第84回情報処理学会全国大会 イベント企画 「情報入試―共通テストと個別試験」

情報入試 AO入試での例

京都産業大学 安田豊先生

写真提供;:安田先生(2019年7月)
写真提供;:安田先生(2019年7月)

下のスライドは、情報入試研究会の中野由章先生による、一般入試で「情報」を実施する大学のリストです。ここには、私たち京都産業大学情報理工学部は入っていません。その理由は、私たちが実施しているのが一般入試ではなく総合型選抜、いわゆるAO入試であるからです。

 

今回本学のAO入試をご紹介するのは、「情報」が共通テストとして一般入試に入ろうとしている今、私たちがAO入試形式の情報入試で考え、取り組んだことの多くは、一般入試の「情報」導入に際して検討すべき事項と重なるところが多いからです。

 

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「情報の資質のある受験⽣を引き寄せる」⼿段としてのAO型情報入試

 

まず、本学における「情報入試」の実装と結果についてお話します。

 

本学は、10学部で学生数1万4000人規模の大学で、そのうち情報理工学部は定員160人×4学年です。前組織時代は、理学部やコンピュータ理工学部があり、その頃からずっと作品評価によるAO入試を行ってきています。

 

そして、2016年のAO入試から「情報」の筆記試験を追加し、今に至っています。試験は60分で大体5問から成り、後日合格者に面接を行うという形です。昨夏が7回目の実施となりました。

 

 

受験者数は、当初は年々倍増ペースでしたが、ここ数年は合格者を絞り過ぎたためか、減少傾向にあります。

 

私たちのAO入試は、受験すれば誰でも合格できるというものではありません。そもそも他大学との併願可で推薦も不要、合格率も低く、逆に、これで合格したからといって入学しない学生もそれなりにいる、という形です。つまり、私たちは採りたい学生でなければどんどん落としています。

 

そのプロセスとして、まず試験でかなりの学生を落とします。その後、試験で基準を満たした学生に対して、一人20分から30分程度かけて、技術的な質疑応答を行います。ここでは、例えばこれまで何か作ったことがあるか、どこを工夫したか、その結果どうなったか。何に興味があって、どう勉強して、何を試したのかということをかなりラフな形で聞きます。

 

 

私たちのAO入試の目的は、「情報系に適性のある人材を採りたい」ということに尽きます。

 

この目的を達成するためには、作品応募によるAOという方法がうまく機能することはわかっていますが、それだと応募数が増えません。恐らく、本学だけでなく、全国的にも同じ傾向だと思われます。

 

そこで、私たちはこの入り口を拡大するために、情報入試の筆記試験を加えました。つまり、私たちは情報入試を「『情報』の資質のある受験生を引き寄せる手段」であると考えているわけです。

 

偏差値で区切るような仕組みの中で受験生が割り当てられてしまう現状の中、少し異なる入り口を設けることで、貴重な人材を採る可能性を増やしたい、ということです。

 

そのために、情報入試をAO入試という形で実装したのが7年前です。

 

以上が、私たちが行った「情報」の資質のある学生をAOによる情報入試で採る構図の全体像です。

 

 

作問はチームで。厳密性の担保は面接で行える

 

私たちの7年間の作問についてお話しします。

 

入試の大変さとは何かというと、一度始めたら、継続性が非常に重要であるということです。最低でも5年程度は続けて欲しいとどこの入試部も言うでしょう。つまり、長期間にわたって労力を維持できるかどうかが重要です。

 

作問体制はこのスライドの通り、4~5人チームで約3カ月かけ、5回程度のラフなミーティングで材料出しを行って、問題を絞り込んでいきます。

 

センター試験や共通テストの作問作業は、2年ほどかけて行い、途中で何度も外部委員にレビューを求めるなど、かなり厳密に完全性を確かめながら行うと聞いています。それに対して、私たちの体制は、ミーティング回数や実作業時間で比較すると、10分の1程度の工数に抑えられていると思います。

 

もっとも、センター試験などで工数をかける目的は、完全性や公平性の担保です。別解がないか、誤答の基準はきちんとあるかなどを確認するためには、どうしてもそれだけの手間が掛かります。

 

私たちは、AO入試で面接を行うことで、その部分を回避しているという側面があります。図らずも難問を作ってしまい、正解率が低くなってしまった場合や、悩ましい別解が出てしまった場合なども、面接で確認して評価し直すチャンスがあるのです。

 

 

問題数は、大問で5問程度です。

 

そこに至る前の検討段階では、常にそれより多く作った上で、最終的に絞り込んでいきます。

 

ボツになった問題も、良問であればストックして、次回の出番を待ちます。

 

この作問チームは発足から何年かは固定していましたが、新しい人が新しい傾向の問題を持ってきてくれる場合もありますし、継続性やマンネリ化防止のためにも、ある程度入れ替わるのがよいと思います。一方、このスライドのAさんがずっと残っているように、この作業には一定以上の属人性があります。

 

 

作問には「慣れ」と「肌感覚」が必要。面接は生徒の反応を直接知る貴重な機会

 

良い作問には、慣れや肌感覚が重要です。

 

私たちも、初回の2016年にはこの肌感覚がなかったため、完答者が続出しました。これでは筆記でフィルターがかからず、ただの面接AOになってしまいます。そこで、翌年からは5問構成にして難易度を上げました。

 

はじめは「情報関係基礎」を手本にレベル設定をしましたが、うまくいきませんでした。恐らく、受験者層が異なるからだと思われます。

 

ただ、どんなに周辺の事例などの情報を探してみたところで、自分たちの受験者向けの難易度や正解率を適正に予測したり調整したりすることは相当難しいと思います。

 

つまり、初回からしばらくは失敗してもいいと割り切って実施するか、本番より前の段階でいくらかの経験を積む必要があります。

 

一方で、慣れてもやはり失敗はするものです。私たちも、2020年は意外な落とし穴がありました。作問チームのメンバーは、このようなAO入試を受験するような生徒であっても、ランダムや乱数生成を知らないことを予想できていませんでした。

 

他にも、この年は新しいメンバーが数学背景の問題を加えるよう努力してくれましたが、n次の多項式というアイデアが通じなかった、ということもありました。

 

注目すべきは、私たちはこの事実を面接で聞いて初めてわかったという点です。逆に、よく聞いてみなければ、「思ったよりも出来が悪いな」程度の状況把握しかできなかったでしょう。

 

入試は、問題を通じた受験生との対話です。私たちは、このような様々な状況を通じて少しずつ肌感覚を付けてきました。ここまでが、私たちのこれまでの経験です。

 

 

共通テストへの「情報」導入で、情報系学部の入試はどうあるべきか

 

ここからは、2025年から、国公立大学か共通テストで「情報」が必須になると何が起きるか、私たちはどうすべきかを考えてみます。

 

2025年から、国公立大学は自動的に共通テストの「情報」を使うでしょうし、私立大学も「共通テストプラス」的に入試区分に加える大学があるでしょう。

 

私立大学の例として、私たちの大学で社会科学・人文科学系学部に使用している「共通テストプラス」という名の入試方法を解説します。

 

この方式では、個別入試の「外国語」と、共通テストの「国語」から100点、それ以外の共通テストから最も点数の良い科目を一つ採用し、合算した合計点で合否を判定する方法をとります。

 

例えば、現代社会学部では、世界史や政治経済と並んで数学や理科に優れた人を採ることに違和感がないようですから、ここに「情報」が入るのはとても自然なことに思えます。

 

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しかし、今これをご覧になっている情報系学部や学科の方と一緒に考えたいのは、非・情報系の学部でも同様の「情報」の導入が行われようとしているという点です。

 

この状況が、「情報」に興味がある学生や受験生にどのように見えるか、想定してみてください。

 

高校で「情報」について積極的に学び、共通テストの成績も良かった。しかし、隣の生命学部、あるいは機械工学科と同じ扱いで「情報」が扱われる入試方式を取っているということは、この大学には情報学部はあるものの、自分の能力はあまり問われていないのではないか、と思われても不思議ではありません。自分の専門性を気にしている生徒ほど、他の大学へ行ってしまいかねません。

 

また、情報系学部に興味を持つ学生にとって、情報系学部の情報入試の第一の比較対象は、他大学の同じ情報系学部ではなく、自大学の他学部になることを想定しないといけません。大学パンフレット上では、真横か同じ枠の中に入試区分として併記されることになりますので。

 

しかし、共通テスト利用において情報系学部が他学部とどのように違いを出せるかというと、せいぜい傾斜配点程度かと思われます。専門の学部としては、これはちょっと弱いかもしれません。何より専門の学部として、その入試を自前で用意するのは当然ではないかという疑問への答えが無いのは検討すべきです。数学科は数学の個別試験があり、物理学科は物理の個別試験があるのと同様の考え方です。

 

 

ここで、情報系の学部や学科にあり得る選択肢について整理します。

 

まず国公立大学の場合は、共通テストの「情報」が何らかの形で入るはずです。ところが、これは非・情報系学部でも普通に行うため、情報系学部としてありそうなのは、傾斜配点を強めにセットすることだと思います。ただ、これだけで他学部との差別化が十分できるかは疑問です。

 

私は、情報入試は「情報」の資質のある受験生を引き寄せる手段だと考えています。そのためAO入試で情報入試を行っており、その引き寄せる元となる比較対象は、他大学のみならず、自学の他学部も含めています。傾斜配点では他学部との差別化が弱いと考えた場合、やはり個別試験の実施が考えられると思います。国公立大学が置かれる状況はこのような感じになると思います。

 

 

次に私立大学です。

 

先ほども示した通り、私立大学では「共通テストプラス」のような区分があり得ると思います。ただし、多くの私立大学で入試方式全体から見るとこの部分の定員数はかなり少数で、もしも資質のある受験生を集められたとしてもおそらく限定的です。

 

とはいえ、定員数が多い一般入試で共通テストの『情報』を必須とすることはできません。なぜなら、私立大学受験者の多くは共通テストを受けていないため、多くの受験者を失うという理由で、大学の入試部が反対するでしょう。

 

つまり、私立大学では共通テストとは全く関係なく、個別試験でやるか、あるいは全くやらないかの2択になると想像します。

 

こうなってくると、この「何もしないか、作問するか」の2択は、国公立と比較して随分厳しい意思決定であると思います。国公立大学は、ほぼ間違いなく全大学で共通テストを使って情報入試を組み込んでいるためです。私立大学としては、情報入試が全くなしとしてしまうと、資質のある学生が国公立大学に吸い取られてしまいそうです。

 

 

国公立大学は、共通テストがある分、現実的な選択肢が多くて良い反面、情報系学部が情報の入試を自前で用意しないのか、という圧力は強めにかかるかもしれません。

 

ところで、国公立大学は、共通テストを利用して軽めのスタートが切れる分、個別試験の用意をするのが遅れる可能性があると思います。

 

これに対して私立大学の人間としては、国公立に先んじて実施する効果、すなわち有力な受験生を採れる率が上がるのではないか、という考えも湧いてきます。

 

細かい話になりましたが、私は少しでも資質のある学生を呼び寄せたいと常に考えています。だからと言って作問して個別試験を行うと、簡単には決められません。

 

 

情報入試の準備のために必要なことは

もしも2025年に情報入試の導入方法について意思決定に関わる「かもしれれない」という方は、そろそろ準備を始めないといけません。

 

ここで、実施までに検討が必要な事項を並べてみます。

 


国公立大学であれば、個別試験の実施有無、私立であれば「なし」なのか「個別試験」なのか。また、隣の学部との比較や、専門学部なのに自前試験を用意しないのか、という意見なども鑑みて判断する必要があります。

 

次に、作問負荷と工数を秤に掛けて検討したい一方で、作問負荷の推定はかなり難しいです。

 

 どの程度の正解率になるか適切に推定するためには、先ほど述べた慣れや肌感覚が必要です。ここは、試作して、関連のある高校や入学したての新入生などに実際に解いてもらうのが良いと思います。大学入試センターでは、共通テストへの移行に際して2年かけて試行調査を行い、多数の高校に参加協力をしてもらっています。

 

また、締め切りもある話なので、事前広報など含めて1年では実施できないところが普通だと思います。意思決定から実施まで何年必要かを入試部に確認する必要があります。恐らく、たいていの大学入試部は、各種入試については比較的自由に運用させてくれるのではないかと思います。特にAOを既に行っている大学は、そこに筆記試験を入れることで、実質的な2025年以降の情報入試採用の試行経験に代えることができるかもしれません。

 

 

われわれ京都産業大学の情報理工学部も、これまでのAOでの実施歴から、2025年以降の情報入試の実施についてはかなり自由度高く検討できる状況にあり、その点は気持ちが楽です。

 

もしも個別試験を実施することになったとしても、作問チームがあり、様子もわかっているからです。また、反対に2025年には共通テストの「情報」は使わず、かつ一般入試で入りにくい、本当に「情報」の能力を主張したい学生をAO入試で募る、ということも可能ではないかと個人的に思います。いずれにしても我々には選択肢があります。

 

なお、大阪電気通信大学でもプログラミングAO入試という名前で何年か運用経験のある情報入試があります。おそらく、私たちと同様の選択肢を持たれていると思います。

 

 

最後にまとめます。

 

前半は京都産業大学におけるAO入試での情報入試、その狙いと作問体制についてご説明しました。

 

後半では、今後各大学で情報入試を取り込む方法にはどのようなパターンがあるか想像してみました。

 

 

特に個別試験実施にあたっては、情報系学部にとってはシビアな局面だと捉えていることや、肌感覚をつかむためにAO入試で作問する方法もあるという、控えめな提案をさせて頂きました。

 

いずれにしても、ソフトランディングになれば良いなと考えながら、話を終わりたいと思います。

 

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第84回情報処理学会全国大会 イベント企画

「情報入試―共通テストと個別試験」 講演より