New Education Expo2021

パネルディスカッション 質疑応答

中野氏

ここまで、辰己先生と佐藤先生からいろいろお話をいただきました。高校の先生にとって、入試に対してどのように対応していくのか、というのは大きな課題かと思います。

 

私自身、教科「情報」が始まってから約20年、いろいろな教育現場を取材してきました。辰己先生のお話にあったように、いろいろな経緯があってここまで来たわけです。先生方が情報入試にどのように対応していくのか、いくつかポイントになると思うところを整理してみました。

 

やはり入試対応となると、基本的な用語の理解が必要であると思います。英語であれば、重要単語集のようなものがありますが、「情報」にはまだありません。日経BPでは、現在、「情報」入試での利用を想定した用語解説のコンテンツを制作しています。近々ご紹介できる予定です。

 


さらに、情報入試も見据えた問題集「ニューステップアップ情報I」の制作も、日経BPで進めています。こちらは、2022年春に東京書籍から学校専売品として発行になります。「情報I」の学習のポイントをまとめているほか、各分野に対応した対応した問題を掲載しています。練習問題で基本事項を理解して、実践的な発展問題に挑戦する、という学習が可能です。授業や受験対策にご活用いただければと思います。

 


 

 

今後の「情報」の入試でポイントになってくるのが、「社会の中の『情報』に対して関心を持つ」ということではないかと思います。教科「情報」の入試が始まった背景には、教科「情報」で学ぶ知識や経験が、社会で必要になっていることかあります。実際に、大学入試センターの試作問題やサンプル問題を見ると、リアルな世の中の課題を題材にした問題が多くあります。ふだんから、社会の中の「情報」に関心を持つことが、入試対策につながると言えるでしょう。

 

日経BPは、さまざまなコンテンツをネット経由で提供する『日経パソコンEdu』という教材を提供していて、多くの高校や大学で情報基礎教育に活用いただいています。今後、『日経パソコンEdu』では、教科「情報」の入試対策のためのコンテンツも拡充していきます。

 

 

 

情報入試 どこからどうやって準備する?

中野氏 

それでは、ここからは辰己先生、佐藤先生に質疑応答をお願いしたいと思います。

最初の質問です。情報入試が始まるとして、一体どこからどのように準備を進めていければよいでしょうか。

 

辰己先生

大学側の立場で言えば、情報入試で入学してきた学生の初年次教育をどうするか、という再設計を今から始めないといけないと思いますね。これまでの情報リテラシー科目だけでなく、他の一般教養科目や専門科目の再設計が必要です。

 

もう一つは、これは私も関わっていますが、情報の教員養成です。今後、情報の教員がすごく必要になるので、情報科教育のほうも充実させる必要があります。

 

3番目は、専門系の学部・学科、情報学部とか情報学科というような学部学科では、自らのアドミッションポリシーに従って、「情報」の作題をするということを検討しなければならないと思います。

その場合に、先行している大学の事例などをよく研究することです。そうでない大学、学部・学科は、共通テストの「情報」を採用するために、学内でどういうことをこれからやっていかなければならないかという検討を、今から始められたほうがよいと思います。

 

佐藤先生

どのように備えていいのか、誰か教えてください、いうのが正直なところではあります。現在、来年以降の授業をどうしようか考えているところですが、知識事項を手早く学んで、深める活動を授業でやっていくのがよいかな、と思い始めているところで、その手早く学ぶにはどうしたらよいか、ということを考えています。

 

入試で、読解力や判断力を求めるような傾向があるならば、アクティブラーニング的な形で、学びながら深められるような仕組みを作ってあげるのが、もしかしたら入試に向けても近道になるのではないか、という気がしています。

 

ただ、そうやってみて大外ししたらどうしようかな、という悩みもあります。問題をたくさん解かせたら、入試向けの指導に見えますからね。私たちとしても、問題をどんどん解かせるというのがやりやすいということはありますが、そうでない方法の方がいいのではないかと思い始めているところです。

 

中野氏

ありがとうございます。それでは、次にちょっと生々しい質問をいたします。

 

「情報」の入試には、プログラミングが間違いなく出てくるでしょう。出題されるプログラミング言語は、おそらく仮想的なものになるかと思いますが、大学入試センターから出てくるものを見ると、Pythonっぽいものになるかな、と思われます。教科書はPythonで扱っているものもあれば、JavaScriptやVBAもあります。入試のことを考えると、授業でもPython中心でやった方がよいのではと思います。この辺りのところ、先生方はいかがでしょうか。

 

 

辰己先生

私は個人的にはPythonよりJavaScriptのほうが好きなのですが、個人の好き嫌いは別として、 例えば実験物理学とか、化学や生物学でいろいろな実験をしたときのデータ処理、そして人工知能などで、Pythonは非常によく使われています。ということは、今後はPythonを勉強しておいたほうが、いろいろな点で使える場面はある、と思います。

 

非常勤講師をしている大学では、Pythonを教えています。それが学生さんの将来に対する責任を果たすことだろうと思います。今後、言語がPython中心になっていくのであれば、時代の流れとしては仕方がないとしても、それでいいのではないか、と思います。

 

 

佐藤先生

私自身はVBAが得意ですが、Pythonを教えています。Pythonにはメリットが一つあって、指導がしやすいという特徴があります。書式といいますか、構造を四つのスペースでやっていくので、どこがおかしいのか、見てすぐにわかわかります。情報の授業は先生1人で40人指導するわけですから、この指導のしやすさは大きなメリットであると思います。

 

 

中野氏

ありがとうございます。Pythonに関するニーズは、大学の中でも感じられるところです。日経BPでも、Pythonに関するいろいろな書籍も出していますし、解説のコンテンツも出しています。

 

もう一つうかがいたいと思います。情報入試を進めていく上で、一番の課題は何でしょうか。また、その課題をどうやって乗り越えていけばよいのでしょうか。

 

 

辰己先生

非常に大きなテーマで言えば、「情報」と、「情報でないところ」とを比較する必要があると思います。私たちは普通に生きているとご飯を食べていますから、農業や漁業とつながっている。病気になれば医療にも関係します。こういった農業、漁業、医療というところは、国として大きな予算を使っている部分ですね。一方情報は、別に国として行っていることに関係なく、私たちは生活の中で情報をふだんから活用しています。

 

「情報」を入試に入れるというのは、情報に関する国民全体のリテラシーの質を上げためである、ということをいくら言っても、なかなか納得してもらえないところがあります。

 

でも、結局のところ、農業にしろ漁業にしろ、今はコンピュータを使わなければいけない。医療だって、コンピュータは不可欠です。だから、入試に入れるのはコンピュータ技術者やプログラマーのためだけではない、ということをお互い理解し合って、情報学や情報技術の大事さをみんなで理解していくところから始める。その中に、置いてけぼりになる人がいないようにするには、入試に入れざるを得ない、という現状を理解していただく。そういう文脈になるのではないかと思っています。

 

佐藤先生

入試になる際の一番の課題としては、利用する大学がどれぐらいあるのか、ということです。たくさんの大学が共通テスト「情報」を利用するのであれば、もしかしたらポイントゲッターになるかもしれませんから、とにかくやらなくてはということで、いろいろな学校で準備を始めることになると思います。

 

どう対応するかといっても、これは大学の決定に従うしかありません。見守るしかないわけで、やはり少しでも早く決めていただくことが大事だと思います。

 

例えば、今の時点で「国公立の大学は、共通テスト『情報』を入試で利用する」と宣言されたら、高校はこれから学校説明会などで、「うちの学校は、『情報』の時間はこんなふうにやっています」ということがPRポイントになるわけです。入学してからは選ぶことができないので、入学する前に選べる状態にしていただけたらいいのにと思います。

 

入試の詳細は2年前に告知する、という約束なので、実際はもう少し後になるのは重々承知の上なのですが、どこの大学の入試に採用されるようになるかは、やはり少しでも早く知りたいです。

 

情報入試に備えるために、今ほしいサービスや情報は…

 

中野氏 

ありがとうございます。われわれもしっかり取材をして、できるだけ早く情報提供したいと思います。 それでは次の質問です。教材を提供する企業や、情報を発信するメディアに対する要望があれば教えてください。

 

 

辰己先生

繰り返しになりますが、メディアの方には、情報の専門以外の人に情報の大事さを伝えていただきた

 いと思います。情報がニュースになるのは、twitterでいじめがあったとか、個人情報の漏えいがあってどうした、とかいった、本当にダメな話が目立ちます。

情報活用をしてこんなにいいことがあるんだよ、情報技術のおかげで私たちの生活がこんなに良くなっているんだよ、ということを、メディアの方が伝えてくださると、「情報」という教科の大切さも伝わっていくし、そこから「情報教育をちゃんとしよう」という話に合意いただけるのではないかと思います。

 

 

佐藤先生

取りあえず、参考書を作っていただきたい、というのが一番思うことです。まだ新しい教科ですので、 なかなかどこを目当てに、どういう学習をしていったらいいのか、という方向性を定めにくい部分があります。どの教科にしても、問題集や参考書があってこそ受験教科の体を成すわけですから、やはり情報の参考書があることはすごく重要であると思います。

 

もう一つ、新学習指導要領の「情報I」では、プログラミングやデータベースが注目されがちですが、冒頭に辰己先生からお話があったように「情報デザイン」というものもあります。これも新たに「情報」に入るというか、新たに整備された内容です。これについて、「私は絵心がないですし、色彩感覚が豊かでないですし…」と拒否感を持っている先生がけっこういらっしゃいます。

 

しかし、「情報デザイン」というのは、「人に情報を伝えるためにはどのようにしたらよいか」というセオリー的な部分を扱います。内容も新しい上に、われわれにとっては、けっこうハードルが感じられる内容です。ですから、「情報Ⅰ」の授業をうまく・正しく行っていくのは、なかなか大変だろうと感じています。来年、これを自分がやるときにはどうしたらよいかを考えながら、教材やカリキュラムの準備をしているわけです。その意味でも「情報Ⅰ」で学ぶ内容を、世の中の人に広く知っていただくのは大事なことであると思います。

 

それから模試も欲しいですね。私たちの学校では、大学入試センターの模擬試験と、大阪大学と東京と情報処理学会が作った模擬試験の両方に参加しました。大阪大学の方はパソコンを持ち込んでCBTの実証も行いましたが、接続が難しかったりして、なかなかたいへんでした。模試がたくさんあればよいとは思いますが、こういった模試を作る方も、実際の大学入試やセンターの問題がどんなものになるのか、まだわからないわけですから、方向性が合っているかどうか、ということの検証もこれから必要になるかもしれませんし、なかなか難しいですよね。

 

 

「情報Ⅱ」の扱いはどうなりそうか?

 

私立高校教員

1点質問をさせていただきます。共通テストは「情報Ⅰ」ということになると思いますが、個別入試で「情報Ⅱ」を採用してくる大学というのは、やはりあるのでしょうか。また、「情報Ⅱ」は選択履修になるかと思いますが、カリキュラム上、どの教科との選択を設定されるところが多いと考えられるでしょうか。

 

 

辰己先生

最初の質問は私のほうでお答えします。大学に関していうと、申し訳ありませんが、現段階ではまだわからないというのが正直なところですね。今後決まっていくだろう、ということしか申せません。

 

 

佐藤先生

「情報Ⅱ」の入試については、「情報Ⅱ」というのは「情報Ⅰ」の延長線上なので、「2次試験で『情報Ⅰ』を出しますよ。筆記ですよ」ということにすれば、「情報Ⅱ」に近い内容になってくると思います。「情報Ⅱ」を出す、と宣言される大学も、授業で「情報Ⅱ」を取ってなくても受験できるようにしてもらえないと困るな、と思ったりします。さらに、「情報Ⅱ」は開講できるかどうかの問題とともに、受講できるかどうかの問題もあります。

 

これを詳しくご説明しますと、「情報Ⅱ」は必履修ではないので選択科目になります。そうすると、選択必修ということで、全員が選択する科目の枠の中のどれかとバーターになる形で入れることは不可能なので、取りたい生徒だけ取る「自由選択」にする方法だと思います。大体どこの学校でも、そういう自由選択枠は2単位、あるいは4単位置いてあって、クラス全員で受けるような授業の他に自由選択枠があって、そこに「情報Ⅱ」を置くことになると思います。

 

ただ、「情報Ⅱ」を3年の選択で置いた場合、「情報Ⅱ」には5番目の単元に、内容を深めるための「課題研究」があって、教科書通りすすめたら、3年生の授業時間数では終わらないだろう、ということもわかっています。

 

ですから「情報Ⅱ」の学習指導要領に書いてある中身をきちんとやるためには、2年生に置いてゴリゴリやるしかないだろうと思いますが、置けない学校のほうが多いのではないか、と個人的には思います。

 

 

中野氏

ありがとうございました。それでは、最後にここまでの議論を踏まえまして、先生方から一言いただきたいと思います。

 

 

辰己先生

今日は、これから世の中がいろいろ変わっていく動きを皆さんに伝えられたら、と思って話をしてきました。情報入試が必須になって、格差が広がらない方向に何とかしたいというのが、私の強い思いです。反対する人は少なからずいますが、それでもやらなければいけない理由を理解していただけたら嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

 

 

佐藤先生

私自身、情報入試は本当を言えばつらい部分ではあります。ただ、情報入試の問題の内容が、知識を詰め込むという形では乗り切れなさそうなことは、むしろよいこことだと思います。そのために、「知識を使う」という経験ができるような、新たな授業の作り方が必要になると感じています。これについては、自分もまた勉強しなければいけません。情報科の教員になってから、ずっと勉強しなければならないはめになっていますが、それを楽しむしかないのかな、と思っています。

 

大学が「うちは『情報』の入試をやるよ」と、早く手を挙げていただくこと、あるいは全大学がやらない、ということでもいい。意思決定を早くしていただけるとありがたいと思っています。