日本情報科教育学会 第9回全国大会 パネルディスカッション

テーマ「地域社会が情報科に求める教育と、教育現場が考える情報科が目指すべき教育」レポート

<パネリスト>

鈴木直樹氏(刈谷市前副市長)

松井茂樹先生(デンソー工業学園学園長)

香山瑞恵先生(東海中部支部支部長、信州大学)

水野修治先生(大会実行委員会副委員長、愛知県立岡崎商業高等学校)

 

<コーディネーター>

矢野宏彦先生(大会実行委員長、愛知県立千種高等学校)

 

地域社会と教育現場からそれぞれ2名のパネリストが、

情報科について各自の立場から課題を提示

日本情報科教育学会第9回全国大会のパネルディスカッションが、2016年6月26日(日)に、「地域社会が情報科に求める教育と、教育現場が考える情報科が目指すべき教育」をテーマとして行われました。

 

冒頭、コーディネーターの矢野先生から「パネリストは、地域社会の立場から鈴木氏、松井先生、教育現場の立場から香山先生、水野先生に登壇をしていただきました」との紹介があり、各パネリストがそれぞれの立場から情報科教育について意見を述べました。

 

鈴木直樹氏(刈谷市前副市長)は、エンジニアから民間校長を経て、刈谷市の副市長に就任し、刈谷市の産業育成と教育についての政策を担当された行政の立場から、国勢調査の事例を示しながら、情報が行政のスリム化のツールとなることなど情報の有用性について指摘しました。

 

松井茂樹先生(デンソー工業学園学園長)は、株式会社デンソー(以下、デンソー)という企業の立場から情報について語りました。デンソー工業学園は、自動車部品メーカーであるデンソーが設立した技能者養成所を前身としており、工業高校課程(中卒3ヵ年教育)と高等専門課程(高卒1ヵ年教育)の2つの課程があります。松井先生は「現代は、センサーや自動運転など自動車の情報化が進展しており、デンソーでもシステム製品が主流となっています」と述べ、そこでは「情報通信技術やソフトウェア技術がなくてはならないものとなっており、また、グローバル企業であるデンソーは、世界規模で情報の共有が必要とされています」など、情報および情報のスピード化が不可欠であると強調しました。

 

香山瑞恵先生(信州大学)は、情報科についての大学の立場として、「情報」を高校で履修してきた学生を受け入れる「求める」立場と情報科の教員養成を行う「目指す」立場の二面性があると語り、大学新入生調査の結果データなどから、「求める」立場として次の課題を指摘しました。ひとつは、生徒にとって高校での「情報」の存在感が希薄であること、もうひとつは高校あるいは個人によって「情報」の知識に偏りがあること、そして、現状は知識獲得に留まっており課題の実践まで至ってない可能性があることなどです。また、「目指す」立場から、多くの高校が「社会と情報」、「情報の科学」のどちらかしか設置していないため、大学で「情報」の教員養成を行う場合、学生は両方の教科内容を学びながら、なおかつ教科指導法も学ぶ必要があることや「情報」教員の採用機会が極めて限られている状況などから、採用試験にチャレンジする学生が少ない現状を課題としてあげました。

 

水野修治先生(愛知県立岡崎商業高校)は、高校の立場から意見を述べ、愛知県の情報科教員研修担当の経験から、継続的に情報科教員を採用している愛知県であっても全県で見ればまだ各学校への配置には程遠く、特に進学校で情報科教員の配置が少ないことを指摘しました。

 

また、教頭という学校管理職の立場から、教員採用の際に2単位という「情報」の単位数もあり、数学や理科など受験科目の教員を配置することが多くなりがちなことを説明し、社会のニーズと学校教育を取り巻く環境にギャップがあると語りました。また、ご自身がIT企業でエンジニアをしていた経験から、経済産業省や経済同友会の調査等で示される、企業が求める人材像は、概ね「チームワーク力(協働性)」、「課題解決能力」、「論理的思考力」などであり、これらはまさに「情報」で深く関わる内容だと述べました。

 

さらにIT企業時代にメガバンクの依頼で一般行員に対しプログラミングを教えた経験から、学校教育などを通じて万人がプログラミングの技術を経験する必要性を強調し、そこで身につく効率的作業能力や技術面での問題解決能力などが、その後のキャリアに影響することも指摘しました。そして、問題解決に必要なものを自ら作ることができる人材を育成したい、と語りました。

 

問題解決能力を超えて、さらに重要となる課題形成能力

~デンソー工業学園における「小集団活動」の取り組み

ここで松井先生から、問題解決能力の重要性に関連して、「問題解決の力は大切ですが、今の時代は、課題そのものを形成する力が必要であり、自ら課題を描き、自らその課題を解く人材が求められています」との指摘がありました。

 

さらに鈴木氏からも「これまでほとんどの仕事は情報処理能力で対応ができましたが、これからはオリジナルな思考力が必要です」との話があり、「自分の中で考えて課題を形成し、情報を使って解決できるような人材を多く育成する必要があるため、『情報』の授業では課題形成に重点を置いて欲しい」との意見が出されました。

 

加えて松井先生から、企業の製品開発に関連して「まだ世の中に存在しない新しいものを作り上げるためには、先生のレベルで物事を捉えてはいけません。最終的には先生を超える人材が、自分で課題を形成し、自分で課題解決に取り組むことで、製品開発をする人材に育っていくと考えています」と述べました。そして「そのような高い難度の課題に学生が対応できるのかとのご意見もあるかも知れませんが、対応できるための基盤となるものを学生たちに与えたいと考えています」と人材育成についても言及しました。

 

ここでコーディネーターの矢野先生から、「現在の高校教育は問題解決にやや寄っている嫌いがあり、課題形成という視点から、デンソー工業学園での人材育成の取り組みについて紹介して欲しい」との発言がありました。

 

これに対して、松井先生から、デンソー工業学園での特徴的な取り組みである、「小集団活動」についての説明がありました。「小集団活動」とは、5人ぐらいのチームで自らテーマを決めて、ものづくり活動を行う、自立創造型人材育成のためのプログラムです。

 

松井先生は事例として、「けん玉ロボット」、「レゴブロックのF1カー製造ライン」、「タイ国での体験学習」、「茶運び人形のからくり技法」、「人の関節動作の自動認識技術」、「次世代をにらんだ未来カー(自動運転)」をあげました。それぞれのテーマは異なるものの、共通して、学生の現状のレベルよりもやや高めの目標が設定されており、課題を進めるうちに人から教えられるという意識から自ら解決方法を考える意識に転換される仕組みが組み込まれています。これは、実際の職場で経験するであろう課題解決を意識した取り組みとも言え、さらに特徴的なことは、課題に取り組んだ結果の評価方法や評価基準も自ら考えることです。そして、松井先生は「これらの取り組みを進める上では、情報技術が鍵になっており、プログラミングやソフトウェア技術が重要です。情報技術との共生・共存が今後の製造業の成長の鍵です」と述べました。

 

このような取り組みに対し、他のパネリストからは、世界で戦う企業の人材育成のレベルの高さとそれをどのように学校教育に取り入れるかが課題であるという意見や新しいタイプの人材を育成するのにはこれまでとは異なる新しい方法が必要なため、これからの「情報」への期待は大きいなどの意見が出されました。

 

ここでフロアから、「現在はプログラミング言語を使用しないで工夫をして授業を進めているが、次期『情報』では、プログラミング言語で行う必要があり、2単位であることを考えると時間が不足するのではないか」との意見が出され、時間の確保と生徒のデジタルデバイドの解消は大きな課題であることが指摘されました。

 

これに対して、フロアの文部科学省・鹿野利春氏より、「プログラミングを始めから順を追って教えていくとかなり時間がかかります。そのため、様々な学習活動の中でプログラミングを取り扱うなどの工夫が考えられます。全部を教えるのではなく、基本的なことを教えて、後は生徒が伸びていく中で自ら学ぶという形や、課題研究と関連づけて取り扱うという形も考えられます。また、作業の学びであればその中で関連づけて取り扱うなどいろいろな進め方の形があります。プログラマーを育てることを目指しているわけではなく、プログラミングを通して論理的思考力などの資質能力を育むことが大切です。各学校の中で他教科も絡めてカリキュラムをマネジメントするなど新しい設計や工夫を考えていただきたいところです。また、デジタルデバイドも少ない状態に持って行きたいと考えています。そして、小中高で身に付けた資質能力を大学にまでつなげていくことを目標として現在、検討が進められています」と説明がありました。

 

 

次代を担う人材の育成

~チャレンジする体験を通じて育む

話題が人材育成に及んだところで、コーディネーターの矢野先生より、本日のパネルディスカッションのテーマにある「求める教育」と「目指すべき教育」に共通するのは、人材育成ではないかとの話があり、今後どのように人を育成していくかについてパネリストに意見を求めました。

 

鈴木氏は「人口減少社会と言われているが、人口が減っても個々人の能力が高ければ、大きな問題ではないでしょう。そのような能力の高い、新しいタイプの人材をどのように育成していくかが重要です。刈谷市では県内の工業高校と協力して、高校生を対象としたロボットの大会を実施しました。この大会のような新しい取り組みを積極的に進め、若者に機会を与えることを継続して行うことで人が育つのだと思います」と語りました。

 

松井先生は「若者の可能性は無限です。しかし、個人差もあります」と能力差への配慮の必要性について指摘し、その上で「一人ひとりのレベルを見て、それぞれにやや高めの目標を与えることが大切です」と述べました。さらに松井先生は「チャレンジをさせることが大事です。目標を達成できなかったとしても、できないなりの答えがあります。また、能力差による達成レベルの違いがあっても、体験するプロセスは同じです。課題形成や問題解決のプロセスを知ることが人材としての基盤となります。基盤さえあれば、ある日突然に能力が開花することもあります」とチャレンジする大切さを強調しました。

 

香山先生は教員養成の観点から次のように話しました。「大学の授業で成績評価の基準だけを満たせば良いと考えるのではなく、それ以上の目標にチャレンジする人材を育成していきたいと思います。また、その際の評価基準は重要であり、基準がぶれないようにすることが大切です。さらに、環境条件とそこで発揮できる能力についてきちんと自己主張ができる人材を育てていきたい」。

 

水野先生は「生徒に評価規準を作らせるデンソー工業学園の試みは非常に興味深い。そのように自ら学び続け、考え続け、皆と話し合って協働して作業できる人材を育成するのには、個々人毎による評価が大切になってくると思います。生徒に自分がどこまでできるのかを自分で考えさせ、体験を通じて気づきを繰り返すことが成長につながるのではないでしょうか」と語りました。

 

地域と連携した人材育成

~生徒が伸びる環境をいかに作るか

この後、フロアから質問がありました。「高校では『情報』の時間があり、中学では『技術』の中で『情報』を扱うことになりますが、小学校にはそれらに該当する教科がありません。そのため、『総合学習』でプログラミングなどを教えることになるため、教員が全てを教えるのではなく、地域の力を借りてはどうでしょうか」という提案でした。

 

企業の退職者などが小学校で生徒や先生にプログラミングを教えるという提案に対して、鈴木氏から「刈谷市はデンソーを始めとした製造業が多く存在し、また、工業高校の生徒の技能レベルも高い。刈谷市では『少年少女発明クラブ』という催しで、すでに企業OBの協力を得ている実績があります。新たな人材を探すよりも、地域人材を活用する方が、実現の可能性が高いと思います」と述べました。

 

さらに、松井先生も「デンソーはすでにいくつか連携を行っています。地域と連携して多くの若者を育てることが、今後のものづくりを支えることなると思います。これまで培ったものを活かして、地域の皆様と一緒に取り組みたい」と賛同しました。

 

また、香山先生からも「長野県は精密機械メーカーも多く、子育てなどで一時的に離職している女性の活用もあるのでは」とアイディアが出され、水野先生は「自治体によって差は出るが、企業のバックアップは非常に心強い。刈谷市はぜひモデルケースを作って欲しい」とエールを送りました。

 

最後に、コーディネーターの矢野先生から、本日抽出されたキーワードとして、「課題形成」、「人材育成」、「地域連携」が挙げられました。また、フロアから、高校での「情報」に関して、普通科の高校生は情報が苦手な生徒も多くいるため、スペシャリストの観点だけではなく、ジェネラリストの視点で考え、国民全体としての基礎的能力をアップさせる必要性を指摘する意見がありました。さらに、デンソー工業学園のメソッドに対して、扱うテーマが専門的ではあるものの普通科高校でも考え方は取り入れることができるのではないかという意見や、生徒が自由に取り組めて、能力を伸ばしていけるような環境を教員がどれだけ作ることができるかが重要、といったパネルディスカッションのまとめとなるような意見が出され、2時間半に渡る実りある議論は幕を閉じました。

 

※日本情報科教育学会 第9回全国大会(2016年6月)