情報処理学会 高校教科「情報」シンポジウム2023秋(ジョーシン2023)

大学入学共通テスト『情報Ⅰ』で問われる資質・能力とは

独立行政法人大学入試センター 試験問題調査官 水野修治先生

これまで情報処理学会は、大学入学共通テスト(以下、共通テスト)に『情報Ⅰ』が入ることに関して、このスライドにあるように様々なポジティブなご意見の発信や取組をしていただいたり、大学入試センターが公表した問題のアーカイブなどを学会関係のWebサイトに掲載していただいたりして、私どもの背中を強く押していただいております。

 

また,最近では、令和5年度から共通テスト「情報関係基礎」の教育研究団体による外部評価ということで、学会からご意見、ご評価をいただいており、より適正な試験問題となるようご協力もいただいています。もちろん、これまでセンター試験や共通テストの試験問題の作成に関わっていただいた先生方も多くいらっしゃいます。

この場をもって御礼申し上げます。

 

※1 https://sites.google.com/a.ipsj.or.jp/ipsjjn/resources/JHK

 

本日は、大学や高等学校の先生方、また教育産業の方もたくさんご参加と伺っておりますので、「大学入学共通テスト『情報Ⅰ』で問われる資質・能力とは」と題して、いろいろな方に向けてのお話ができればと思います。

 


 

高大接続改革と大学入学共通テスト

 

共通テストのお話をする前に、まず、高大接続改革がなぜ必要になったのか、いま、子ども達に何が求められているのか、ということを確認しながら、共通テストの『情報Ⅰ』ではどのような資質、能力を測ろうとしているのか、ということをお話したいと思います。

 

高大接続改革は、皆さんご存じのように、私たちを取り巻く社会環境が大きく変化して、予測のつかない社会で生き抜くために必要な力を身に付けさせるための改革です。

 

そこでは、さまざまな課題に対して多様な人々と協働して解決する力、知識基盤社会の中で新たな価値を見いだして創造していく力が求められています。

 

そのために、大学教育では「3つの方針」に基づく質的転換が図られ、大学入試で測る力も、「学力の3要素」を多面的・総合的に評価するために、センター試験から共通テストに変わり、大学の個別選抜試験も変わりました。

 

また、高等学校では、学習指導要領が改訂されて、目指す資質・能力の育成のために、授業改善が図られることになりました。このように、社会で生きるための力を身に付けさせるために、大学教育で必要となる力を身に付けさせる。そのために、高等学校教育で育成する資質・能力を見直し、同時に、その接続である大学入試で測る力も見直す。

高等学校での学びは、大学に入るためだけに学ぶのではなく、高等学校・大学を通じて社会で生きる力を伸ばす一連の流れの中にあります。

 

 

高大接続改革で、大学の入学者選抜は「学力の3要素」の面で大きく変わりました。これまでのセンター試験は、少し知識に寄ったところがあったかもしれませんが、共通テストになって、知識・技能はもとより、思考力・判断力・表現力を発揮して解くことが求められる問題を重視するようになりました。

各大学の個別試験でも、一般選抜や総合型選抜などでは、これまで以上に、思考力・判断力・表現力はもちろん主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度なども重要になってきています。

 

もちろん、これらの「学力の3要素」は、改訂された学習指導要領を通してしっかり育成されるように、資質・能力の3つの柱として位置付けられています。

 

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こういった中、国は高大接続システム改革会議の中でも共通テストに『情報Ⅰ』を導入することを検討し、その後も折々に重要な決議をして、私どもも少しずつ準備をしてまいりました。

 

 

その背景には、近年の情報教育の変化が目覚ましいことがあります。初等中等教育では、小学校のプログラミング教育が必修化し、中学校の技術でもかなり高度なことを行っています。

 

そして、GIGAスクールで1人1台端末の整備が進み、高等学校では、『情報Ⅰ』が必履修科目となりました。

 

大学に目を向けると、「AI戦略2019」で、文理を問わず全ての大学・高専生が、数理・データサイエンス・AIを習得するようになっています。これは国が相当力を入れて推し進めています。

 

 

こちらは、文部科学省のデジタル人材育成に向けた取り組みの資料です。

 

左側にあるのが、先ほどの、数理・データサイエンス・AIの育成目標です。右側の「小中高校」と「大学」の接続の部分に、大学入試の『情報Ⅰ』があり、入学者選抜に『情報Ⅰ』を課すことによって、この数理・データサイエンス・AIについても、大学等で高等教育を受けるにふさわしい力を測り、スムーズな学びの連続性を確保する、という構造になっています。

 

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『情報Ⅰ』の出題方法等

~現高3生=旧課程の受験者に対しては、今のうちから意識させることが必要

 

現在、共通テスト『情報Ⅰ』の出題に関して決まっているところを、改めてご説明したいと思います。

『情報Ⅰ』は試験時間60分、100点の問題で、この令和7年度に限っては、旧課程履修者に対する経過措置科目として、『旧情報』を選択することができます。

 

今の高校3年生が履修している旧課程は、「社会と情報」「情報の科学」の選択必履修科目となっておりますので。『旧情報』の中に、「社会と情報」「情報の科学」それぞれを主な範囲とする選択問題を設ける予定です。

 

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これは、昨年11月公表の令和7年度共通テストの試作問題の『情報Ⅰ』と『旧情報』の問題構成です。2つの科目に共通する内容もありますので、共通の問題が配置されております。

 

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なお、旧課程履修者は、例えば地歴・公民については、新課程科目、旧課程科目どちらを受けるか出願時に登録する必要がありますが、情報は問題冊子を2つの科目1冊にする予定でおりますので、試験当日に『情報Ⅰ』『旧情報』から1科目を選択することができます。新課程履修者は、旧課程の『旧情報』を選択することはできません。

 

最終的にどうなるかはまだ分かりませんが、試作問題では、『旧情報』の問題の中表紙に、各問題が「社会と情報」または「情報の科学」のどちらが主たる範囲であるかを示しています。

 

旧課程履修者は、「社会と情報」か「情報の科学」のどちらかを履修していますから、選択問題の何れかを選択する形になります。これは、高等学校で「社会と情報」「情報の科学」のどちらを履修したかに関係なく、問題の選択は可能となっています。

 

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このことにつきまして、高等学校の先生方にお願いがあります。

 

まず、今の高等学校3年生は、(今からそういった予定をしている生徒はいないかもしれませんが)再来年共通テストを受けることになったら、『情報Ⅰ』か、この経過措置科目『旧情報』を,大学によっては受けなければならなくなることを、今のうちからお伝えいただきたいと思います。

 

高校生は、「情報」を勉強したことは覚えているかもしれませんが、「社会と情報」「情報の科学」のどちらを履修したか、ということは意外に分かっていないようです。専門学科やSSHなどの教育課程の特例で、学校独自の科目を設定している学校はなおさらかと思います。

学校設定科目など代替科目はどちらかの科目に対応しているはずですから、『旧情報』の受験者がその場で焦らないように、自分はどちらを学んできたのかを、きちんと伝えておいていただきたいと思います。

 

 

科目間の得点調整に関しては、今回『情報Ⅰ』と『旧情報』は得点調整の対象になっています。

 

今までは、受験者が1万人を切ると得点調整の対象ではありませんでしたが、初めて出題する科目ということもあり、『情報Ⅰ』と『旧情報』については、この制約を無くすことを決めております。

 

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令和7年度大学入学共通テストの問題作成方針~学習指導要領が育成を目指す資質・能力を踏まえる

 

続いて、共通テストの問題作成方針についてお話ししたいと思います。

 

共通テストでは、高等学校教育で「学力の3要素」を確実に育成して、大学教育で伸ばすために、学習指導要領をしっかり踏まえて作ろうと考えています。

 

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これは問題作成方針にも反映されています。

 

センター試験までは、このような問題作成方針というのは公表していませんでしたが、共通テストになってからは、問題作成の基本的な考え方や問題の構成や内容、教科や科目で問いたい力や重視する学習の過程、資料の扱い方などを公表するようにしました。

 

全科目共通の問題作成方針として重要なこととしては、スライドに赤字で示されているように、「大学教育を受けるためにふさわしい、能力・意欲・適性等を多面的・総合的に評価・判定する」ということがあります。

 

 

具体的に申しますと、「高等学校学習指導要領において主体的・対話的で深い学びを通して育成することとされている、深い理解を伴った知識の質を問う問題」、「知識・技能を活用し、思考力・判断力・表現力等を発揮して解くことが求められる問題」を重視するとあります。

 

2つ目として、「出題の科目の特質に応じた学習過程を重視し、問題構成や場面設定等を工夫する」。例えば、「社会や日常の中から課題を発見して、解決方法を構想する場面や、資料やデータ等を基に考察する場面、考察したことを整理して表現しようとする場面、探究的に学んだり、協働的に課題に取り組んだりする過程」といったものを効果的に取り込んでいこうと考えています。

 

よく「共通テストになって、会話形式の問題が多い」と言われますが、まさにこういった場面設定のために会話形式が用いられるわけで、会話形式にすることが目的ではない、ということがご理解いただけるかと思います。

 

 

今お話ししたのは、全教科・科目共通の問題作成方針でしたが、この方針を踏まえ科目『情報Ⅰ』に関しても問題作成方針を公表しております。

 

『情報Ⅰ』では、「日常的な事象や社会的な事象などを情報とその結び付きで捉え、情報と情報技術を活用した問題の発見・解決に向けて探究する活動の過程、及び情報社会と人との関わり」を重視します。

 

そして、問題の作成にあたっては、「社会や身近な生活の中の題材、及び受験者にとって既知でないものも含めた資料等に示された事例や事象について、情報社会と人との関わりや、情報の科学的な理解を基に考察する力を問う」とされています。

 

 

試作問題とそのねらいについて~問題文をきちんと読んで理解した上での考察が問われる

 

昨年11月に公表した試作問題は、概ねこの問題作成方針の下で作成されております。

 

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既に先生方はご存じと思いますが、試作問題は大問4つで構成されていて、それぞれこちらのスライドのような内容を扱いました。

 

『情報Ⅰ』には4つの大きな領域があります。個々の大問には対応していませんが、全ての領域について(多少凸凹はあるかもしれませんが)問うようにしております。

 

 

いくつかの問題について、どのような考え方で作っているかということを簡単にお示ししたいと思います。

 

こちらはパリティビットの問題ですが、パリティビットを知識として知っているかどうかを聞いているわけではありません。説明は問題文に既に書いてあるので、それをきちんと読んで理解して、その上で考察できるかという問題になっています。

 

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二次元コードの問題では、特許権との関わりで、この二次元コードが普及した理由について問うています。これも教科書にはその理由は書かれていませんが、特許権についての深い理解をもとに思考・判断・表現等をすれば解答を導ける問題と考えております。

 

また、位置検出マークが四角形になっているのはなぜか、円形ではなぜダメなのか、というのは、画像の特性をしっかり理解していれば考えることができるだろう、という狙いで問題を作っています。

 

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第3問はプログラミングの問題です。

 

これも単なるプログラムのスキルを問うのではなく、この場における問題解決、ここでは、問題で定義されている上手な支払い方をしっかり理解して、論理的にアルゴリズムに落とすことができるか、という問題になっております。

 

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第4問のデータ活用の問題では、オープンデータを基に問題解決に向けて、きちんと考察できるかという問題になっています。

 

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『情報I』と『情報関係基礎』の違いに注意!

 

大学入試センターでは、『情報Ⅰ』について、これまでこの試作問題も含めて、3つの問題を公表していますが、高等学校の先生方においては、やはりまだどのように指導すればよいか、ということでご苦労されているのかもしれません。

 

これまで、大学入試センターでは、センター試験と共通テストで『情報関係基礎』という科目を出題してきました。『情報関係基礎』は、ご存じのように、専門教育を主とする、農業、工業、商業などの8教科に設定されている情報に関する基礎的な科目を出題範囲としているので、『情報Ⅰ』とはかなり内容が異なります。

 

もちろん、問題作成方針もここにあるように異なります。このように、出題範囲や問題の方向性、科目に応じた問いたい力が異なりますので、もしご指導・ご助言などされるような機会がございましたら、『情報関係基礎』と『情報Ⅰ』の違いをしっかり見極めていただき、受験者や指導される先生方が誤解されることがないようお願いしたいと思います。

 

 

共通テストのプログラム言語は「共通テスト用プログラム表記」

 

もう1点、プログラミングの表記についてお願いがあります。

 

「情報関係基礎」で使われているプログラムの表記は、これまで「DNCL」という共通テスト手順記述標準言語を利用してきましたが、『情報Ⅰ』では、試作問題公表時に、「共通テスト用プログラム表記」という表現を用いることを公表しています。

 

私も、サンプル問題を公表した頃までは、「新しいDNCL」といった言い方をしていたこともありましたが、この2年間くらいは、DNCLから表記が変わったというだけでなく、これはプログラム言語ではなくプログラムの表記であるという意味で「日本語を使ったプログラム表記」とか「共通テスト用プログラム表記」と説明してまいりました。

 

現在、センターが公表しているDNCLは、「情報関係基礎」の2022年の1月版のDNCLの仕様になります。これは『情報Ⅰ』では利用されないものですのでお間違えの無いようにお願いします。

 

指導される先生方や受験者が誤解するといけませんので、今後、このプログラム表記についてご執筆やお話する機会がございましたら、なじみやすい略語がないのですが、「共通テスト用プログラム表記」と表現していただきたいと思います。

 

実際、私どもに「『情報Ⅰ』で利用するDNCLの仕様が、2022年1月で止まっていて、新しいものはどこにあるのか」という問い合わせが来ておりまして、誤解されている方がいらっしゃるようです。どうかご注意とご協力をお願いしたいと思います。

 

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共通テスト『情報Ⅰ』で問われる資質・能力とは

 

最後に、『情報Ⅰ』で問われる資質・能力ということについてお話ししたいと思います。

 

共通テスト『情報Ⅰ』に向けて、授業を変えなければいけないのか、とご心配されている先生方がいらっしゃいましたら、「学習指導要領に従って授業してください」とお答えしようと思います。共通テストでは、そこで培われた力をきちんと測ろうとしております。

 

 

これは、もう馴染みの資質・能力の三つの柱の図ですが、以前の学習指導要領は、「教員が何を教えるか」という学習内容、いわばコンテンツベースの学力観に基づいて構成されていましたが、生徒目線で「何を理解しているか」をベースにしながら、「何をできるようになるか」という資質・能力、コンピテンシーベースの学力観に基づいて構成されております。共通テストでは、この資質・能力を測ろうとしております。この図の左下に「生きて働く知識・技能」というのがあります。

 

 

「生きて働く知識・技能」とは「概念的な知識」とも言われます。これは,単に記憶した知識ではなくて、新しい知識を学んで、それを自分の経験や今までの知識と関連付けて、自分の中で構造化されて形成された知識のことです。

これは,自分の中で、いろいろ思考・判断・表現することによって生み出されるものですが、こうして得た知識は、社会の様々な場面で活用できるものです。したがいまして教科書に載っている用語を一つ一つ詰め込むことに重きを置くというよりは、情報や情報技術を活用して様々な問題解決のために思考力等を発揮するために必要な知識、活用できる知識が重要になります。

 

 

新しい学習指導要領では、学んだ力よりも、学び方や学びに向かう力を重視しております。学ぶ力があれば、これからの世の中を生きていける。そのためには、「主体的・対話的で深い学び」の視点からの学習過程の改善「どのように学ぶか」が重要になってきます。

 

「主体的」を『情報Ⅰ』の学習場面に置き換えると、実生活や実社会における課題など、興味がある・関心が持てる題材を使う。「対話的」では、他者と協働したり、相手の意見を聞いたり、自らの考えを伝えるということ。「深い学び」は、科学的な見方・考え方をもとに、プログラミングを活用したり、データを活用・分析したりといった活動になるかと思います。

 

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こういう学びをした上で、学習指導要領の総則では「振り返り」を計画的に取り入れることが重要と言っています。日頃の授業で「振り返り」をされていると思いますが、感想や内容の写しで終わらせることなく、少しだけ抽象度を上げて概念化,一般化したりして、自分の言葉で言語化することが大切なのではと思います。

そうすることで、自分の中にストンと落ち、学習内容の確実な定着が図られるとともに、こういう学びで得たものは様々な場面で、未知の問題を解決する場面で活用できるものだと思います。その過程で思考・判断・表現力が育まれ、生徒が「学ぶって面白い」「新しいことを知るって楽しい」と、学んだことの充実感、達成感が得られれば、生徒はどんどん伸びてゆく、学びに向かう力が育成させると考えられます。

 

 

改めて『情報Ⅰ』の問題作成方針を見ますと、まさに社会や身近な題材を基に、表面的な知識や技術ではなく、概念化された深い理解、さらにそれらを活用して主体的・対話的で、深い学びで得られる資質・能力を測ろうとしていることがご理解いただけるのかと思います。

 

これからは、試験で同じような問題が出たときに解けるように勉強するのではなく、どんな問題が出てきても、粘り強く、考え抜く力が求められていると思います。そして、そういった力こそが、社会環境が大きく変化する中で生き抜くために必要な力なのだと思います。

 

 

 

高校教科「情報」シンポジウム2023秋(ジョーシン2023)