高校教科「情報」シンポジウム(ジョーシン)2022秋

パネルディスカッション「新しい情報教育の在り方」

[コーディネータ] 

 中野由章先生 (情報処理学会/工学院大学付属高校)

[パネリスト]

・井手広康先生 (愛知県立小牧高校)

・稲垣俊介先生 (東京都立神代高校)

・鹿野利春先生 (京都精華大学)

[指定討論者]

 滑川敬章先生 (松戸市立旭町中学校)

 

 

高校情報科の抱える課題

中野先生

ここからは、パネルディスカッション「新しい情報教育の在り方」ということでお話しいただきます。本日のパネリストとして、事前にプログラムに公開させていただいたのは、稲垣先生、井手先生、鹿野先生でしたが、今回久しぶりにオンサイトでお話しできるので、ご来場いただいた方の中から、中学校の先生ということで、滑川先生に急遽ご登壇いただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

それでは、まずパネリストの先生がたから、今までのご講演に対する質問も踏まえていただいても結構ですので、一言ずついただきたいと思います。

 

 

井手先生

今回のテーマの「新しい情報教育の在り方」ということで、スライドを用意しました。

 

先ほどの質疑応答で、中学校の先生に注文のようなことを申しましたが、私自身は、中学校の先生は本当にしっかり取り組んでいただいていると思っています。むしろ、高校側が背中を押されている状態で、中学校の先生方を見て、もっとしっかりやらないといかん、というつもりでお話しした次第ですので、そこは誤解のないようお願いします。

 

本題の「新しい情報教育の在り方」ですが、私が思うところで、今後変わっていかなければいけない、と思うことを、5つの観点からお話しさせていただきます。

 

まず1つ目の「教員」ですが、これは私が先ほどお話しさせていただいたように、新学習指導要領になったことで、今までよりも一層「問題の発見・解決」を意識した授業をしなければいけないと考えています。

 

新学習指導要領に移行しましたが、「特に授業でやっていることはこれまでと変わらない。教科書を全部終わらせればいいよね」という声を聞きます。ただ、それは最低限であって、これまで以上に、問題の発見・解決や、世の中を「情報的な見方・考え方」でとらえることを意識した授業をしていかなければいけないと思います。

 

 

こういった見方・考え方というのは、1時間授業をやって身に付くものではなく、筋トレと同じで、継続して行うべきことであって、「情報I」の1年間だけでも足りないくらいです。情報科だけでなく、全ての授業に対して問題意識を持って取り組ませるということが、授業をする上で教員の姿勢として大事である、というのが1つ目の観点です。

 

2つ目は「生徒」です。生徒はただ授業の中で受動的に学ぶのではなく、自分から体験的かつ実践的に学んでいくことが必要であると思います。

 

ただ、授業の中で全てを教えることは時間的に無理ですので、授業ではきっかけだけ教えて、後は自分で体験的に学んでいくようにさせる必要があります。

 

先ほどの解像度の授業の例で言えば、あの授業の後で、「家のテレビを確認したら、本当にそうなっていた」と報告してくれた生徒がいました。このように体験的に気付いたことは絶対に忘れないので、そういった学び方が大事だと考えています。

 

3つ目が「学校」です。情報活用能力が「学習の基盤となる能力」として位置づけられた以上、「情報」の授業だけで取り組んでいてはダメなのです。学校の全教科の中で、「情報」だけが盛り上がればよいのでなく、学校全体でこういったカリキュラム・マネジメントをしていかなければいけないと思います。先ほど鹿野先生も言われていましたが、1年生で「情報I」をやって、2年生は何もしないというのでなく、2年生では全教科で「情報Ⅰ」の知識・技能を深めていくということが、大事であると感じています。

 

4つ目が「機器」の問題です。これは1人1台端末のことですが、愛知県の高校は、ちょうど2か月前に1人1台Surfaceが配備されました。現在は回線の速度の問題で複数のクラスが同時に使用するのがなかなか難しいのですが、将来的には、こういった1人1台端末が整備されて、クラウドに自分の成果物がどんどん蓄積されて、いつも振り返ることができる状態が理想であると思います。

 

実は、愛知県の小・中学校は非常にタブレットの使用が進んでいて、ロイロノートに授業の成果を蓄積している学校が非常に多いです。生徒に聞いてみると、課題も全部ロイロノートで提出していたそうです。小・中学校でそんなにしっかり使ってきたのに、今、高校ではまだタブレット端末を全く使ってないという状況です。愛知県の高等学校では、やっと1人1台端末をしっかり活用するように動き始めています。

 

5つ目、これは「行政」にお願いしたいところですが、情報科の教員の働き方の改革をぜひお願いしたいと思っています。

 

今、情報科の先生は校内のICT周りを何でもやらされている状況です。本校でも、タブレットが約800台入りました。もちろんネットワークの担当はいるのですが、どうしても情報科の教員が中心になってしまいます。授業も自分のクラスも持っていて、そのプラスアルファでタブレットの設定や運用、故障の窓口といったことが全て私にまわってきてしまう。その時間は本来、授業準備やクラスの生徒たちの時間に充てるべきです。

 

よく「単位数が少ないから、情報科の教員を1人雇うことができない」という話がありますが、そうではなくて、本当に余分に仕事をしているのですから、1校に1人は情報科の先生を雇うべきであり、さらにプラスアルファで運用や故障に対応するICT支援員を別に置き、情報科の先生は授業に専念できる環境を作っていただきたいというのが、私の強い思いです。

 

 

中野先生

ありがとうございます。それでは、あと3人の先生にも続けてお話ししていただきましょう。続いて稲垣先生、お願いします。

 

 

稲垣先生

私からは、「これからの情報教育」ということで、少々愚痴めいたところも含めて、お話ししたいと思います。

 

これはいつも鹿野先生が出されているスライドを基に作ったものですが、情報科がどのように変遷してきたかというものです。

 

私が東京都の教員に採用されて、情報科の教員になったのは「情報A・B・C」の時代で、当時の私は「情報A」の担当でしたが、何でこんなことになっているのかな、と素直に疑問に思いました。当時は素人同然でしたので、そういうことを思ったことについてはお許しいただきたいのですが、A・B・Cに分かれている必要があるのか、またA・B・Cを全部学ぶのかと思ったらそうではなくて、学校によって選択するというのはどうなのかなと思ったわけです。

 

 

本当は1つの科目に統合されて、全員の生徒が同じことを学べるようになればいいのに、と思っていましたが、残念ながら、前回学習指導要領の改訂でも「情報の科学」と「社会と情報」の2つに分かれたままでした。もし、今日ご参加の皆様の中に、この改訂に携わられた方がいらっしゃったら申し訳ないのですが、この時も、正直何のために2つに分かれているのかな、と思いました。

 

もちろん、学校によってそれぞれレベルはありますが、レベルの高いものから易しいものまで、段階をつけて同じ教科でやった方がいいんじゃないのと、ずっと思っておりました。

 

今回の学習指導要領の改訂で、ようやく「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」の積み上げ科目となったことで、大学入試に入れることができる状況になったのだろう、と思います。いろいろな考え方があるとは思いますが、現場の教員としての感想は、たいへん喜ばしいことです。

 

東京都に入った17年前から、「情報」が入試科目になったらいいのにと、ずっと思い続けていました。それがようやく今回実現したのは、多くの先生方のおかげであると思います。

 

ここからは、ちょっと愚痴のようなことを申します。情報科の先生がたには共感していただけると思うのですが、「情報」は生徒にとって受験教科ではないのです。

 

私は前任校では6年間、高校3年生で「情報」の担当でした。超のつく進学校ではありませんが、ほとんどの生徒は大学を受験する。その3年生です。

 

生徒は皆静かです。ただし、静かに授業を聞いているのではなくて、授業中に自習し始めます。私の人間性を知ってか、「ごめん先生、テストが目の前に迫ってるから、悪いけど勉強します」と正直に言ってくれる子もいて、「いや、でも授業はちゃんと聞いてね」という気持ちもありつつ、そういう気持ちもわかりつつ、何とも言えない気持ちで授業を担当することもありました。

 

こちらもプライドがあって、「単語帳は閉じろ」とは言いたくないのですね。だからこそ、それなら面白い授業をやってやろう、とにかく面白くて、生徒が興味深いと思ってくれるような教材を作って何とかしてこちらを向かせてやる、という気持ちで、ずっと教材開発をしてきました。そのおかげもあって、少しずつこちらを向く生徒が増えてきましたが、ここでもジレンマがありました。

 

 

先ほどもお話ししたように、これが大学入試科目であったならば、もしかしたらこんな悩みなどなかったと思います。

 

私は前任で私学にいたときには、理科の教員でしたので、変な話ですが、授業がそれほど面白くなかったとしても、入試に出るような問題を解いてみせれば、生徒は一所懸命聞いてノートを取ってくれました。でも、「情報」はそういうわけにはいかないので、頑張って面白い教材を作らない限り、こちらを向いてもらえませんでした。

 

これから大学入試科目になれば、状況は変わるかもしれませんが、逆にそこにあぐらをかいてはいけないと思っています。むしろ、大学入試に入るからこそ、さらにその問題が解ける状況になりつつも、工夫のある授業にしていかなければならないと思っています。

 

先ほどの発表でもお話しましたが、私の授業のキーワードは「自分事」ということです。そして、生徒が勉強する理由は、一つは大学入試に入るから勉強するということも、もちろんあってもよいと思いますが、それだけではなくて、自分のことに関わることだから、将来のために一所懸命勉強したい、もしくは楽しいから勉強したいと思ってもらえるような授業にしたいと、常に思っています。


 

そういう気持ちが大学の入試勉強につながってくれたら最高ですので、できる限りそれを目指したいと思います。

 

そして、一番言ってはいけないセリフが、「これはテストに出るぞ」だと思います。テストに出るから勉強するのでなく、大切なことだからテストに出る。ここを履き違えて、「テストに出るから」という理由で勉強させるというのは、非常に残念です。これまで情報科を懸命になって教えてきたプライドとして、そのセリフは言わないつもりです。でも、「ここは大切だよ」と言うのはいいのかなと思っております。

 

さらに「生涯学習」ということを書きましたが、「情報」が自分事になって、自分で一所懸命学びたいと思うからこそ、生涯にわたって情報を学んでいきたいと思えるようになったら最高ではないかと思います。

 

別に職業にしなくてもよいので、「情報」の授業が、生涯にわたって「情報って面白いな」と思ってずっと学び続けてくれるきっかけになってくれたらと思っています。ですから、繰り返しになりますが、大学入試に入ることは大変喜ばしいことであり、必ず底上げになるはずです。

 

もちろん、それが大変だからこそのご批判が来ることもわかっていますし、現場に対する理解も必要 です。ですから、私は授業をできるだけ校内で公開して、多くの先生がたに見に来ていただくように しています。

 

例えば、「生徒が発表しますから、ぜひ見に来てください」というチラシを作って、先生がたのレターボックスに入れて、見に来てもらうような仕掛けを作って、「情報の授業って、一体何やってんだ」と思われるようなことがないようにしたいと思っています。

 

一方で、先ほどの井手先生のお話にもありましたが、情報科の先生が、ICTの運用や故障対応の事務屋さんになってしまっているような状況は、改善しなければなりません。

 

今、東京都はICT支援員の方が入られたので、かなり状況は改善されたましたが、数年前まではLANケーブルを担いでいろいろな教室で機器を配線して回るのは、情報科の先生の役割りでした。最後にちょっと愚痴が入りましたが、入試科目になったことはすばらしいことである、ということを踏まえて、私の意見とさせていただきました。

 

 

中野先生

ありがとうございます。続いて鹿野先生、お願いします。

 

 

鹿野先生

こういうお話を聞いていると、昔を思い出しますね。私も現場を離れて長くなりますが、当時学校の端末は確か120台くらいあって、全部の端末のバックアップを取っておいて、何か不具合があったら、それを流し込んで修復、ということをしていたことを思い出しました。

 

大学入試についてもいろいろありますが、大切だから入試に入ったのです。私の方から国立大学協会に「入試に入れてください」と頼んだり、文科省の高等教育局にお願いしたりしたことは一度もありません。向こうから「『情報Ⅰ』ってどんな中身ですか」と聞きに来られたので、「こんな内容だから大事ですよ」と説明したことはありました。

 

入試に入れる・入れないというのは、文科省でいえば高等教育局の管轄で、さらにどのように扱うかは国立大学協会で方針決定、という形ですから、こちらが「入れてください」と言っても、入れてくれるはずがありません。こちらとしてはベストなものを作って、彼らの判断を待つという感じでした。

 

私からは、今入試の話が出ましたので、1枚スライドを共有させてください。

 

情報教育は、大学だけ、高校だけ、中学校だけでやっているのではなくて、小中高のすべてで行っています。もちろん幼稚園も同様です。

 

 

小中高のそれぞれの段階でいろいろなことをやってきたとしたら、課外活動でもいろんなことをしなければならなくなる。そこでどんどん伸びてくる子も出てきます。サッカーで言えば、クラブチームのように、世界に通用する子も出てくるわけです。

 

ただ、学校の授業だけでJリーグや海外で活躍できる子が出てくるはずはありません。そういうスターのようによくできる生徒には、クラブチームのような、とことん伸ばしてあげるための場を作らなければならない。これも情報教育の必要な範疇であると思います。

 

初等中等教育では、授業に重きを置くことも必要ではありますが、こういったトップ層をどんどん伸ばしていくためには、そういった機会を作っていくことが必要になります。情報処理学会の皆様には、それができると思います。国内には約200の情報系のコンテストがありますが、その辺りをしっかり整理して出していくことも必要であると思います。

 

小学校の算数で統計的考え方の基礎を学び、中学校の数学でも簡単な統計を学び、高校で「情報」と数学が連携します。これは、高校になっていきなり連携するということではなく、小中でそれぞれの教科に関した積み上げがあって、初めて高校で連携できる、ということです。情報教育を考えるとき、中学校では小学校で、高校では小学校・中学校で何をやってきているかということを、しっかり把握しておく必要があり、そこができていないとうまくいきません。教科間連携やカリキュラム・マネジメントというのは、他教科のこと・他校種のことがわからないとできません。

 

情報処理学会の皆様にサポートしていただくのは、非常にありがたいことですが、さらにお願いでき るのであれば、「初等中等教育の、他の教科・科目の内容がこんな感じであれば、このような連携ができるのではないか」といったところまで踏み込んだアドバイスがいただけたらありがたいかなと感じています。

 

この画面の外には幼稚園や保育所がありますが、そこでも情報教育は始まっています。今、コンピュータ的思考につながるいろいろなおもちゃや教具などもあります。そういったものに触れた子どもたちが、幼稚園から小学校、さらに中学校、高校、大学と進んでくることになります。小中高には課外活動もありますので、情報教育ということを、より広く捉えなければならない。大学を卒業した後も学び続けなければ、当然やっていけないはずなのです。

 

大事なことは、「情報」を好きになってもらって、学び続ける習慣をつけることであると思います。これは大学に進学する・しないに関係ありません。大学に行く人は、より高度なことを学んでいかなければならないので、その気持ちはより強くなければならないだろうと思います。

 

特に、理系や情報系ではない大学、例えば芸術や文学、私の大学で言えばマンガといった分野でも、情報の素養をより高く身に付けるということが、今後は大学の差別化につながるのかなと感じています。

 

 

中学校の情報教育は、今どうなっている?

中野先生

ありがとうございます。今、お三方に口火を切っていただきました。

 

滑川先生は中学校の校長先生というお立場ですので、ご自身が直接ご指導に当たられるのでなく、先生方の環境を整えたり支援されたり、というお立場だと思いますが、中学校のお立場、もしくは管理職のお立場から、情報教育や高校の情報科に関する思いをお聞かせいただけますでしょうか。

 

 

滑川先生

久しぶりにこのような場に出てまいりました。簡単に私の立場をお話ししておくと、ご紹介いただいたように、現在、中学校の校長をしておりまして、今年2年目になります。それ以前は、ずっと千葉県の高校で勤務しておりました。平成19年に、千葉県で初の情報の専門学科である「情報理数科」を柏の葉高校に立ち上げて、以来そこに携わってきましたので、ずっと専門教科の「情報」をやってきました。

 

私が中学校に着任したのは、ちょうどGIGAスクール端末の活用が始まるタイミングでしたので、私としてはそれが非常に楽しみで、また勉強になりました。今の中学校での情報教育の状況ですが、私の印象では、中学校の先生がたは高校に比べて割合素直に変化を受け入れて、一所懸命やってくれているという傾向があると思います。

 

GIGAスクール端末のセッティングについても、当初は多少大変だったようですが、令和3年の4月には普通に使い始めており、今はいろいろな授業で使っています。

 

本校は1学年3クラス規模の小さな学校なので、技術科の免許を持っている先生はおりせん。少子化もあって、本校のような小さな中学校が増えてきています。本校では、昨年度は美術の先生が、今年度は体育の先生が、教育委員会の許可を得て技術科を担当しています。

 

教職員定数の関係で免許を持った専任の先生が配置されないので、持ち時間数を考えながら、できそうな教員が担当する、ということにならざるを得ません。これは何ともしがたいところがあります。

 

そんな中で生徒たちは配られたタブレットを使っているのですが、あるとき生徒が「タッチパッドが利かなくなったんだけど、壊れたんですかね」と私のところへ持って来ました。私が詳しいことを知っていて来たのだと思います。この時は、[Fn]キーと[Delete]キーを同時に押すと、タッチパッドが無効化されるというだけのことだったのですが、そもそも生徒は[Fn]キーを押したとき、どのような働きをするのか知ってるのかな、と気になりました。

 

小中学校では、こういったことをきちんと整理して教える機会はおそらくないと思います。中学校の先生でも、例えば「パソコンのAltキーを押しながらTabキーを押すと画面(ウインドウ)が切り替わるよ」と教えると「初めて聞きました」と言われることがよくあります。

 

今年の中学校1年生は、昨年小学校6年生でタブレットを配られているので、使い始めて2年目ですが、ふだんから何となく使っているという感じで、パソコンの使い方については小学校でも中学校でも、きちんと時間を取って教える機会がなかなかとれていないのです。

 

また、「情報的なものの見方・考え方」についても、どこかで少しずつ積み上げていく必要があります。中学校の技術科や、小学校の各教科の中でちょっとずつやっていくだけでは、時間数や指導者の両面でなかなか難しいところがあるのではないかと思います。

 

中学校に着任した令和3年の4月に、市教委の学習指導課長とお話しする機会があり、「小学校6年間、中学校3年間の9年間の中で情報活用能力を、どのように体系的に積み上げていくのかということを考えるべきではないか」ということをお話ししましたら、令和3年度末には、いろいろな先行研究をベースとしたものだと思いますが、情報活用能力の体系表が作られて、市内で共有されました。

 

もちろん、なかなかその通りにいかないところもありますが、今年は本校では、この体系表を基にしながらカリキュラム・マネジメントを進め、どの教科・科目の中で、どのタイミングで何を指導するのかということを検討して、1年間通していろいろ工夫しながら実践したことを蓄積することにしました。それを毎年見直しながら、3年間のカリキュラムの中で、情報活用能力の育成ができるように取り組み始めています。

 

中学校の技術科の時間というのは、時間数も多くなく、学年によって何をするか、ということも大体決まっているので、簡単にはいかないところがありますが、先生がたに意見を聞きながら、技術科を中心としながら、各教科・科目の中でどのように進めていくか、今取り組んでいるところです。

 

 

中野先生

ありがとうございます。小中学校の情報教育の体系化を、先生のご提案で、松戸市でちゃんとやってそれが共有されて、さらにそれを基本として、学校全体のカリキュラム・マネジメントが行われているというのは、本当にすばらしいと思います。

 

一つお聞きしたいのが、免許外教科担任で技術科を担当されるとなると、かなり得手・不得手ということがあるのではないか。また、昨年担当された先生がせっかくいろいろな技術を身に付けられたのに、今年は別の先生が担当されるとしたら、また一から始めなければならない。正直、技術科の「情報」に限らず、免許外教科担任の先生というのは、それで大丈夫なのかと思ってしまうのですが、中学校の現場ではその辺りの支援はどうなってるか、教えていただければと思います。

 

 

滑川先生

今、中学校は講師不足だと、よくニュースなどで取り上げられていますが、これは技術科に限ったことではなく、1人、2人欠員のままの学校もあって、そちらの方がもっと大変な状況になっているのが現状です。

 

もちろん、技術科のことはしっかりやらないといけないと思っています。本当は、その教科のもっと深い内容を伝えていかなければならない部分があると思いますが、どうしても、担当された先生が教科書に沿って準備をしてなんとかやっている、という感じなっています。

 

 

中野先生

現場はこのように苦労されているということですが、それをお聞きになって、井手先生、いかがでしょうか。

 

 

井手先生

今のお話も、他の先生が言われていることも、本当におっしゃる通りと思いました。高校の情報科の先生には専任が少なくて、非常勤や免許外教科担任の先生が多いということはよく話題になっています。同じように、中学校の技術科の先生も大変な状況で、滑川先生がおっしゃったように、専任ではない先生が技術を教えていると、引き継ぎの問題も大変だと思います。

 

実は私、大学は技術科専攻だったので、技術科の免許も持っていて、その辺りはよくわかっているつもりではいるのですが、技術科も情報科と同様に専門で学んできた人たちでないと難しいです。木材・金属加工、生物育成、エネルギー変換に加えて情報という、非常に幅広い分野で、しかも家庭科と1単位ずつで合わせて2単位(70時間)、さらに3年生になると、この授業時間が半分になるので、技術科は17.5時間でやらないといけないという、本当に大変な状況です。

 

昨今はよく高校に注目が集まりますが、小学校のプログラミング教育に始まり,中学校でしっかり技術・情報教育を受けた上で高校に入るという、異校種の一貫した教育のシステムが重要であると感じます。

 

 

中野先生

中学でどこまで学んできたか、生徒間でも差があるということは、情報に限った話ではなくて、他の教科でも同じではないかと思うのですが、稲垣先生はいかがでしょうか。

 

 

稲垣先生

そうですね。他教科と同じと言いつつも、私は違うと思います。言葉は悪いですが、入学試験があって、それをクリアしてきて入ってきた子たちですので、筆記テストが全て学力ではないと言いながらも、国語、数学、理科、社会、英語は一応ある程度筆記テストのための勉強をして入って来ます。都立高校では、それまでの成績や内申書も重視しますから、そういったことも踏まえますが、やはり大切なのはその場のテストですので、そのための勉強はしっかりしてきます。もちろん、これも学校によりけりですけれども。

 

「入試に出ないから勉強しない」というのはよくないセリフではありますが、入試には出ない技術・家庭科の情報分野を、他の入試科目と同等のレベルで頑張って勉強してくる生徒というのは、本当に好きな子だけで、実際はあまりいないと思います。

 

だから、生徒のレベルは本当にバラバラです。これは、実際に情報の授業をしていると痛感しますし、あとは、地域差もありそうです。先ほど、井手先生の発表で、プログラミング経験のアンケートのことがありましたが、残念ながら、私が今いる調布市の学校に来ている生徒には、プログラム経験のある生徒は本当に少なく、Scratchの経験すらない子もいます。 

 

逆にちゃんとプログラミングを学んできた子もいますので、プログラミング一つに関しても、このような開きがあるということは、他の分野においてももちろん差があるわけです。

 

他教科に比べてレベル差が大きいために、高校での授業のレベル合わせが大変になっているからこそ、できれば高校入試で「情報」も出すか、一定のラインを超えるところまでやってきてほしい、というのが正直な気持ちです。もちろん、それは厳しいということは、重々承知しつつ、しかし常に思っていることです。これまで大学の先生方は、「高校で一体何やってきてんだ」と思っていらっしゃっただろうな、と思って申し上げておりますが、今後は変わると思います。

 

 

中野先生

地域ごとに状況は全然違いますよね。私も、三重県で勤務していたとき、中学校は市町村教育委員会の管轄でしたが、教育委員会が違うと全く教育方針が違う、ということを痛感しました。その後、今の立場に就く前は神戸市の教員でした。政令市は、小学校も中学校も市立高校も同じ教育委員会の管轄ですので、中学校の技術科と、高校の情報科や工業科をちゃんとつなげてみたいという思いがありました。ただ、それでも中学の技術の先生と、高校の情報科や工業科の先生が交流するような場は、実際はなかなかないこともわかりました。

 

先ほど、滑川先生から体系表のお話が出たのと、鹿野先生も体系的な情報教育の話をされて、そもそも学習指導要領が体系的に組まれているということ、あとは稲垣先生が受験教科になったのは喜ばしいということをおっしゃって、鹿野先生からは「大切だから入試に入った」ということを言われたわけですが、いろいろお話があった中で、鹿野先生に、さらに思いをお聞かせいただきたいと思いますが、いかがでしょう。

 

 

鹿野先生

先ほどの免許外の話で、どのくらい無免許の人がいるのだろうと思って調べてみたのですが、教育新聞調べの2014年、15年、16年のデータで、若干古いものですが、見ていただければと思います。

 

 

驚くことに、免許外教科担任の数は、2014年から16年は家庭科の方が多いのです。統計的にはあまり意味はないかもしれませんが、免許外教科担任の数で見ると、技術科の教員は増えているけれど、家庭科は減っているということも見られます。

 

技術科というのは、例えば小学校にも高校にもない科目です。それであれば、例えば情報科を小学校1年生から、中学校・高校もずっと通してやっていけばよいのではないか、ついでに高校入試にも出してもらえばよいかなと思います。文科省を辞めると、本当に好きなことが言えますね(笑)。

 

 

トップ層の子どもたちを伸ばすために

中野先生

ありがとうございました。先ほど鹿野先生のご講演の中で、トップ層を伸ばす必要があるという話がありました。トップ層ということでは、今日は会場に情報オリンピック日本委員会(※1)の谷聖一先生がいらっしゃっています。情報オリンピックは中高生が対象ですが、小中学生向けのジュニア部会もありますよね。このようなトップ層を伸ばすということについて、情報オリンピックの取り組みや考え方をご紹介いただけると嬉しいのですが、いかがでしょうか。

※1 https://www.ioi-jp.org/whatisIOI.php

 

 

谷先生

はい。その前に、今のお話の中で、私も知りたいと思ったことがあります。

 

大学入試になったことの良い面とすれば、高校などでは他の5教科に関しては、入試があるおかげで、学校ごとにある意味レベルが揃っているというところもあるかと思います。今回、大学入試に「情報」が入ることで、大学もそれをしっかり活用していけば、入学してくる学生さんの情報の力はある程度揃ってくることが期待できるかなと思います。

 

現状では、日本の大学進学率はまだ5割程度です。今後、大学の定員が変わらず、子どもの数が減って いけば、もう少し進学率が上がる余地があるかもしれませんが、それでもまだ約半分は大学進学しないとすると、進学しない生徒には入試は関係ないので、そういう人たちが「情報」に取り組む態度はどうなっていくのかな、というのが疑問です。

 

すみません、疑問から先に入ってしまいました。

 

情報オリンピックの代表は、本当にトップ層の選抜ということで、選手になるのは日本で4名だけです。国によっては、1回選手になった人は権利がなくなるところもありますが、日本ではそのような制度にしていないので、中学生から4年連続で選手になった人もいます。

 

選手になる人は、春に選抜合宿などをして選考しますが、そこに参加できるのは日本のトップ2-30人くらい。彼らはお互い知り合って、競い合っていくわけです。言ってみれば、先ほど鹿野先生がおっしゃっていた、サッカーで言えばクラブチームに入って、将来ヨーロッパのリーグに行くような人たちです。ただ、サッカーであれば、日本代表になる選手は、ほぼ全員がヨーロッパに行っている人で、逆にヨーロッパに行っていても日本代表に呼ばれない選手もたくさんいる。海外のトップリーグでなくて2部リーグに行く人もいるくらいですので、サッカーの場合は、情報よりもずっと層が厚くて、海外志向かもしれません。ちょっと話がずれましたね。

 

先ほど中野先生がおっしゃったように、情報オリンピックにはジュニア部会(※2)という、主に小中学生対象の部会があります。ジュニア部会では, ジュニア向けのイベントの開催やウェブコンテンツの開発などを行なっていますが、その一環として、中高生および小学生を対象としたジュニア向けの情報科学コンテスト「ビーバーチャレンジ」を開催しています。

※2 https://www.ioi-jp.org/junior.php

 

ビーバーチャレンジは、プログラミングももちろん関係しますが、プログラミングだけでなく、コン ピュータサイエンスやコンピュテーショナル・シンキングに関することに触れてもらうことを目的としています。小学生だけでなく、高校生対象の問題もあります。

 

今まで学習指導要領の中では、コンピュータサイエンスがあまり前面に出ていないところもあったと思いますが、ビーバーチャレンジは、そういったところに触れていただくことができる場となっています。カリキュラムの中ではなかなか難しいと思いますが、こういった場もぜひ活用していただけるとありがたいと思います。

 

質問から始まって、お願いで終わって申し訳ありませんが、私からは以上です。

 

 

大学に進学しない生徒は「情報」とどう向き合うべきか

中野先生

ありがとうございました。今のお話でいくと、若い人たちの中で、それでも半分は大学へ進まない人がいるということですが、稲垣先生は「『情報』が入試に入ったのはいいことだ」とおっしゃっていましたが、今のご質問についてはいかがでしょう。

 

 

稲垣先生

難しい質問ですよね。話題をちょっとずらして、スタートさせてください。

 

入試に入るのが喜ばしいというのは、正直なところ、入試に入るからこそ、ある意味多少は強制的に勉強する機会になって、全体の底上げにはなることはあると思っています。それを踏まえた上で、大学受験をしない人たちの勉強をどうするのか、という意味を込められたご質問かと思います。

 

確かに、その人たちを入試で「釣る」ことはできません。もちろん、入試のために勉強してほしいことはありますが、先ほどから私が主張しておりますように、入試のためだけに勉強するのではなく、自分のこととして、生涯にわたって勉強することが、彼らにこそ必要です。ですから、「情報」が面白いもの、自分に必要なことであると思わせるような授業が、これからますます必要になるのだと思います。

 

だからこそ、今のご質問はある意味、警告のような気もしていて、いかにも受験勉強的な教え方をするのはよくないとすごく思います。

 

一応、大学進学はするけど、という程度の意識の生徒に、「どうして○○の勉強をするのか」と聞いたとき、彼らから「入試に出るから」以外の答えが出てこなかったら、それは学ぶ理由をきちんと教えて来なかった、理解させていなかったという失敗によるものだと思います。「情報」はその失敗をしてはいけないと思います。私自身も、それを肝に銘じて、「入試に出るから勉強をさせる」ということにはしたくないと、一層強く思いました。ありがとうございます。

 

 

中野先生

ありがとうございます。井手先生も、子どもたちに体験的・実践的な学びをさせなければいけない、とおっしゃっているので、今のお話は通じてくるのかなと思いますが、井手先生のお考えもお聞かせください。

 

 

井手先生

ありがとうございます。今回「情報」が入試に入ったわけですが、高校の先生としては、これは理想かもしれないですが、本来、入試に入る前後で授業のやり方は変わるべきではありません。授業が目標とするのは学習指導要領に書かれていることであって、別に入試に入ろうが入らなかろうが、学習指導要領の内容の授業をやる、というのが本来あるべき姿だと思います。そうは言っても、今回「情報」が共通テストに入ったことは、非常に有り難いことだと思っています。

 

これは、目先の大学合格とかいったことではなくて、これから10年後、20年後の日本の情報教育を見たときに、必ず意味があると思います。文科省は、これまでずっと「情報」をきちんとやりなさい、と言ってきましたが、一部の自治体は、まともに取り組んでこなかったというところがあります。そういった風潮に対して、荒療治ではありますが、共通テストに入れることで、国が本気であるという姿勢を示したことはよかったと思います。

 

情報科の教員が足りなくて困っている自治体も多いとは思いますが、長い目で見れば、これから情報教育は良い方向に変わっていくのだろうという印象を受けています。

 

また、先ほど谷先生から、「情報」の受験をしない生徒はどうするかというお話がありましたが、私の考えとしては、確かに「情報」を受験する必要のない生徒はいます。 

 

本校でも、実際に国公立を目指すのは1クラス分ぐらいですので、ほとんどの生徒は入試に「情報」は必要ない可能性が高いです。かと言って、その子たちだけ授業のやり方を変えるというのはナンセンスで、大学に行かないから学習指導要領で求められている情報教育の内容は必要ないのかというと、そういう訳ではありません。

 

入試に必要・不要に関係なく、生徒には情報教育を体験的に、実践的に教えていきたいと思っています。

 

 

教員マネジメントとはどうあるべきか

中野先生

ありがとうございます。大学入試というと、最近は総合型選抜がすごく多くなってきていますよね。

 

総合型選抜であれば、本当に総合的な問題解決力が問われると思うので、そういうところでは、「情報」そのものが出題されるわけではなくても、スタディー・スキルズとしてしっかり持っていれば、結果的には大学入試のいい成果につながってくるのではないかと思ったりします。

 

また、先ほど稲垣先生が「生徒に興味を持たせるための授業を頑張る」ということをおっしゃっていましたが、実は参加者の方から質問がありました。

 

「先生がたの実践は、いずれも素晴らしいと思いました。情報に関しては、授業の伝え方に創造性を導入することができると、あらためて認識できました。先生の力量が、生徒の成長に大きく影響を与えることが考えられますが、逆にそのような先生に巡り会えなかった生徒との格差が気になりました。このような課題認識はされているのでしょうか」ということです。

 

これは「情報」に限った話ではないと思いますが、単に指導力があるかどうか、という話だけではなくて、その生徒に合った指導ができるかどうか、というところも含めてだと思います。

 

その辺りは、普段学校経営をされている滑川先生としては、日々ご苦労されているところではないかと思います。教員マネジメントといった側面から、お話をいただけますでしょうか。

 

 

滑川先生

幸いなことに本校の職員はみんな素晴らしい人ばかりで、恵まれた中で仕事させていただいていますが、今年度、ある学校のPTA広報誌に、こんな記事が書かれていました。

 

「昨年度から児童1人ひとりにタブレットPCが配られました。先生も生徒もタブレットPCを活用した授業は初めてですが、できることから実践してきました。その結果、『必ずしもタブレットPCを使わなくても今までのように紙に書けば十分ではないか』ということもわかってきました。一方で、便利さという点では、保護者面談にタブレットPCを活用してオンラインで実施することを考えています。」というものです。

 

私はこれを読んで、先生がたに「そりゃそうだな」と思うのか、それとも「ええっ?!」と思うのか、聞いてみました。この文章をどう受け取るかで、先生の考え方の立ち位置が、Society3.0時代の従来の学力観なのか、Society5.0時代の学力観なのかがわかると思ったのです。

 

従来の学力観に捕らわれていれば、紙と鉛筆で書いて覚えて身に付ける、それでよいと考えるかもしれませんが、これからの変化が激しい社会では、自分で課題を見つけてそれを解決していくための力を付けなければならない。Society5.0時代の学力観に立つのであれば、「紙と鉛筆だけじゃダメだよね」という話になるのではないかと。

 

先生がたは、本当に一所懸命授業をやってくださっているので、基本的にはそれで大丈夫なのですが、ただその立ち位置(学力観)が重要で、新しい学力観に立って授業をやってくださらないと、方向が違ってしまうという話をしました。

 

もちろん、教え方を急に全ては変えられないにしても、タブレットPCも活用して子どもたちに自ら学ぶ力を付けさせていく、自ら課題を見つけられるように、キャリア教育のようなこともしっかりやって、これからの社会と自分はどう向き合うのか、ということも考えさせなければならない。(学校のグランドデザインを踏まえて)自分の授業のあるべき形を考えれば、当然情報活用能力の育成が必要になってくるので、そういう授業をしてくださいね、という話をしています。

 

今まさに授業改革の最中で、ベテランのパソコンに慣れない先生でも、やってみたら案外できた、という感じで、多くの先生が取り組んでくれています。

 

 

中野先生

ありがとうございました。文科省は、本当に情報科を特別扱いして支援してくださっています。教員研修教材や実践事例集といったものを、文科省が直接出すなどということは、他の教科ではあり得ないことですよね。

 

これについては、鹿野先生が在任中にご苦労されたことだと思いますが、文科省を離れて、今だからこその気付きや、見えてくるものがあれば、教えていただければと思います。

 

 

鹿野先生

気付きというわけではありませんが、あれには組織上のこともありました。当時は、文部科学省には情報教育・外国語教育課という課があって、教育課程課とは別なのです。情報教育と外国語教育は変化が激しく、例えば小学校の英語教育とかプログラミング教育といったいろいろなことに対応していくことが必要なので、別立てで動いてきたことがあって、特別なことができたのではないかと思っています。

 

情報科についても同様で、国策的な話もありますよね。機構上、情報教育・外国語教育課があったからこそ、いろいろなことができて、教材なども行き渡ってきましたが、これから先、そうそう特別扱いが何年も続くということは難しいのではないかとは思います。

 

 

中野先生

ありがとうございます。高校の情報科だけでなく、小学校の情報教育も、中学校の技術科の支援も同様だと思いますが、今の枠内では、現場と教育委員会の努力だけでできることには限界があるのではないかと感じています。

 

例えば戦後の混乱期からの復興のために、理科教育振興法や産業教育振興法といったものかできました。情報環境や機材の整備、教員や支援員をきちんと配置するための財政的な支援のための情報教育振興法のようなものが必要ではないかと思いますが、いかがでしょうか。

 

 

鹿野先生

もちろん、日本としては必要なことですが、文部科学省だけが負うべきところではないだろうと思っています。経済産業省も総務省も協力しなければならないし、企業の皆さんの支援も必要だろう、ということで、私の方でも社団を立ち上げて、皆で一緒にやっていこうということで、今、進めているところです。国がいろいろやってくれることも、もちろんありがたいですが、予算の問題があるので、ずっと続くとは限りません。ですから、民間ベースでやっていくことと合わせて進めていくのがよいのではないかと思っています。

 

 

中野先生

ありがとうございます。教員の働き方改革については、井手先生も最初におっしゃっていましたが、少し気になったのは、情報科の教員は持ちコマ数が少ないけれど、校内のICT環境整備などやらなければいけないことがたくさんあるので、それを教員の仕事として認めて、授業時間数は少なくても1校に1人配置すべきだ、というご趣旨のお話しだったと思います。

 

これについては、半分はそのとおりだと思うのですが、あと半分は、情報の先生が校内の環境整備を請け負うという現状を肯定してしまって、長期的に見たときに、情報科の教員の働き方をむしろ悪化させてしまうことにもつながらないかと思いました。この点、いかがでしょうか。

 

 

井手先生

今言われて、確かにおっしゃるとおりだなと思いました。「授業の単位数が少ないから、ネットワークの設定をやってね」ということを情報科の先生でやってしまうことになると、現状を肯定することになるので、確かに危険だなと思い直しました。

 

ただ、そうすると授業のコマ数が少ない学校は情報科の専任が要らないのかという話になってしまいます。今すぐ解決案は思い付きませんが、「情報」は情報科の専任が授業を行うのがあるべき姿ですので、そうなるような施策を進めてほしいと思います。

 

 

鹿野先生

その役目を固定化させるのはまずいと思います。でも、現状ここをサポートしてあげないとどうしようもないでしょう。管理職は、あるべき姿ということがきちんと理解できていて、それに向かうような方向性を持ちつつ、今の状況に合わせたエフォート管理をしっかりしなければいけないと思います。どの教員にどのくらいの負担があるのか、この辺りについては滑川先生が、詳しいと思いますが、その辺りをしっかり把握する必要があります。

 

例えば、理科の授業を持って、情報も持って、情報管理も全部やって、というのは、誰が見ても負担過重ですから、それは正さなければならない。そういったエフォート管理を今しっかりやりつつ、機械の設定は情報科の先生の仕事ではないね、ということなら、1年2年では無理としても、3年4年かけて徐々に改善していかないと、救いがないですよね。

 

エフォート管理は非常に重要です。現実対応と将来に向けての改善をしっかりしなければならない。そのためには、専門家を入れて管理職教育を徹底的にやらなきゃいけない。そこは県の整備計画や教育改革計画と合わせて、どのように進めて行くかという青写真を共有した上で、学校の中の組織改革と働き方改革を進めていくのが必要だと思います。

 

 

民間企業の支援はどうあるべきか

中野先生

ここで会場からご質問やご意見がある方がいらっしゃったら、お願いしたいと思います。いかがでしょうか。

 

 

Q1.私立大学教員

先ほど井手先生の教員の働き方に関するご意見に、中野先生が疑問を呈されていましたが、個人的には井手先生の考え方は基本的には大丈夫だと思います。

 

そもそも、学校の中で情報教育を誰かが推進しなければいけないわけですよね。そうなると、情報科の教員は、必ずとは言いませんが、ある程度旗振り役にならざるを得ない。それだけでも既に負担が増えていますので、その分、他の仕事を減らすとか、鹿野先生がおっしゃるエフォートとしてカウントするということは絶対大事であり、だからこそ専任の教員が必要だよ、という論調ができるのではないかと思います。

 

一方で、中野先生が危惧されているコンピュータのお守り役という点は、東京都でICT支援員があるように、そこは情報教育とは切り分けるべきと思います。

 

教員のやるべきことは教育なのですから、教育はきちんと専任を置きましょう、パソコンのお守りは、専門のスタッフがやりましょう、ということにすれば、井手先生のお考えも、中野先生の危惧も両方解決できるのではないかと思います。そんな形が理想ではないかと感じているところです。

 

 

Q2.教材開発会社

パネルディスカッションのお話を聞きながら、「情報」という教科は、先生方の教える力の差がまだ大きいのではないかと思いました。そここそが、われわれ民間の会社がお手伝いできる部分ではないかと思ったのですが、それ以外の点で、何か民間の会社に期待されていることがあれば、お伺いしたいですが、いかがでしょうか。

 

 

井手先生

担当する先生によって、生徒の成長がかなり変わってくるのではないかというのは、おっしゃるとおりだと思います。これは「情報」に限ったことでないかもしれませんが、特に今の「情報」について言えば、先生の授業のやり方の影響が他の教科よりも大きい、ということは確かにあると思います。

 

ですから、外部教材は積極的に活用してほしい。他教科の先生、例えば理科の先生が情報を担当されていて、理科も情報も同じくらい授業準備をするというのは、どうしても無理があると思います。特に非常勤や免許外教科担任の先生が「情報」の授業を担当せざるを得ない学校では、そういった外部教材をうまく活用して、学校間や先生間で差が生じないようにできればとよいと思います。

 

加えて言えば、非常勤や免許外教科担任の先生が、「外部の教材を入れてください」とは、なかなか言いづらいと思いますし、そういった教材があることもご存じないかもしれません。ですので、管理職の先生や自治体が率先して、学校や地域として教材を導入するとか、地域の中で連携先を探すといった取り組みがあれば、格差を防ぐことができるようになるのではないかと思います。

 

 

稲垣先生

私も、外部や民間の方の教材こそ大切だと思います。ちょっと極端な言い方をすれば、よい教材を使って授業をすれば、もしかしたら、ある程度の質が保証された授業ができるかもしれません(もちろん、そのためには、生徒の学力もある一定のレベルにないといけませんが)。

 

他教科の先生が「情報」を教えるのは確かに難しいかもしれませんが、その先生も他教科を実際に教えているので、生徒を指導する力を十分持っていらっしゃる方々が多くて、もしかしたら、「情報」を教えるということに慣れていらっしゃらないだけなのかもしれません。となれば、一番頼るべきところが教材だと思います。

 

教材を作る会社の方には申し訳ありませんが、教材を作るのが好きな先生は、自分専用のものを自分で作ってしまうものなのです。でも、そんな時間はなくて、かつ慣れていらっしゃらない先生なら、良い教材はとてもありがたいですし、もっと良い授業ができるようになるでしょう。

 

私も、外部からの力を入れることは非常に重要であると申しましたが、しかしそれは、何度も申し上げますが、授業をするのはあくまで先生自身で、外部の力や教材というのは、その先生を助けるために必要であると思います。

 

私たち教員は、生徒に対する対応はできます。ただ、いきなり「情報をやれ」と言われた先生は、急にはできないだけなのです。それを、「情報の先生は力がないから、外部の力を使おう」という論調はいかがなものかと思います。そうではなくて、「良い教材があれば教えられる」という先生方のために、ぜひとも良い教材を、多くの方々に作っていただくことが、今一番大切なことだと思います。

 

 

情報教育に関わる全ての皆様へ

中野先生

ありがとうございました。

最後にパネリストの皆様に一言ずつ、全国の、今情報教育を担当されている全ての方に対するエールをいただきたいと思います。よろしくお願いいたします。

 

 

井手先生

今日は本当にありがとうございました。私自身、いろいろ確かめさせられる場面がありました。新しい情報教育が始まって、私が意識しているのは、我々情報科の教員は、目先のことでなく、10年先、20年先の日本の情報教育を考えて、今できる最高の授業を子どもたちにしてあげることが大事だと感じています。ありがとうございました。

 

 

稲垣先生

本日はありがとうございました。私が現場の教員としてやるべきは、とにかく子どもたちが面白いと 思って、自分に関係あることだから一所懸命学んでいかなきゃいけないんだ、と思わせるような教材を作り、授業をすることだと思います。

 

子どもたちにそういったものを提供し続けることができるよう、努力を続けていきたいと思います。ぜひとも一緒に授業を作っていきましょう。これからもよろしくお願いいたします。

 

 

鹿野先生

先ほどの谷先生の質問にお答えします。大学に行かない方は、もちろん個人差はありますが、情報だけでなく、他の教科もそんなに一所懸命やりたいと思っているわけではないかもしれません。ただ、そういう子どもたちに、自分の人生で何の役に立つのかっていうことを明確に伝える。例えば、数学ができる子になぜ数学をやるのかと聞いたら、「パーマ屋になるためにやっている」と明快に言い切る。そのくらいの、必要性を感じさせることが重要だと思います。

 

もう一つ、情報関係の資格を取ること、例えばITパスポートや基本情報技術者、情報セキュリティマネジメントといったものを取ることで、就職に有利になったり、会社の仕事で有利になったり、という形で、入試とは異なる形で必要性を感じさせ、かつそういったステップを作ることを、これからやっていくべきと思います。

 

 

滑川先生

今日は、飛び入りで参加させていただきましてありがとうございました。高校から中学校に行って感じるのは、今の小中学校での学び方は、GIGAスクールで現在進行形で変わってきているということです。その中でも進んでいる学校は、本当に大きく変わっています。

 

中学校と高校との学び方のギャップは大丈夫なのか。小中学校で自ら学ぶ姿勢を9年間で身に付けて来る中で、高校の学びが今までどおりではいけないと危惧しています。それを大きくリードしていけるのは、情報科の先生なのかなと思っています。

 

私自身も、改めて小中高の情報教育について、つながりをもっと見ていかなければいけないな、もっとやっていきたいなと思っています。高校でも、中学校の様子をもっといろいろ見ていただいて、情報科の先生が中心になって、これからの子どもたちの学び方、情報教育の在り方を、もう一度考えていただけるとありがたいと思いました。

 

 

中野先生

これにて本日のパネルディスカッションを終わりたいと思います。皆さん、ありがとうございました。