ジョーシン2021

情報教育を取り巻く静岡県の状況

塩﨑克幸先生 静岡県教育委員会/静岡県総合教育センター元所長

ご本人提供
ご本人提供

今回は、静岡県の学校教育の情報化に向けた取り組みについてお話ししたいと思います。

 

私は大学の工学部の修士課程を卒業後、静岡県の工業高校の教員になりました。工業高校には、建築や土木、機械など、いろいろな学科がありますが、工業の教員免許を持っていれば、制度上はどの学科も教えられます。私の専門は工業化学で、採用試験も工業化学分野で受けて教員になりましたが、最初に勤務した学校では、途中で電気科に移り、次に新しくできた学科と合わせて12年勤務した後、総合教育センターに異動して7年間おりました。

 

その後高校教育課で10年間働いた後にまた工業高校に戻り、最後に再び総合教育センターに3年勤務した後、昨年3月に退職しました。現在は再び教育委員会におります。

 

情報教育に直接携わったのは総合教育センター時代で、高校教育課時代は、学校づくりや高校の中に学科を作るという業務を担当していました。

 

 

今回は、静岡県の教育の情報化の取り組み状況と、今後の課題等についてお話しします。

 

具体的には、これまで計画的に情報教育、あるいは学校現場の情報化を進めるために立ててきた計画に従って行ってきた研修や情報機器の整備について、昨年8月に設けられたICT教育戦略室が行っている、組織間で連携して人材育成や環境整備等の施策を進める取り組みについてご報告します。

 

静岡県は、気候は温暖で穏やかですが、伊豆半島も含めて東西に非常に長く、中山間地も含みます。

 

こちらが県立学校の配置です。県立高校が分校5校を含めて全日制88校、市立高校が5校、私立が43校です。生徒の約3分の2が公立高校に、3分の1が私立高校に通っています。

 

地図の水色の○が県立高校、オレンジ色の○が県立の特別支援学校の場所です。中山間地にも高校の分校があり、これまで何年かにわたって本校と分校で遠隔教育、リモート教育の研究をしてきました。現在は単位認定に向けた準備を進めています。

 

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静岡県の教育を取り巻く環境と情報化の取り組み

 

地方自治体の首長は、教育に関する大綱を策定することになっています。静岡県は「『有徳の人』づくり宣言」として、下図に示した、要約すると、「スポーツ・勉強・芸術をバランスよく学ぶこと」「多様な人材を育むこと」「地域総がかりで教育を担うこと」という3つの大きな方針を出しています。

 

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この大綱の下に教育振興基本計画があり、それをもとにそれぞれの施策が展開されています。

 

大綱も含めて、現在の計画は本年度までのものとなっており、現在これらの改訂を進めているところです。

 

ここに示すとおり、ICTや情報教育についての具体的な記載はありませんが、これからの子どもたちを育てるという意味で、ICT教育をどのように進めていくかということも検討の視点となっています。

 

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学校を取り巻く課題は多様です。少子化が進む今、どのような魅力ある学校にしていくのかという課題や、働き方改革、ヤングケアラーの問題など、どの課題も解決すべきものです。

 

それらの中で、ICTの活用やGIGAスクールも始まっており、学校教育の中にどうICTを根付かせていくのかは、大きな課題であると捉えています。

 

 

下図は静岡県内の中学校を卒業した生徒数の推移です。平成元年をピークにずっと減少が続いており、現在は各学年が3万人程度となっています。この傾向は、全国どの都道府県も同じかと思います。

 

生徒数が減少すると、教員数も減っていきます。生徒数の多かった時代に採用された教員が50代、60代を迎え、大量退職期が始まっています。中堅層の教員が少ない状況になってきています。このような状況に対して今後、学校や教員をどのように支援していくのかも課題になると思います。

 

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このような状況の中で、静岡県が行っている取り組みをご紹介します。

 

例えば、国で導入が決まった義務教育での35人学級ですが、静岡県では「静岡式35人学級」として早くから実施してきました。また、ICTの環境整備を重要課題と捉え、タブレット端末やLANの整備などを進めてきています。

 

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下図は教員育成指標です。

 

静岡県の教員育成指標は、教員が手に取り、常に現在の状況やこれから先、目指す姿を確認ができるようA4用紙1枚にコンパクトにまとめています。そのような主旨もあって、具体的かつ細かなことはここには示していません。

 

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現行の教員育成指標の中ではICT活用能力や指導能力の育成についてはあまり具体的に示されておらず、教育業務遂行力の中にICTという言葉が入っているのみになっています。ただ、こちらも見直しの大きなポイントとなっていくと思います。

 

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情報化推進のための組織の変遷

 

次に、教育の情報化推進のための組織の変遷について、現状を中心にお話しします。

 

平成7年に、それまで分散していた教育研修所、情報処理教育センターなど、教員研修のための施設が統合され、現在の総合教育センターができました。

 

その中に情報教育部が設置され、当時は産業教育関係の農業、工業、商業の指導主事だけでなく、小学校、中学校(技術科)、高校(数学、理科)の指導主事を配置するなどして、15名体制を取っていました。そして学校にインターネットの導入が始まった時期でもあったため、センターがプロバイダー機能を持つ教育ネットワークの構築を行いました。

 

丁度この頃、教科情報の教員免許状を現役の先生方に取得していただく認定講習が行われ、これも担当することになりました。

 

その後、総合教育センターの情報教育関係の職務は縮小し、教育委員会事務局内に設けられた情報化推進室に統合していくことになります。

 

組織改編によって、本庁の情報化推進室が教育の情報化を強力に推し進めることになりました。具体的には、県立学校の教員に1人1台パソコンを整備し、県立高校については統一した教務支援システムを導入して、指導要録や成績証明、調査書などの発行ができるように環境を整備しました。

 

その後、平成27年に情報部門は完全に県庁に集約され、集中的基盤整備と研修などを進めることとなりました。それまで静岡県の整備状況はあまり芳しくない状況であったものが、県立学校は全て校内LAN、無線LAN、その他の設備が整い、端末の整備も進みました。この整備が完了する頃には、GIGAスクール構想によって小中学校には児童・生徒用端末が整備されてきているため、その活用を連携しながらもう少し中・長期的な視点で更に進める必要があるということで、教育委員会内に組織横断のICT教育戦略室を設置し、教育の情報化を進めているところです。

 

 

情報化の推進については、これまでも3、4年のスパンで計画を立て、環境整備を進めてきています。

 

平成30年以降については、教育振興基本計画の進捗管理の中でも、ICT整備が目標に達しているかどうかを計画的に進捗管理しながら、学校の情報化を進めています。

 

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 無線LANの整備については県立学校で約9割完了し、教育用コンピュータの整備についても、かなり改善してきています。

 

 

一方で、ICTを活用して授業ができるか、指導できるかという、教員のICT指導力についてはまだ十分な状況ではないため、先生方が自信を持って授業をできるような支援を行いたいと考えています。

 

現在は、学校教育情報化推進計画に基づいた4年間計画の実施を進めているところです。内容は下図にあるとおりです。

 

 

教員研修・人材育成の試み

 

既に申し上げましたが、教員への研修や人材育成については、平成27年度末で総合教育センター内にあった情報教育部門が本庁に移管されました。

 

 

情報教育や教科指導でのICT活用に関わる研究と研修は総合教育センターが関与し、計画の策定も含めた教育の情報化の推進やICT活用に関する基礎研修の実施は情報化推進室で担当するという分担になっています。

 

本庁で集中的に行うことによって、県立学校のプロジェクターやネットワーク、端末などの環境整備がかなり進みました。先に説明しましたとおり、現在はさらに進めるため、ICT教育戦略室を教育政策課、ICT教育推進室(旧情報化推進室)、総合教育センターが連携の下、各施策を推進しています。

 

 

教員に対する研修については下図のように行っています。

 

現行の学習指導要領では、県立高校の7割が「社会と情報」を採用しています。この内容と、来年から始まる「情報Ⅰ」には大きなギャップがあるため、4年前から総合教育センターでは「情報Ⅰ」の基礎研修をスタートさせました。

 

新しい学習指導要領「(3)コンピュータとプログラミング」でのアルゴリズムやモデル化とシミュレーションなどの内容理解、指導方法についての研修を進めています。他にもGIGAスクール構想への対応や、小中学校のプログラミング教育の研修なども始めています。

 

その他、学校等支援研修として、総合教育センターの職員が各学校や地区に出向いて研修を行う制度もあります。ここ数年は、小学校でのプログラミング教育についての研修の要望が多く寄せられています。小学校・中学校は、すでに新しい学習指導要領に移行していますが、それ以前の段階からかなり強い要望がありました。

 

総合教育センターでは教育情報の収集もしており、学習指導案や教材などのデータベースを作っています。

 

 

GIGAスクール対応や教科横断の視点からのICT活用の研修、コロナ禍への対応も

 

下図は、ICT教育推進室が所管する研修です。

 

ここでは、令和2年と3年の状況を示しています。基礎的なICT活用や情報モラル、セキュリティなどに関する研修や、情報教育についての研修を継続して行っています。特に最近では、小・中学校におけるGIGAスクールサポート研修として、各校の情報を担当する教員が出席する研修を実施し、GIGAスクールへの円滑な移行を進めています。

 

総合教育センターには、昨年度まではICT、情報教育に関する部門がありませんでしたが、今後、「主体的・対話的で深い学び」の実現を目指す中での授業でのICT活用やその指導法についての研修が一層必要になるという点が課題です。

 

 

また、ICTを活用して学びの見える化を実現していくための研修や教育データの活用の研修などを、一層推進する必要があります。

 

この他、カリキュラム・マネジメントの視点からも、教科横断的にICT活用を位置付けていくことも必要であると考えます。

 

さらに、高等学校の教科「情報」の学習指導の研究、特に知識もさることながら授業づくりや「主体的・対話的で深い学び」の視点での授業改善についての研究が必要です。

 

 

新たに教育委員会に設置したICT教育戦略室では、教育政策課、ICT教育推進室、総合教育センターの連携を強化して、企画・人材基盤・環境基盤・学校支援などのテーマを推進していこうとしています。

 

短期的な視点で、計画的・戦略的に学校教育の情報化を進めることが求められる中で、令和2年8月の設置から現在まで、それぞれの部署で分担していたものを一体化して推進しています。

 

 

基盤整備については、昨年からの新型コロナ禍による臨時休校措置などの中で、子どもたちの学習をいかに保証するかが課題となりました。

 

Zoomを含むソフトウェアのライセンス整備や教材の著作権処理を行い、自宅にいる子どもたちに教材を送ったり、オンラインでリアルタイムの授業等を配信したりしました。またそれに伴い、回線の強化やアクセスポイントの増加、サポートなどを進めてきています。

 

さらに発展的な活用としては、クラウドサービスを提供してオンラインの授業ができるような環境を高等学校に提供する支援をしています。また、今後は学習管理システム(LMS)について、どのようなものを・どのように県立学校に導入していくかを考えていきたいと思います。

 

 

動画や教材を収集・配信するポータルサイトの整備、連携のための組織作り、遠隔地の教員へのオンライン会議や研修も

 

次に人材育成についてです。

 

教員支援のためのポータルサイトを作成しました。また、小学校・中学校については、各校で導入しているタブレット端末が市町毎に異なるため、それぞれの端末に対応してGoogleやMicrosoftなどの事業者と連携した研修を実施しています。

 

また、授業の動画や教材、あるいは関連資料などを収集し、このポータルサイトを通じて市町立学校に対しても提供するということを進めています。

 

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研修管理システムは、教員育成指標とも関連しますが、それぞれの教員の研修履歴がシステムに蓄積され、自身で確認できる必要があるということで、このようなシステムに移行しました。

 

その機能の一つとしてeラーニングシステムによるコンテンツ配信があり、ICTの活用事例など先進的に取り組んでいる県内教員の授業動画を配信しています。

 

 

次にポータルサイトです。これは研修管理システムとは異なり、インターネット上で閲覧可能です。ここを入口としてICTの積極的な活用を推進するために、各種情報を提供しています。

 

例えばGoogleドライブやGoogleClassroomの活用報告の紹介をしたり、あるいは教材を共有したりして、ICT活用を支援しています。

 

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ここには現在の県立高校と支援学校の教材が掲載されており、例えば高校については国語、地歴などほとんどの教科が上がっています。

 

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小・中学校については、活用事例集を作ってPDFで配信をしています。具体的な学習場面で、1人1台の端末をどのように活用できるか、特に仕様改善に視点を設けて全教科の事例を挙げています。

 

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また、今年は試行的に学校と保護者間の連絡、情報共有のシステムを入れました。働き方改革とも関わってくるのですが、朝の出欠連絡や学校から保護者への連絡などを効率的に行うためのシステムを3校で試験運用中です。

 

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さらに、連携のための組織等も作っています。

 

県教育委員会と県内各市町及び市町教育委員会等で構成する静岡県ICT教育推進協議会では、インフラの整備や教材、教務システムの導入などに関する情報を共有し、地域差が生まれないような工夫をしていこうとしています。現在はMicrosoft Teamsを使用しています。これについては、伊豆半島など南の地方での会議や研修会を開催してほしいという希望があり、実現に至りました。

 

現在もオンラインで数回にわたって各校のオンライン学習のことや教育ビッグデータの活用のことなどを共有しています。

 

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新課程「情報I」に向けた教員研修や新規対応も計画

 

コンピュータの整備やインターネットの接続環境は改善されましたが、先生方が自信を持って指導できるという状況には、充分に至っていません。

 

ICT活用の指導力の向上のために、環境整備とともに、県全体としてどのような支援ができるかが今後の課題です。ICT活用に関する研修受講の割合も低いため、自信を持てない状況と相関があると考え、学校現場が求める適切な研修を提供することで解決していきたいと考えています。

 

また、高等学校の教科「情報」については、全日制の70パーセントが実施する「社会と情報」と、新課程の「情報I」の内容や指導にはかなりのギャップがあると思われます。「情報」を担当される先生方に対する研修は、専門的な知識と内容の理解に加えて、授業の組み立てをどのように行うのか、どこに目標を置き、生徒のどのような能力を育てるのかということに焦点を当てた、授業づくりに関する支援を進めていくことが必要だと考えています。

 

静岡県の場合、情報科の免許を持つ現職の教員は300名強いますが、現在のところ教科「情報」を担当する教員は約100名で、その約6割は20年前に認定講習で教員免許を取られた先生方です。現在は、情報科の教員の新規採用を行っていますが、今後も情報を専門とする教員の採用を計画的に進めていく必要があると考えています。

 

情報処理学会高校教科「情報」シンポジウム2021秋 講演より