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ポスト真実の世界における思考法:エビデンスを把握(Grasp of Evidence)しよう

ラドガース大学 Dr. Clark Chinn

今日は、「ポスト真実の世界における思考法」、エビデンスの把握の仕方についてお話ししたいと思います。

 

これは、望月先生と私がここ数年取り組んできたもので、共同研究者のR.G.Duncan とS.Barzilaiと行った研究の上に成り立っているものです。

 

本日の簡単なアウトラインです。まず、すべての生徒・学生や市民が直面している「ポスト真実」の課題についてお話しします。

 

次に、「エビデンスを把握する力」を養うことで、この課題にどう対処するかということをお話しします。そして、「エビデンスの把握」の5つの次元について述べます。さらにこれらを応用して、生徒たちが「ポスト真実」の課題に対処できるようにするにはどうすればよいかをお話ししたいと思います。

 


「ポスト真実」の世界で真実をどのようにとらえるか

今日、私たちが取り組んでいる研究の動機となっている課題は、「ポスト真実」の状態です。

 

これは、正確な知識を得る可能性を損なうような傾向や要因がある状況です。

 

これらの傾向や要因としては、

・多くのトピックで論争がたくさん生じており、誰が最も信頼できるのか、何が最も信頼できるのかを判断することが困難なこと

・誤報や偽情報がまん延し、その影響力が増大していること

・事実や証拠よりも、個人の信念や経験が優先されること

・ジャーナリズムや科学など、情報提供機関に対する信頼が低下していること

などが挙げられます。

 

 

これらの「ポスト真実」の問題を軽減するためには、コミュニケーション、政治改革、法改正、経済・メディア改革、テクノロジーを活用した対策など、多くの分野での介入が必要であると考えています。

 

しかし、ポスト真実の世界の複雑さの中で、教育改革によって、学生がより良く推論できるようにすることも重要な役割であると考えています。

 

 

エビデンス(証拠)を把握することが重要ではあるが…

教育による解決策の1つは、「エビデンスの把握」を促進することです。

 

私たちは、ポスト真実の課題の中心には「エビデンスに関する推論」が貧弱なことがあると考えています。ですから、重要な教育的な対応の一つは、エビデンスに関するよりよい推論を促進することであると考えます。

 


 

ここでは、エビデンスに関する貧弱な推論の例と、人々が直面する問題について、どのように問題のある結論につながるかを紹介します。

 

これは、2021年3月のアメリカのツィートです。アメリカではもっと暖かいはずの日に雪が降った、という写真が表示されています。そしてこのツィートで述べられている結論は、「気候変動は起こっていない」ということです。

 


 

これは、エビデンスに関する推論が貧弱なことの例です。というのも、たった1日のサンプルによるエビデンスであり、気象や気候の長期にわたる系統的な分析がなされていないまま、この人物は間違った結論に達してしまっているのです。

 

エビデンスに関する貧弱な推論の、もう一つの有名な例として、「ワクチンや予防接種が自閉症を引き起こす」と主張し、後に撤回された有名な研究があります。

 

これはわずか12人の子どもたちからなるサンプルによる研究でした。しかもこの研究には、適切な比較もなく、かなり不規則な手順で行われていました。

 


 

結局、この研究は上記の理由で撤回されましたが、多くの人々がこの証拠から「ワクチン接種が自閉症を引き起こす」と誤って結論付けてしまいました。これもまた、証拠に基づく推論の難しさを示す例です。

 

このような例もあります。これは、COVID(新型コロナ)で入院した、アメリカのトークラジオ司会者の話です。

 

彼はトークショーでワクチン懐疑論を声高に主張していました。そして、さらに、彼はCOVIDから身を守るために「狂ったようにビタミンDを摂取」し、さらに動物の寄生虫治療に使われるイベルメクチンを服用していました

 


 

しかしこれには、エビデンスの扱いに矛盾があります。なぜなら、COVID-19ワクチンの安全性と有効性を示すエビデンスの量と質は極めて高いですが、ビタミンDの有効性の根拠は弱く、イベルメクチンの有効性の根拠は存在していません。

 

それなのに、この人物は、ビタミンDとイベルメクチンに対するエビデンスは非常に強く、ワクチンに対するエビデンスは非常に弱いと間違えているのです。

 

つまり、ここでもまた、エビデンスに基づく推論において、問題について誤った結論を導くということが起こってしまいました。

 

 

最後にもう一つ、エビデンスに対する貧弱な推論の例を挙げます。

 

30以上の専門家による研究を分析した結果、満月と、入院、カジノのペイアウト(いわゆる出玉)、自殺、交通事故、犯罪率などの多くの事象との間には相関関係はないことが判明しました。

 

それにもかかわらず、満月とこれらの事象に関係があると信じている人々がいるのです。

 

たとえば、10人中7人の看護師が、いまだに 「満月の夜には、より多くの混乱が起き、患者が発生する」と信じているといいます。この現象も、推論が体系的な証拠ではなく、非体系的な個人的印象に依存しており、証拠に基づく推論が不十分なため、誤った結論が導き出されているのです。

 

 

「エビデンスを使って上手に考える」方法を身に付けるために

これらの、エビデンスによる推論が誤った結論に至る例を考えると、「ポスト真実」の課題に対する教育の解決策の一つは、「エビデンスの把握を促進すること」であるという結論に達します。 エビデンスを把握するということは、それを使ってよりよく考えるということです。

 

そしてこのためには、エビデンスを使って上手に考える方法についてのメタ認知的な理解と、その実践的な能力の両方が必要です。

 

 

私たちは、数年前に研究仲間のDuncanとBarzilaiとともに開発した「エビデンスの把握」フレームワークを使って研究を行い、エビデンスの把握における5つの次元を明らかにしました。

 

これらは、エビデンスの「分析」「評価」「解釈」「統合」、そして「素人によるエビデンスの利用」です。

 

このあと紹介するEDDiEのアプリでは、この5つの次元をベースに、それぞれの次元で生徒がスキルを身につけられるように工夫されています。

 

 

今紹介した最初の4つの次元は、自分自身でエビデンスについて推論し、エビデンスを見てそれを理解し、意味づけし、評価しようとするものです。そして最後の次元は、一歩下がって、「私は必ずしも自分でエビデンスを評価する資格があるわけではないので、時には専門家に委ね、彼らがどのようにエビデンスを理解するかを確認しよう」と考えることです。

 

 

人々が「自分自身でエビデンスを評価することができない」と考えるのは、ほとんどの分野において専門的な科学的証拠を評価し、解釈する専門知識を持っていないからです。

 

2018年の論文で、Duncanと私は、非常に専門的で素人には理解不可能な研究を例としてこの点を細かく分析しました。これは、心不全の患者に対する治療に関する研究の例です。グラフをよく見ると、専門的で、心臓病の専門家でなければ理解するのは難しいだろうということだけはわかります。

 

 

また、高度な統計手法や、治療の結果や知見が何を意味するのかを理解するだけでなく、医学や心臓病患者の治療についての知識や具体的な知見を理解することも必要になります。

 

この研究で私たちは、我々一般人は、自分で証拠を評価する専門知識を持っておらず、自分でエビデンスを評価できないときに、誰が信頼できるか、誰がその証拠をよく知っているかを判断する必要があると主張しました。

 

 

エビデンスを把握する力を把握する力を身に付けるとは? ~「5つの次元」を発達させる

では、エビデンスを把握する力をつけるとは具体的にどのようなことかというと、「エビデンスを使った推論の5つの次元を発達させること」であると考えています。

 

そこで、それぞれについて簡単に説明し、それらをどのように応用すれば、根拠を持った推論を向上させることができるかを説明します。

 

そして、この後望月先生が紹介するEDDiEのシステムは、学生がこの5つの次元のそれぞれのスキルを伸ばすことができるように設計されています。

 

 

1.エビデンスの分析

エビデンスの把握の第1の次元は「エビデンスの分析」です。これは、科学的研究の報告書など、エビデンスレポートの構成要素を特定し、理解することであり、それらがどのように組み合わさって結論を支えているのか、つまり、リサーチクエスチョンや方法の詳細、結果の詳細、そしてそれらから導き出された結論に目を向けることです。

 

ですから、エビデンス分析の一環としては、

・その研究では具体的に何が行われたのか。

・その方法はリサーチクエスチョンに対応しているか。

・結論は、方法と結果から十分に導かれるか。

ということをまず考えます。

 

 

推論する課題に対処するために、具体的にどのようにエビデンスの評価を適用できるかを見てみましょう。

 

ある学生が、結果が相反する2つの研究を読みました。

 

研究1は、「低炭水化物ダイエットは体重減少を促進する」と結論づけており、研究2は、「低炭水化物ダイエットは体重減少を促進しない」と結論づけています。この2つの研究結果の矛盾をどのように解決すればよいでしょうか。

 

 

2つの研究を慎重に分析すると、研究1の低炭水化物ダイエットは、わずか6か月間の体重減少を促進することを示しているのに対し、研究2は、低炭水化物ダイエットは2年以上の体重減少を促進しないことを示していることがわかります。

 

そこで、この学生は分析結果から、おそらく低炭水化物ダイエットは、6か月間は体重減少を促進するが、それ以上の期間では促進しないということに気づき、矛盾を解決することができたのです。

 

 

2.エビデンスの評価

エビデンスの把握の第2の次元は、「エビデンスの評価」です。これは、エビデンスの質を方法の面から評価し、その方法に基づいた結論が妥当であるかどうかを評価するものです。

 

そのためには、サンプル、統制群、測定方法、実施手順、分析手順、などのさまざまな構成要素がどの程度優れているのかを見る必要があります。

 

エビデンスの評価のために、次のような質問が考えられます。

・結果に対して別の説明が可能であるか。

・測定方法は有効で信頼できるか。

・その方法は確立された慣習に従っているか。

・誤差の原因は除外されているか。

・説明されていない交絡があるか。

 

 

エビデンスの評価は、学生が実社会で遭遇する問題にどのように対処するのに役立つでしょうか。

 

ここでもう一度、先ほどの低炭水化物ダイエットと体重減少に関する2つの研究を読んだ学生のことを考えてみましょう。

 

研究1では、低炭水化物ダイエットは体重減少を促進すると結論づけており、研究2では促進しないと結論づけています。この場合、この意見の相違をうまく解決するにはどうしたらよいのでしょうか。

 

 

おそらく学生は、研究の方法を評価し、研究1はサンプルサイズが小さく、条件が交絡しているのに対して、研究2は無作為抽出で、慎重に要因が制御された実験で、サンプル数が多いことに気づきました。

 

そこで、学生はこの矛盾を解決するために、おそらく研究2の方がはるかに優れた方法で行われているので、より信頼できると結論づけることができたのです。

 

 

3.エビデンスの解釈

エビデンスの把握の第3の次元は、エビデンスの解釈です。

 

これには、エビデンスと競合する主張の立場、モデルとの間の関係の性質と強さを理解することです。

 

例えば、それぞれの立場がさまざまなエビデンスによってどのように支持され、あるいはは矛盾しているのかを調べ、また、これがどれだけ強いエビデンスであるかを考えます。

 

エビデンスの解釈において考えられる質問は、次のようなものです。

・そのエビデンスは関連性があるか。

・そのエビデンスは、考えられるそれぞれの立場にどのように関連(支持、矛盾)しているか。

・エビデンスは診断可能か(ある説明を明確に支持していて、別の説明を否定しているか)。

・そのエビデンスはどの程度強いか。

・そのエビデンスはどのような説明も除外するか。

 

 

エビデンスの解釈の適用例としては、このようなものがあります。ある学生が、オメガ3脂肪酸を含む食品を食べることと、心臓の健康に関連があることを証明した同じ研究を論じた2つの文書をオンラインで読みました。

 

資料1の研究は、オメガ3脂肪酸が心臓の健康を促進することを示しているとしています。資料2では、この研究は魚や豆類をより一般的に食べることが心臓の健康を促進することを示しているとしています。

 

 

この場合、学生はエビデンスを注意深く解釈することで、両方の説明が実際の研究結果と一貫することに気づくでしょう。そうすると、学生はまだ最良の解釈を決定することができないことに気づき、この時点で論争を解決することはできないが、さらに先に進むために必要なことを理解することになります。

 

 

4.エビデンスの統合

4つ目の次元は、「エビデンスの統合」です。

 

これは、すべてのエビデンスを一緒に考慮し、関連するエビデンスの群を特定することです。

 

例えば、Aという立場が多くのエビデンスに支えられていて、Bという立場はたった1つのエビデンスにしか支えられていないとします。誰かが立場Bを支持するためにこのエビデンスを引用した場合、実際には残りのすべてのエビデンスのほとんどが決定Aを支持している、ということを知るのが重要です。

 

そのためエビデンスの統合には、

・すべてのエビデンスが検討されているか。

・各説明を支持・否定する証拠はどれくらいあるか。

・メタ分析やその他のエビデンスのレビューはどうなっているか。

・エビデンスはチェリーピッキング(※)されていないか。

などの質問が考えられます。

 

※数多くの事例の中から自らの論証に有利な事例のみを並べ立てることで、命題を論証しようとする論理上の誤謬

 

 

「エビデンスの統合」の適用例がこちらです。

 

ある学生がダイエットに関するエビデンスを引用した2つの文献を読んだとします。

 

資料1は、低脂肪ダイエットの方が、地中海ダイエットよりも心臓の健康増進に効果的である、と主張し、資料2は、逆に地中海ダイエットの方が、低脂肪ダイエットよりも心臓弁の健康増進に効果的である、と主張しています。

 

 

この矛盾を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。注意深く統合することで、この学生は、資料2が6つの研究のメタ分析を引用しているのに対して、資料1がたった1つの研究を引用しており、その研究が「チェリーピッキング」であるかもしれないことに気づくかもしれません。

 

つまり、文書2の立場は、より多くの証拠に支えられているので、学生はこれで意見の相違を解決することができます。

 

 

5.素人のエビデンス評価

最後の5番目の次元は「素人のエビデンス評価」です。

 

このためには、自分たちの限られた理解ではなく、適切な専門知識と専門家のコンセンサスに基づいて判断することが必要です。例えば、自分自身でエビデンスを評価しようとするのではなく、この特定の問題について、専門家からどの程度コンセンサスを得ているか、この問題についてエビデンスが何を述べているかを判断しようとするわけです。

 

この次元について関連する質問には次のようなものがあります。

・このテーマについて、誰が信頼できるか。

・このテーマについて、誰がすべてのエビデンスを知っているか。

・関連する専門家は誰か。全ての専門家が同意しているか。

・そして、専門家間のコンセンサスはどの程度あるか。

 

 

ここで、素人のエビデンス評価を実社会の問題に応用する例を考えてみましょう。

 

資料1は「トランス脂肪酸はこれまで受けた悪い評判に値しない」としています。一方、資料2は「トランス脂肪酸は有害であり、食品に含まれないよう禁止すべき」と相反する主張をしています。

 

この矛盾を解決するにはどうしたらよいのでしょうか。注意深く「素人としての評価」を適用することによって、学生は、資料1が偏った業界の情報源によって書かれているが、資料2が中立的な保健機関によって書かれており、さらに医学専門家のコンセンサスを引用していることに気づくでしょう。

 

つまり、専門家のコンセンサスに基づき、より中立的で信頼できる情報源に基づいた資料2の方が優れている、と結論づけることができます。

 

 

これらの「エビデンスの把握の5つの次元」をシステムに組み込み、学生がこれらの5つの次元のそれぞれでスキルを身につけるのを支援するためのサポートを構築するために作られたのが、EDDiEアプリです。

 

 

このあとのワークショップでは、望月先生から、EDDiEアプリで、これらの推論の各側面の把握を促進するためにどのような工夫をしているのかについて説明していただきます。

 

【つづく】

矛盾した複数の文章の読解を通した情報リテラシーの授業実践

神奈川県立生田東高校 大石智広先生

 

New Education Expo2022 ワークショップ講演より