授業事例43

情報科における「データの分析」教育の役割~柏陽IoTと柏陽ビッグデータの取り組み

神奈川県立柏陽高等学校 間辺広樹先生

データ分析の事例を二つ紹介いたします。

 

「ビッグデータ」「データサイエンス」などの言葉に象徴されるように、社会の中では「データの分析」に注目が集まっており、学校でもそれを教育することが期待されています。

 

 

次の新しい学習指導要領にも、今まで以上にデータ分析や統計教育が求められてくると思われます。しかし、実際、統計教育は本当に難しい部分が多く、数学Ⅰで「データの分析」を学んだ生徒でも、統計的な考え方ができていないことや、生徒が「データの分析」の必要性を感じていないという課題がありました。

 

柏陽高校は、過去にSSH(Super Science High school)だったため、科学的な学習活動が校風に強く残っていますが、データの扱いは根本的な課題になっています。例えば一度実験をしただけで「植物に話しかけたから大きく成長した」などといった、データに因らない結論を出してくる生徒も少なからずいました。

 

ですから、もっとデータで示すことの必要性や、データから発見する面白さを生徒に味わわせたいと考え、授業に盛り込みました。その取り組みが、題して「柏陽IoT」と「柏陽ビッグデータ」です。

 

柏陽IoT~身近なデータの計測・分析からネットワークの仕組みの理解へ

IoTとはInternet of Things、つまり物のインターネットということです。情報機器が小さくなり、データのやり取りが機械の間でも行われるようになってきていますが、今回注目したのが「ラズベリーパイ(Raspberry Pi)」という手のひらサイズのコンピュータと、プログラミング言語のドリトル、それからI2Cという規格のセンサーです。温度・湿度・明るさ・・・など、現在色々と販売されている小さなセンサーをラズベリーパイに取り付けて、身近なデータをドリトルで計測・保存できるようにした学習環境が、「柏陽IoT」です。 

センサーで取得したデータをインターネット上に送り、インターネット上のデータ格納サーバー上で誰もが見ることができます。

例えば、遠隔地にあるコンピュータをリモートコントロールします。このコンピュータには環境を測るセンサーがついていて、リアルタイムでその環境の数値をインターネット上に送ってきます。これを生徒の前で実践し、QRコードをもとに生徒たちが自分で所有するスマホや自宅のパソコンからアクセスし、実際にデータがセンサー側から手元のスマホに移動したことを生徒が確認する体験をするといった具合です。

 

この学習環境はデータ分析のみならず、色々な情報教育に使えるのではないかと考えています。ドリトルを使ってプログラミング教育も可能ですし、ネットワークの仕組みの理解にもつながります。さらに情報システムとは何なのかという理解にもつなげられると考えています。

 

「柏陽IoT」を用いたデータ分析の授業例

授業では、この環境を用いて「仮説を立て、データ分析をもとに検証する」というプロセスを行います。

 

具体的には、「昨日の朝9時から今朝の9時までの24時間でこの教室の気温がどのように変化したか」を想像させ、グラフに予想を書かせてみます。だいたいの生徒は、朝は気温が低く、日中にかけて少しずつ上がっていき、夕方はまただんだん下がっていくというグラフを書きます。

 

しかし実際は、朝の授業前の気温が一番高く、その後はどんどん下がり、明け方が一番低く、日の出とともに上がる、という変化でした。つまり、朝授業が始まるにあたりクーラーをつけたために温度が下がっていったということが読み取れます。実際の結果は多くの生徒の想像とは大きく異なっていました。

 

また、人が教室内にいる時間帯は気温に揺れがあることを発見的に学んだり、極端な気温の変化から「ここでクーラーを入れた」など、人の活動を推察したりすることができました。

 

授業後に生徒に書かせたコメントシートからは、「データを収集し、分析すると真実が見えてきて面白い」「データの散らばりには理由があることがわかった」など、授業に参加した39名中31名が「データ分析の大切さ」に気づいた旨を記述していました。まず想像し、それと実際のデータとを比べてみることで、きちんとデータを取ることの重要さに気づいてくれる生徒が出てきたということです。

このように、「まずデータに着目させる」ということには成功しました。その後は、そのデータ分析の必要性であるとか、データがどういうふうに流れて行ったか、あるいはこういった技術の高さや可能性に興味・関心を持つ。そして将来の研究のアイデアにつなげていってくれたら、そんな期待を持たせてくれます。

 

柏陽ビッグデータ~1学年320人×100問アンケートを実施

柏陽高校には、各クラスに何人かずつ「情報係」という役割の生徒がいます。その生徒たちに、勉強・部活動・SNS・恋愛など、どんな項目でもよいのでアンケートを作らせます。例えば「唐揚げにレモンをかけますか?」とか、「スマホはどのくらい使っていますか?」などです。最初なので、取りあえず色々な設問を100問ほど考えました。抜け漏れや重なりもありますが、生徒が考えたということで回答する側も興味も親しみも湧くと考え、まずはそのままにしました。そのアンケートに1学年318人の生徒が回答します。

データの収集にあたっては、放送大学が提供している「REAS(リアス)」というシステムを使って、リアルタイムに行います。それを生徒たちがExcelの表に落として、まずは眺め、様々な切り口でデータの分析を行います。すぐにはっきりとした分析はできませんが、少しまとめてみると、例えば生徒はイタリアに行きたがっているというような意外な結果が見えてきます。また、好きな果物がミカン、メロンが多いのですが、よく見ると、ひらがなの「りんご」とカタカナの「リンゴ」が混在していたりするので、それらを足したり共通のものをまとめていくと、順位に変化が起きたりします。他にも、より速く入力できるのは、パソコンよりスマホだと感じている生徒が300人中81人いるということで、これだけでも結構面白いデータになっています。

設問への回答同士を関連させてみる~ビッグデータ分析の経験へ

さらにもっと深めていき、何かの設問の答えと他の何かの設問の答えを関連させたら面白いんじゃないか、そういった仮説を立てること、そしてそれを検証させるということをやらせてみました。

 

生徒たちが立てた仮説としては、「スマホを打つほうが速いほど睡眠時間が短い」とか、「米が好きな人は朝ご飯を毎日食べている」などがあります。

中には「ポッキー好きな人は恋愛経験が多い」という仮説もありました。理由を聞くと、なんと「ポッキーゲームをやっているからだ」といった、非常に生徒のオリジナリティを感じさせる答えでした。

 

このように、身近な設問と答えから仮説を生み出すことができる面白さを生徒が感じていきます。または、データをどのように整理していけばいいのかということに興味を持ってくれる生徒もいました。

ある生徒は、「スマホの利用時間と成績との関係」に着目しました。スマホの利用時間と成績(個人が特定できないように加工したデータ)は、相関関係 -0.2 と相関は見られませんでしたが、さらに分析したところ、「スマホ利用が1時間以内」のグループには、「成績上位層」が40.0%を占めることに対し、「スマホ利用が3時間以上」のグループは「成績上位層」が14.4%と少なく、逆に34.0%が「成績下位層」にいることがわかりました。これらの結果をクラスに示したところ、生徒からのコメントシートには25名がスマホ利用の自制を記述し、18名がデータ分析の面白さを記述しました。このような学習によって、生徒が日常的に統計的な考え方を実践するようになることが期待される取り組み結果でした。

 

数学だけでは味わえない統計の必要性や面白さに気づく

身近なデータを用いてデータの分析をするための、二つの授業事例をご紹介しましたが、生徒たちには特に「動機づけ」に効果があったという感触を得ています。もちろん、今回の授業の前にも数学で様々な実践をしているのですが、数学の授業だけではなかなか統計的な考え方の理解には行けません。まずそもそも数学の教科書では統計が巻末近くに出てきてしまっていること、また、計算式は理解できるものの、それがどういう意味を持つのかということの理解に結びつかない生徒が多いのです。

 

ですが、今回のような授業を取り入れることによって、その必要性や面白さをある程度伝えられるのではないか、またそれが、情報科の果たすべき役割なのではないかと思っています。

 

今後の課題としても、いくつかあります。もっと分析や考察を深めさせる指導をしていきたいということ。そして、今回は初めにデータの取り方をこちらでお膳立てした状態から分析に入りましたが、本来研究は、目的とするデータを自分でどのように収集するべきかを考えさせることも大切です。そのようなことも今後指導していきたいと考えています。

 

※日本情報科教育学会 第9回全国大会(2016年6月)研究発表より