オンラインイベント教科「情報」これからの一年 ~大学入試に向けた取り組み

基調講演 将来につながる情報Iの学び

桃山学院大学 竹中章勝先生

私は約8年前まで高等学校の情報科の教員をしておりましたが、今は自治体の教員研修や大学で講義をしながら、教科情報の今後をどうしていくか、ということを情報科に関係するみなさんと一緒に考えつづけております。今日はそのような立場からお話ししたいと思います。

 

 

学習指導要領2年目~授業をどのように進めて行くか

今年は学習指導要領が始まって2年目です。去年に続いて「情報Ⅰ」の授業が2巡目になっている学校や、高2での配置で今年から始まった学校もあると思います。

 

日々の授業はどのように進んでいるでしょうか。授業作りが2年目で、昨年の内容を踏まえた変化はあったでしょうか。中間試験や期末試験はどのような問題を作られて、どのように評価をなさっていらっしゃるでしょうか。先生方はいろいろ手探りで授業開発されたり、学校を超えてディスカッションしたりと、努力されていることと思います。

 

今年に入って、いろいろな出版社から参考書や問題集が出版されています。大学入試センターからも、昨年までに試作問題などが3セット分公開されています。

 

 

そんな中で、「情報I」を統一化した授業内容で進めるのは良いことではないか、という声も聞きます。もちろん、知識・技能等を含めた基礎的な内容を共通的に学ぶのは重要なことであり、そのメリットは十分あると思います。

 

ただ、「情報Ⅰ」は、問題解決を行うことが大きな目標になっています。そこで、学んだことを使ってどのように問題解決をしていくのかというときに大事なのが、やはり生徒自身が体験した「経験」です。知識として知っているだけではなく、それを使って手を動かしながら実際の問題解決をしていくことです。つまり経験主義と系統主義を両方生かし、知識的な内容とともに、経験に裏打ちされた学びのバランスが大切になると考えます。

 

 

知識獲得から価値づくりへ~学習指導要領が求める新たな学びの姿

これまでの学びでは、知識獲得が重んじられてきた感もありましたが、ここに「問題解決し、表現していく」ということが加わったことで、学びを通して「新たな価値づくり」をしていくことになります。

 

つまり、授業で学んだり調べたりした「知識・技能」のベースの上で、それらを活用しながら思考したり判断したり、そしてまたそこで疑問に思ったことは、もう一度「知識・技能」を確認したり、あるいは新たな知識を得たりしながら、同時に表現活動として自分自身で考えたことをアウトプットをしながら考えを深めていく。そして、考えた末に解決できたことで、自己有用感をしっかり高めていくという学習活動が求められていると思います。

 

 

これもよく言われることですが、「教育」というのは「教える」ことと「育てる」ことのバランスが大切です。ややもすれば、教えなければならない、授業で触れなければならないことが多々ある中で、生徒を主体としたときに、外から内へ注ぎ込むのが「教える」ということと、内から外へ出していく「育てる」というバランスが重要です。

 

その意味で、「主体的・対話的で深い学び」によって、内から外へ主体的に育っていくことが、現在の学習指導要領の総則や情報編で求められていることであると思います。

 

 

学習指導要領の総則に書かれている内容をまとめてみると、このような言語能力、情報活用能力(情報モラル含む)、問題発見・解決能力等や、思考力・判断力・表現力等といった学習の基盤となる資質・能力を育成しながら、最終的には「予測不可能な未来を生き抜く力」を身に付けていきましょう、ということが書かれています。つまりこれが、知識習得から「新たな価値づくり」へということになると思います。

 

 

授業の中で小さな問いを立てることを探究的な学びにつなぐ

そういった中で、「探究的な学び」というものが求められます。情報科で言えば、情報技術を活用して問題解決し、そこで学んだことや考えたことを伝える・表現する活動です。

 

例えば、今日のテーマでもありますが、「情報Ⅰ」の中で、大学入試を見据えてどのような授業を行っていくのか。

 共通テストまであと1年少しということで、先生方は本当にいろいろ考えていらっしゃると思います。生徒や保護者からも、「入試はどうなるんだろう」という声が上がるようになってきたでしょう。

 

そんな中で、先生方の授業では「探究的な学び」の要素をどのように取り入れていらっしゃるでしょうか。もちろん「総合的な探究の時間」と連携していらっしゃると思いますが、どのくらいの頻度なのでしょうか。

 

「そんな時間をどうやって捻出するのか。そもそも『情報I』の内容は、2単位(週2時間)ではとても足りない」という声をしばしば耳にします。私としては、毎時間の授業の中に、小さな探究的な学びをほんの少しずつでも取り入れていってはどうかと考えています。

 

 

つまりこれは、毎時間の授業で生徒自身が小さな問いを立てるということです。

 「問いを立てる」というのは、非常に難しいことです。専門的な研究でも、テーマさえ決まれば(つまり問いが立てられれば)、研究や論文はかなり進んだ段階に達している、という話はよく聞く話です。

 

まずは、毎日の授業の中で先生方から小さな問いを発してみてください。「何でこうなるんだろう」とか、「先人達はどうしてこんな仕組みを考えたり、実装したりしたのか」と。こういった問いを日々発していくことで、子ども達は自発的に「あれ、これってなぜだろう」と考えるようになり、解決の方法を調べたり考えたりするきっかけになるかもしれないのです。

 

このように、自分で調べたり考えたりする日々の小さなサイクルを回す中で、解決方法を体得しながら、だんだん大きな問い、いわゆる探究的テーマを探し、問題解決へつなげていくことが大事であると思います。

 

 

日々の気づきを重ねて、情報消費者から情報生産者へ

そして、生徒たちが「毎日の暮らしの中」で、日々の小さな気づきを大事にしていくことが必要であると思います。具体的には、社会の変化や、そこに関わる情報化の有り様を見つけて、「どういう仕組みになっているんだろう」という、理解や思考のきっかけとすることです。

 

例えば、お店での注文システムはどんどん電子化されています。予約システムや料金のお知らせ、領収書の発行、宅配便の再配達など多くのサービスが電子化されています。

これらがどのように実装されているかを考えると、たくさんの通信システムやデータベース、そして膨大なデータが関わっていることに気づきます。

 

これらを見て、どのようなメリットがあるのか。老若男女全ての人たちに使いやすいシステムになっているのか。より良い解決方法はないのだろうか。自分だったらこうするのではないか、という発想を持てているかどうかか問題です。

 

 

これらのコンセプトはどうなっているのか。どんなペルソナを対象に考えられているのか。そして、使う人はどのように認知して操作するのか。

 

さらに、それを効率的に運用するデータベース、自動化するプログラム、そしてネットワークを活用する上でどのような仕組みになっていて、どんなセキュリティ的配慮があるのか。ここには「情報Ⅰ」の内容が含まれています。

 

 

このように、単に知識を詰め込むだけでなく考えることを通して、社会へ参画する生徒たちが「情報消費者」から「情報生産者」になっていくこと、モノからコトへ、良い「体験」を作り出すことが、今とても重要になっています。

 

最近、「ユーザーに良い体験を」というキーワードがよく聞かれるようになりました。ユーザーの一連の動きを構造化して見ることで、思考や判断を行い、さらに論理的構造や情報技術の機構的な理解も含めて、ものがどのように動いているのかを考えること。そこから新たな価値を作り出して、その魅力を伝えるという表現活動を踏まえた力を付けていくということが必要であると考えます。

 

 

Society 5.0と言われる社会の中で、データを活用し、新たな価値を作り出す情報生産者になっていくために求められるのは、経験や勘だけではなく、データを分析してそれを活用することです。

 

情報通信ネットワークが発達して、大量のデータを扱うコンピュータネットワークが作られたことで、今や皆さんのスマートフォンでたくさんのデータが扱えるようになりました。ひと昔前で言えばユビキタスと言われた状態が、まさに皆さんのポケットの中で実現しています。

 

その中で、「社会を良くするための情報」を作り出すためにどんなことができるのか。よく例に出るのが、AEDの設置マップを作るという活動です。授業で扱われた先生もいらっしゃるでしょう。これを「情報I」の単元と関連づけて見てみましょう。

 

まず、設置マップの基礎データをオープンデータから収集することで「データの活用」。マッピングや情報整理する上でどのように作業を省力化するか、例えば自動的にピン立てをするための仕組みを作るのが「プログラミング」。誰がこのAEDの情報を使うのか、どこに接したらよいのか、ということは「ペルソナの設定」。そして、どうやったらより使いやすくなるかを考える「ユーザー・インターフェース(UI)/ユーザー・エクスペリエンス(UX)」は、単元で言えば「情報デザイン」の部分です。このように、「社会を良くするための情報」を作り出す活動が、「情報Ⅰ」の様々な単元と連携しています。

 

 

多教科と連携して情報科の学びを深めるための授業デザイン~問題解決で知識・技能と思考・判断・表現のループを回す

そういった意味からも、「今こそ多教科連携」をお勧めしたいと思います。情報科は多くの教科が連携した学び、「総合的な探究の時間」と連携した学びであるべきだと。

 

研修会などでこういったお話をすると、「(情報科の授業は)とても週2時間では足りない」という声を聞きます。ただ、これを2時間の中だけでやろうとするよりも、例えば、他の教科や「総合的な探究の時間」で学んだものをベースにして、情報科では情報技術をベースとして学びを統合していくことにも使えるのではないかと思います。

 

そして、多教科と連携する際には、さまざまな専門知識をベースにした授業デザインが必要です。さらに、昨今話題になっているディープラーニング等を含めたAI技術は、ドメイン知識、つまり各領域の専門知識を生かして、それをさらに発展・統合するための支援をするものです。

 

AIによる問題解決のためには、このドメイン知識が大切であって、適当にデータを入れればAIが勝手に解答を作ってくれる、というものではありません。どのようなデータの構造になっているのか、どのような手順で活用していくのかということが非常に重要ですし、また、まだまだ新しい技術なので、情報倫理、情報モラル的な視点や技術者倫理的な視点も含まれてくると思います。

 

 

ですので、「情報Ⅰ」の授業設計にあたっては、情報的見方・考え方に加えて、他教科(例えば、数学、理科、国語…)の見方・考え方を随所に取り入れて、双方の知識・技能を基に、主体的・対話的で深い学びによって思考力・判断力・表現力を育成しながら、各単元の目標・目当てを達成していくことが大切であると思います。

 これらの具体的な授業実践は、この後登壇される先生方からお話しいただけると思います。

 

その意味で、「情報Ⅰ」における思考力・判断力・表現力はどのような観点なのか、というルーブリックを考えることが大事であると思います。

 

 

では、2単位の中で授業を進めるための授業デザインをどのようにしていくのか、というお話をしていきます。

 

まず、知識・技能の内容については、できるだけ生徒達自身が教科書を読んで、自分で習得することが大切です。

 

特に、情報分野はネット上にたくさんの解説記事や学習動画があるので、それらを自宅学習などの中で主体的に学び、問題解決の過程でわからないところがあったら、またその知識に立ち戻って学ぶ、という流れを作ることで、主体的・対話的で深い学びを先生がアシストする授業デザインにつなげます。

 

 

そして、大きな問題解決に至るまでに、小さな問題解決のサイクルを回すこと。身近な問題解決と、社会的な広範囲の問題解決を組み合わせていくことが大切です。

 

 

例えば、文化祭の入場者をカウントしたデータを記録していく仕組み作りに情報技術を使うことができます。

 

さらに、単にデータを記録するだけでなく、取り入れた情報を活用したり、ユーザーが使ってみたい、と思ったりするようなシステムを作る体験につなぐこともできます。

 

 

例えば、前のスライドに出てきた入場者のカウントの仕組みをScratchで作ってみます。Scratchの拡張機能のML2Scratchを使うと、TensorFlowを使った機械学習で画像を読み取って属性別のカウントをすることができます。

 

予め、コンピュータのカメラで画面上に映る人物が行うハンドジェスチャーで、在校生はグー、他の学校の生徒はパー、保護者は丸、とカメラでとらえる形を学習させておいて、来場者に同様なハンドジェスチャーで使ってもらうと、単にカウントしてデータを取るだけでなく、使う人に喜んでもらいながら、データを収集することができます。そして、そのデータをもとに、文化祭2日目のプロモーションの改善に繋げることに活用することができます。

 

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こういったことを実際に体験することによって、知識・技能をベースに思考・判断・表現するサイクルを回すということが大事であると思います。

 

 

そして日々の学びや暮らしの中でICTや情報通信ネットワーク環境を利活用することも重要です。小中学校では、GIGAスクール構想によって端末の利活用が進み、毎年どんどん基礎スキルや活用のリテラシーが上がっている生徒の皆さんが高等学校に入学してきます。

 そういった生徒達に合わせて授業デザインを変えていく必要があります。

 

さらに、AIの利活用など、ICT機器を活用した社会環境の変化に対応する学びも求められます。文科省のパイロット事業も進んでいます。

 

 

学習指導要領との対応を意識することが、共通テストにつながる力の育成につながる

そういった中で大事なのは、学習指導要領に立ち戻って、今、授業で行っていることが学習指導要領のどこに対応しているか、求められている能力やスキル、コンピテンシーをどのように想定するかを確認することです。これによって、学習指導要領を基に作られる「情報Ⅰ」の共通テストに対応する力の育成につながるのではないかと思います。

 

 

そして、ここで先生方にうかがいたいのは、令和8年度、つまり令和7年度の第1回の共通テストが行われた次の年に、どのような授業をされているでしょうか、ということです。過去問が1セット出たから、じゃあそれに従った授業をしよう、というわけにはいかないとお考えではないでしょうか。

 問題解決の力を付け、「情報Ⅱ」でさらに深い学びに今後つなげていく必要があると思います。

 

 

情報科は、各学校1人だけで担当されている先生が多くいらっしゃると思います。そういった先生方の支援のために、学習指導要領を読み解いて、生徒の興味・関心を引き付けて主体的に学べるようにするための題材や教材、授業の工夫を盛り込んだ様々な指導案が公開されています。

 

その中で、授業の流れや内容だけでなく、それらの指導案や授業レポートなどの教材観や学習観、生徒観を読み取って、どのようなコンセプトで授業が作られているのか、ということを確認することが大事であると思います。

 

そして、「情報I」を学ぶことで、社会で活きる問題解決能力を育成すること。これによって、子ども達が「これだけの力を付けてきたのだから、大学入試や模試で力を試してみたい」という感覚になってくれることを期待したいと思います。

 

 

情報科の先生が1人だけでは、なかなか授業の相談などもできないかと思います。『キミのミライ発見』サイトには、全国の先生方の実践のエッセンス的な授業例が300件以上まとめられており、本当に貴重な情報がたくさん詰まっています。

 

また、各都道府県の教育研究会、情報教育研究会の活動も活発になっていますし、その全国組織である全国高等学校情報教育研究会(全高情研)では、毎年全国大会で実践事例の発表会を行っています。

 

 

そして、文科省では本当にたくさんの授業用のコンテンツや、先生方の研修コンテンツが制作・公開され、今までにない手厚いサポートが行われています。

これらもぜひご活用ください(※)。

 

高等学校情報科に関する特設ページ

 

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本日お話ししたことのまとめです。

 

生徒自らが、これからの基礎となる情報技術や知識・技能の獲得し、学校を卒業してからも、新しい技術やシステムがどんどん出てくる中で学び続ける。

 

身に付けた知識・技能を生かす小さな探究サイクルを日常化することから、大きな探究活動につなぐ。

各教科で身に付けたドメイン知識を、情報科でつなぎ合わせていく。

 

そして皆で授業実践を持ち寄って、みんなで考える授業デザインをしながら、学習指導要領に立ち戻って大学入学共通テストにつながるような思考・判断・表現、問題解決の力を付けられるような授業を作っていただきたい、ということで、この後の先生方の実践のお話につながればと思っています。

 

 

 

【質疑応答】

Q1. 高校・中等教育学校教員

情報科全体の底上げのために、県レベルではどのようなことができるでしょうか。

 

各学校で、情報科を担当されている先生が1人のところが多いのではないかと思われます。

 

なかなか日々の授業に関する会話を行うことも難しく、授業の振り返りや次の授業の計画を話し合う仕組みを「情報科研究会」などを通じてつくっていくことが大切かと思います。そして「情報社会」において都道府県の枠を超えて共有することが可能かと思います。

 

また、都道府県レベルで「授業見学会」として研究授業だけにこだわらず「日々の授業レベル」の見学を通して意見を交換することや、指導助言などを求めることも大切かと思います。

 

文部科学省のサイトにも、続々と教員研修ビデオや参考資料などが掲載される「高等学校情報科に関する特設ページ」(上記※参照)があります。 新たに掲載された記事についてオンデマンドで書き込める掲示板システムやビデオ会議など「オンラインディスカッション」で情報共有とともに意見を交換することができるかと思います。

 

何よりも、これは都道府県教育委員会の取り組みになるかもしれませんが、すべての教科の先生方に「情報科の目指す目標や学びの意義」を共有し「各教科的見方考え方と情報的見方考え方を活かした問題解決の重要性」を認識していただき、情報科学びの重要性を理解いただくこと、そして、GIGAスクール構想などに基づいた「1人1台端末」の全ての教科での活用を通じて、「リテラシー向上から進める情報科」の学びの底上げが大切かと思います。

 

 

Q2.大学教職員

情報分野は、変化が速いです。教育の現場では、どのように対応したらよいでしょうか。

 

確かに、情報技術を用いた応用事例など、「情報分野」は日々の変化が速い分野だと思います。しかし、それぞれの発達段階や学びの専門領域において活用される「基本となる技術や理論」などを授業や講義でおさえていくことは、まだまだ求められると思います。

 

その先にある「具体的な活用」やサービス、アプリケーション活用などを例に出しつつも重要となる内容の理解を深め、自分たちの世代が情報生産者になり、社会の問題を解決していくためにどうしていけば良いか考える意欲を高めることが重要かと思います。

 

自分の専門分野の考え方を情報技術が手助けする、学習者自らが問題解決を行っていくことに、意欲を持って取り組める学びを作っていきたいと考えています。

 

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