SSS2021 情報処理学会 情報教育シンポジウム

大学入試センター試験「情報関係基礎」の問題分析と高等学校共通教科情報科との対応

工学院大学附属中学校・高等学校 中野由章先生 

中山泰一先生(電気通信大学)、筧 捷彦先生(東京通信大学)、萩谷昌己先生 (東京大学)、久野 靖先生(電気通信大学)、角田博保先生(電気通信大学)、辰己丈夫先生(放送大学)

 

大学入試センター試験/大学入学共通テスト「情報関係基礎」の経緯

「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より
「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」第3回シンポジウム より

まず、これまでの大学入試センター試験の情報関連の試験の経緯についてお話しします。

 

ご存じのように、『情報関係基礎』は1997年に大学入試センター試験に初めて入りました。この時のプログラミングの問題は、BASIC、COBOL、Pascalの3つの言語から選択して解く形式でしたが、翌年から疑似コードであるDNCL(大学入学センター言語)が登場し、以来プログラミングの問題はDNCLで出題されています。ただしDNCLの仕様は登場当時と現在は微妙に違っており、特に1998年から2000年初頭までは、仕様が充分に固まっていない印象があります。

 

試験の形が大きく変わって現在と同様になるのが2006年です。それまでは、DNCLが第2問で出ていたり、表計算が第3問で出ていたり、論理回路やタイムチャートなどが第4問で出ていたりしましたが、2006年からは大問が4つになり、第1問と第2問が必答で、第3問(プログラミング)と第4問(表計算)から1問が選択になりました。

 

 

今年、今回の発表の共著者の中山先生が、大学入試センターに未公開情報の公文書公開手続きをしてくださいました。これは何回かに分けて行われ、2002年度以降の問題は、インターネットのアーカイブなどで発掘できたので、1997年から2001年度までの問題と解答、問題作成部会の見解の公開手続きを行いました。

 

その次に試験問題利用願を提出する、という2段階で手続きしました。さらにその後、1995年の試作問題もあるはずだということで、こちらも公開手続きをしました。

 

 

そのような経緯で実現した『情報関係基礎』のアーカイブのURLはこちらです。https://sites.google.com/a.ipsj.or.jp/ipsjjn/resources/JHK

 

「問題作成部会の見解」には出題の意図や正答率などが詳細に解説される

中でも重要なのが、「問題作成部会の見解」です。ここには、どのような意図で出題し、予想の正答率はどのくらいか、実際の正答率はどのくらいだったかが詳細に書かれているので、問題のトレンドも読めますし、過去数年の流れから、今後の出題の予想もある程度できます。

 

この「問題作成部会の見解」は、全ての教科・科目について公開されていますので、大学入学共通テストの指導をする先生は、漏れなく読んでおかれるべきだと思います。

 

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例えば、1998年の問題作成部会の見解をご紹介します。第2問はアルゴリズム的な論理的思考能力を問う必答問題で、「今回は既存のプログラミング言語を用いずに、日本語あるいは自然言語による疑似コードを用いて作題した」とあり、DNCLのはしりであることがわかります。

 

 

他にも、2010年の第3問は、数字を入力すると漢数字で表示するDNCLのプログラムの問題です。問1は、9割以上の正答率との予想に対して、実際は8割台強ということで、予測に近い高い正答率となったことなどが記載されています。

 

 

第1問は情報技術の様々な分野からの知識問題

具体的な問題を見ていきます。

 

出題形式が大きく変わった2006年以降の第1問の内容をご紹介します。基数変換やデータ量、データ圧縮、ネットワークなど、情報技術的な問題が出題されています。下図は上から古い順に並んでおり、一番下が今年、2021年の大学入学共通テストの問題です。

 

ここ数年は、「著作権」「産業財産権」「迷惑メール」といった、「情報」を意識した出題に変わってきていることがわかります。

 

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こちらが2021年大学入学共通テストの第1問、データ量計算や知識を問う問題です。他にはラスタ形式の説明を求める問題も出題されました。

 

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第2問はアルゴリズム的な論理思考を問う問題

第2問は、プログラムそのものではありませんが、アルゴリズム的な論理思考を問う設問です。各年で取り上げられた題材をここに抜き出してみました。

 

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2021年の大学入学共通テストの第2問は、塗り絵の分類の問題です。

 

4人の子どもがクレヨンで絵を描き、それに1人が4色で色を塗ります。色には番号がついており、その組み合わせで子どもを特定します。さらに、3色以下で塗られた絵があったときに、それぞれ誰が描いた絵かを推論するという問題です。

 

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第3問はDNCLを使ったプログラミングの問題

下図が第3問、DNCLのプログラミングの問題です。これもいろいろなテーマで出題されています。今年の大学入学共通テストはすごろくの問題でした。

 

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実際のプログラムコードが下図です。左が今年の「情報関係基礎」で使われたDNCL、右が2021年3月に公表された「大学入学共通テスト『情報』サンプル問題」に書かれている新DNCLです。気になるのは書式がこれまでと大きく異なっている点です。もちろん、手順を踏めば読めるものですが、変わったということは注目に値します。

 

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第4問は表計算の問題

第4問は表計算です。様々なテーマの問題が出題されています。

 

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今年の問題が下図です。グラフを描くにあたって比率をどのように計算するかという問題や、それぞれの順位が書かれた調査回答シートから自動集計するには、各セルにどのような計算式を入れたらよいかという問題が出されています。『情報関係基礎』の典型的な問題です。

 

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下図は、1997年に初めて「情報関係基礎」が出題されて以来、センター試験と大学入学共通テストの表計算の問題に登場する関数の種類と数をまとめたものです。

 

最初の頃は、1997年は関数がINTだけ、1998年はINTとSUMだけで、IFすら使われていませんでした。IFが初めて出てくるのが1999年です。逆に、最近は関数の種類がどんどん増えてきています。右側のグラフの下の方のあるように、1回しか使われていない関数も多々あります。

 

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「情報関係基礎」の過去問で「情報I」との対応を見る

「情報Ⅰ」と「社会と情報」・「情報の科学」の内容の新旧対応を見ると、「情報の科学」には『コミュニケーションと情報デザイン』に関する内容があまりないのがわかります。

 

また、「社会と情報」には『コンピュータとプログラミング』がほとんどなく、また両方を合わせても、『情報デザイン』や『データの活用』はほとんどありません。そうなった時、「情報Ⅰ」の勉強に『情報関係基礎』がどの程度使えるかというのが、今回一番大切な議論になってきます。

 

 

「情報Ⅰ」の学習指導要領には、「(1)情報社会の問題解決」「(2)コミュニケーションと情報デザイン」「(3)コンピュータとプログラミング」「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」の4つの章が立てられています。

 

 

「情報関係基礎」の設問と「情報I」の内容の対応を見てみます。

 

「情報I」の(1)「情報社会の問題解決」は、2006年以降の設問では、「情報関係基礎」の第1問で出題されてきました。また、(2)のうち「コミュニケーション」も、第1問の一部で出題されていますが、(2)のうち「情報デザイン」については該当するものがありません。

 

また、(3)のうち「コンピュータ」については第1問、第2問が、(3)のうち「プログラミング」については第2問、第3問にありました。第2問はプログラミングそのものではなく、論理的思考が問われています。

 

さらに、(4)のうち「情報通信ネットワーク」は、主にプロトコルについて第1問で出題され、(4)のうち「データの活用」は、第4問のごく一部で出題されていました。つまり、「情報関係基礎」の過去問を使うことで、「情報Ⅰ」の大部分の勉強はできてしまうのではないかと思います。

 

 

先ほど「『情報関係基礎』に情報デザインの問題は該当するものがない」と言いましたが、下図の左の問題は、1995年に「情報関係基礎」の試験問題例として作られたものです。右側が、2021年の大学入学共通テスト「情報」のサンプル問題の『情報デザイン』の問題です。

 

1995年の問題は『情報の表現』なので、『情報デザイン』そのものではありませんが、要素としては『情報デザイン』に近いものです。内容は、各図の不都合な点は何か指摘するという、面白い問題です。

 

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「情報関係基礎」の過去問で『情報デザイン』『データの分析』以外のほとんどがカバーできる

ここまでの話から、学習として補充が必要な領域をまとめます。

 

「(1)情報社会の問題解決」は、「情報関係基礎」の内容で充足できていると判断できます。しかし、「情報関係基礎」は知識を問う問題が多いので、ここだけでは一部難しいかと思います。ただし、大学入学共通テストの問題のリード文は長いため、それを理解するための読解力を含めれば、「(1)情報社会の問題解決」はカバー可能であると思います。

 

 

「(2)コミュニケーションと情報デザイン」については、『コミュニケーション』の知識問題は、先述の通り第1問にありますが、コミュニケーションについて思考・判断する問題は足りないので、これについては補充する必要があります。『情報デザイン』については皆無に等しいので、これについては完全に補充が必要です。

 

「(3)コンピュータとプログラミング」は、すでに問題が潤沢にあるので、「情報関係基礎」の過去問を勉強しておけばほぼ充分であると思います。

 

「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」については、『情報通信ネットワーク』の知識問題は、「情報関係基礎」の第1問でかなり出てきています。一方で、思考力・判断力を問うものはあまりないので、補充が必要です。

 

『データの活用』の問題も、データベースについては第4問の一部にあるとはいえ、殆ど無いに等しいので、ここも補充が必要です。つまり、スライドの黄色の部分をフォローすれば、「情報関係基礎」の問題で、「情報Ⅰ」の勉強はかなりカバーできるのではないかと考えています。

 

なお、これは「情報関係基礎」に限らず、全ての教科・科目に共通しますが、大学入学共通テストで思考力・判断力・表現力等を問う問題が重視されるようになって、問題のリード文が、国語の試験かと思うほど長文化していると思います。もちろん、国語力だけでは答えられない問題ではありますが、逆に言えば、情報の知識・理解だけでも解けません。

 

数学の問題などは、そもそも数式が世界共通言語で、多義性がなく意味が決定できるという圧倒的な強みがあります。それに対して、日本語は極めて多義的であり、さらに「情報」は前提条件が変わることで、狭義の解釈での正解と広義の解釈での正解が多岐にわたることもあります。にもかかわらず、マークシート形式の多肢選択問題では、答えを1つにしなくてはならないので、条件を厳密に詰めていった結果、リード文が超長文になってしまう状況に陥ります。この点については、今後の課題と言わざるを得ないと思います。

 

 

SSS2021 情報処理学会 情報教育シンポジウム ポスター発表より