生徒の数を確保できるのかという不安はありましたし、実際今回の模試の受験者数は80人でした。回数を重ねるうちにだんだん認知され、受験者数も増えてくるだろうと思っていますが、さらに加速させるためには団体受験に力を入れることが有効と考えます。今回の模試で、うちの大学(注:SFC)の新入生にも受験させるという話もありましたが、今年は残念ながら私自身授業を持っていなかったので、受験させることはできませんでした。しかし来年はできるだけ多くの学生に受けさせてみたいと思っています。

 

今回の模試は、テスト問題と模範解答と採点基準はすでに公表されていますが、解説はまだ出ていません。解説に関しては出してほしいという要望もあり、鋭意準備中です。少なくとも来年3月くらいには出せるんじゃないかと思っております。

 

司会)

植原先生、ありがとうございました。高校の先生代表ということで、井上先生いかがですか。

  

井上 勝先生
井上 勝先生

井上先生)

今、手元に模試で出題された問題についての高校先生方の質問が集まっています。まずセキュリティや情報システムの問題は必須と思うがいかがでしょう、という質問。また、日常生活で身近に接するものであるのに、POSとかGPSはなぜ出題されなかったのか、という質問などがあがっています。問題を作成された先生方、お答えください。

  

辰己先生)

情報システムっぽい話とかPOS、GPS、あとチケット販売システムなどは、いずれはどこかで出さないといけないと思っています。

 

司会)

高校の先生の立場から、こんな出題はどうかということはありませんか。

 

井上先生)

これは個人的な意見ですが、教科「情報」の教科書に載っていないことが模試に出たとしても、それも新たな情報だと。生徒が自分なりに、周辺の文脈から察して理解して解くことも必要でないかと思います。

 

植原先生)

大学の立場からすると、本当のところ教科は何であってもよく、要は「地頭」の良さというか、18年間の人生で何を身につけてきたかを見たいわけです。そういう意味で、これくらいは知っているよねということを前提に問題を作っています。

 

司会)

高校の先生、いかがですか。なぜこれだけ高校の先生に呼びかけるかというと、こういった問題はほとんど大学の先生か研究者の間だけで議論します。でも、今回の情報入試は、高校の先生の意見を反映し、具体的にこうしてほしい、こうあるべきだとアピールできる機会だと思ったんです。ぜひ目の前に生徒の顔を思い浮かべてご意見をいただきたいと思います。

 

高校教員)

植原先生の地頭の良さを問うというのは、私は非常に納得しています。ただ今の高校生は、ぱっと入った情報をその場で使いこなすことが訓練としてできていません。なので、入試の中でそれを問うと言われるとちょっと困ると思います。

 

 

◆情報入試のデメリットも考える

 

高校教員)

黙ってそっと帰ろうかと思っていたんですが、私は個人的に情報の大学入試に反対です。サラッと言っちゃいましたが(笑)。私の中ではジェネリックスキルを身につけるというのは、ほかの能力に比べたら断然上で、テストでそれを測れるのかという思いが強いです。情報入試をしたら、そういう授業の自由度が減ってしまうと思うのですが。

 

司会)

やっと出ました、情報入試反対意見。誰が言ってくださるだろうかと思っていましたが(笑)。

 

高校教員)

私は高校で情報を教えるのは今年が初めてです。最近、独創的な情報の授業をする学校を見学したんですが、すごくいい取り組みであると思う反面、入試となると教科書中心に教えていったほうがいいのか、悩みます。

 

辰己先生)

寄せられた質問の中に、情報の教師はこれから何を研修していけばいいのか、というのがあります。世の中はどんどん変わっていくので、そこに対応する教師が変わらなければ、時代に置いていかれると思います。たとえば、22歳で教員になれたとして、60歳定年までにものすごく変わる。

 

だって3年前mixiが全盛でしたが、今どきmixiをやる人なんていません。教師は、変わり方がどういうものか考え、子どもから学ぶ必要があります。「2ちゃんねるに書き込みをする子どもがわからない」じゃなくて、極端にいうとウソのアカウントを使ったなりすましでもいいから、そこに入っていって、子どもたちが何に苦しんでいるのか、体験することがすごく大事と思います。2ちゃんねるは怖いから乱用はやめようとか言っている教員は、そろそろまずいんじゃないか。そういう意味で3年前と同じことを言っているような自分ではだめだと思うような人を育てたいですね。

 

たとえば今ぼくは情報の授業で、昨日何があったかという話題を話しながら、疑問があればその場で検索しながら進めるというやり方をしています。学生に感想を聞くと「ものすごく新鮮」と言います。教室で教えることが正しいか正しくないというのではなくて、何かわからないときには最新のものを調べる姿勢を持つこと。教師が学習することを恥ずかしいと思っている先生がいますが、常に学ぶことで自己改革・自己更新をしていくことが必要と思います。

 

このほか、質問の中に「プログラミングについて初等教育に要望したいことは何ですか?」というものがありました。これについては、やっぱり情報って怖いものじゃない、コンピュータって動いているんだねという良い体験をしておいてほしいと思います。良い体験とはつまり、たとえばプログラミングが苦手な子なら、自分に向いていないという自分の素養をちゃんと見極められ、ちゃんとあきらめることができるような体験ですね。考えてみたら、音楽教育をしてもそれでみんなミュージシャンになれるわけじゃないでしょう。むしろちゃんとミュージシャンになることをあきらめることができる良い経験ができることが、音楽教育の意義といえます。情報もまったく同じです。

 

あともう一つ。さっき情報入試の反対意見が出て、ぼくも非常に納得したところがあります。私自身は数学の出身ですが、数学の入試問題でも暗記すれば解けるとか、悪い面もいっぱい見てきました。それくらいだったら、入試なんかやめればいいという議論です。情報入試が同じ轍を踏まないためにどうすればいいのか、考える必要があります。

 

それでもぼくがあえて入試をやったほうがいいと思うのは、やはり情報教育全体の地位向上です。情報の教員はちゃんとした教師であって、校長室のパソコンの設定をするために雇われているわけじゃない(笑)。そういうことも含めて、情報教育をきちっとしたものとして確立するために、入試をやった方がいいのではないか。ぼくの立場はそういう考えであって、情報入試をやらなきゃイヤだとごねているわけではない。そこを強調しておきます。

 

植原先生)

入試という観点で言うと、学部全体としてほしいと思う学生に来てもらうために入試をするのです。決して情報がよくできる学生がほしいわけでなく、入学後、われわれの手で育てるのに適合している学生がほしいんです。そういう学生を入れるために一番適切な入試とは何なのか? ということを考えた結果、それなら情報入試をやってみようと決めたわけです。

 

大学教員)

植原先生が言われた「地頭の良い学生がほしい」というコメントに一言。大学の教員はみんな、知識だけで対応する学生よりも、地頭が良い学生がほしいのに決まっています。特に情報系は、明日、あるいは1年後に何が襲ってくるかわからない学問ですから、地頭が良くないとついていけないんです。地頭が良いというのは、そういうふうに理解していただきたいですね。

 

 

◆情報入試のメリットや特典は? 制度設計も必要

 

司会)

情報入試を実施した場合、付随して発生する特典やメリットについて大学側はどう考えているのか、萩谷先生いかがですか。

 

萩谷先生)

そうですね。「多くの大学では、情報処理技術者試験や情報系の検定試験に合格すると、入試免除などの特典がありますが、情報入試の場合はどうでしょう」といった質問が寄せられています。東大ではぜんぜん関係がないようなので、この質問には私は答えられません。他の大学の方でご意見はありませんか。

 

私立大学教員)

うちの大学では、AO入試では加点対象にします。それから、試験の内容について注文があります。今回の模試はどちらかというと知識問題が多かったですが、ディスカッション能力を問うような情報入試もやってほしいと思います。それに相当するものとしては、わが校のAO入試があります。AO入試では実際にディスカッションをさせています。情報入試も、知識とディスカッションの両方があればもっと良くなると思います。

 

私立大学教員)

うちの大学でもAO入試の際に、情報模試を受けた特典というものがあれば、それは評価します。それから最初のほうで、センター試験が廃止された場合の達成度テストに情報入試が入っていくのでないかという話が出ましたが、情報入試はそういう形で実現を目指しているのですか。それとも各大学が独自路線を敷いていくという形なのか。今の段階でそれは決まっていますか。

 

植原先生)

その問題は今、検討中です。

 

私立大学教員)

でも教科「情報」が達成度テストに入れば、情報入試にも道が開けるのでは…?

 

植原先生)

そこにどうアプローチすべきかを含めて、検討中です。急いてはことを仕損じる。しかしまたトロトロしていると出遅れる。慎重かつ迅速にということですね。

 

司会)

時間がなくなりました。まだ発言を希望される方はおられますか。

 

高校教員)

ジョーシン自体の今後の予定はありますか。

 

情報処理学会会員)

ジョーシンは「高校教科情報シンポジウム」の略です。高校の教科「情報」にかかわることについてはなんでも議論を重ねていきたいと思っています。ジョーシンという形になるかわかりませんが、今後東京以外でもシンポジウムかフォーラムのようなものも企画中です。

 

司会)

最後にパネリストの方々に一言ずつ。奥村先生から順にどうぞ。

 

奥村先生)

ぼくは14年間、高校で数学を教えていた時期があります。そのとき必ず生徒に、数学ってなんでやるの? と聞かれました。数学っていうのは楽しんで学ぶということを生徒に伝えればいいと思っています。情報も同じであると思います。

 

萩谷先生)

今日は情報入試が中心的なテーマでしたが、達成度テストの話もあり、いろいろな議論ができて有意義でした。私自身は、最近何が何でも情報入試という感じではなくなっています。というのもここ最近大学の方でも動きが激しく、そういう中で入試の役割も変わっていきます。今後どうなっていくか、注目しているところです。

 

井上先生)

高校教員の立場としても、大学の先生と直接お話できる貴重な機会でした。今日の会場はほぼ満席。ジョーシンを大切にしていかなければと思っています。

 

辰己先生)

まず入試ありきではなく、学びを楽しくして、その結果が入試につながるのが一番いいと思います。情報入試研究会の活動に加わりたいという意見をよく聞きます。うまい形で参加できることができたらと、検討を進めています。決まったらアナウンスします。

 

谷川先生)

今日はたいへん有意義な話ができたと思っています。私はもともと数学出身で、10数年前情報の講習を受けて免許を取りました。情報の教科担当になっていなければ、入試がどうだというこうした話に加わることはできなかったと思います。生徒の様子を見ていると、生徒は、情報はすごく大切だとわかっています。それに対して、むしろ大人のほうが必死で抵抗している感じがします(笑)。