高校にこそIT教育を!

情報処理学会 学会誌『情報処理』

教育コーナー「ぺた語義」2013年8月号に掲載

(「民間教育機関から高校の情報教育のために」)

「ぺた語義」はこちら

社会も仕事を変えつつあるIT

 

いうまでもなく、社会や産業のあらゆるところにITが入り、社会や産業を変化させ、その役割も影響力も大きなものになっています。

 

雇用を見ると、10年後もその拡大が見込める業界は、医療と情報・通信業だけだと言われています。日本の雇用を戦後一貫して支えてきた製造業は、多くの拠点の海外移転などを背景に、今や全就業者の5分の1以下の1000万人を切ろうとしています。20-30年と成長してきたコンビニなどサービス業も、国内での伸びは鈍り、頭打ちの傾向です(図表1)。

 

一方、拡大しているのが、情報・通信業です。とりわけ、インターネット関連業は大きく躍進しています(図表2)。注目を浴びている企業の多くが、インターネットも活用した若い人が運営する企業になっています。

 

業務の現場においても、ITの重要性は高まるばかりです。クラウド化が進み、ビッグデータがふつうのものとなる中、“個人”が分野を超えた知識を持ち、多くの数理的手法から適切な手法を選択し、データを集約し、分析する、そして解を導く。そして、その結果を分かりやすい言葉で表現する----そんなIT知識・スキルも不可欠になる能力こそ、仕事には必要だと言われています。

 

図表1 産業別就業者数2020年予想

 

図表2 インターネット付随サービス業における就業者数の変化

総務省2012年「情報通信白書」より
総務省2012年「情報通信白書」より

社会に出てからITの重要性に気づく

 

実際、社会人に聞いた振り返り調査でも、大学・高校ともに、語学と並んでITの知識・スキルこそ、学んでおきたかったと挙げられている調査結果があります(図表3)。

 

図表3 高校時代に学んでおきたかったこと

(大卒の回答/上位5位まで掲載)

 

学んでおきたかったこと

回答率

1

使える語学教育

39.8%

2

ITに関する知識・スキル

36.1%

3

仕事に関わる知識・スキルを学ぶ授業

28.3%

4

論理的思考力やコミュニケーション力などを高める授業

26.1%

5

ディベートやディスカッションを多く用いた授業

22.2%

2011年度経済産業省「産業構造変化と産業人材の育成のあり方について」における社会人15000人の調査

充実できない高校のIT教育

 

では、その知識・スキルがどのように育成されているか、ここでは高校における情報教育について見てみましょう。

 

今年(2013年)度からは、学習指導要領が改定され、高校では情報で新しいIT教育が始まっています。しかし、以前より高校の教科「情報」においては、多くの課題があります。

 

高校では、そもそも大学入試に課されない科目は軽視されがちですが、実際に「情報」も生徒の身の入らない3年で履修されていたり、教員も、2教科の免許を持っている人が多く、数学や理科を教えていた教員が、情報を教えていたりします。

 

また、今年度から「情報」は、「情報の科学」と「社会と情報」の2科目となりましたが、社会での情報活用やモラルなどを中心とする「社会と情報」を履修させる高校が多く、モデリング、統計、プログラミングなどの技術も教えられる「情報の科学」については、履修する高校は20%以下であると言われています。

 

学力の水準の高い高校生ならば、「情報の科学」で、数理領域のアルゴリズムを学び、コンピューターサイエンスの面白みに気づけば、大学以降でのコンピューターサイエンスを専門とするきっかけにもできるはずです。しかし、学ぶのにも教えるのにも負荷がかかり、敬遠されがちとの声も聴きます。

 

理科離れが叫ばれるなか、スーパーサイエンススクール(SSH。科学技術系人材の育成のために多様な教育に取り組む高校に対する文部科学省の支援制度)など、理数科教育に対する国の施策も活発に行われています。しかし、そこでは、エレクトロニクスや機械、化学や生物への志向が強いようで、IT教育の取り組みはあまり聞こえてきません。国の事業にこそ、もっとIT分野への関心があってもよいと思われます。

 

 

量も足りない情報系教育機関

 

経済産業省の委託を受けて河合塾が行った調査では、大卒者の18.2%(5人に1人)が今の仕事を考えると情報系学科を出ておきたかったと答えたのに対し、実際の出身者は2.4%でした(図表4)。高専出身者になると、情報系学科を出ておきたかったと答えている出身者が25.8%に対し、実際の出身者は7.5%です。一方で、専門学校では、情報系学科の希望者(22%)と出身者(19%)の割合がほぼ一致しています。国が設置するまたは認可する一条校として、情報系人材の育成を担う学科や定員が少なすぎるとも考えられます。

 

 

図表4 社会人に聞いた「仕事のためには、どの学科を卒業すべきだったと考えるか」

(最終学歴別の回答率)

2011年度経済産業省「産業構造変化と産業人材の育成のあり方について」における社会人15000人の調査

なぜ軽視、ITの教育

~デジタルネイティブという言葉に潜む放任か

 

なぜIT教育は軽視される傾向なのでしょうか。

 

一つには、ITを担う業界も含めて、産業界が、学校でのIT教育をあまり重視していないことが想定されます。

 

大手電機メーカー出身で、現在省庁で人材政策を担当している担当方には、「ITの教育は重要ではない。企業で学んで追いつける能力」と言われました。また「高校の『情報』には期待しない。数学こそ大事だ」と話す担当官もいました。

 

IT業界では、目まぐるしく進化する技術は、個人、あるいは企業内で習得されながら、それと並んで成長してきました。したがって、それで十分であると思われているケースもあり、課題はむしろコミュニケーション能力の育成だと言われます。

 

そもそも経済政策は、衰退しつつある産業の支援のために、あるいは実現性はともかく可能性だけはある産業に向き、成長産業には目が向かないようです。

 

一方、今の中高生は、自分でどんどん使い方を習得しています。自分でプログラミングを覚え、プログラムを書く高校生もいます。mixi、LINE、Yahoo!などのIT企業の若手社員を取材しブログを作っている女子高校生もいます(「ミキレポ」)。

 

今の中高生はデジタルネイティブだから、学校で教えられなくても使い方も自己習得するし、そこから新しい技術も仕事の仕方も生まれてくるだろうといった楽観的な考え方も出てきているのです。

 

 

生徒の方が詳しいスマートフォンをどう教えるべきか

 

ITは変化が激しく、また特定企業による製品に付随する技術である場合も多いため、誰もに必要だとして定まった知識・スキルがないということも指摘されるところです。価値が移ろいやすい知識ではなく、安定した価値を持つ知識を学べとは、よく言われることですが、果たして、専門家もその価値についてどこまで語れるのかわかりません。

 

だからこそ、高校や大学では、学科を改組して新たな専門学科を設けてまで行う教育は、なかなかできない、という事情も想定できます。

 

スマホやSNSなどは、高校生自ら扱い方を学んでいく一方で、教育を提供する旧世代の側に知見が十分蓄積されてはいません。そのような進行形の技術・ツールとそれに関わる知識・スキルをどう教えるか—このような経験は、高校の既存教科ではなかったかもしれません。

 

変化がある分野を教えることはリスクが高いでしょう。しかし、そこにこそ、新しい知も生まれてくるものです。新しいビジネスモデルと新しいテクノロジーの組み合わせでサービスを展開してきたGoogleの成功などは、そんな気風が背景にあったことも大きな要因だったのではないでしょうか。

 

 

高校と社会の接合を支援したい

 

河合塾では、大学教育が将来社会で活躍できる力をつけているかという観点での調査を、長年行ってきました。その過程で、高校の課題も見えてきました。たとえば、海外や、かつての日本では職業高校が多く、若者の育成に寄与していました。しかし、現在の日本では普通科高校が7割を占め、学校の社会からの乖離が生じ、学びの本来の姿を遠ざけ、学習への意欲を低下させていると指摘されることもあります。

 

そこで、私たちは、高校が社会につながるような教育を実現するのを支援することが大事であると考えてきました。

 

 

「キミのミライ発見」で未来を拓く情報教育を!

 

「キミのミライ発見」はITに関する仕事の魅力を高校生に伝えるための冊子として、情報処理推進機構(IPA)が発行したものです。河合塾は「キミのミライ発見」の編集・配布を担当しました。

 

ITエンジニアの仕事の魅力を高校生に伝えるための冊子を作ろうとするIPAの取り組みは、大変有効だと考えています。そこで、私たちは、それをさらに発展させ、教科「情報」の授業のみならず、進路指導やキャリア教育にも活用できるようにしようと試みました。「情報」は、社会につながる教育ができる教科であり、それは進路指導やキャリア教育と親和性が高いと考えたからです。

 

本冊子では、すべての業態にITが入り込み、各業態のあり方を変えている様が、実際の働いている現場を通して紹介されています。「楽天」の記事では、ITがあればこそグローバル展開できたことが、新たな農作物の流通方式を拓いた「和郷」のインタビューでは、ITを使った農業の新たな可能性がそれぞれ紹介されています。これらの事例が、進路指導やキャリア教育の際にも役立つことを期待しています。

 

一方で、本冊子では、「ITが産業界で引き起こしている変化」についても紹介されています。これは教科「情報」の教科書等では手薄な部分の1つです。クラウドとSNSの登場により、誰もが気軽に社会に対してサービスが生み出せる環境が生まれ、若い人のキャリアにも大きな影響を与えつつあることも紹介されています。

 

高校の先生方が冊子を授業で活用していただけるよう、河合塾では「活用の手引き書」やWEBページ(※本サイト)も作成しました。全国の高校に配布後は、多くの反響をいただき、追加配布の希望は5万部以上に上りました。

 

 

未来を考える高校生のためのもう一つの放課後=「みらいぶ」

 

今、私たちは、高校生に直接的に働きかける試みも始めています。学校外の多様な価値にも触れてもらい、生きること、働くこと、学ぶことを考えられるような情報を、高校生が参加して提供するサイト「今と未来をつなげていくために考えるもう一つの放課後=みらいぶ」です。河合塾は受験予備校でもありますが、本サイトは大学情報、入試情報等、大学選びを直接意識させないよう配慮しています。

 

このサイトの中で、今後ITに関する記事を増やしていくつもりです。学校で手薄なITこそ、入試科目にないITこそ、直接高校生に伝える価値があると考えています。高校生が未来を考える際に、ITには発想のヒントがつまっています。そうした情報提供を考えています。

 

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