反転授業とブレンド型学習

~特別に新しいICT機器を導入しなくても、授業デザイン次第で次世代の学習環境を創り出せる

池尻良平氏 東京大学大学院 情報学環 特任助教


ICTを使って何かをするだけでなく、それをどのように使うのかを考えてきた

池尻良平氏
池尻良平氏

私の所属する東京大学大学院情報学環は、情報を使って様々な学問の際と際をつないで新しい学問を作っていこうとしている組織です。もともと私は東京大学の歴史文化学科で、歴史の教師になろうと考えておりました。ただ、歴史が単に暗記教科ではなく、子ども達にとって現代社会に応用できるような教え方や教材、カリキュラム開発をしたいなと思って大学院に足を突っ込み、博士課程にまで行きました。専門は歴史学習なのですが、教育工学やゲームデザイン、学習環境デザインも専門としております。

 

私が研究していることとして、3点ほど紹介いたします。

 

まず、メインで行っている研究はシステム開発です。私が科学研究費で行っている『歴史を現代社会の問題解決方略に移転させる学習メディアの開発と評価』は、例えばTPPなどの現代のニュースが出てきたときに、それに類似するような歴史上の事件などをアルゴリズムではじき出して画面上に表示するものです。そして、それぞれの事件の、時代や背景等を読み解くことで、現代のニュースに転移させて考えることができるというシステムです。また、首都直下地震が起きた際に、自分の住んでいる地域でどのような被害が起こり得るのかを学べるような防災教材も開発しています。これが1点目です。

 

2点目は、単にシステムを開発するだけではなく、システムを使った学習環境のデザインに関するプロジェクト的な研究です。『Socla』という、東京大学とベネッセが連携して行ったプロジェクトでは、高校生が自分のキャリアを考える時に、TwitterやFacebookなど既存のSNSを使って、例えば「私は看護士になりたいのだけど、29歳の看護士ってどんな感じなのですか」などと、実際に社会人に生の意見を聞いて相談できる、という環境を作りました。

 

また、東京大学が提供しているJMOOC(註:Japan Massive Open Online Course)というオンライン講座では、日本中世史の本郷和人先生の『中世日本の自由と平等』という講義に、約2万人の受講生が集まりました。私は「反転学習社会連携講座」というところに一時所属して、このオンライン講座の中で、約100名の参加者と先生が対面で歴史のより深い学びをする授業設計をしました。これについては後ほど改めてお話しいたします。

 

3点目として、単にシステムを使うだけでなく、対面の学習共同体を作るようなプロジェクトも行っています。例えばUTalkという東京大学で行っているトークカフェで、ホストをしています。また、ここ学芸大学附属高校の1階の奥にある「Intelligent Café」のマネジメントのお手伝いもしています。教室にカフェのような空間を作り、科学的な話をするというものです。

 

このように、単にICTを使って何かをする・何かを作るというだけでなく、それをどのように使うのかということについて長年携わってまいりました。そして最近感じるのは、反転授業しかりMOOC(Massive Open Online Courses)しかりなのですが、何か新しい機器を導入すれば次世代の学習環境ができるというわけではなくて、映像コンテンツやYouTubeで流す動画を使うだけでも、インパクトのある授業を作れるようになってきた、ということです。その意味では、「どのように使うのか」という授業デザインのところに、より新規性のある知見が隠れているのではないかと感じています。

 

そこで、今日は反転授業に関する私の知見を少しお話させていただこうと思います。

 

反転授業の狙いとは何か

最近は、「反転授業」をご存知の方も多くなってきたと思います。反転授業も、単にやればいいという話ではなく、もう少し広い視点に立って授業全体を作って行くべきだと考えています。その意味では、反転授業よりももう一歩進んだ「ブレンド型学習」という視点のお話もしたいと思います。

 

最初に反転授業の定義ですが、これは東京大学の山内祐平教授が「説明型の講義など基本的な学習を宿題として授業前に行い、個別指導やプロジェクト学習など知識の定着や応用力の育成に必要な学習を授業中に行う教育方法」としています。

 

『説明型の講義など、基本的な学習を宿題として授業前に行い』というところが重要です。単に問題集を与えて宿題でやっておけ、というのでは、ダメなのです。というのは、問題集で問題を解くだけでは生徒は理解できない可能性が高いので、講義などの形で先生方が説明をするのを聞いて、そこでしっかり理解させることを事前にしておきましょう、というのがポイントです。それを授業前に行っておき、授業中には「個別指導やプロジェクト学習など知識の定着を行うか、応用力の育成に必要な学習を行う」ということです。

 

従来は、課題を解く知識の習得を対面授業で行って、問題集で応用問題とか模試の勉強とかいうことは家で一人で勉強する、ということでした。ところが、反転授業を提唱したアメリカの高校の物理の先生のバーグマン(註:Jonathan Bergmann)が、授業をビデオに撮ってしまい、難しい応用問題を対面でやった方がいいのではないかと思い、自分の話している姿をオンラインで流して授業前に生徒に見せることを始めました。代わりに、授業中に知識の応用をさせるということで、通常の授業と反転=フリップ(flip)します。この学習は今アメリカをはじめ日本でもインパクトを持って拡がっていますが、基本はとてもシンプルです。家では講義の動画を見てもらうだけで、特に難しいシステムを使っているわけではありません。

 

このバーグマンという方は、「本当の狙いはビデオを使うことが重要なのではない」ということを何回も主張しています。反転授業を使うことで、対面の50分の授業で、今まで教科書に書いてあることについて話をしていた時間が、50分全てではないものの、30分ほどがぽっかり空いてしまうことになります。その時にどういった内容ができるかに対面の授業の価値が出てくる。それを考えるのが反転授業の狙いです。そのことで、授業時間の効率的な使い方を改めて考えて授業を構築することができます。

 

配布資料(下記に掲載)の最後に「資料1」というタイトルで、バーグマンとサムズ(Bergmann & Sams)がまとめた反転授業の実施方法を載せておきました。どのようにビデオ制作をするのか、どのようにビデオでの授業を行うと良いかのヒントや、実際にどのような教科でどういった対面授業が行われているのかをまとめましたので、反転授業に興味のある方は、ご覧になってください。

 

学芸大附属高校公会研究会_配布資料(東京大学_池尻良平).pdf
PDFファイル 989.2 KB

こちらが対面授業のカリキュラムです。90分講義の例ですが、従来型の授業ではまずウォームアップを5分、前回の宿題の解説などを20分行いますね。そして新しい内容の説明を30~40分くらい行います。最後に個別の実習や実験を20~30分といった流れが多いと思います。この場合よくあるのが、本当はやりたかったことの時間が足りなくなったので、宿題として個別に問題集を解いてください、という現象です。ところが反転授業の場合は、ウォームアップは5分、事前に見てきた講義ビデオの内容についての質疑応答を10分で終わらせているのです。ですから生徒達は、わからない個所があったら自主的に質問をして先生がそれに答える。その後は75分、全体の80%くらいを全て応用の授業に使うという流れになっています。

それぞれの学習のレベルの発展程度に合わせて知識の吸収ができる

このバーグマンとサムズは現場の教師なので、あまり統計的な分析はしていないのですが、実際に自分達が行った授業の中で反転授業のメリットをいろいろ挙げています。特にその中で興味深かったことは、全体の授業時間が短縮されたということです。講義をして宿題を出すという形よりも、事前にビデオを見てもらって応用課題をすることで、20分ほど早くなったと言っています。

 

その原因として面白かったのは、ムービーやオンラインの動画を見る際に、一時停止や巻き戻や早送りができる点が挙げられていたことです。これによって、わからない子は何度も見られますし、理解度の早い子は早回しで流して見ることもできる。つまり、それぞれの学習のレベルの発展程度に合わせて知識の吸収ができるのです。また、ビデオを見た後で、先生に必ず質問を出させるインストラクションを与えておくと、生徒から先生に感想をフィードバックできるため、教師の生徒に対する理解が深まるというメリットがある、とされています。これは、授業中に先生が説明しながら「わからないことがありますか」と聞く形式ではなかなか拾えないものです。

さらに反転授業では、先生は授業を教えるのではなくファシリテートに徹することができるので、この子は何を学んでいるのか、ということの方に視線が移っていきます。同時に、苦戦している生徒にも多くの目をかけられるというメリットもあります。さらにこれは、直接関係はないのですが、ビデオは家で親と一緒に見ることもできるので、保護者と生徒との交流にもつながる、ということも書かれています。

落第率が減少し、試験の得点は上昇する?!

2012年頃はあまり研究知見も蓄積されていませんでしたが、最近になって特に大学などで、反転授業を行った実験結果がいくつか出ています。1つ目は、落第率の減少です。バーグマンらは実体験としてこれを述べていましたが、大学で行っている研究事例からも、落第率が減少し、逆に出席率が増加するという報告がされています。

 

2つ目として、大学の1年生に対する教育ですが、試験の得点が向上したという結果が出ています。下記のチャートの黒の棒グラフが従来型の講義、白の部分が反転授業で行ったもので、学期末の結果を見ると、どの分野に関しても反転授業の方が得点が上がったという結果が出ています。

3つ目として、これも大学1年生に対して行った内容で有意差などは出していないのですが、学生の振り返りで「授業の効果」と「自分自身の授業への参加」に関する認識が向上していくという結果が出されています。興味深いものをいくつかピックアップしますと、青が従来型の授業、赤が反転授業の結果になるのですが、一番左の部分、「自分自身がこの授業に対して勉強する努力をしてきた」という意識が、反転授業の方が高くなっています。また、グラフの一番右ではこの授業によってチャレンジングな姿勢が身についたという意識も高くなっています。この授業の目標に向かって頑張る努力をしてきたということについても、かなり差が出ています。「この授業が、私が何を学んでいるのかということについて示唆をくれた」ということも従来型よりも反転の方が高くなっている、というのも興味深いです。

このように、授業の仕組みをひっくり返す(すなわちオンラインのコンテンツ等を事前に勉強して対面で応用する)ということをしただけで、こうした認識も向上させるという効果が出ているのです。

 

全員を一定以上の水準にするか、さらに発展的な内容を目指すか

反転授業には2つのタイプがあります。1つは完全習得学習型の反転授業で、落第率を下げるとか、全員が80点をとれるようにするとかいうように、全員が一定以上の水準に達することをめざすタイプです。対面学習では十分理解していない学習者に個別指導していくのが基本です。バーグマンらがやっている授業もこのタイプです。これはシステム化がしやすく、授業の内容を対面授業で完全にフォローしきることができるものです。評価方法に関しても、落第率、試験の成績、学習者の認識というように、比較的今の学校でも測れる指標を使っています。

もう1つが、最近徐々に注目されているもので、空いた対面の時間でフォローアップの授業をするのではなく、さらに発展的な内容をするというところに目標を置き、どんどん高次能力を育成していこうというものです。授業の目標は高次能力に設定され、対面の学習では読解、作文、討論、問題解決を行うことが多いです。これは教科によって内容が変わってきますので、一般的にはシステム化がしにくい内容です。かつ、評価方法に関しても、テーマに沿った高次能力に対応させたテストを独自に開発する必要があるので、非常にコストが高く、どのように行ったらよいのかがわかりにくい分野です。研究としても、ここをどのように行っていくかが問題になってきます。その意味で、高次能力学習型の授業を反転授業に組み込むのはなかなか困難な部分もあります。

 

高次能力学習型の反転授業とは

そこで、次に、先ほどお話したJMOOC (Japan Massive Open Online Course)の対面授業のデザインについてご説明したいと思います。これは、通常オンラインだけで終わるMOOCの講義に、対面授業を入れたパターンで、反転授業に似ていますが、厳密には反転授業ではありません。ただ、高次能力学習型の参考になると思いますので、具体的にお話したいと思います。

 

講座としては、オンラインで90分の講義を4週間にわたって見てもらい、それから小テスト、さらにレポートを出してもらう、という構成になっています。この中で約100名に対して、真ん中の第2週と最後の第4週に、東京大学に来てもらい、授業で学んだ内容を対面でさらに深めてもらうという活動をしました。

第2週がおもしろいので、内容をご紹介します。歴史の中で「~あるべき」という考え方と「~である」という見方があります。本郷先生のオンラインの授業では、「中世の日本は一つだった。朝廷をトップとして、鎌倉幕府はその下にあった」という考え方と、「実は鎌倉幕府と朝廷は並列していた」という2つの捉え方があるにもかかわらず、一般の教科書は前者の「権門体制論」だけを教えているのですよ、とおっしゃっています。

これに対し、まず事前に読んできてほしい史料をオンラインでアップロードし、当日は4人グループで史料を読んで解釈し、ディベートでそれぞれの説を主張して、どちらの立場の方がいいかのかということを、史料を元にグループで議論する、という活動を対面授業で行いました。

そこではやはり評価方法が問題になります。先ほどの完全習得学習の場合は、ドリルとテストなどの試験をすればよいのですが、高次能力の場合は能力そのものの測定が難しいですし、そもそも指標を探すこと自体が厄介です。

 

そこで、「歴史的思考力」に対して段階的なルーブリックを提示している研究を調査して、その指標を使ったり、歴史家の能力や考え方に関する専門的な内容を質問に落として専門家と近いかどうかということを比較し、効果測定を行っています。こちらについては、今分析中です。

評価方法にはついては難しいところもありますが、最近の海外の事例を見ますと、学習者同士の会話が、専門家同士の会話に似ているかどうかをテキストファイルで比較して、専門家のやり取りに近い内容ができるようになってきたかどうかという評価方法を試しているところもあります。

 

ブレンド型授業 ~反転授業のさらに先へ

一方で、「反転授業では宿題が増える」、「宿題をきちんとやってこなかったらどうするんだ」といった批判をされることもよくあります。実は、研究では、反転授業が出てくる前の2000年頃からこのような授業法の話は出ていて、「ブレンド型学習」という名前で広まっています。中でもガリソンとボーガン(Garrison & Vaoughan)は、探究的な学習を行うブレンド型学習を4つのフェーズで提示しています。

この「探究的な学習」というのは「Community of inquiry」と言われる、より自分達で興味を持って学習を進めていくというスタイルです。このブレンド型学習では、対面授業の前に、トリガーとなる「種を植える」フェーズを行うことになっています。対面授業は、「探求の機会を提供したり、探究で何か学んできたことを統合するフェーズの一歩目を作るところ」と位置付けられています。ここから先、対面授業後の部分が、反転授業ではあまり触れられていないところです。対面授業の後には、自分達でさらに探究したり、省察をして自分達の考えを統合していくというフェーズが入っています。最後は、次の単元の授業にむけてブレンド型学習の全部の探求の完成を助けるフェーズとなっています。

 

こうした4段階で見ると、どこをアナログ的に行い、どこにデジタルを入れるかということについては、かなりバリエーションが出てきます。対面前・対面中・対面後、さらに次の対面において、どういうツールを入れて、どのような学習活動を入れたらよいのかということについては、ガリソンがきれいな一覧表を作ってくれています。配布資料の「資料2」のところにそれぞれの内容をまとめてありますので、興味のある方はそこをご覧ください。

このフレームで説明しますと、反転授業は対面前はデジタルで、対面中をアナログにしています。従来型の授業は対面前も対面中もアナログ・アナログです。ところが、今日の数学の公開授業では、対面中に非常にわかりやすいデジタルの教材を使っておられました。このように、各段階でどのようにアナログとデジタルを使い分けるのかを考えながら学習を作っていくことが、これからの学習環境におけるICTの活用の焦点になると考えています。


ICTの活用を始める前に考えておくべきことは

最後に、授業でのICT活用を始める前に明らかにしておきたい課題を3つ、お話ししておきたいと思います。

 

1つ目は、具体的に生徒に何を学ばせたいのか、ということです。特に高次能力の場合は、「コミュニケーション能力」などといった、いわゆる「ぼんやりした」言葉になりがちなのですが、具体的にどういった発言を起こさせたいのかというレベルまで掘り進めると、自ずと評価方法を考えることもできます。ですから、まずはこの点に明確な解が出せるようにされるとよいかと思います。

2つ目は、ICTを導入するというとすぐ授業の中で使うというイメージになりがちなのですが、実はICTというのは、WEBを使ったり調べ学習をしたり、対面授業の前後のいろいろな場面に活かすことができます。そういった意味では、対面前後も含めてどういった学習活動が必要になるのか、ということを先ほどの4フェーズから再構築するということもよいだろうと思います。バーグマンも、「特に対面でなくてもよい活動と、対面でなければならない活動というものを意識するべきだ」という内容のことを言っています。

 

最後に、対面前後を含めた各学習活動の何を支えるために、どのICTを使うのか、という問題です。この点もしっかり意識した方が学習効果は高くなります。対面前の知識習得のために映像を使う、対面中の概念理解のためにシミュレーターを使う、対面後の振り返りのためにSNSの掲示板を使うというように、いろいろな観点でICTの導入方法を考えていけば、テクノロジー的に新しいICTを導入しなくても、組み合わせや授業の構成の工夫で、それこそ本当に次世代の学習環境が出てくる可能性があるのです。

 

 

参考文献
Bergmann, J., Sams, A.(2012) Flip Your Classroom: Reach Every Student in Every Class Every Day. Intl Society for Technology in.

バーグマン, J., サムズ, A., 山内祐平(監訳)(2014)反転授業. オデッセイコミュニケーションズ.

Chin, C. A(2014)Evaluation of a Flipped Classroom Implementation of Data Communications Course: Challenges, Insights and Suggestions. SOTL 2014 Proceedings.

Garrison, R. D., Vaughan, N. D.(2011)Blended Learning in Higher Education: Framework, Principles, and Guidelines. Jossey-Bass.

Tune, D. J., Sturek, M., and Basile, D. P. (2013)Flipped classroom model improves graduate student performance in cardiovascular, respiratory, and renal physiology. Advan in Physiol Edu 37: 316-320.

山内祐平, 大浦弘樹, 安斎勇樹, 伏木田稚子(2014)高等教育における反転授業の研究動向. 日本教育工学会第30回全国大会講演論文集, 741-742: 岐阜大学.



東京学芸大学附属高等学校の情報教育公開研究会
「次世代学習環境を実現するICTの活用~タブレットPC、電子黒板、クラウドでの共有~」
(10月1日東京学芸大学附属高等学校)での講演より