「情報の科学」が中心になる新学習指導要領「情報」で、「情報II」までの履修需要をいかに作るか

〜情報入試研究会の活動と情報入試の潮流

筧 捷彦先生 情報処理学会情報処理教育委員会委員長/情報オリンピック日本委員会理事長

2013年学習指導要領の改訂と情報入試研究会の発足

私は現在、情報処理学会の情報処理教育委員会の委員長を務めています。長く委員長を務めましたので、5月に実施される委員会を最後に次の委員長に代わっていただこうかと思っています。したがって現在の肩書きで発表をするのは、本日が最後になると思います。また、ご案内にあるように情報オリンピック日本委員会の理事長も務めています。

 

情報処理学会には情報入試研究会という研究会があります。もともとは有志による活動で始まりましたが、情報処理学会としてもこの活動を重要視し、情報処理委員会のもとにワーキンググループとして位置付けて活動を続けてきました。この情報入試研究会の発足には、2013年より施行されている現在の学習指導要領が関係しています。

 

まず、その前に情報処理学会としての動きをお話しておくと、2011年に情報処理学会として「教育ビジョン2011」を打ち出しました。これは初中等教育だけを対象としたものではなく、基本的に全ての人が主体的に情報技術に向き合って生きていけるようにするための教育活動を情報処理学会で担いましょう、という内容でした。もちろんソフトウェアの操作方法を教えるというのはここで言う情報教育の目的ではなく、情報や情報技術の本質を学んで、自分で判断をし、これからどんどん変わっていく、新しく生まれる情報の技術を、自分なりに判断して対処できるようなことを全ての人ができるように教育活動を行うという宣言でした。

情報入試研究会に話を戻しますと、ご存じのように2013年に高校の学習指導要領が改訂されました。それまでは教科としての情報は、「情報A」「情報B」「情報C」から1科目を選択することになっていました。それが2013年からは、「社会と情報」「情報の科学」から1科目を選択することに変わりました。大学としては当然、それに合わせて入試制度なども変えていかなくてはなりません。

 

そして、もう一つ大きな課題は入試問題です。これまでも情報を独立した科目として試験を行わなくても、数学と物理で情報に関係した入試問題を出題している大学はいくつかありました。旧課程(旧学習指導要領)では、数学Bの中に「数値計算とコンピュータ」という単元がありました。プログラムを動かして、コンピュータで図形の変形を学ぶという内容もあり、そこでは、Basic言語を使ってプログラムを書くという内容も含まれていました。そのため、その部分を情報系の問題を出題する根拠としていました。同じように物理にも二進法を扱うところがあり、その分野から出題することで情報の入試を行うこともできたのです。

 

ところが、現行課程ではこれらの内容が無くなっており、数学や物理の一部として情報の入試を行うことができなくなりました。情報入試を行う場合には、情報として独立した入試問題が必要となったのです。こうして、入試問題を作問する必要などから、2012年に有志が集まり、情報入試研究会が発足しました。

 

情報入試研究会の設立趣意書では、高校での情報教育の成果を評価するためにも大学入試で情報入試を行うことが重要だと述べています。ただ、そこには情報入試の適正な範囲・内容・水準、また試験方法など多くの課題もあります。これらの課題に対して、何らかの意味での模範あるいは先行事例を示すことが必要であり、そのためには関係者の合意形成によって具体的な入試問題の試作を行い、公開していこうということになったのです。

大学情報入試全国模擬試験の実施

今後は情報入試委員会が活動の中心に

さらに議論を進めるうちに、そこから具体的に出てきた話は、入試問題を作成するだけではなく、大学情報入試全国模擬試験を実施するというアイディアです。そして、この模擬試験の第1回は2013年5月に行われました。ところが、この時は受験者がほとんど集まりませんでした。特に模擬試験ですから、本当は高校生にたくさん受験してもらいたかったのですが、実際は高校の先生方だったり、大学の先生方であったり、興味を持った大人の方々に多く受験していただいていたのです。

 

そこで、できるだけ多くの高校生に受験をしてもらいたいと考え、模擬試験ではありつつも、高校での期末試験問題などとしての利用を目指しました。そのため翌年の2014年には実施時期を2月としました。高校で1年間の授業が終わって、期末試験にかかる頃に模擬試験を用意することにしたのです。これ以降、同じ日程で模擬試験を行っています。このような工夫により、今年2016年の2月には受験者数が1000人を超えるまでになりました。

 

一般入試の科目として「情報」がある大学は下図のとおりです。必須として課しているのは、高知大学理学部、明治大学情報コミュニケーション学部で、慶應義塾大学SFCなど選択科目として課している大学を含めると、かなりの数の大学が実施するところまでになりました。

 

情報入試研究会のホームページには、情報入試研究会の活動に参加された先生方や今年2016年1月に開かれたプログラミングシンポジウムで「大学情報入試の必要性と情報入試研究会の活動」という発表がされましたが、その発表まとめなども掲載されています。

「情報」が一般入試科目にある大学

情報処理学会・情報入試研究会 中野由章先生のホームページより

 

 

この情報入試研究会は、本当はもっと続けていかなくてはいけないのですが、現状では時間的にも費用的にも限界があります。そのため活動は今年の3月までとし、これまでの活動の概略を本日のこのジョーシンで発表をさせていただき、それを整理したものを情報処理学会の学会誌に論文として発表することにしています。模擬試験も直接扱うことは終了しますが、必要性はありますので、今後は情報処理学会に情報入試委員会という委員会を設置し、そこで様々な活動を紹介したり、新しい活動を行う人のプロモーションを行ったりすることなどを考えています。

 

大学入学希望者学力評価テストには教科「情報」も入る!?

大学入試における情報入試の潮流についてお話を進めていきたいと思います。大学入試で、情報入試を新たに始める大学もありますが、いち早く情報入試を実施してきた大学でも、止めてしまう大学も出てきています。国公立大学であれば大学入試センター試験をうまく利用することも考えられますが、現在の大学入試センター試験では、教科「情報」に該当する科目がありません。情報入試はすでにこの段階でハンディキャップを負っているのです。そのため、個別試験で各大学が実施するしかないのですが、近年は入試の種類や回数が増えており、既存の科目の入試を行うだけで目一杯の状態です。そこに新たに情報の科目を加えるというのはなかなかできないという事実があります。

 

しかし、一般入試以外では自己推薦入試、AO入試などの自己PR書類等で活用されるようになってきています。その中には、前述の大学情報入試全国模擬試験の成績証明書なども使っていただいているケースもあります。また、各種コンテスト、特に科学オリンピック関係の予選出場を実績として認める大学が増えてきましたので、一般入試における情報入試とは独立していますが、情報オリンピックの予選等に参加する活動などを入試で取り入れる仕組みはある程度広がってきています。

 

今後のことについても少し触れておきたいと思います。これまで、2016年度入試に新しい指導要領での入試が行われることに合わせて、情報を入試科目に加えようと活動を進めてきましたが、気づいてみると次の学習指導要領の改訂が迫ってきているのです。学習指導要領は、ほぼ10年ごとに改訂されています。そして、次の学習指導要領改訂の5年前ぐらいには中央教育審議会で改訂内容が決まっていないと教科書の準備などができません。次期改訂は高校が2022年から年次進行での実施が予定されていますので、その5年前は2017年となります。現在の政府は動きが速く、「道徳」を科目として導入するとか、18歳選挙権に合わせて「公共」という科目を導入するなどの議論が前倒しで進んでいます。次期学習指導要領も2016年度中に中央教育審議会が答申を出して大筋が決まり、諸々が動き出すというテンポで事が動いています。

 

また一方では、高大接続システム改革会議が昨年度末に最終報告書を出しています。この最終報告書では、現在の大学入試で行われているように特定の科目だけをペーパーテストで測るような仕組みでは、次の世代を担う若者の力を養成することはできないし、初中等教育の成果に対して十分な評価をしていることになっていないとしています。そこで「高等学校基礎学力テスト(仮称)」を実施して、高校までの学習の達成度を測る仕組みが導入されます。これに加えて、大学進学を目指す人たちに対しては、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」を設け、従来の出題方式とは異なり、複数の科目の知識等を多角的、総合的に活用して考察する出題とするなどと書かれています。そして、対象とする教科・科目等の段落の最後にはこう記載されています。「次期学習指導要領における教科『情報』に関する中央教育審議会の検討と連動しながら、適切な出題科目を設定し、情報と情報技術を問題の発見と解決に活用する諸能力を評価する」。つまり、大学入学希望者学力評価テストには教科「情報」を入れましょうと謳われています。実際にその通りになるかどうかはわかりませんが、情報入試の具現化に向けて現在検討が進んでいるという段階にあります。

※参考:安西雄一郎先生(本会元会長)インタビュー報告,情報処理 57-3, pp.270-277 (2016)

 

ところで、この高大接続システム改革会議の報告書では、ディプロマポリシー、カリキュラムポリシー、アドミッションポリシーの3ポリシーを明確に打ち出すよう大学に求めています。ディプロマポリシーは各大学がどのような能力を持った人に学位を与えるかという方針のことです。そのための学修ができるようカリキュラムを編成する方針がカリキュラムポリシーです。そして、カリキュラムポリシーに照らして、4年間ないしは6年間のうちに大学が求める目標を達成するために、入学時でどのような能力や意欲を持っている人を採用するかを示すのがアドミッションポリシーです。そのため入学試験要項においても、いわゆる学力に関しては個別の科目そのものの知識や問題の解き方の技能だけではなく、思考力、判断力、表現力がどれぐらい身に付いているか、意欲・態度や振る舞いなどについても、どの水準まで期待しているかまで記載することが求められています。つまり、入学者選抜においても学力の3要素についてちゃんと評価の対象とするようなことを考えなくてはいけないのです。

 

ただし、これからが大変です。最終報告書の提言には誰も反対はしませんが、それを回数の限られた入試の中にどうすれば反映できるのかは、とても難しい話です。国公立大学は全体の志願者数が20万人を超えています。その大量な人数をある時期に、仮に複数回の実施だとしても、本当に実現できるのか、現在様々な検討がなされていることと思います。

 

大学側にボールが投げられた!

〜新学習指導要領での「情報II」の履修は情報入試が鍵

ここで情報科目の次期学習指導要領の改訂に向けての動向を見ておきましょう。文部科学省の中央教育審議会の分科会・部会で次期学習指導要領について議論がなされていますが、その中の教育課程部会情報ワーキンググループで情報科目について検討されています。

 

そこでの枠組は、現在のように2科目からの選択制ではなく、全ての高校生が「情報Ⅰ」を履修することとしています。科目の内容は、「情報社会の問題解決」、「コミュニケーションの情報デザイン」、「コンピュータとプログラミング」、「モデル化とシミュレーション」、「情報ネットワークとデータの利用」という項目が立てられています。社会との連携は大切ですが、現行科目よりもコンピュータサイエンスの実践的な内容を主体とする方向性です。そして、これに加えて「情報Ⅱ」という科目を新設して、さらにアドバンスな発展的な内容の選択科目とすることが検討されています。

※高等学校情報科(各学科に共通する教科)の改善について,中央教育審議会 教育課程部会 情報ワーキンググループ(第6回) 配付資料 資料4, 14pp. (2016)

 

情報ワーキンググループには情報処理学会の会員の方も入っていて機会があるたびに、必要な意見を述べておられます。しかし、2単位の必履修科目だけでは専任の教員を配置することが難しいという学校経営の現実があります。この現実は選択の情報科目が設置されただけでは改善されません。その選択科目まで履修したいという需要が現に生じなければいけないのです。では、その需要は何によって生じるかというと、ここで入試の話が関係してきます。大学入試で情報科目が当たり前に問われることになれば、勉強させる努力をしようというインセンティブが高校側に生まれる訳です。しかし、それは結局、入試の出題科目を決める大学側にボールが投げられた状態であることを意味します。そのためにも情報入試研究会の活動は続けていく必要があるのです。

 

授業でも活用できる教材

〜情報処理学会の大会の若手セッションも、ぜひ

ここから先はおまけの話です。若い先生方は、ビデオ教材などを見つけてきては、非常に上手く授業の中でお使いになっています。

教材で見るプログラミング教育

The Hour of Code is here

米国のプログラミングのPV

 

Why? プログラミング

NHK for school:これはプログラミング限定の話ではありませんが、情報科学技術の若手研究者の発表を見ること自体が「情報科」の教材になるでしょう。

 

IPSJ-ONE

例えば、この「The Hour of Code is here」は、アメリカ発の世界的なプログラミングキャンペーンです。民間で行われているのですが、社会人も含め小学生も皆とにかく広い意味でのプログラミングをやってみましょうという内容がサイトで展開されています。また、NHKの「Why!?プログラミング」という番組では、MIT が開発したScratchを使ってプログラミングの本当の入口のところを扱っています。これらは現在の情報科目の授業でも補助教材として使えると思います。

  


 

最後に情報処理学会のことをお話させていただきます。「IPSJ-ONE」と書いてありますが、この名前だけは是非覚えてお帰りください。情報処理学会(Information Processing Society of Japan)はかなり頑張って様々な試みを行っています。前会長が、情報処理学会はITの最先端学会ならばその最先端技術を応用すべしと号令をおかけになったことが契機となって、研究会やカンファレンスをニコニコ動画と連携して、即時中継するということを行っています。そこで流れた内容は、ニコニコ動画にお願いしてアーカイブされており、いつでも見られる仕組みも始めています。情報処理学会の全国大会ともなると企画セッション、招待講演など多くの動画配信を行っていますが、その中で独自に作った企画セッションがあります。担当する理事も発表者も若く、プレゼンテーションを工夫してみようという意欲のある人を集めたセッションです。TED(Technology Entertainment Design)並の発表をしようと取り組んでいますが、それが「IPSJ-ONE」です。「IPSJ-ONE」は昨年の3月の全国大会から始まり、今年の3月の全国大会でも行われましたので、2回分がアーカイブされています。中には発表に失敗したケースもありますが、多くは私から見るととても真似できないような面白い発表です。我々の考えや想定を超えた動きが既に始まっているというところを見ていただきたいと思います。

 

また、高校の先生方にもご利用いただけるものも用意されています。情報教育でお困りのことについてご相談をいただければ、情報処理学会から適任者等がお手伝いに行くということを行う研究グループも用意されています。さらに学会誌「情報処理」には無料で読める記事も用意されており、特に教育関係者については「ぺた語義」というコーナーが用意されています。「ぺた語義」は、教育に関係するコラム・記事・解説を掲載する教育コーナーで、多くの記事がダウンロードして読んでいただけるようになっていますので、ご活用いただければと思います。

 

以上、情報入試研究会の活動と情報入試について、大筋のお話をさせていただきました。