Peirce の探究段階論に基づく「情報I, II」における単元間の構造分析

関西大学 大西 洋先生

「情報I」「情報Ⅱ」の単元の構成は「問題の発見・解決」が軸に

ご本人提供
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来年からスタートする次期学習指導要領の情報科では、問題の発見・解決が重要であるとされています。

 

 

必履修科目の「情報Ⅰ」では、『情報社会の問題解決』という単元を導入として位置付けて、その後に『コミュニケーションと情報デザイン』、『コンピュータとプログラミング』、『情報通信ネットワークとデータの活用』という三つの単元が設けられ、それぞれの単元で「情報デザイン」、「プログラミング」、「データの活用」で問題を解決する方法を学ぶ、という形になっています。

 

 

選択科目の「情報Ⅱ」でも同じような形になっていて、最初に導入の単元があり、3つの問題解決の方法で問題を解決する単元があり、まとめの単元があるという形になっております。

 

 

これをまとめると、下図のような形になるかと思います。

 

 

科目の構造を理解していないと、体系性のない断片的な授業が実施される可能性も

この教育課程の特徴として、「情報Ⅰ」と「情報Ⅱ」の縦方向の関係が明確であるということがあると思います。両方の科目で、「情報デザイン」、「プログラミング」、「データの活用」の問題解決方法を扱うということが設定されているということ、そして、「導入」や「まとめ」として位置付けられた単元があって、科目の中でも系統性が確保されていると思います。

 

一方で、問題点として、科目の中の横方向の関係性が明確でないということがあると思います。

 

 

また、問題解決の方法は他にもたくさんありますが、「情報デザイン」、「プログラミング」、「データの活用」の3つの問題解決方法だけで十分なのかという説明が、学習指導要領ではなされていないと思います。

 

 

それから、科目の中で「情報デザイン」と「プログラミング」はどう関係するか、「プログラミング」と「データ活用」はどう関係するのか、という、3つの間の関係性もはっきりしていないと思われます。

 

したがって、今後、起こり得る問題として、なぜこの3つだけの問題解決方法を扱うのかということが、生徒に伝わらないということがあるのではないかと思います。「パソコンを使う内容は全て情報科」という言い方は、2022年にはもはや通用しないと思います。

 

また、単元間の関係が明確でないために、体系性のない断片的な授業が実施される可能性が懸念されます。取りあえず情報デザインとプログラムとデータ分析をやったけれども、生徒の中では何も体系的に積み上がっていない、ということが起こり得るかと思います。

 

そして、授業担当者が情報科の構造を理解していないと、適切でない偏った時間配分の授業が行われて、授業のほとんどがプログラムとデータ分析になってしまう、ということが起こり得ます。

 

そこで本研究では、「情報Ⅰ」、「情報Ⅱ」で扱う3つの問題解決方法の妥当性と、これらの方法がどのように関連しているかということを明らかにすることが目的とします。具体的には、Peirceによる推論方法の分類と、「探究段階の理論」を用いて分析を行います。また、それに基づいて、それぞれの単元を授業で扱うときに、どんな内容を扱ったらよいか、という指針を示したいと思います。

 

「探究=問題解決」をアブダクション→次演繹→帰納の3段階でとらえる

ややそもそも論になりますが、教科の中で構造を強調すべきというのは、Brunerが指摘しています。ここでは詳細については触れませんが、非常に重要な示唆があるかと思います。特に情報教育という場面においては、時々刻々、流行りものがどんどん取り込まれる傾向にある科目ですので、この視点は重要です。

 

 

情報科は、流行りものがどんどん入ってきて、いろいろなものがたまっていく科目なので、きっちり整理して行わないと、教科の構造が見えづらい、という特性があるのではないかと思います。

 

それに対して、さまざまな整理を行う試みがいろいろなところで行われています。学習指導要領も、下図にあるように科目の変遷を遂げてきました。

 

 

「問題」と「問題解決」に関しては、多くの教科書で、このSimonによる定義が書かれています。ポイントは「現状と目標の差」です。具体的にこれに基づいて例を定義しようとすると、例えば下図のような感じで、今の状態と目標をはっきり定義することからスタートすることになります。

 

 

Peirce はこの「推論」を「アブダクション」、「演繹」、「帰納」の3種類に分類しています。一般的な論理学で扱うのは演繹推論です。

 

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一般的な論理学で扱うのは演繹推論です。「ソクラテスは人です。人は死にます。つまりソクラテスは死にます」という推論、これが演繹推論です。

 

帰納推論は、「ソクラテスという人がいます、プラトンという人がいます、ゼノンという人がいます。この人たちは皆死にます。ということは、人というのは死ぬものです」という推論です。ただし、どこかに不死身の人間エピクロスのような人がいたら、それが反例になってしまう可能性があるので、100%正しい推論とは言えない、というわけです。

 

アブダクションは、「ソクラテスという人がいて死にました。『人とは死ぬものだ』という規則があります。そうすると、もしかしてソクラテスは人なのではないか」というものです。ただし、この図の右下にありうるルールとしては、『ネコは死ぬ』『イヌは死ぬ』というものもあり得るので、ソクラテスはネコかもしれないし、イヌかもしれないけれども、人であるという仮説を置くわけです。帰納と比べても、かなり厳密性の弱い推論ということになると思います。

 

Peirceは、この3種類を整理して、これらを含んだ推論を扱う学問として論理学を考えるべきだ、という主張をしました。

 

 

Peirceは、これに基づいて、探究(=問題解決)の段階を、アブダクション→次に演繹→帰納という3段階から成る、と述べました。あまり厳密性にはこだわる必要ないかと思いますが、スライドにはあえて厳密めに書いてみました。

 

最初に仮説を考えて、それを推し進めていって、正しいかどうか検証するという流れです。

 

例えば、「20代の投票率を5割以上にしたい」というために、「『投票方法を伝える』ということをしたらよいのではないか」という仮説を挙げる、というのが第1段階。

 

それを検証するために、実際に選挙のときに何か取り組みをやってみるとか、こういうことをやってみたらどうか、というのが演繹の段階。そして、実際にやってみてデータを取って検証する、というのが帰納の段階ということになります。

 

 

「情報デザイン」「プログラミング」「データの分析」を3つの問題解決方法にあてはめてみる

では、具体的に「情報Ⅰ」「情報Ⅱ」で扱う「情報デザイン」「プログラミング」「データの分析」の3種類の問題解決方法について、どういうところを考えればよいか、というお話をしたいと思います。

 

「情報デザイン」では、最初にデザインで何を解決しなければならないのか、ということを考えるところがアブダクションの段階に当たりますが、ここが一番重要なところです。

 

もちろん、その後に実際にデザインして、それを試して、ということもありますが、まずこの最初の「何を解決すべきか」というのが最も大事だろうと言われています。

 

 

例えば、Roweは「アブダクションはデザインで極めて一般的なこと」と言っていますし、吉川弘之先生は、「一般デザイン学」で、「アブダクションは誤っている可能性があるけれど、それによって提案し、実現していくこと、これが人類の歴史だ」ということを言っておられます。

 

 

具体的に、アブダクションを中心に考えたときに、「情報デザイン」の単元で扱える内容を、いろいろ挙げてみたのがこちらです。厳密性はありませんが、このようなものを扱うことができるのではないかと考えられます。「扱うべき」ではなくて、あくまで「扱える」というレベルです。ですから、これを全部やらなければいけないというわけではありませんが、現状「情報Ⅰ」の教科書は、この内容がかなり手薄なのではないかと考えています。

 

 

次に、「プログラミング」です。プログラムを作るのがプログラミングと言うからには、やはり「どの命令組み合わせたら、どういう結果が出てくる」という演繹の段階が重要であると言えます。

 

 

そして文科省の「プログラミング的思考」においても、「論理的に考えていく」ということが重視されていますが、この「論理的」というのは演繹論理を指していることは明らかであると思います。

 

 

「プログラミング」に演繹で焦点化したときに、どのような題材が扱えるかというものを示したのがこちらです。

 

 

そして、「データの活用」ですが、これは問題解決の最後のステップです。ここで仮説検定や推定、回帰などの統計的な手法を使っていくことになるので、この最後の「帰納」の段階が重要だということになってきます。

 

 

元をたどれば、Humeの「標本集合にない事例についても、標本集合と同じような性質を持っているだろう」という斉一性原理があります。また、大塚の『統計学を哲学する』という本によれば、これを厳密化したのが、IID(独立同一分布)であるという条件ではないか、と言っています。

 

ですので、この条件に従った推測統計では、帰納推論を厳密化して行っているといえると思います。

 

 

「データの分析」を「帰納」というところに焦点化すると、ほぼ統計ということになってきますが、このような事項が扱えるのではないかと思います。

 

 

最後にまとめです。本研究では、共通教科情報で扱う問題解決方法の妥当性と関連性を示しました。そのために、Peirceの探究段階の理論を使いました。そして具体的に、各単元でどうすべきかということの指針を示しました。今後の課題としましては、この指針に基づいて授業が実施できるかどうかを確認するために、教科書の分析を行う予定です。

 

ほぼ作業は終わっていて、8月の全国高等学校情報教育研究会で発表したいと思っています。そしてそこから先は、具体的に教材開発、実践ということが考えられるかと思います。

 

 

[質疑応答]

Q1.大学教員:

まとめのところで、生徒の立場からすると、それぞれの事例を学んでいきながら、「アブダクション」「演繹」「帰納」のどれに当てはまるかを考えていくという形かなと、思いましたが、そもそもその探究段階に「アブダクション」「演繹」「帰納」というものがあるんだよ、そういう論理的な物事の考え方を身に付けていくのが大切なんだよ、という全体像を生徒に伝える場は、どこの授業に位置付けられるのでしょうか。

 

A1.大西先生:

他の授業で、ということも考えられるかもしれませんが、「情報Ⅰ」の構造が、先ほどお見せしたこの図のようになっているので、情報科の中で扱うのであれば、『情報社会の問題解決』の単元の最初の導入のところで、これからこういうことを学んでいくよ、という形かと思います。

 

補足としますと、この3種類の推論方法は、桐原書店の教科書『探求 現代の国語』の表紙の見返しに、ほぼ同じ形で載っています。

 

日本情報科教育学会第14回全国大会発表より