事例277

学習活動を中心に据えた授業展開について~記憶に残る学習活動を繰り返し展開する~

世田谷学園中学校・高等学校 神藤健朗先生

本日は、1年間の授業カリキュラムをどう考えているか、ということについてお話しします。一つひとつの授業内容に関しては、なるべく生徒たちの記憶に残るような活動を取り入れて授業設計を行っています。

 

特に本校は、ほぼ全ての生徒が大学進学、とりわけ国公立大志望者が非常に多い学校ですので、やはり大学入学共通テスト(以下、共通テスト)に「情報Ⅰ」が入ってくるというのは非常に大きい問題です。そういった状況の中でどう授業を作っていくか、今、非常に悩みどころです。

 

私自身は、私学で18年ほど教員をやっていますが、これまで主に大学進学する生徒たちが多い学校に勤務しています。教員になる前は、民間企業勤務やデータベースのエンジニア、またそれを社会人向けに教えるという仕事もしていました。

 

情報科の教員免許は通信制大学で取得しています。もともとは数学教育を学んでいて、そこから情報系に流れて、というような感じで、ちょっと特殊なキャリアを持っています。情報科の先生は比較的そういった特殊なキャリアを持っている方が多いので、珍しくはあまりないかもしれません。

 

「情報Ⅰ」の目標を意識した授業作りを

 

授業を設計するにあたって、この4つの要素を意識しながら作っています。

 

 

とりわけ、1つ目の要素としては、情報教育の目標である、小学校から高等学校まで12年間を通した3つの観点があります。

 

 

「情報Ⅰ」では「情報の科学的な理解」が非常に注目されていますが、「情報Ⅰ」の目標を冷静に見てみると、その科学的な理解を裏付けにして、実社会にどう参画していくのか。また、その技術をどう問題解決、課題解決に生かしていくのか、というところが大きな目標・目的になっています。

 

そのため、やはりそこはぶれてはいけないと思っています。技術的な話だけに特化するのではなくて、そういった幅広い面を意識しながら授業を作っていかなければいけないと感じています。

 

 

「情報」と他教科をつなげることにより、学ぶ意味を伝える

 

今回の学習指導要領の改訂を見ると、教科連携がとても意識されたカリキュラムになっています。

 

数学Ⅰでは「データの分析」が多くの時間を割くようになっていますが、当然のことながら、「情報Ⅰ」でも「データの分析」を扱います。ただ、数学は、その数値がどういう理由で出てきているのか、という数学的理解を目的としています。逆に「情報」では、その分析をどう言語化していくのか、考えていくのかというところが非常に大切だと思っています。

 

また、数学Bで、「ユークリッドの互除法」といったキーワードも出てきていますが、こういった考え方が、実際にプログラムを組んでアルゴリズムにすると、どれだけの効果を発揮するのかというのは、生徒たちにしっかりと伝えなければいけないことだと思いますし、プログラミングを扱う上でも非常に重要だと感じています。

 

また、プログラミングに関連して言えば、例えば、物理は現象を数式にして扱っていますけれども、「情報」では、それをどう視覚化して生徒たちに理解を深めさせるか、というところもフォローできると思います。

 

先日授業で「音のデジタル化」の話をしたときに、ちょうど黒板に物理の音の波の図が描いてあり、人の可聴域に関する内容が書かれていました。「情報」で音声データをなぜデジタル化するのか、デジタル化するときにどういうところに注意しなければいけないかということを考えるときに、この物理の可聴域の話も関連付いてきます。授業の中で、他の教科の話をうまくつなげながら進めることによって、「情報」の意味に加えて、物理や数学を学ぶ意味というのも伝わるのかなと考えています。

 

また、社会科関係でいくと、GIS(地理情報システム)も、「データの分析」で地図上に分析した結果をプロットすることによって、視覚的にも、デザイン的にも、非常に伝わりやすくなることを体験することができます。

 

こういった一連の取り組みが、結局のところは「総合的な探究の時間」の基礎・基本につながっていきますので、「情報」を1年次に設置をして学習していくことは、非常に重要だと考えます。

 

 

共通テストへの対応

 

ただ一方で、共通テストについて考えてみると、1年次に学んでも、最終的にそれをアウトプットするのが2年後です。

 

共通テストへの対応として、今まではパソコン教室でやっていたけれども、座学で一方的に教える形にするかというと、そうではないと思います。

 

やはり共通テストの目的や、出題の方針を見てみると、基礎・基本だけではなくて、それを基にした思考力・判断力・表現力が求められています。そういったところに重きを置いた授業の組み立て方を行わないと、結局のところ、また2年後にやり直さなければいけないことになってしまうでしょう。

 

こういったところを意識しながら、どのように授業を組み立てようか、この1年間悩み続けてきました。また、生徒たちの様子を見ていると、1年とは限らず、半年後も忘れていることはいっぱいあります。ですから、生徒が忘れることを前提に、授業を組み立てたほうがよいのかなと考えて、コンセプトとしては、生徒たちの記憶に残るような、興味・関心が非常に高く、面白いと思って取り組んでもらえるような内容を、繰り返し取り組んでいくことに特化した授業設計をしています。

 

『キミのミライ発見』でも、私の授業実践をいろいろと公開しています。私も授業を組み立ているときに、こちらのページをよく参考にしていますので、見ていただくとよいかなと思います(※1)。

 

※1 「キミのミライ発見」授業事例のバックナンバーはこちらから

 

 

身近な内容の学習活動から入り、教科書を使って情報整理を行う

 

例えば、本校では、学校のルールとして、高校1年生になったらSNSを個人で使用してよい、としています。

 

しかし、いきなり使い始めて、いろいろなことに巻き込まれてしまうと、一生を台無しにしてしまうリスクがあります。そういったリスクを防ぐためにも、授業は基本的に演習をベースに組み立てています。

 

1時間目に、SNSの炎上拡散事件はどういうものがあるのか、現実的に起きた事件を調査して、その事件に関する複数の記事にあたり、そこから何を読み取ることができるのかをまとめます。そして、次の時間に、一つの炎上拡散事件について、時系列に沿って丁寧に分析を行うことにより、実際に炎上した人だけではなくて、それに加担した人たちも事件に巻き込まれることになることに気付いてもらいます。さらに、そういった事件に巻き込まれる、あるいは、こういうことを起こしてしまう人たちは、どういう罪に問われるのかまで調べてもらう流れを取ります。

 

そうすることによって、結果的に教科書の内容を広く浅く網羅することができます。この学習活動を通して、一通り、情報化社会の話を把握することによって、教科書に記述されている一つひとつの要素が、きれいにつながっていきますし、実は教科書はその内容が丁寧に整理されていることにも気付きます。

 

最後に、まとめの時間を1時間取っています。ここで教科書と照らし合わせて説明することにより、教科書の結構な分量も一気にこなすことができます。また、副教材として使っている教科書の付属の問題集の問題を解いてもらいながら、知識を整理させています。こういった流れを1セットとして、授業をそれぞれ組み立ています。

 

 

「データの分析」に関しても、「モデル化とシミュレーション」「プログラミング」の内容とも組み合わせて行っています。

 

こちら(※2)に、4時間目、5時間目の授業内容を紹介しています。

 

※2 事例262 都道府県ランキングを使って相関関係を考える

 

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プログラミングも身近な内容から。まずはプログラムに慣れ親しむ

 

プログラミングの関しては、実はいくつかに分けて実施しています。

 

具体的には、1学期はアルゴリズムだけ、2学期は実際のプログラミングでも教科書的なアルゴリズムではなくて、身近なものを扱います。3学期に入って、もう一回復習をして、今度はアルゴリズム的なものを学びます。身近なところから入り、プログラムに慣れ親しんだところで、最終的に教科書的な内容に取り組む、という構成です。

 

アルゴリズムの入り口としては、手順を箇条書きで記述することができるレベルになることが一つの目的です。スライドにあるように、カップラーメンを作る手順を過不足なく書く、という身近な例から入って、トランプのカードを並べ替える手順があるのかを考えてみます。

 

並べ替えのアルゴリズムは、トランプで考えるだけでも手順がややこしいので、それを記述するのでも苦労しますし、それを人に伝えるのはさらに難易度が高いので、そういったことを体験してもらうことによってイメージもでき、印象にも残ります。

 

また、『ピタゴラスイッチ』のコーナー(※3)に、さまざまなアルゴリズムの例があります。例えば「ソート」など、いろいろな例の映像を見てもらいながら、「みんなの考えたアイデアに近いものがあるよね、こういうふうに整理して伝えると伝わりやすいよね」と伝えています。

 

※3 NHK for School セレクション 「やさいがいっぱい」より

 

 

それを踏まえた上で、ガチャのプログラミングを作ってもらいます。また、2022年11月に大学入試センターから公表された共通テストの「試作問題」の第3問「効率の良い硬貨の使い方」を例に使って、「こういう使い方ができるよね」とか、あとは、「おみくじを自分たちで実際に作ってみようね」という感じで、身近な題材も1セットで行っています。

 

普通、プログラミングというと、「変数はこういうもの」「条件分岐はこういうもの」「繰り返しはこういうもの」と1時間ごとに分けて説明するのが一般的だと思います。ですが、ここで紹介しているプログラムは、構造が基本的に一緒なので、同じことを毎回繰り返しながら、少しずつ段階的に理解してもらうコンセプトで組み立てています。

 

詳しくは、こちら(※4)をご覧ください。

 

※4 事例249 身近な題材を例に繰り返し学ぶ プログラミング

 

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また、本校は1人1台端末としてiPadを使用しています。もちろん、パソコン教室はありますが、移動する時間がもったいないので、できる限り教室でできることであれば教室で行い、キーボードやパソコンがないと対応できない場合は、移動して授業を行うことにして、完全にすみ分けをしています。

 

というのも、本校は中高6学年で各6クラスありますが、コンピュータ教室が1教室しかありません。中学の技術の授業もあるので、常にパソコン教室を使うことがなかなか難しいため、こういった授業のやり方をしています。

 

実行環境に関しては、iPadでも実行できるWebベースの実行環境の「PyTry(※5)」を使っています。もちろんグラフなどを描くのはPyTryでは難しいのですけれども、一番大きなところとしては、実行結果が出る領域があるのに加え、エラーメッセージが日本語でも英語でも表示されるという特徴を持っていることです。

 

※5 https://pro-ktmr.github.io/pytry/

 

思いどおりに動かなくてエラーが出てくると、もうそれで嫌になってしまう生徒たちもいます。しかし、エラーメッセージが日本語で出てくることによって、どこが間違えているのだろうか、と冷静に対応することができます。入り口としてこれを使い、最終的に対話的なプログラムなどを組むときにはGoogle Colabratoryに移行して、段階的に進める意識で行っています。

 

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興味・関心の高い題材を中心に、繰り返し学ぶ

 

こういう流れで1年間の計画を立てて、進めていました。

 

1学期、2学期は、身近な話題を例に授業を組み立てていて、3学期は、1学期、2学期の総復習をしながら、より深い内容を広範囲に行う構成で1年間をまとめるという流れです。

 

具体的には、以下のスライドのように「情報Ⅰ」の4つの分野を、学期を横断する形で行いました。さきほどの「プログラミング」の授業の例にあったように、1学期から3学期に分けて繰り返し行っていくイメージで、年間の計画を立てています。

 

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「情報社会の問題解決」

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「コミュニケーションと情報デザイン」

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「コンピュータとプログラミング」

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「情報通信ネットワークとデータの活用」

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興味・関心を持って取り組んだ授業は生徒の印象に残る

 

生徒たちの実際の反応を見ていきます。

 

現在、一通り授業が終わる前の状況ですので、前半部分のアンケート調査かつ、まだ2クラス分のアンケートなのですけれども、どれだけ生徒の印象に残すことができたか考えてみます。

 

例えば、グラフの「【2学期】Monacaを使ったウェブページ作成」は、業者が無料で提供、公開している冊子の流れに従って、とりあえず取り組んでみて、とほぼ丸投げの状態で進めましたが、やはり機械的に進めたところは、印象に残らなかったイメージです。

 

「【1学期】こんなことできません」は、これも『ピタゴラスイッチ』で出て来た静止の写真をつなげて動画を作る取り組みです。この授業は、グループで協力しながら楽しく取り組んでいましたので、非常に面白かった、と印象にも残っています。

 

これが最終的に知識と結び付いているかどうかは、この後1年、2年経ってみないと分からないところではありますけれども、全体的に、興味・関心を持って取り組んでもらえたのではないかなと思っています。

 

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難しい内容は、細かく分けて繰り返し扱う

 

分けて繰り返し扱う形式で授業を行いながら、特に「n進法」の所は、数学で説明を聞いても、なかなか生徒たちは理解するのが難しいなと常々思っていたところなので、実はすごく細かく分けて何度も授業で扱っています。

 

1学期の前半に、n進法の足し算、引き算、掛け算、論理演算の話も少し紹介し、ここで2進法、n進法の変換の仕方を一回確認しておきます。しばらくした後にまた、補数表現の話をしながら、もう一回復習をします。さらに、2学期のプログラミング、期末テストでn進法の話を出したり、プログラミングでもn進法の変換のプログラムを実際に組んでもらったりしています。最後は、浮動小数点や誤差の話でまとめていく予定です。

 

生徒たちを見ていると、繰り返しやらないと定着しないことを実感しているので、これを行ってみて、生徒たちがどう変わるのか今後も様子を見ていこうと考えています。

 

このように、試行錯誤しながら授業を組み立てているのが現状です。最終的に生徒たちがどういう結果になるかは、非常に不安でもありますが、最低限できることは一生懸命行って、フォローできるところはしっかりフォローしてあげて、生徒たちの不安を少しでも解消できるようにしてあげたいと思いながら、授業を組み立てています。

 

第85回情報処理学会全国大会 イベント企画「どうする情報科教育!~情報ⅠⅡ,高大接続から考える~」 講演より