第14回全国高等学校情報教育研究会全国大会(大阪大会)

Peirce の探究段階論に基づく「情報I, II」の授業設計

関西大学 大西 洋先生

ご本人提供
ご本人提供

新課程「情報」の軸は「問題の発見・解決」

 

次の学習指導要領では情報科の中心に「問題の発見・解決」が位置付けられているのは、皆さんもご存知の通りです。

 

 

「情報Ⅰ」では、初めに科目の導入として「情報社会の問題解決」という単元があり、その元に三つの単元がぶら下がっている、という形になっています。

 

 

 

また、「情報Ⅱ」は同様に導入の単元、まとめとして演習の単元があり、その間に他の三つの単元があるという形になっています。

 

 

これを図にまとめるとこのような形になります。「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」それぞれの科目の中に「情報デザイン」により問題解決を行う単元、「プログラミング」により問題解決を行う単元、「データの活用」により題解決を行う単元がある、という構成になっています。

 

 

 

この教育課程の特徴として、縦方向の関係が明瞭で、両方の科目で「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」を扱うという形がはっきりしています。また、科目の中で導入となるの単元で全体のことを扱った上で、個々の単元でそれぞれの問題解決方法を扱う、という科目内の縦の構成が明確になっています。

 

 

なぜ「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」の3つが問題解決の手段なのかを明らかに

 

一方で、問題点として横方向の関係が不明瞭なことがあります。「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」という3種類の問題解決方法を扱いますが、この3種類を扱う理由は何かというのが、はっきりしていません。というのは、問題解決の方法には、この3つ以外にもいろいろなものがあります。

 

選挙に行って投票すること、選挙に立候補するということも1つの問題解決です。あるいは、極端に言えば、武力行使もある種の問題解決の方法と言えるかもしれません。ならば、なぜこの学習指導要領でこの3つを扱うかということがはっきり示されていないと思います。

 

 

また、この3つがそれぞれ互いにどのような関係にあるのか、ということもはっきりしていないと思います。

 

そのため、この状態で授業を行ったときに懸念される問題として、なぜこの3つの問題解決方法を学ぶのかということが、生徒に伝わらない可能性があります。「なぜ?」と生徒に聞かれたときに「パソコンを使うから」と答えるのは、20年前ならともかく、今は、情報科以外でもパソコンを使うのが当たり前ですので、「情報Ⅰ」でこうは言えないのではないかと思います。

 

そうなった場合、結果として、体系性のない断片的な授業が実施される可能性があります。取りあえずデザインをやった、プログラムを作ってみた、データ分析をした、というように3つばらばらな実習を行うだけでは、生徒の理解が体系的なものにならない、断片的なものになってしまう可能性があります。

 

また、授業を担当する教員の側も、この三つの関係を理解していないと、年間計画の上で適切な時間配分を実施できず、「情報Ⅰ」の授業時間のほとんどが「プログラミング」と「データ分析」に費やされて、残り2つの領域はほとんど扱わない授業になってしまうおそれもあるかと思います。

 

本発表では、教科「情報」で扱う問題解決方法にはこの3つが妥当であるということ、そしてこの3つの関連性を明らかにするのが目的です。具体的には、Peirceによる推論方法の分類と、探究段階論に基づく分析を行いました。そしてそれぞれの単元を授業で扱う際の指針を示した上で、現在、刊行予定の「情報Ⅰ」の教科書を比較検討しました。

 

 

先行研究をいくつか挙げていくと、まず、なぜ関連性・体系性が大事なのかということについては、教育学者のJ.S.Brunerの『The Process of Education』で答えが出ていると思います。Brunerは、「物事がどのように関連しているかということを学習しないと、生徒はいったん学習してもすぐに忘れ去ってしまう」と言っていますが、非常に重要な指摘ではないかと思います。

 

 

「情報」における「構造」とは何かと言うと、教科そのものが、非常に構造が見えづらい状態になっているのではないかと思います。というのは、情報科にはそれぞれの領域の時事ネタがどんどん入ってくるという特性があり、その中で何が中心で、何が構造なのかというのが、見えづらい状態になってしまっていると思います。そのような状態を整理するために、日本学術会議が「情報教育の参照基準」や「情報教育課程の設計指針」を作ったり、文科省が学習指導要領を整理したり、ということを行っているのだと思います。

 

 

「問題解決」を探究の段階から考える

 

「問題」とは何か、ということについては、一般的には「現在の状態と目標の状態の差」を言います(H. A.Simonによる定義)。

 

 

例えば、現在の状態が「20代の投票率が4割以下である」、目標が「20代の投票率を5割以上にする」であれば、その間の解を探す、というのが問題解決です。そして、まず初めに行うのが問題定義です。

 

 

Peirceは、推論を「アブダクション(abduction)」「演繹(deduction)」「帰納(induction)」の3種類に分類し、この3種類の推論を含めた学問を「論理学」としています。

 

具体例で説明します。まず「演繹」は、「ソクラテスとは人である」→「人というのは死ぬものである」→「したがって、ソクラテスは死ぬ」というものです。

 

「帰納」は、「ソクラテスという人がいます。プラトンという人がいます。ゼノンという人がいます」→「ソクラテスもプラトンもゼノンも死にます」→「ということは、人は死ぬものです」というものです。ただし、どこかに仮にエピクロスのような不死身の人がいたとしたら、そういう人が反例になる可能性があります。

 

そして「アブダクション」は、「ソクラテスが死んだ」→「人というのは死ぬものだ」→「ということは、ソクラテスは人ではないか」というものです。当然、「人は死ぬ」以外にも、「猫は死ぬ」とか「犬は死ぬ」ということもあるので、ソクラテスはもしかしたら猫かもしれないし、犬かもしれません。極めて弱い推論ではありますが、こういうものもあるというわけです。

 

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Peirceはこれを元に、探究(問題解決)の段階を具体的に挙げていきました。簡単に言うと、最初にアブダクションをやり、次に演繹をやり、最後に帰納をやる、という手順になっています。

 

ここでは、厳密性を出すために細かく書きましたが、そこまで細かく考える必要はなく、最初に仮説を考えて、それを元に論理を進めていき、最後にそれを実際のデータで実証しましょうという形です。

 

 

先ほどの20代の投票率の話で言えば、仮説として「20代の人は投票の仕方を知らないという可能性がある」、ということを考えるのがアブダクションです。その上で、「では、投票方法を伝えてあげたら投票率が上がることがわかるのではないか」という推論するのが演繹です。そして、実際の選挙で実践してみて、うまくいくかどうかを確かめるのが帰納、という段階になります。

 

授業の中でここまで厳密にやるのはちょっとしんどいですが、ざっくりこんな流れだという感じが、生徒に伝われば十分かと思います。

 

 

探究の3段階を「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」の問題解決の活動にあてはめる

 

今お話しした推論の3段階を、「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」に対応付け、それぞれで問題解決の実習を組み立てたのがこちらの表です。そして、それぞれの活動で「アブダクション」「演繹」「帰納」のどの段階が特に重要か、という話をこれからしていきたいと思います。

 

 

「情報デザイン」による問題解決では、アブダクションの段階が重要です。

 

例えば、P.G. Roweは「アブダクションはデザインで極めて一般的なこと」と述べています。また、吉川弘之先生は、『一般デザイン学』の中で、デザインを「誤りの可能性のあるアブダクションによって提案し、それを検証することによって実在のものとすることが人類の歴史である」、と述べ、アブダクションの重要性を強調しています。

 

 

アブダクションという点を中心に見ると、「情報デザイン」ではこちらに挙げたような素材が扱えるののではないかと思います。これは学習指導要領に入っているものばかりではありません。むしろ入ってないものが多いですが、一例として挙げてみたというものになります。

 

 

次に、「プログラミング」による問題解決では、演繹の段階が重要というのは言うまでもないと思います。文科省のプログラミング的思考の定義を見ると、「論理的に考える」ということが重要だとされています。この「論理」というのが演繹を指すというのは明らかであると思います。

 

 

演繹の観点からプログラミングで扱える素材をいろいろ挙げてみたのがこちらです。

 

 

次に「データの活用」については、帰納の段階が重要だということになると思います。これは特にD.Humeの自然の斉一性原理が元になっています。斉一性原理は、「標本集合にない事柄も、標本集合にある事柄に必ず類似している」というものです。

 

大塚淳先生は、『統計学を哲学する』で、「このようなものを数学的に形式化したのが、いわゆるIID(独立同一分布)だ」と言っておられます。

 

 

このような形で、統計では特に帰納推論を扱っていると言えるのではないかと思います。「データの活用」の素材として、帰納に焦点化したものがこちらです。これらはほぼ統計、あるいは機械学習の話になっています。

 

 

教科書での問題解決の扱いはかなりバラバラ

 

では実際に「情報Ⅰ」の教科書はどうなっているか、というところを、教科書展示会で調べてきたのが、ここからの発表になります。皆さんも予想がつくと思いますが、Peirceの探究段階を書いている教科書はありません。

 

ですので、「情報I」の授業をPeirceの探究段階論に合わせた形で行うとしたら、どの教科書が使いやすいだろうか、という観点から調査を行いました。

 

先にお断りしておきますが、以下の内容は教科書自体の良否について述べたものではないことをご了承ください。

 

調査内容は、教科書全体の構成、各単元の分量比率、問題の定義、問題解決手順の4つです。

 

 

最初に教科書全体の構成です。ほとんどの教科書が学習指導要領のそれぞれの単元に対応する章がありますが、「情I707」はそうなっていませんでした。

 

また、問題解決の3つの方法を扱う構造を明示しているのは、「情I710」だけでした。

 

もう少し細かい章別で見ると、「情I702」は実習だけをまとめた章を作り、そこに「問題解決」というタイトルがついていました。また、「情I703」「情I704」「情I705」では、「データ分析」の章の見出しに「問題解決」というタイトルがついていました。

 

 

次に、各単元の比率・分量です。Peirceの探究段階を考えると、3つの問題解決方法は均等に扱うべきということになりますので、ページ数の比率を調べてみました。

 

この際に、3つの方法にあまり関係しない単元(『情報社会』、『デジタル化』など)については今回は除外して、「問題解決」「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」の4つの内容だけについて調べました。

 

 

まず、各教科書のページ数で調べてみました。

 

特徴的なのは「情I713」で、巻頭資料に「問題解決」の話が入っていますが、本文中では3行分のみなので、グラフ上は「問題解決」の部分がほとんどないことになっています。

 

一方、「情I711」の問題解決の比率が非常に大きくなっていますが、これは分冊形式の教科書で、1冊が実習編という形になっているので、実習の内容が必然的に多くなっています。

 

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先ほどのグラフでは教科書ごとのページ差があり、比率が伝わらないので、全ページ数に占める割合を相対的に示したのがこちらです。

 

最初の「問題解決」は、教科書全体の導入にあたるべきところなので、これと残り3つはやや扱いが異なり、注意が必要です。「情I703」と「情I704」は、問題解決の内容がやや少ないことがわかります。

 

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「問題解決」以外の部分では、「情I703」「情I704」は、「プログラミング」と「データ活用」が圧倒的に多くなっています。「情I707」も同様な傾向にあります。逆にこれらの教科書では、「情報デザイン」が明らかに少なくなっています。

 

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次に先ほど挙げたSimonの「問題」の定義は、大半の教科書に載っていますが、触れられていないものもありました。

 

ちなみに、中学校の技術科の教科書には、「問題」の定義が載っているものはありませんでしたが、「技術701」には、「理想と現実の差を見てみよう」という記述で、ほぼ定義に近いことが書いてありました。

 

ですので、中学・高校の教科書の選び方次第では、「問題」の定義に全く出会わない可能性があります。共通テストを考慮すると、教員の補足説明が必要になると思います。

 

 

「問題解決」の手順の説明はどのようになされているか

 

最後に、問題解決の手順を比較してみました。「問題の解決はこういう手順でやりますよ」という説明が各教科書に載っていますが、各教科書の類似度を、編集距離を字数で割って標準化する形で比較しました。算出方法はスライドの通りです。

 

全く同じ説明であれば、類似度100%となります。

 

 

そもそも問題解決の手順がどのように載っているかというのが下図です。各教科書とも、似ているようで実はいろいろ違うところがあったり、段階の数がばらばらだったりします。ちなみにここでは、中学校の技術の教科書、それから文科省の教員研修用教材、JISの問題解決手順も載せています。

 

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下表の右上が編集距離、左下が類似度で、類似度は55%以上の部分を強調しました。「情I701」が、研修用教材と比較的似ています。また、同じ教科書会社内でも、1社以外はあまり似ていない、という結果になりました。

 

これについては、全く別の手順を紹介しているために類似度が低いのであればよいですが、同じような手順を紹介しているにもかかわらず、手順の表記が異なるのは、少し問題ではないかと思います。

 

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技術分野では全ての教科書で問題解決を柱にしていることを考えると、「情報」の教科書の記述がこのようにばらばらな状況でよいのか、というのが今回の問題提起になります。

 

 

[質疑応答]

 

Q1-1.

先生が最初におっしゃった、3種類の問題解決の方法の妥当性という点ではいかがでしょうか。私はこの3種類がよいかと思うのですが。

 

A1-1.大西先生

私もこの3種類でよいかなと思いますが、それをうまく説明できないので、今回このPeirceの理論に当てはめてみて、この3つであれば問題解決の手順を網羅できているということを示すというのが、この研究の目的ということになります。

 

Q1-2.

ありがとうございます。私は「情報Ⅰ」の編集にも関わっていたので、問題の発見・解決の学習活動は必要であると思いますが、これだけではないということを、皆さんにご理解いただきたいと思い、発言しました。

 

A1-2.大西先生

そうですね。「情報Ⅰ」には、もちろん他の内容がいろいろ入ってます。例えば、「コミュニケーションと情報デザイン」の「コミュニケーション」も、やや問題解決に近いことだと思います。ここでは、実習・実践寄りの話としてはどうか、ということであると思います。

 

第14回全国高等学校情報教育研究会全国大会(大阪大会) 口頭発表より