New Education Expo 2023

高校の「情報科」について

京都精華大学 メディア表現学部 鹿野利春先生

私はもともと高校で教師をしておりましたが、その後財団法人の職員や教育委員会事務局を経て、文部科学省で「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」の学習指導要領の作成に関わりました。現在は大学に所属しながら、一般社団法人デジタル人材共創連盟(デジ連:※1)を立ち上げて、子ども達のデジタル力を伸ばしていこうと頑張っています。

  ※1 https://dle.or.jp/

 

高校の情報科がどのように変わったかについては、皆さんすでにご存知のことと思いますが、簡単に復習します。旧学習指導要領では、教科「情報」の中に「社会と情報」「情報の科学」という2つの科目があって、どちらかの科目を選択して必ず履修する選択必履修という形でしたが、これでは大学入試の科目にするのはなかなか難しかったようです。今回の学習指導要領の改訂では、これから求められる情報の力とはどのようなものかを考えて、「情報Ⅰ」という1つの必履修科目にまとめ、さらにその上に発展科目の「情報Ⅱ」を積み上げることになりました。

 

今は特に「情報Ⅰ」が話題の中心になりやすいですが、今後「情報Ⅱ」が大学入学共通テスト(以下、共通テスト)に入ったり、各大学の個別試験で入ったりすれば、また議論が広がると思います。

 

「情報I」のスタートがもたらした変化

 

ここからは、今日の本題の共通テストの話をします。

 

共通テストは、学習指導要領の基本的な構造に沿って生徒がどのような力をつけたかを測るものですので、「情報I」で言えば、1問目が「問題の発見・解決」、2問目が「情報デザイン」、3問目が「プログラミング」、4問目が「データの活用」といった出題が考えられます。

 

この学習指導要領を作成するのと並行して、高大接続システム改革会議では、大学で数理・データサイエンス・AIの教育を全学生に対して行い、高校では「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」を実施するのであれば、大学入試も変える必要があるね、という議論が進められました。これを受けて、共通テストに「情報I」が入って来たわけです。

 

 

情報科が入試に加わった結果、高校の現場にもさまざまな変化がありました。

 

まず、情報科の教員採用が47都道府県全てで行われるようになり、免許を持たない先生が減少しました。

 

 

今年、情報科の免許を持たない先生の数は、昨年に対してマイナス700人。文科省は、来年度はゼロにしたいということで動いています。現在でも、免許を持った先生が多くいるため、配置がうまくできれば、情報科の免許を持った先生が教えられる状況です。

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研修も充実してきました。ただ、先生方にとっては研修の負担が増えますし、入試対策の不安が大きいと思います。もちろん、日頃の授業内容にも、初めてということで戸惑いがあると思います。文部科学省は、情報科の特設Webページ(※2)を作ったり、動画配信を行ったりと、強力なバックアップをしていす。

 

 ※2 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1416746.htm

 

私も文部科学省を辞めてからは、スタディサプリやLife is Tech!レッスンの監修をしたり、教材や問題集を作ったりしています。現在は、次の教科書改訂と受験用の問題集の作成に取り組んでいます。大変ですが、「情報I」のより充実した展開に向けて、全速力で走っている状況です。

 

 

「情報I」になったことで、求められる能力も変化しました。知識や技能など、「知っているかどうか」だけでなく、それをどう身につけるか、どう使うかが問われることになりました。入試問題においても、思考力・判断力・表現力を問うものが当然入ってきます。

 

 

これは、学習指導要領に示された、育成すべき資質・能力の3つの柱です。

 

入試では、このうち「学びに向かう力・人間性」は問うことは難しいので、主にどのような「知識・技能」、「思考力・判断力・表現力」が身についているかが問われます。

 

 

こちらは、学習指導要領を作成する際に、小学校・中学校・高校のそれぞれの段階で、情報教育において何を・どのくらい学ぶのかを左側にまとめ、右側でそれを割り振ったものです。ここから高校の情報科の位置付けが見えてきます。

 

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小学校から高校に向けての学習の積み上げがこちらです。

 

統計に関する学びで言えば、小学校から統計的な考え方が重視され、中学校では簡単な統計の基礎を学びます。そして、高校の「情報I」では数学Iと連携し、「情報Ⅱ」では数学Bと連携して、データサイエンスまで学びます。

 

プログラミングも、小学校では教科の中で体験し、仕組みを知って活用の可能性を拡げる。そして中学校ではプログラミングを使って簡単な問題解決をやってみる。さらに高校では、問題の発見・解決を行うことにプログラミングを使う、という流れです。ですから、高校の情報科だけが変わったのではなく、小・中・高のすべてが変わったのであり、高校で高度なことを行う背景には、小学校・中学校におけるしっかりとした学びがあるということです。

 

 

「情報I」の具体的な内容と考えられる出題

 

「情報I」の具体的な内容と、それぞれの分野でどういった出題が考えられるかということについて見ていきましょう。

 

こちらが学習指導要領に示された、「(1)情報社会の問題解決」の内容です。

 

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「情報社会の問題解決」では、今まではスライド左側のように、問題の発見・解決を「理解する」ことが主眼に置かれていました。

 

それが、「情報I」ではスライド右側のように、自分でそのサイクルを回すことができる力を養っていくことになります。その中には、数学的、つまりデータ分析の内容も入れていきます。

 

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例えば、こちらはハンドボール投げの記録の問題です。ヒストグラムはすでに中学校で学んでいますが、階級の幅を変えれば、下のグラフでは中央が凹んでいるのが見て取れます。     

 

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こちらは、中学生の体力は以前に比べて落ちているといえるかどうかについて考えるために、同じハンドボール投げの結果を経年で見たものです。左側の折れ線グラフでは、特に大きな変化はないように見えます。

 

中央は、中学校で学ぶ四分位数を使って分布を表したグラフですが、これからも「中学生の体力が落ちている」という傾向は読み取れません。

 

しかし、ハンドボール投げのデータだけでなく、他の観点からも考察するために、握力の分布を四分位数で表した右側のグラフを見ると、特に握力の弱い人の値がどんどん下がっていることがわかります。

このように、中学校までの数学や高校で学ぶ「数学Ⅰ」と「情報Ⅰ」が連携して、統計をしっかり学ぶことで、このようなデータの特徴が見えてきます。

 

共通テストでも、こういった視点が問われることになるでしょう。

 

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標本調査も、すでに中学校で学習しています。まだ共通テストの試作問題などには出てきていませんが、ここもいずれは数学と「情報Ⅰ」が連携した問題として、問われることになるかもしれません。

 

 

「(2)コミュニケーションと情報デザイン」の内容については、旧学習指導要領の「社会と情報」「情報の科学」では「情報の表現・伝達の工夫」だったものが、「情報Ⅰ」では「問題を発見・解決する方法」と変わりました。

 

それによって、情報の抽象化・可視化・構造化などについてしっかり学ぶようになっています。

 

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情報デザインについても、今までは「表現」が中心でしたが、「情報I」では、「表現」だけでなく、webサイトのような「構造」やインターフェイスのような「機能」、モデル化やアルゴリズムのような「論理」のデザインも扱っています。

 

コミュニケーションについても科学的な理解を促し、お互いに「通じる」とは、科学的にどのように表されるのか、ということも扱います。

 

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情報の「可視化」については、何をどのように可視化し、それによってどんな効果があるのか、ということが今後問われていくと思います。

 

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情報デザインでは、情報同士の結びつきの表現や、ペーパープロトタイピングからプログラミングへ、という流れについても学びます。

 

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「(3)コンピュータとプログラミング」の内容がこちらです。

 

プログラミングをどのように教えたらよいかという相談をよく受けますが、「できれば数学と連携してほしい」とお答えしています。

 

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例えば、AND/OR/NOTなどの論理回路は、「数学I」の「数と式」と、モデル化とシミュレーションでサイコロの目の出方を使うときは、「場合の数」や「確率」と連携できます。

 

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また、モンテカルロ法を使って円周率を求める問題では、数学Ⅰや数学Aと連携できます。

 

これらを連携させて進めることで、数学の力も情報の力も同時につけることができる上に、プログラミングもできるようになるのです。

 

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「(4)情報通信ネットワークとデータの扱い」です。「データの扱い」では、先ほどお話ししたように、小・中・高を通して統計教育が強化されますので、数学で学んだことを活用しながら、高校で数学と「情報」が連携することで、高校を卒業する年間100万人がデータをきちんと扱える人材となることを狙っています。

 

具体的には、数学で統計などの理論を学び、「情報」ではコンピュータを使って実際にデータを扱います。これを通して、整備されていないデータや、欠損値や外れ値の扱いなども含めて、しっかりとデータを扱えるようになってもらいたいと思います。

 

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ネットワークの機器どうしの接続やプロトコル、インターネットに接続する方法や情報セキュリティなどは、これまで旧学習指導要領でも取り上げてきたことです。

 

具体的な到達レベルとして、自宅や学校内の小規模なネットワークを、セキュリティを保ちながら設計できる程度を目指します。

 

 

「データの分析」での数学との関わりについては、数学で学んだことを「情報」に生かし、活用できるようになることを求めていきます。量的データの統計的仮説検定や単回帰分析などで、数学的にあまり深く踏み込むことは、「情報I」の授業としては適当ではないでしょう。     

 

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量的データの分析については想像がつきやすいかと思いますが、「情報I」では質的データも扱うことになります。

 

アンケートの回答の一部やテキストデータなどがこれにあたりますが、数学的な処理とはまた異なる分析が必要になります。

 

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「情報Ⅱ」については、共通テストの数学に、数学Ⅰと数学Aがあるのと同様に、何年か後には「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」という形で扱われたり、各大学の個別試験に出題されたりするようになるのではないかと思います。

 

大学は、自らの情報教育について「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」のどちらをスタートラインにするのかを示す必要がありますし、企業側も世間もそれを判断するようになる、そんなフェーズがこれから訪れると思います。

 

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現状と入試を見据えた「情報Ⅰ」の学習

 

こちらは、昨年11月19日に、共通テストの試作問題について、私が朝日新聞に出したコメントです。

 

共通テストの問題に対応するためには、実践が重要で、プログラミングも経験しておく必要がある。大学入試の直前には共通テスト用のプログラム表記(通称DNCL)にも少し触れておいたほうがよいと書いています。

 

 

これは、情報科の学びを生かすカリキュラム・マネジメントの例です。

 

1年生で「情報I」をやって、2年生は何もしないという学校も多く、その点について不安の声も寄せられますが、2年生では「総合的な探究の時間」や他教科で「情報I」で学んだ力を生かすことができればよいと思います。

 

具体的には、問題の発見・解決の手法、調査の設計や、結果を発表する際のデザインなどで生かせると思います。

 

理科であれば、実験データの処理や、計測・制御、シミュレーションなど、使える場面はたくさんあります。このように、1年で学んで2年で伸ばし、3年で受験に向かう、という形で、学校全体で情報科の入試に取り組む必要があります。

 

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「情報I」の受験のためのコンテンツの現状です。

 

教材、テキスト、Web、動画、教科連携などいろいろありますが、1年生用のテキストでは、すでに教科書準拠の学習ノートが出ています。Webでは基礎力をつけるためのコース教材や動画教材があります。教科連携では、数学や公共との連携ができますね。

 

2年生用の受験準備問題集もそろそろ出ています。また、Webのコース教材や動画教材にも、基礎分野の充実を図るものが出ています。そして、先ほどお話ししたように、「総合的な探究」との連携を、ぜひここでやってください。

 

そして、3年生用の共通テスト対応の受験直前問題集は、現在私も作成に参加しています。実践演習のようなコース教材も今後作っていきます。一部の学校では、ここで学校設定科目を置いて、演習問題などに取り組むことになるでしょう。

 

 

長い文章問題の解き方の工夫です。例えばこのような感じで、意味のかたまりごとにラベルをつけて整理する解き方をさせてみてください。これはどの教科でも使える手法です。

 

いきなり読解力をつけることは難しいですが、このように情報をどう扱うか考えて料理するのも、「情報デザイン」の学びの一環と考えることができます。

 

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「情報I」の入試を見据えた学校全体の対応としては、先ほどお話ししたように、「総合的な探究の時間」や各教科での活用を取り入れたカリキュラム・マネジメントをしっかり行ってください。

 

そして、問題集は解答にわかりやすい解説のついているものを選んでください。1学年の生徒300人に対して情報科の先生が1人だけとすると、十分に対応してあげることがどうしても難しくなるので、生徒が自分で解いて理解するものを持たせてあげないと、主体的に勉強を進めていくことは難しいかもしれません。

 

 

最後に、「情報Ⅰ」がどんな科目なのか分からないという他教科の先生や事務の皆さんに、2時間くらいで読んでいただければ全体像がわかる、本(※3)をご紹介しておきましょう。

 

※3 『高校の情報Iが1冊でしっかりわかる本』

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他にも、デジタル活動や先生方のための研修なども、デジ連のサイトで見ていただけますので、ぜひご参考になさってください。

     

https://dle.or.jp/

 

New Education Expo 2023 セミナー 教科「情報」の大学入試、どう変わる、どう備える より