事例86

普通科高校における産業財産権の指導

白百合学園中学高等学校 森棟隆一先生

ICT教育の中での知的財産権

私は2年前まで国立大学附属高校におりましたが、現在は白百合学園で校内のICT化の推進担当をしています。また、小学校でのプログラミング教育が始まることを受け、小学校から高等学校まで発達段階を踏まえた情報教育を提案しているところです。

 

今回お話するテーマは、産業財産権です。産業財産権は、知的財産権の主なものとして、著作権とともに各社の教科書に載せられていますが、著作権については多くの先生方が実践に取り組まれている一方で、産業財産権について述べられた発表はほとんどありません。私はこのテーマが面白くとても大切だと捉えているため、今回皆様にお伝えしたいと考えるに至りました。

 

授業での取り組みについて

さて、前述の通り、著作権についてはいろいろな先生方がすでに教材や指導法を確立されています。私自身も前任校では12年間、学校説明会で使う学校CMを作ったり、それをCMクリエイターに評価していただいたりという形で「社会へ発信していく機会」を作りながら、子どもたちに著作権について学ばせていました。

 

今、小学校で授業をしていても「著作権」という言葉は3年生でも知っており、著作権の教育はある程度浸透しているように思われます。

 

著作権教育に関する授業

さて、私が知財教育をどのように感じているかについてお話しします。著作権教育については、発達段階に応じ小学校から高等学校まで行う必要性を感じ、自分自身も取り組んできました。その中で、「自らが著作者となり社会へ発信することで、単なる知識から実感を伴った理解へつながっていく」ということを結論づけました。

 

産業財産権については、十数年取り組む中で国益に関わる非常に重要な事柄だという認識を年々強くしています。

 

しかし教科書に目を向けますと、産業財産権については説明がなされていますが、教科書に掲載される図版に、商標そのものは載っていませんし、むしろ消されています。これは、例えれば「0と1を使わずに二進法を教えてください」というくらい、難しいのではないかと思います。

 

このような教科書では、生徒も実感が湧きにくいのは当然ですが、逆に考えると、教員の工夫次第で、教育的に価値のある面白い授業ができるとも言えます。

 

産業財産権についての高校事例とその取り組み

ここで専門高校における事例をいくつかご紹介します。私は平成21年に、おといねっぷ美術工芸高校という北海道で一番小さな村にある専門高校に訪問しました。

 

入学後には、自分の道具箱を兼ねた椅子を自分の手で作る授業が行われていました。

 

学校の廊下には3メートルを超す絵画が飾ってあり学校生活を通してものづくりに携わります。

 

こちらは卒業制作の作品です。旭川は木材の町ということもあり、卒業すると家具を作る職人や建築デザイナーになるなど、社会との接点が近いところでの学びが行われていることがわかります。

 

次に長野工業高校の事例を紹介します。

 

日本知財学会の第39回知財教育研究会で、長野工業の生徒さんたちが文化祭で販売したオイル缶を加工した薫製器について発表を行いました。この研究会は非常に面白く、教員の他、弁理士や弁護士の方が参加されており、具体的なビジネスにつながるアドバイスを受けることもあります。

 

研究会後の新聞報道で、長野工業高校では授業の中で専門家が「特許取得のための指導」をしていることが取り上げられていました。生徒たちはこのような薫製器で特許を取ったり、ソーラーカーのレースに参加するときの「パンクしないタイヤ」を開発し、それを特許申請していたりと、日常の課題から知財、特に産業財産権に結ばれる活動をしています。

 

海外資本の流入と知的財産権

3つ目は私が2016年の12月に、帯広の白樺学園高校で行った公開授業および教育ICTシンポジウムでの事例です。この件について、私の問題意識は「海外資本による買収」でした。さらに生徒たちには自分たちの地元について理解し、地元をもっと大事にしてほしいという思いがあったので、次のような授業を行いました。

 

「十勝帯広地域ブランド化の取り組み」を参考にして「自分たちでイラスト・キャッチコピーを作りながら、自分たちのブランドを大事にして、もう一度地元のブランドについて見つめ直してみよう」という授業をしました。

 

初めて会う生徒でしたので、1時間で知的財産権の概要、もう1時間で「プレゼンテーションとは何か」という話と、実際のワークショップをしました。本当はデジタルで作品作りをしたかったのですが時間が足りず手描きになってしまいましたが、このような物を作りました。

 

帯広は豚丼やインデアンカレーが有名なのでそれらを題材に地元ブランドに目を向ける活動を行いました。「自分たちの地域にあるブランドを大事にしていこう」という気持ちを高める取り組みをしました。

 

普通科高校で産業財産権を教えるためのヒント

ここまでは専門高校のお話をさせていただきました。専門高校は社会と近い接点を持つため、産業財産権などが響きやすいのですが、次は普通高校でどのように扱ったらいいのかという話になります。この件について、私にはいくつかアイデアがあります。

 

1つ目は、教員自らが知財に関わろうとする態度を見せることです。

例えば、帯広の白樺学園高校に行ったときに公開授業でテレビ番組を見せました。自分の所属する学校外で行う教育活動のため、著作権法35条の規定外となります。「テレビ局に問い合わせをして、許可を得るという動きをしましたよ」と、知財と関わる正しい姿勢をきちんと見せることがまず大切だと思っています。

 

2つ目は、日々のネタ集めです。

私は産業財産権の授業をするためにネタ帳を用意しており、新聞の切り抜きなどを挟んでおいて、授業のたびに見せたりしています。

 

日々の話題についていくことが必要です。例えば、消しゴムのMONOで、ロゴがないものが最近発売されたのをご存じでしょうか。例えば、色だけの商標が認められた例として、トンボが発売した消しゴムやセブン・イレブン・ジャパンの看板などに使われる縞模様です。海外では既に商標として認められていましたが、日本では2017年3月に認められ、夏に発売されました。このような話をして、これも実物を見せました(※)。

 

※日本経済新聞 2017年3月1日  「色だけ商標」第1号、セブンやトンボ消しゴムに

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFS01H29_R00C17A3PP8000/

 

3つ目に、長野工業高校やおといねっぷの生徒たちの話も伝えることで、知的財産権の恩恵にあずかる世代が、もう自分たちと同じ世代にいるのだ、と身近に感じてもらえるようにしています。

 

4つ目に生徒指導の立場からの働きかけです。具体的な例として、次のようなものがありました。学校説明会が近いときの朝礼放送で、校長先生がこのようなことをおっしゃいました。「学校説明会をお手伝いくださる生徒さんたち、ありがとうございます。そうでない生徒も、日々制服を着て学校のことをきちんと伝えてくれてありがとう」という話です。これは授業に役立つと考え、「ブランドを壊すのは簡単だけど、ちゃんと維持していくのは難しいんだよ」という話につなげました。

5つ目に、企業における知財の扱われ方についての理解を深めさせることも大切だと思っています。企業が行っているCSR活動で「未成年者の飲酒を撲滅するキャンペーン映像を高校生が作ろう」という企画に一度参加させていただきました。私も自校の生徒を連れて行き取り組み、「未成年者の飲酒をやめよう」という内容を示す映像の中で、缶ビールをぐしゃっとつぶすシーンを作品の中に入れたら、知財課から「ブランドのイメージを壊すので、この表現はやめてください」という話がありました。そこで、「企業ではこれだけブランドが大切にされ、保護されているのだ」という話もしました。このように、企業でブランドがどのくらい大切にされているのかを知ることが重要だと考えています。

 

外国資本の流入と日本の産業財産権の保持

私の授業では、導入としての「消しゴムの話」に授業が始まり、最初は産業財産権の概要、そして先ほどのおといねっぷ美術工芸高校の話、長野工業高校の話もします。そのあと、「特許とは何か」「実用新案とは何か」と、身近な製品を持ち出しながら話をしていきます。海外製品における商標権侵害や意匠権侵害を実例と共に提示します。偽物を見せていくと、生徒たちには大変受けが良いのですが、授業のねらいはそこではありません。

 

海外資本によるブランドの買収など現在世の中で起きていることを知らせ、中には国益を損なうような事例もあることをしっかりと伝えなければと考えております。

 

産業財産権だけではなく著作権についても、同じような形で生徒たちの興味・関心ひき、大事な問題であることを認識していってもらいたいと考えています。