講演

教科「情報」とデモクラシー ~導入10年目の大会に寄せて

岡本敏雄氏(日本情報科教育学会会長・京都情報大学院大学/電気通信大学eラーニングセンター)

日本情報科教育学会第6回全国大会(2013年6月29日・30日、東海大学 高輪キャンパス)


岡本敏雄氏
岡本敏雄氏

欧米の情報の教科書には必ず「デモクラシー」という言葉が


今日は「教科「情報」とデモクラシー」というタイトルでお話ししたいと思います。教科「情報」を作るための調査で、あちこち海外に行った時、イギリスであれ、オーストラリアであれ、アメリカであれ、教科書の中に「情報科学技術」と「デモクラシー」という言葉が必ず入っていました。「デモクラシー」という言葉は、もともとギリシャ語の「デモクラティ」という言葉に由来しています。ディモスというのは人々で、クラティアというのは統治、つまり人々による統治ということです。


ヨーロッパ諸国においては、デモクラシーという概念を確立するために、それこそ血で血を洗うような長い歴史があるわけですが、情報という教科は、デモクラシーというものと、実は非常に強いつながりがあるのです。そんなことを踏まえながら、教科情報についてお話ししていきたいと思います。

 

情報教育の「with」「about」「through」


広い意味での情報教育には、「with」「about」「through」の3つの概念があります。

 

「with」というのは、ICTを、勉強や仕事、研究をする「道具」として利活用していきましょうということ。最近はいろんなツールが出ていますから、それらをうまく使いこなしながら、目的とする問題解決を図っていきます。それから「through」。これは「介して」という意味ですが、eラーニングなど、ICTを介して目的とするものを学んでいくということです。


「about」は、何について学ぶか。つまり学ぶ中身、カリキュラム、コンテンツというもので、これがあって初めて教科が成り立つわけです。しかし「about」だけだと、単にお勉強をしましたということだけで終わってしまうので、「with」と「through」は不可欠です。この3つの視点から、情報というものをしっかり捉えていく必要があるという話です。

 

教科「情報」がより充実した教科となるために


現行の普通科高校の教科「情報」は、残念ながら2単位必修で終わっています。「情報の科学」と「社会と情報」の2科目のうち、1科目を選択するということですね。それだけでは足りません。少なくとももう1つ、基本的に科学技術と社会的な問題をインテグレートした教科を必修で設け、それに加えて今の「情報の科学」「社会と情報」のどちらかを選択していく、そういう2単位必修+2単位選択のカリキュラムが必要だと思います。

 

もう1つは、大学入試の問題です。センター試験の中に、教科「情報」を入れ込む必要があります。今は時効だから言いますが、かつて私は、センター試験の問題作り委員をしていました。教科情報に関しては、情報を高校で一生懸命学んだ生徒たちがセンター試験を受験し、大学に入り、大学で成果を出す。こういった1つのルートをきちっと作っておく必要があるのではないかと思います。

 

それから、教員養成・研修の必要性。情報科学技術というのは、日進月歩しますから、若手の先生にもベテランにも定期的な研修が必要です。こういった制度をしっかり先生方に知ってもらう必要があります。教員教育に投資する必要もあるでしょう。

 

かつてはこの教科情報は、産業界のほうからも否定的な声がありました「情報をやるよりも、数学や物理・化学をしっかり勉強してくれ」と。ところが最近は、「これはやっぱり、高等学校でしっかりやってもらわなきゃ困る」と言われます。しかし、学ぶ機会と学ぶ内容の、国としての保証ができていない。これは非常に大事なポイントです。

 

「情報」の学力は他の教科で身につけられるのか


「情報って、どんな学力が身につくの? 数学をやればアルゴリズムも身につきますよ」「物理の中で、情報に関連するようなことをいろいろやればいいじゃないの」といった、情報の「学力」は他の教科でまかなえるというような意見があります。しかしそれは、私は、定義の幻想だと思います。情報の学力の構造は、数学とは明らかに違います。数学が得意な人が、100行、200行ではなく1000行以上のプログラムが書けるかというと、そういうわけにはいかない。コンピュータサイエンスの考え方がないと、実際に使い物になるようなプログラムはできません。

 

情報モラルはどうでしょうか。「道徳教育でやっておけばいいじゃないか」という意見もありますが、道徳教育を一生懸命やっても、情報モラルは身につきません。情報化社会における情報科学技術や文化というものの本質を知ったうえで、モラルのことをやらなければいけないわけですから。

 

こうした意見に対しては、情報学力の独自性を出していくことが必要です。説得力を持たせるために、他の教科と情報学力との相関を大局的な視点で調査をして、きちっと分析しなくてはいけないと思います。学会員の方々で、「よし、私がやってやる」、または研究室でやっておられる方がおられたら、いつでも応援します。

 

「informatics for all」の実現に向けて


私は国内にあるJICAの研修所で、イランやイラク、サウジアラビア、といった中近東の国々の高校の先生を対象にしたICTに関する研修を毎年行っていました。優秀な人材育成のために、国の制度で日本に研修に来させています。彼らは今日のテーマであるデモクラシーという言葉に対してものすごく神経質です。デモクラシーは、国家の存続と新しい価値産業を創造するときの原動力になっているのです。デモクラティアの原点は何か、というと、要するに、民衆が自由な意見を表出すること、言ってみれば、ICTを活用して自前の放送局なり、メディアを作る場、手段を持つということです。中東の国では、情報科の教育はそういった視点を配慮して、事実と社会、そして理念と市民のバランスのとれたものにしていくことが必要なのです。

 

日本も同じです。「informatics for all」、「万人のための情報学」。だから普通科にあるものなのです。万人の情報学となるために、教科情報の内容をしっかり精査して、体系化させ、カリキュラム、入試、教員養成や研修などを整えなければなりません。そして、教科情報の独自の学力を学術的にも主張していく必要があると考えています。