慶應義塾大学 総合政策学部/環境情報学部2016年度入試について

教科「情報」による入試への挑戦と期待

~「情報」は「未来を創っていく人材を育てる科目」

村井 純 慶應義塾大学環境情報学部長



慶應義塾大学SFCの2学部(総合政策学部および環境情報学部、以下SFC)は、2016年度(16年2月)の一般入試における科目変更の方針を昨年12月27日に公表しました。一般入試の科目の中に「情報」を入れる予定です。2016年の大学入試を受ける高校生が、今年(2013年)4月に高校に入学する前のタイミングでお伝えすべきと考えました。


現在、SFCの一般入試科目は、「数学」「外国語」「数学および外国語」の3つの中から1つを選択し、小論文を全受験生に課す形で構成しています。2016年度入試からは、これら「情報」を加えて、4つの中から1つを選択できる形にする予定です。小論文が全受験生必須である点は変わりません。


本日は2つの余計なことをお話ししてから、このような科目変更を考えた背景などを述べさせていただきます。

 

 

2013年度 総合政策学部の「数独」出題は、大反響

 

1つ目です。今年度の総合政策学部の入試で「数独」を出したところ、「いかがなものか」と怒られました(笑)。このことは今日の話題と関係していると思うので、どのような反響があったかを簡単にお伝えしたいと思います。


いろいろな記事が出ました。ツイッターでも受験生から大反響がありました。「時間をもっていかれた」「入試の問題ではないので、トレーニングをしていないから予想ができない」という声がいちばん多かったです。

 

そのほか、「総合政策学部さん、対戦ありがとうございました」という声も挙がっていて(笑)、「数独さえできれば入れる大学だ」「来年の受験生は慶応対策だから!と言って堂々と数独できる」。言い訳できるというところが重要ですね。「そもそも数独って数学なのかな?」これもいいポイントです。

 

そしてここが怒られたところです。某予備校からは、「もともとSFCは学習指導要領範囲外の内容や、奇をてらった問題を多く出す傾向にあるため、受験生もある程度は予想していたはずだ」。ありがたいことですね。しかし、「一方で、数独を趣味としてやっていた人が有利になりうる問題というのは入試問題としていかがなものか。娯楽で差がついてしまえば、これまで真面目に勉強してきた意味がなくなってしまうので、良い問題とは言えない。目新しさを狙って暴走してしまったのでしょう」。

 

暴走したつもりはないんですが(笑)、「真面目に勉強してきたことの意味がなくなってしまうような入試問題はいかがなものか」という意見があることは、きちんと受け止めています。

 

 

新ビジョンに向けて動き始めたSFC  ~未来創造塾 

2つ目です。SFCの教育方針をご紹介します。これはSFCの新しいパンフレットですが、SFCは「地球の未来を築く人材を育てる」という方針にもとづき、現在キャンパスを広げています。SFCの2学部・大学院の周りには中・高等部、看護医療学部、健康マネジメントの大学院もあります。未来創造塾開発予定地とあるところに、寮を作ります。


新しく作る寮では、言語能力、デジタルスキル、計量分析の基礎力強化に取り組みます。寮には650人が滞在できます。SFCは各学部に1学年450人ずつ、計900人の学生がいますので、1年間を2期に分けて、全員が滞在できるようにする予定です。

 

 

SFCの特徴

~2学部には共通部分が多く、共に通信・コンピュータを愛し、科学的思考を重視する

 
慶應義塾大学にはSFC 2学部の他に文・経・法・商・医・理工・看護医療・薬学部がありますが、SFC 2学部は文系でも理系でもない文理融合学部として、1990年に作られました。以来、アドミッションポリシーおよび入試方法に関する検討を重ねてきました。入試についてはご存知のように、AO入試をずっと続けており、AOで入った学生もたいへん優秀なので、このことを貴重に考えています。そして今後は、一般入試の中に「情報」を入れる予定です。

 

SFCの中で、環境情報学部はおもに「人と地球」のことを考え、その間に入ることは総合政策学部が考えるという役割分担をしています。とはいえ入学すると共通の授業がとれますし、科学的・論理的な思考を重視する点は共通しています。大まかに分けると環境情報は理系っぽく、総合政策は政策っぽい感じなのですが、これは大した違いではありません。
環境情報学部長の私はコンピュータサイエンス出身で、総合政策学部長の國領二郎先生は元NTTの、ITビジネスが得意な経営学者です。大学院の政策・メディア研究科委員長を務める徳田英幸先生もコンピュータサイエンス出身です。つまり通信・コンピュータが大好きなメンバーが、現在のSFCのリーダーを務めています。

 

 

一般64%、AO23%、付属13%


入試の話に入りましょう。こちらが2つの学部のアドミッションポリシーです。書いてあることは学部毎に当然異なりますが、入試は一緒に行っています。

 

【アドミッションポリシー】
○総合政策学部
総合政策学部は「実践知」を理念とし、「問題発見・解決」に拘る学生を求めます。問題を発見・分析し、解決の処方箋を作り実行するプロセスを主体的に体験し、社会で現実問題の解決に活躍する事を期待します。従って入学試験の重要な判定基準は、自主的な思考力、発想力、構想力、実行力の有無です。「SFCでこんな事に取り組み学びたい」という「問題意識」と明確な「テーマ設定」により、自らの手で未来を拓く力を磨く意欲ある学生を求めます。

 

○環境情報学部

ひとつの学問分野にとらわれることなく幅広い視野を持ち、地球的規模で問題発見・解決できる創造者でありリーダーを目指そうとする学生を歓迎します。環境情報学部の理念や研究内容をよく理解した上で、「SFCでこんなことをやってみたい」という問題意識を持って入学してくれることを願っています。SFCの教育環境や先端プロジェクトなどあらゆるリソースを積極的に活用し、「自らの手で未来を拓く力を磨いてほしい」と期待しています。

 

http://www.admissions.keio.ac.jp/fac/policy.html#fac7  より


各学部の募集人数は、一般入試が275人、AO入試が100人です。付属高校からの進学枠もあり、今年は55人でした。


2012年度(4月入学)の実績を入試方法ごとの比率で見ると、一般入試で入学した学生は環境情報学部は約66%で、総合政策学部の75%に比べるとやや少ない割合になっています。一般入試では、受験者の10分の1くらいに入学者を絞らなければいけないのですが、これをどのように決めているか、ということを説明しましょう。

 

数学・科学にきちんと向き合える学生がほしい


一般入試の一次試験は「数学」「外国語」「数学および外国語」を選択でき(配点は200点)、二次試験は全員に小論文(配点200点)が課されます。出題は総合政策学部と環境情報学部で異なりますが、入試の構造は同じです。

 
合格最低点は、受験科目によって違っています。たとえば2012年度の入試で、総合政策学部で「外国語」を選択した場合は、外国語の合格最低点は124点、小論文が122点で、それ以下の人は不合格になります。一方、「数学および外国語」選択の場合は、「数学および外国語」の合格最低点が122点。英語の問題が満点でも数学が0点だった場合は不合格です。その逆もそうです。

 

小論文について見ると、総合政策学部では政策的な問題、環境情報学部では理系っぽい問題が出てきます。2012年度の環境情報学部の小論文のテーマはデザインで、今年(2013年度)は身体知に関する問題でした。環境情報学部の、小論文の合格最低点を見ると、「数学および外国語」を選択した受験生は100点、「数学」選択生は78点、「外国語」選択生は122点です。つまり、同じ小論文の問題を解いているのですが、小論文のでき具合に関しては、数学選択生は、英語選択生よりできが悪いのですが、合格するようになっています。またもう一つの傾向は、この20年間を見ていると、全体に数学の力が落ちてきているような気がします。


ここが将来心配なところですが、科学・数学といったところが強い人でないと、地球全体の問題は解けないんじゃないかと思います。だから、SFCの学生にはそういったバイアスを多少かけていきたい、という想いも背景の1つにあります。「数学」と言わなくてもいいのですが、サイエンスにきちんと向かい合える子に来てほしい。こういう希望があるわけです。

 

これまで「数学」の中の選択問題で、プログラミングを入れていたのですが、これが今回の数学の学習指導要領の中から追い出されてしまったことが、入試科目の改訂を検討する一つのきっかけになっています。2015年度の入試は、数学の中に数値計算とコンピュータを入れてはいけない新課程になっているのですが、「2015年だけは、申し訳ないけど数学のほうにこれらを入れます」ということで、2015年は今まで通りの入試をします。そして新課程の情報履修者が卒業する2016年度に、入試科目に「情報」を入れます。

 


「情報」受験組が、「外国語」受験組よりも合格点が低くならないようにするために

 

試験日のイメージは以下の通りです。

 

午前

午後

学科

小論文

 

「数学」「外国語」「数学および外国語」「情報」の4科目からの選択と、小論文の両方の得点で入学者を決めます。情報だけができれば、小論文にたどりつく仕組みになりますので、「SFCを狙うなら、情報だけやっておけば、他の科目は勉強しなくていいですよ」みたいな感じに見える入試科目の構造ではあります。

 

「情報」入試の定員などは設けていないので、どうなるかがこれからの勝負です。たくさんの人に受けていただかなければなりません。本当にほしい学生、優秀な学生を取るための試験なのに、外国語や数学で受験した子よりも小論文の点が低いということになっては嬉しくありません。


SFCに情報入試を入れることについては、学内でも相当な議論がありましたが、とにかく「地球社会の問題」を解くためには情報の力を持っていないと駄目だと主張しました。SFCでは1年生から実践的な問題に出合わせているので、情報の力は必要不可欠だ、そういう意味でも入試に情報を入れましょう、と。

 

2016年度までに情報入試研究会で行う模試は3回しかありません。「高校生がどういう準備をして我々の受験をするのか」ということが入試の本質ですので、時間はあまりありません。問題を作ったりする上で高校や、塾・予備校の方々の意見を聞いて調整をしていき、盛り上げていくことができればと思っています。

 

 

【参加者との質疑応答】

 

1)2016年までに行うこの情報入試研究会の模擬試験の問題に対して、SFCとしてはどのようなお考えを持ちですか。

 

村井:2016年度のSFCの入試までは、まだ時間がありますので、SFCとしても、実際に高校生に解いてもらいながら、フィードバックを集めていきたいと考えています。そして、この研究会を通して、“良い”問題のあり方を共有して考えていくと同時に、大学ごとにどのような問題を出していくかということも、お伝えしていくべきだと思っています。

 

2)情報入試研究会で示されている「情報」のそれぞれの問題を見ると、たとえば説明文は国語じゃないか、鍵の数の計算は、数学の順列組み合わせじゃないか、というふうに感じました。そうすると、「情報」と小論文だけの入試でもいいということも考えられているでしょうか。また、隣接する科目との棲み分けはないことにもなるのでしょうか。

 

村井:私の心を見透かされてしまっているようですが、純粋に個人としての立場でいうならば、そうあっていいと思っています。「情報」という科目そのもの目的が、「これからの未来を作っていく人材を創る」ということにあるわけで、この目的でいえば、どこの大学にも共通する願いだと思います。私自身は「地球」と言いましたが、日本の政治を日本語でやっていたとしても、「地球全体の中で日本がどういうふうになるのかという視点を持ってほしい」というのがSFCキャンパス全体での願いです。そうなると、「情報」は、そういう力をつけるためにとても大事ですから、そういうことを含めて問題を出していくことになると思います。小論文と二本立ての体制を変えるつもりはないですが、「情報」の中で隣接の領域の力を見るということに関しては、隣接どころか、全然関係ない力も見ていくことになるかもしれません。


3)多くの高校では、「情報の科学」と「社会と情報」のどちらか一方だけを履修する生徒が多くなることが想定されます。このうち1つだけしか履修していない生徒への入試について、どのような対応をお考えでしょうか。

 

村井:私は学部長ですので、この場では、ざっくりとしたポリシーをお伝えさせていただきます。「出題範囲は気にしない」というのが私のポリシーです。どのような問題を出すかはお伝えしていきます。範囲は両方にまたがり、「どこからどこ」とは絞れません。つまりどんな問題を出しても範囲の中だと言うべきだとは確認してありますので、「どちらの科目から」という意識は持たずに、出題できるようにしたいと思っています。そうなると「どちらか1つの科目しか受けていない子はどうするんだ」という声が上がってくると思うのですが、授業というものは「盗んで受ける」のがいいものですので、両方の科目を受けておいたらいいんじゃないでしょうか…と私は思います。

●村井 純先生プロフィール

むらい じゅん。1955年生まれ。慶應義塾大学環境情報学部学部長、同学部教授

 

1984年、東京工業大学総合情報処理センター助手時代に、東工大と慶應義塾大を接続した日本初のインターネット「JUNET」を設立。以来、インターネットの技術基盤や活用の発展に関わり続け、「ミスター・インターネット」と呼ばれる。英語中心だった初期のインターネットを、日本語をはじめとする多言語対応へと導いた。1990年の慶應義塾大学環境情報学部(SFC)創立から、従来の大学教育の枠を超えて、最先端のサイエンス・テクノロジー・デザインを駆使し、人文・社会科学との融合をはかる教育の実現に尽力。教育哲学者、音楽史学者を両親に持ち、そして自らが情報工学を学んだという、幅広い、独自の視野のもとで、後進を育成、サービス系の新たな産業も含め、時代を切り拓く優れた人材を数多く輩出している。