第85回情報処理学会全国大会

パネル討論 「2025年情報入試のトレンド」

司会    津田塾大学                稲葉利江子先生

 

パネリスト 電気通信大学     角田博保先生

      河合塾        富沢弘和氏

      東京都立神代高校   稲垣俊介先生

      早稲田大学      尾澤重知先生

      電気通信大学     小宮常康先生      

 

「情報」の学びの高大接続に向けて

稲葉先生

各講演者の方に、質問をいただいています。

 

まず、稲垣先生には、実際の授業実践ということですが、内容を詳しく教えていただきたい、という質問が多数来ております。

 

どのような対象学年であったか、探究や数学など関連の科目と実際どのように連携しているのか、指導の中で生徒への介入はどのような形を取っているのか、といった質問をいただいていますので、簡単にお答えいただけますでしょうか。

 

稲垣俊介先生

ご質問ありがとうございます。まず、先ほどご紹介した授業は高校1年生が対象です。

 

「統計の検定の部分を教えるのが大変ではないか」というご質問もいただいておりますが、大学の先生方が想像されるような、検定の本当の中身のところ、数式を理解するというレベルまでは扱っていません。「この方法で処理をするとこういう効果量が出て、こういう効果量だとこういった結論が得られるね」ということを、ある程度体験させるというレベルまでである、ということをお知り置きいただければと思います。

 

数学や「探究」との連携では、今年度は数学の先生との連携がうまくいったので、数Iの「確率・統計」の単元を終わらせた直後に、「情報I」の授業でさらにその部分を含めて実習することができました。ただ難点は、数Iの模擬試験とタイミングが合わなかったということがあり、来年もこういった連携ができるかどうかは心配なところです。

 

「探究」は、私の授業を見に来てくださった先生が「(「情報」で)こんなにやっているのなら、もっとちゃんと連携すればよかったね」と言ってくださり、来年度以降はさらに連携していこうという雰囲気もあるのですが、やはり模試のことが大きいですね。

 

また、生徒がどのような環境でデータ分析をしているかということですが、普通のパソコン教室で、Excelが使えて、ファイル交換ができる環境となっています。

 

データ分析の実習は、グループで行っていますが、個人での作業や分析は必ず行わせています。グループ学習と言っても、スライドの一部分だけを作るということではなく、必ず何かしら自分で分析させる場面を作っています。

 

先生がどの程度まで介入するか、ということについては、基本は質問があれば対応するという姿勢です。実習中は質問がたくさん出ますので、どんどん介入し、アドバイスをします。そして、皆に共有すべき質問であれば、すぐにその場で共有して、生徒がどういったところが分かっていないのかということを確認しています。

 

大学の授業との連続性ということについては、ぜひとも「情報I」や「情報Ⅱ」での学びの続きとしてやっていただけたらと思っています。せっかく「情報I」でここまでやってきているので、その部分は分かっているものとして進めていただけたらよいのではないかと考えています。

 

稲葉先生

ありがとうございます。最後にお答えいただいた質問は、大学の情報教育、特に教養教育としてどのように連続性を考えていくことに期待されますか、ということだったのですが、逆に大学側の立場として、尾澤先生と小宮先生にお伺いしたいと思います。

 

この辺りは多分、2025年度に向けていろいろ検討されているところだと思いますが、先生方はどのようにお考えになっているのか、というところをお話しいただければと思います。

 

尾澤先生

どれだけ高校生ができるようになっているのかについては、私たちも本当に真剣に議論をしているところです。

 

今まで人間科学部は全員が同じクラスで、レベルによるクラス分けはしない設計にしていましたが、2025年度以降はクラス分けをした方がよいか、という議論をしています。今回のような場で教えていただいたことを学内に持ち帰って、よい提案ができればと考えています。

 

小宮先生

ふたを開けてみないと分からないというところがありますが、高校できちんと教えていただいたとしても、やはり学生間に能力差は現れると思います。

 

現状でも能力差の問題はありまして、例えばプログラミングのループで躓いてしまったり、配列の概念で引っかかってしまったりすると、その後ずっと引きずってしまうということがあります。それでも、高校で少し話を聞いている程度でも、躓きやすさは多少は減るのではないかと期待します。

 

能力差に応じて対応するというのは、どのみち必要だとは思いますが、それをどれくらいに設定するかということは、実際の学生を見てみないとわからないかなと思っています。

 

 

情報入試に向けた「情報」の授業つくり

稲葉先生

ありがとうございます。大学側も、2025年度入試を経て入学して来る学生に対して、どのように 情報教育を変えていくのか、という検討をしています。尾澤先生からお話のあったレベル分けや、水野先生のご講演の中で出てきたデータサイエンスの絡みといったことで、大学の情報教育が今後どのように変わっていくか、ということが見えてきたのではないかと思います。

 

次に、実際の試験問題に対応できるような授業をしていくためには、どうしたらよいか、ヒントをいただきたいと思います。

 

こちらはまず稲垣先生から、実際に授業をつくる上で工夫されている点や、参考になるようなことがあれば、ご紹介いただけますでしょうか。

 

稲垣俊介先生

まず、私たちがやっている東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)も含め、全国に情報教育の研究会があります。そこでは、本当にすばらしい先生方がご自分の授業の実践を発表していますので、ぜひともそういった発表を見ていただくと、何らかのヒントが得られると思います。

 

こういった研究会では、以前は大会や事例報告会などで直接先生方に会って、「よかったら、先生の教材を使わせてもらえますか」などと話しかけて交流することができましたが、ここ数年はオンラインが中心で、ちょっと難しいところがありました。今後は今日の大会のように対面となれば、またそういったことができそうですので、期待しています。

今後、都高情研も全高情研(全国高等学校情報教育研究会)も対面での大会となりますので、楽しみにしていてください。

 

「情報」は、専門学科のある高校でもない限り、教員はふつう1校に1人以下です。そうなってくると、横のつながりが非常に大切で、そこで初めていろいろな教材や授業の手法が手に入ってくるのではないかと考えます。そういった横のつながりを皆で作り上げていこう、という気持ちでやっていけばうまくいくのかなと、ちょっと楽観的に思っています。

 

稲葉先生 

ありがとうございます。コミュニティが非常に大切だというお話だったと思います。一方で、富沢様、予備校では、そういった動きや情報はあるのでしょうか。

 

富沢氏

私どもも、先生方が「情報」の授業で入試対策を取り込んでいくということに非常に苦労されている、というお話を伺っています。先ほど模擬試験のお話が出ましたが、私たちは当然そういった商材も用意していきます。

 

また、すでにご覧いただいている方も多いと思いますが、「キミのミライ発見」というサイトを運営しておりまして、稲垣先生のようなすばらしい先生方の授業の事例をたくさん紹介しています。その中にも様々なヒントがちりばめられていると認識をしていますので、そういったものをぜひ活用していただければと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございました。角田先生、情報入試委員会の中でも情報入試にどう対応するかということについて、いろいろ議論があったかと思いますが。何かヒントになるものがあればご紹介いただけますでしょうか。

 

角田先生

情報処理学会では、IPSJ MOOC(※1)で動画教材を出しています。なかなかよくできているので、私も情報科指導法の講義をするときに、この動画を基にして授業設計をしなさい、ということもあります。先生方も、生徒にこれを見せておいてその先を授業でするようにしたら、効率的に進められるかもしれませんね。

 

※1 https://sites.google.com/a.ipsj.or.jp/mooc/

 

 

稲葉先生

ありがとうございます。次の質問です。共通テストの英語では、外部試験が注目されていたと思います。情報に関しても情報処理技術者試験など、そういった試験が多数あります。このような外部試験を入試の中で使うことに対して、どのような考え方があるのでしょうかということです。富沢様、この辺り何か情報はありますでしょうか。

 

富沢氏

英語の外部試験は一時期非常に話題になりましたが、今は入試自体が基本的に多様化の方向に向かっています。大学は多様な人材を確保したいので、その中の一つとして、情報系も含めて、資格系の試験を活用する動きは、今後も増えていくのではないかと思います。

 

受験生側から見ても、選択肢が増えるということになれば、ある意味望ましい形になるのではないかと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございます。大学の立場から言えば、小宮先生、何かこの辺りいかがでしょうか。

 

小宮先生

実はあまり把握していないです。ただ、総合型選抜などで、面接のときに高校まで学んできたことをきちんと見て、この人は大学に来て伸びそうかどうかというところはしっかり見ますので、これまでやってきたことを見る中に、資格系の試験も入ってくるでしょう。ただ大事なのは、その学生のこれからの可能性ということかなと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございます。尾澤先生、いかがでしょうか。

 

尾澤先生

私たちも、多少検討を進めているところではあります。ただ、情報系は民間資格も含めて数が多いのと、変動が大きいということがあって、実質的にはなかなか難しいかなと考えています。

 

本学では、Javaの民間資格を以前から採用していますが、現在はOracleという会社名が付いているので、以前より学生に勧めにくくなった部分があります。ではMicrosoftだったらいいのかと言うと、また別の問題があって、合意を取るのはなかなか難しいかなと考えています。

 

 

大学が求める「情報」の力とは

 

稲葉先生

ありがとうございます。そうなると、一般入試よりも総合型選抜などといった形で導入が検討されることはあるのではないかということ。また、その意味では、今後どのように導入されていくのかという動向も、非常に重要なのかなと思います。

 

次に、実際に受験生・保護者側の立場から大学関係者への質問ということで、参加者の方から「大学が求める『情報』の力とは一体何ですか」というご質問をいただいています。先ほど稲垣先生のご発表の中にも、この質問が組み込まれていたかと思いますが、こちらについて、大学の先生方からご回答いただけますでしょうか。

 

尾澤先生

これは、その学部が「情報」をどう捉えていくのか、ということに関わってくるかと思います。

 

私たちは学際系の学部ですので、いわゆる情報処理系だけの能力を求めることは難しいので、平たく言うと、問題発見・解決のような、あるいは先ほど講演で申し上げたComputational Thinkingのような、総合的概念の能力を求めることになるかと思います。

 

もう一つは、非常に抽象的な表現ではありますが、粘り強さや諦めないで取り組むこと。行動を見るなら、プログラムの写経はできるけれど、それ以降は何もできないというのでなく、さらに自分で考えようとすることができることという表現になるでしょうか。

 

小宮先生

大学の授業で見ていて、逆に「こういう学生は躓きがち」という点で言えば、例えばアプリ制作をいろいろやったことがある人はよくいますが、最近のアプリ制作のフレームワークはとても優秀なので、中のことがわかっていなくても結構できてしまうことがあるのですね。それで表面的に満足してしまうと、大学で専門的に情報を勉強することになると躓くことがあると思います。

 

ですから、深く専門的に知るというよりも、納得の行くまで粘り強く考える習慣が身に付いていることが大事だと思います。自分で手を動かして、失敗しても試行錯誤するような、学ぶための「体力」がある学生は、例えば研究室で卒業研究をする時もうまくいきます。

 

逆に経験はあっても手をあまり動かした経験がない学生は、意外に研究室で伸び悩んでしまうことがあります。

 

高校の「情報」の授業のお話を聞いていると、卒研で身に付けておくべき、学ぶための体力・スキルのようなものが訓練されるのではないか、という点でも非常に有効な科目ではないかと思います。

 

角田先生

私はすでに大学を引退しているので、正確なことは言えませんが、情報関係の学科であれば、やはり「情報」ができる学生が欲しいわけで、それこそ高校でプログラミングをしっかりやってきてくれるとありがたい。しかし、情報系ではない大学で情報入試をするところは、高校の学習指導要領の4つの領域を総合した力を付けておいてほしいでしょう。

 

例えば、「ウイルスには気をつけなさい」とか「人のパスワードを見てはいけないよ」といったことから大学で教えるのでなく、そういったことは身に付けてきていることを前提にした上で、本当の大学の専門教育をやりたいと思います。

 

多くの大学では、飛び抜けた人もいていいけれど、基本的には基礎的なことは全て身に付けた人が欲しいと。ですから、高校では4つの領域の基礎をきちんとやっていただければよいのではないかと思っています。

 

稲葉先生

ありがとうございます。今日は、会場に「情報学の参照基準」(※2)「情報教育課程の設計指針」(※3)の作成に携わられた東京大学の萩谷先生もいらっしゃっているので、急で申し訳ありませんが、これに関してお話をうかがいたいと思いますが、いかがでしょうか。

 

※2 大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準 情報学分野

※3 「情報教育課程の設計指針 ― 初等教育から高等教育まで」(日本学術会議)

 

 

東京大学 萩谷昌己先生

私も大学教育からは引退しているので、半ば人ごとになってしまいますが、角田先生が言われたように、大学のどの分野でも、データ分析は必要ですし、何らかの応用をするということになると、どうしてもプログラミングの能力も問われてきます。ということで、大学の教育研究にとって「情報I」のレベルの素養は必要であると言えると思います。

 

ただ、情報技術はどんどん時代とともに変わってきますので、現状の内容がいつまでもそのままということにはいきません。多分、何年かたったら、また改定すること必要かと思います。

 

そのような中で一番重要なのは、情報技術や情報社会に関する基本的な理解、要するに、情報技術を使った社会がどのような仕組みになっているかという辺りの根本的な理解のところだと思います。ですから、それがあって、それをさらに応用する力があればよいのではないか。今後、情報技術がどんどん発展する中で、高校でぜひそういった力を付けていただければと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございます。今、いろいろな回答がありましたが、稲垣先生、いかがでしょうか。

 

稲垣俊介先生

ありがとうございます。すばらしい先生方から、このようにご回答がいただけたので、質問してよかったと思いました。

 

実際、今年度「情報I」の授業をやってみて、今萩谷先生がおっしゃったような、基礎的なところを目指してやっていきたいという気持ちは、多分どの情報の先生たちもお持ちではないかと思います。これからも基礎的なことをきちんと教えて、さらに日常生活とのつながりまで進めることができればと思っています。

 

さらに、これは質問ではなく希望としては、高校の授業でやってきたことを測ることができる試験になっていてほしいということです。皆さんも大学入試を経験されたことがあると思いますので、おわかりいただけるかと思いますが、どの科目とは申せませんが、いかにも受験のための問題というのがありますよね。情報がそうなってしまってはイヤだなと思うのです。

 

つまり、入学するときに本当に必要な学力を測る試験にしてくだされば、私たち教員は、それを目指して授業をすることができます。たまに高校の先生で、「あれは大学受験用の勉強で、俺たちは真の学力を教えているんだ」とおっしゃる方がいますが、その乖離はおかしいのではないか。できれば、高校の授業の延長上に大学入試があって、私たちが実習を重んじた授業を行ったことによって解くことができるような、そういったテストをしていただけたら最高であると思っています。

 

稲葉先生

ありがとうございました。「情報」が受験のための学びにならないようにしていくためにはどうしたらよいのか、というのは非常に重要なところではないかと思います。

 

富沢様のところには、保護者や受験生の意見なども集まってくると思いますが、大学関係者への質問や、皆さんが知りたがっていることがありましたら、ご質問いただければと思いますが、いかがでしょうか。

 

富沢氏

ありがとうございます。受験生も保護者の方々も、情報入試に不安感や抵抗感を感じていると思います。そうしたなかで、大学から「情報入試でこういうところに期待していますよ」ということを、もっと発信いただけると、なぜ情報入試をするかというところが明確になって、不安も薄れて来るのではないかと思います。

 

ですので、私が聞きたかったのは、大学の情報入試に対する期待感がどういうところにあるのか、いうことでしたが、それについては既に先生方のご講演の中でお話しいただきました。ただもう一点、自大学の入試だけでなく共通テストに導入されるということは影響が大きいと思いますので、そこに対する期待感があれば、お聞かせいただければと思います。

 

小宮先生

まず、情報の世界がどういうものかということが、生徒たちに案外正しく知られていないと感じています。

 

もちろん、スマホは皆が使っていますが、その中身がどうなっているのか、どのように作られているのか。そしてこの世界の人たちがどういった考え方で情報を使って働いているのか、といったことが知られていない。下手をすると、大学ではWordやExcelの研究をしていると思っている人がいるのではないか、と不安になることもあります。情報入試は、そういった見方を変えるものになることを期待します。

 

それによって、情報の研究の中身がいろいろ見えるようになって、できれば情報系人材の給料も上がってほしい。そうしてますます魅力も上がり、うまく回っていくと嬉しいですし、情報が入試に入る意義があるかと考えています。

 

尾澤先生

私たちが、2025年入試において、これまで個別試験を行ってきた日本史や世界史、物理、化学について、個別試験を行わず共通テストを使う、という決断については、学部内で反論もありました。

共通テストで「情報」を選択できるようにすることについても、様々な意見がありました。

 

ただ、よく言われる「早稲田の日本史は暗記すればできる、重箱の隅をつついたような問題だ」という状態は何とかしたい。そのためにも共通テストに移行し、さらに多少手間はかかるかもしれないけれど、総合型選抜に力を入れていこう、という決断をしました。

 

そういったメッセージを、これからもっと明確に出さなければいけない、と考えています。慶應義塾大のSFCの入試の小論文の問題のようにメッセージ性が高い出題を目指すべきではないかと、個人的には思っています。

 

稲葉先生

今ちょうど慶應義塾大学のお話が出ましたが、植原先生、いかがでしょうか。

 

慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC) 植原啓介先生

慶應義塾大学は、共通テストを導入していませんので、その点に関してはコメントはできませんが、SFCでは一般入試で「情報」をかなり長く行っています。

 

そもそもなぜ情報入試を始めたかと言いますと、もはや「情報」が必要ないという分野はどこにもないからです。例えば、筆で書かれた古文書を読むときに、今は文字認識のソフトを開発したりしています。人文系の分野であっても、もう情報技術なしでは研究が進まないという状況にあるのです。

 

その意味で、「情報」は大学の様々な研究のベースになるという認識のもと、そういった分野得意な学生がキャンパスの中に一定数欲しい、いうことで始めたというころがあります。今後は、他の大学や学部も情報入試に取り組まれるということなので、我々も次を考えていかなければいけないな、と戦々恐々としているところです(笑)。

 

稲葉先生

ありがとうございます。もうお一人、パネリストではない先生に振らせていただきます。今日は、広島大学の稲垣知宏先生がいらっしゃっているので、広島大学ではどのようにお考えになられていらっしゃるのか、可能な範囲でけっこうですのでお願いいたします。

 

広島大学 稲垣知宏先生

答え方が難しいところではありますが、まず高校の「情報」の授業を受けて入学してくる学生に対して最も期待しているのは、高校である程度の実力を身に付けた上で、大学でさらにもっと高度なことを学びたいと思ってくれる学生がたくさん来てくれるといいな、ということです。

 

大学では、情報科学やデータサイエンスの授業をたくさん用意しています。先ほどの稲垣先生のお話の中で、検定について扱う際に、高校ではまだ数学の基礎が足りないので、というお話がありましたが、大学では数学の基礎がある程度できているので。その上に立って、もっと深く学べることになります。そういう形の環境を用意していきたいと思っています。

 

情報入試が、そういった学生の興味をうまくつないでくれることを期待しています。

 

 

情報入試が抱える課題は

 

稲葉先生

ありがとうございます。大学の学びにつなぐということを考えると、共通テストに向けて、情報の基礎的な知識や考え方を身に付けることは、データサイエンスをはじめとして、分野に関係なくその先の学びにつながるという意味で、非常に大切なことであることが、今の先生方のご発言から感じていただけたのではないかと思います。

 

ここまでの質問に回答していただく中で、情報入試の意義が明らかになってきたと思いますが、一方で課題もあるのではないかと思います。それぞれのお立場で感じておられる課題を共有いただけますでしょうか。

 

小宮先生

私は、最近は高校の「情報」そのものに課題はあまり感じておりません。一時期は、情報嫌いが増えるのではないか、と思ったこともありましたが、何人かの高校の先生の授業のお話を聞いていると、非常に楽しそうなので、そういった不安は消えています。

 

もっぱらの心配事は、我々電通大の個別の入試問題をきちんと作ることです。本当にうまく持続させるために、大学の中での入試作りの体制も作らないといけませんし、もちろん高校学習内容との難易度の擦り合わせも必要です。そこを失敗すると、好ましくない受験対策を誘発する方向に進みかねません。そうなると、日本における「情報」の立場も悪くなってしまいそうで、大きな責任を感じています。そこが課題と言いますか、心配していることです。

 

稲葉先生

ありがとうございます。おっしゃるように、作問は今後大学関係者が悩むことになるかもしれない ですね。尾澤先生、いかがでしょうか。

 

尾澤先生

課題は、大きく2点あげるとすれば、1つは大学の内側にあると思います。情報入試の、特に共通テ ストの「情報I」の導入は、大学関係者に大きな影響を与えていると思います。

 

一方、そういった入試のための議論をしても、なかなか大学は変わらない。「情報入試が始まるから、それに合わせて我々の情報教育も対応しましょう」と言っても、「変える必要はない」おっしゃる先生もおられる。そういった大学の内側の体制や考え方をどのように変えていくのかということが、課題ではないかと思っています。また、それとともに アクティブ・ラーニング的な授業ができる大学教員を育てていかなければならない、というのが1点目です。

 

2点目は、学生の中には数学嫌いや統計嫌い、データ分析嫌いといった、とにかく数字を見た瞬間に思考停止してしまう人が一定数いる、という問題です。高校の「情報」でコンピュータ嫌いや情報嫌いを生むことがなければ、と願っています。高校では、ぜひ楽しい授業をしていただければと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございます。これは確かに大きなところですよね。稲垣先生、高校のお立場からいかがでしょうか。

 

稲垣俊介先生

課題は山積みのところはありますが、私はそれをポジティブに捉えていきたいと思います。例えば、「情報I」が始まったことで、今までどちらかと言えば、先生方が好きなように教えていたのが、一定のレベルを保つことができるようになったという、大きなメリットもあるのではないかと思います。

 

もちろん、いろいろな媒体で報道されているとおり、首都圏と地方の格差や、免許外担任などいろいろな問題はありますが、これではまずい、ということになったからこそ、問題として取り上げて、解決のために皆で取り組もうという姿勢が出てきたので、私は、それは良いことだと思っています。

 

その上で、今日は大学の先生が多くいらっしゃる中で申し上げにくいのですが、入試、特に共通テストで「情報」を取り入れる大学があったり、入れない大学があったりするのは、正直、進路指導で本当に困るところなのです。

 

例えば、「私、情報が苦手だから(「情報」を課さない)国立の〇〇大学を受けます」みたいなことになるのは、非常によくないと思います。ですので、国立大学は全て「情報I」を入れると決まっていたら、最初から入れてほしいというのが本音です。

 

また、ここからはさらに先の話になるかもしれませんが、先ほども申し上げたことですが、入試問題が解けるようになるために「情報」を勉強するような問題作りをしないでください、とお願いしたいです。

 

つまり、先ほどから私の主張としては、大学に入ったときに活躍できる学生が採れるための試験であってほしいのです。大学の皆さんも、変にひねった問題を、受験テクニックだけで解けるような人がほしいわけではないと思います。

 

ですので、ぜひともそういう入試問題を作っていただきたい。そして、そういった入試問題を見たら、我々は絶対に「それに向けて対策しなければ」という気持ちになります。私たちの情報教育の中に入試という大きいものが入って来たからこそ、それがある程度の指標となって、授業が作られるようになります。だからこそ、授業が良い方向に向かえるような入試問題を作っていただきたいと強く思っています。すごく上から目線で申し上げているようで恐縮なのですが。

 

稲葉先生

ありがとうございます。模試などを通して受験のサポートをされるお立場から、富沢様、いかがでしょうか。

 

富沢氏

近年情報系の学部が増えてきており、実際に人気も非常に高まっています。ですので、情報系に行きたい、学びたい、という高校生が増えていることは間違いないと思います。

 

また、新課程に移行して、さらに「情報」が入試に取り込まれることで、そこに興味・関心を持つ学生が増えていると思います。そういった生徒が、入試で「情報」を課されることになると、その強みを生かして受験ができることになっていくのは良い方向だと考えます。

 

一方、共通テストの「情報」は、国立大学の場合は、そこを目指すのであれば全員が受験しなければならないとなると、必ずしも生徒全員が「情報」を強みと感じているわけではないので、中には敬遠したい、避けたいと考える生徒も当然いるでしょう。課題は、そうした生徒たちへのフォローです。

 

稲垣先生のお話とも重なりますが、そうした生徒たちに、「『情報』が苦手」という理由で諦めたり、志望校を変えたりといった形にならないような、メッセージを発信していく必要性を感じています。

 

稲葉先生

ありがとうございます。大学側も、そういったことを考えて、発信していかなければいけないポイントですね。角田先生、お願いいたします。

 

角田先生

大学入試センターが出して来られた共通テストの試作問題を見ると、じっくり練られていて、思考力・判断力・表現力がないとなかなか解けない問題が出されていますので、各大学の個別学力検査の試験もそういった方向で作っていただければ、対策本の通りにやったら解ける、ということにはならないのではないかと、私は少し楽観しています。

 

また、今後「情報I」をしっかり勉強した学生が入学して来たら、今大学でやっている一般情報教育は、やる必要がなくなってしまいます。そういう学生は、もう再来年から入って来ますから、大学の一般情報教育も頑張っていかないといけないと思います。

 

稲葉先生

ありがとうございます。先ほどからも出てきているように、大学の方も、高校までの学びと大学からの学びをどうつなげていくのか、というところも検討していくことが必要になってくると思います。

 

パネリストの先生方には、まだお話を伺いたいこともあるかと思いますが、時間になりましたので、ここでパネル討論を終了とさせていただきます。パネルリストの皆様、フロアの皆様、ありがとうございました。

 

植原先生

稲葉先生、パネリストの皆さま、ありがとうございました。2時間半の長丁場でしたが、以上をもちまして、「2025年度情報入試のトレンド」のセッションを終了いたします。

 

今回の企画セッションは、情報処理学会の情報入試委員会で企画いたしました。大学入学共通テストに「情報」が入るまで、あと2年です。この2年間を使って、私ども情報入試研究会でも、情報入試の関係者の方々とコミュニケーションをできるだけ促進していき、スムーズな導入が図れるように努力していきたいと思っています。

 

また、今後もいろいろな企画を考えておりますので、引き続きご参加いただければと思っております。本日はありがとうございました。

 

85回情報処理学会全国大会 イベント企画「2025年度情報入試のトレンド」より