New Education Expo2021 [特別講演]

「令和の日本型教育」と教育の情報化

東北大学 堀田龍也先生

本日のタイトルの「令和の日本型学校教育」は、中教審でも使っている言葉で、「教育の情報化」の推進とも深く関わっています。

 

今日は、私たちが従来受けてきて現在も行っている学校教育が、令和になって3年目の今、どのような状況にあるのか、なぜこのような言葉が出てきたのかということも含めて、お話ししていきたいと思います。

 

「令和の日本型学校教育」とは

この「令和の日本型学校教育」の背景の一つに、海外と比べると日本の学校は、学習指導のみならず、生徒指導も含めて守備範囲が広い、ということが挙げられます。その結果、先生方が多忙になって様々な課題が発生し、現場はブラックだと言われ、教員を希望する人が減り…といったことが起こっています。

 

しかし、逆にそれによって効果を上げていることもたくさんあります。例えば教育で「知・徳・体」などと言うのは日本くらいだと言われます。学校はそもそも「知」だけを担えばいい、という国が多い中で、「徳(=道徳)」も「体(=体育)」も、学習指導要領という文脈にうまく埋め込んでいるのが、日本の教育の特徴です。

 

これにはメリットもデメリットもありますが、このデメリットの部分を、ICTの活用も含めた効率的な働き方によって改善していきつつ、メリットの部分を今一度見直して、これからの学習環境の中で膨らませていこう、というのが「令和の日本型学校教育」の考え方です。

 

この考え方は、学習指導要領が議論されていた中教審の時から、当時は「令和」という元号はまだありませんでしたが、日本型の学校教育の見直しの議論として始まっていました。ですので、新しい学習指導要領にはこの考え方が埋め込まれています。つまり、新しい学習指導要領の趣旨をよく理解して、それを実現することが、『令和の日本型学校教育』だと言えます。

 

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この時、どのような議論がされてきたかをお話ししておきたいと思います。

 

こちらは世界の人口のグラフです。一直線に増加していて、特にアフリカや南アメリカ、インドなどが急激に伸びていますが、その人口増を賄えるほどの食料供給が十分ではない、ということで、品種改良や、農業へのAIの導入といった技術開発が進んでいます。

 

ですから、この先AIがわかってないと、いろいろなビジネスに乗り切れない存在になってしまう、というのが世界的な動きです。

 

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そういった世界の中で、日本はどのような状況にあるのでしょうか。このグラフも、何度もご覧になったことがあると思いますが、日本はかなり急速な人口減少社会に入って15年が経過しています。少子高齢化が進み、産業界の労働人口が激減している。そういう国は他にもありますが、これほど急速に進んでる国は日本だけです。

 

それでも、日本はテクノロジーで何とかするだろう、と思われていましたが、コロナ禍でそのテクノロジーの現状を露呈してしまったというのが実態です。

 

 

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このグラフで言えば、黄色で示している2050年、つまり現在の小学校4年生が40歳になって社会の中心で働く頃には、高齢化率が約4割、つまり4割の人が65歳以上という社会になります。労働人口は減っていますが、今の65歳の人は、若い人のような体力はないけれど、知力や人脈、ノウハウは持っている。そういう人たちに合った働き方をうまく提供すれば、高齢者も無理なく働ける社会を作ることは可能です。

 

そうすると、日本特有と言われる終身雇用のモデルは成り立たなくなります。人生100年時代を迎え、さらに人口減少で労働人口の減少によって、そのときどきの人生のステージに合わせてキャリアチェンジしていく、というのが今後の働き方の典型モデルとなり、今の大学生もすでにそうなっているわけです。

 

例えば、今年就職する学生は平均転職率が3.3回と言いますから、恐らく人生の間に4つの仕事をすることになるだろう、というデータもあります。これは、教員をしているとピンと来ない話ですね。教員と役所は基本的に終身雇用ですから、自分たちは一般社会から見ると非常特殊な世界で過ごしていて、いびつに見られているかもしれないということを、学校関係者は理解しなければいけないと思います。

 

 

共通テストでも「基盤となる資質・能力」が問われる出題

 

今年、大学入学共通テストがスタートしました。センター試験とやり方が大きく変わらないので、何が変わったのか、と思われるかもしれませんが、実は細かいところはいろいろ変わっています。今日はそれを詳しく説明しませんが、例えば今年の共通テスト・英語の問題では、左側の英語の文章を読んで、右側のようなスライドにしたときに、各スライドのそれぞれの場所に入る言葉は何か、という問題が出ています。

  

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文章自体はそれほど難しいものではありませんが、これまでに考えたことや思ったことをスライドにまとめるという活動の経験値が高い人、あるいは文章を構造的に読むことができる人には、かなり有利でしょうね。

 

そして、「文章をスライドにまとめる」「構造的に読む」といった経験は、英語教育の範ちゅうではなかったものです。もちろん、英語の授業でもスライドは使うことはありますが、それは英語教育としてではなく、学習活動をうまく進めるためのツールとして使っていたものです。しかし、これからは英語力に加えて構造的に読む力や、スライドで表す力そのものが求められるようになり、それらは「基盤となる資質・能力」という言い方で学習指導要領に書いてあることでもあるのです。

 

ですから、「私は数学の教員だから、数学だけ教えればよい」というのは、これからの時代で考えれば、ちょっと狭い見方となります。数学はもちろん教えますが、基盤となる資質・能力を理解して、その指導もでき、生徒の身に付き具合によって教科の授業のやり方を変えていく、くらいの柔軟な考え方も必要になるということです。

 

 

下図は同じく共通テストの政治経済の問題です。「課題の設定」「情報収集」「整理と分析」「まとめと発表」の4つの箱がありますが、これはいわゆる探究の過程と言われるものですね。単に言葉の意味を知っているだけではなくて、その手順も理解していなければできません。

 

これも、探究的に政治経済を学んでいる生徒であれば、特に迷うことはないと思いますが、今の高校の授業で探究的な授業は、はたしてどれほどあるでしょうか。

  

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これまでは「入試があるから、そんなことをやっている時間はない」と言われてきましたが、入試自体がこのように探究的な活動をしていることが前提となってきているのです。そして、高校の新学習指導要領は来年度から始まります。来年高校に入学した生徒が高3になった時の共通テストは、ここからまたさらに踏み込んで変わります。つまり、学習指導要領で学んでほしいとしている「知識・技能」に加えて「思考力・判断力・表現力」や「学びに向かう力」、そして基盤となる資質・能力を、もっと徹底的に試すという方向に向かっていきます。

 

ですから、2025年大学入学者に対して行われる大学入試は、見ものだと言えます。この試験は、今の中学校3年生が受験するものですから、それ以下の学年の子どもたちを担当している先生方は、皆が関係することになります。

 

 

この試験の翌日の新聞では、「時間が足りない」と感じた生徒が多かった、という報道がされていました。「今までとは出題の仕方が変わったので、別の勉強の仕方が必要だ」と。これは毎回出て来る話ですが、出題の仕方だけの問題ではなく、ここまでお話ししたような活動の経験がない人にはなかなか解けない、ということが示されているのです。50万人もの人が受験する入試について、このような方向に大きく舵を切ったという現実を、もっと厳しく受け止めなければならないと思います。 

 

 

 

 

 

実は、一方で「簡単になった」と言う生徒も一定の割合でいた、という報道もありました。これは中高一貫の私学の生徒ですね。中学生のときから探究的な学習をずっとやっていて、ICTを使いこなして、いろいろなリソースに当たって、プレゼンやディベートを日常的にやっているような高校生には、まさにいつも通りのことで、やっと入試が日頃の学習の方法に追いついてきた、という感じなのでしょう。

 

これまで学習指導要領の改訂と入試は別々に議論されてきましたが、慶應義塾の元塾長の安西祐一郎先生が中教審の委員をされている頃に、この二つを一体化して議論するということが実現して、そのおかげでこのような入試改革が実現したわけです。

 

ですから、今回はむしろ入試のほうが先に変わって、GIGAスクールが後追いでやって来た、という状態になっています。今日も小学校の先生がかなり来場されていると思いますが、小学校の先生は、ふつうは大学入試まで意識されないですよね。しかし、こうやって見ると、大学入試で、今小学校などでやろうとしている授業の延長で身に付くような力が試されているのが、わかっていただけるかと思います。

 

 

大学入試に「情報」の導入が検討される意味は

 

さらに、5月23日には、「国立大学の入試に教科『情報』を入れることが検討されている」という新聞報道がありました。

 

文科省や政府としての方針はすでに2年ほど前に出ており、大学入試センターが試験的に問題を作ったものを公表して、パブリックコメントを受け付けたのが2020年の冬でした。

 

そして今回、国大協が、これらの方向を認めていくべきだ、ということを表明したわけです。国大協は、入試でどの科目を使うかについて国立大学に大きな影響力があるので、おそらく導入される公算が大きいでしょう。

 

 

  

ここで情報入試の意味を考えてみましょう。子どもたちは、小学校・中学校で毎日のようにインターネットを使って、各教科で探究的に学ぶ経験をしてきますが、実はインターネットがどういう仕組みで検索ができるのか、つながらない時があるのはどうしてなのか、といった理屈はわかっていません。

 

高校では、その仕組みや理屈の部分を体系的に、2単位(週2時間)の必履修科目「情報I」としてしっかり学びます。

 

この必履修科目「情報I」の中に、プログラミングやデータの分析といったものが入っています。高校の「情報I」でプログラムを組んでみることで、小学校や中学校でロボットを動かしたり、お絵かきしたりしたのはどんな仕組みだったのかを体系的に理解することができます。それが入試に出ることで、勉強の度合いも変わってくるでしょう。

 

「情報」を入試に入れるということは、「大学に来る人はこのような知識体系を持っていてほしい」という大学側の要求であると思います。「AI・データサイエンス人材の育成」と言われるご時世に、大学に入学してもOfficeソフトの使い方を知らないとか、「情報モラルって何?」はないだろう。入試に出ないから勉強しないなら、入試に入れてしまおう、ということになったわけです。

 

GIGAで一人ひとりが端末を持つことで利用頻度が多くなって経験値が上がることと、その経験を体系化してくれる「情報I」ができたということは意味があります。逆に、体験をしていない人は、「情報」を勉強しても、あまりピンと来ず、意味がないということになります。

 

 

従来の「日本型学校教育」の課題の解決のために

 

『令和の日本型学校教育』という言葉は、1月26日の中教審の最新の答申(※)に出ています。かぎかっこが付いているのは、今だけの言い方で、それなりに定義をして使われてる言葉であるということです。

 

※「令和の日本型学校教育」の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申)(中教審第228号)

 

https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/079/sonota/1412985_00002.htm

 

 

この内容をまとめてみたのがこちらです。そもそも、令和に限らず、今までの「日本型学校教育」の特徴は、先ほどもお話ししたように、学習指導と生活指導で、「知・徳・体」を一体として育むことです。これは諸外国からは高い評価を得ています。

 

一方で、課題は山積しています。今までは子どもたちがある程度等質で、保護者の価値観も大体同じ。高度成長の頃は、皆が欧米に追い着け追い越せで、日本人の特性として均質性を求めていました。

 

しかし、今は子どもたちも保護者も多様です。そういう状況の中で、先生たちはまだ昔どおりのやり方を続けていて、そこにきしみが出てるというのが、この1から6までに書かれていることです。

 

 

 

順番に見ていくと、まず「人口減少社会になったときの学校教育の維持と質保証」で、つまり教員の確保や、教科書検定はどこまでするかといった授業や教材の質の保証、学力の保証をどう考えるか。さらにそこで言う「学力」は、今までのようなテストの点数で決められるような「学力」でよいのか、ということまで含めた議論が行われています。

 

子どもたちの多様化と学習意欲の低下も挙げられています。学習意欲の低下にしても、子どもたちが、世の中と学校での学びがマッチしていることを体験していれば、学校でワクワクしながら勉強することができますが、いつ使うのかわからない知識を教わるだけでは勉強する気になれない。そういった経験は、皆さん自身にもあると思いますし、皆さんが教えるプロセスでもあったと思います。

 

だから、これまでも現実の課題を数学や理科などの問題に取り入れる試みをしてきましたが、それを一層きちんとやらないと、この学習意欲低下が止められないのではないか、ということです。

 

あるいは、学校で勉強したことが社会で、あるいは自分の生活で役に立っていることを、これまで以上に見せていく必要があります。世の中の多様な人たちがどんなことをしているのか、社会が複雑になって、わかりにくくなっていることもありますが、一方で学校はインターネットにもろくにつながらなかったり、フィルタリングが厳しかったりして、この部分がうまくいっていないところが大きな課題でもあります。

 

4つ目の、家庭や地域の役割が学校に課せられていること。これがけっこう厳しい問題です。例えば、「近くの公園で中学生が騒いでいて困ります」といった電話が、学校にかかってきて、先生たちが駆けつけて指導する。これは学校の仕事なのか、という議論は何十年も前からあります。そういうことはこれまでも学校がしてきたことではあるけれど、これは先生方の本業ではない。こういったことの線引きをきちんとしましょう、という話があるということです。

 

ただし、こういった指導と、先ほどお話ししたような日本型学校教育の特徴とは、実は密接に関係しています。一方で、そういうことが全く必要のない学校もあれば、1日3回も4回も起こる学校もあります。何かが起きた時に、現場で判断できないといけないのに、教育委員会で統一のルールがあって、かえって動けないこともあります。あるいは、現場で判断するのは難しいので、文部科学省で決めてくれればいい、という声もありますが、文部科学省の管轄の4万校の初等中等教育の学校には、それこそいろいろな学校がありますから、全てに適応できるルールを決められるはずがありません。

 

ですから、これまで上意下達でやってきた仕組みも、すでに制度的に破綻しています。「事件は現場で起こってるんだ!」という名言がありましたが、現場に権限を与えるということができなければいけない。昨年のコロナによる休校の際も、各学校でオンライン授業の用意ができていても、教育委員会が止めてしまった、という例はけっこうありました。止めた理由も、いろいろ合理的な理由もあることはありましたが、やはり現場に任せ切れない現実が、今の学校教育でここまで膨らんでしまった、ということはあると思います。

 

5番目の教員の疲弊、教員不足の深刻化は、最近特に問題視されています。特に、精神的な病気になる先生が増えてるというところが、そもそもwell beingになっていないのではないかというところが、今、一つの大きな問題であると思います。

 

6番目の「加速度的に進展する情報化への対応の遅れ」、これは私が入れた言葉ではなく、この答申でもともと問題提起しているものです。これに対して、「令和の日本型学校教育」をどう考えるか、ということがこの答申に書かれています。このキーワードは、皆さんもよく聞いていらっしゃる、「個別最適な学び」と「協働的な学び」で、これが新しいタイプの学力の、もっと言えば、学力獲得のイメージでしょうか。

 

学んだ力よりも、学び方や学ぶ力の方を重点化しているというのが、今回の学習指導要領のポイントです。つまり、コンテンツを知ってるかどうかよりも、コンピテンシー、つまりそのコンテンツを学ぶ力があれば、いつでも、社会人になってからでも学ぶことができる。先生に教わったことを覚え込むだけでなく、その子に学ぶ意欲や学ぶスキルが身に付いてるかということを、第一に考えているのです。

 

 

「個別最適な学び」は孤立的な学びではない

 

ですから、先生の方も教えてばかりではダメだ、ということです。これまでも、有能な先生はあまり教えず、子どもたちを頑張らせてポイントだけを説明する、という指導をしていたと思います。そして、あまりうまくない人ほど、ベラベラしゃべって、子どもたちからすれば、先生がしゃべればしゃべるほどわからなくなるということは、ありがちでした。

 

これからは、例えば動画の学習コンテンツであれば、どのコンテンツが自分に合っているかを選んだり、理解度に合わせて繰り返したり早送りをしたりしながら見たり、といったことを自分で決めながら学べるスキル、つまり自分の現在のミッションを考えて学びをデザインし、実際に動かすスキルが重要になります。

 

このときの「自分で」が、つまり「個別最適」を意味します。これは、先生側から見れば「指導の個別化」であり、学習者側から見れば、「学習の個性化」です。この「個別化」と「個性化」の違いについては、もう何十年も言われていますが、同じ問題を、その生徒のペースでやるというのが「個別化」で、一方Aさんは○○に興味があるから、○○を深掘りしたい。でも、Bくんは△△に興味があるから、もっと△△をじっくりやりたい、ということを受け入れて指導していくのが個性化です。ですから、「目的が一緒でペースが違う」という話と、「目的がそもそも個別でよい」という話があって、その両方を「個別最適な学び」と言います。

 

AIドリルなどを使った学習は、どちらかというと、前者の「指導の個別化」です。「指導の個別化」は、何十年も前からCAI(computer assisted instruction)として研究されてきたノウハウがあり、かなり実現しています。一方、「学習の個性化」は、そもそも学習者自身がモチベートされてるかどうかが問題です。友達がやっているのを見て、「自分もやってみたい」と思うこともあるので、必ずしもコンピューターで制御できることではありません。

しかし、どの生徒が、何を、どこまで追究してるかについては、クラウド上で可視化できることが、今までとは違います。生徒たちのやっていることがオンタイムで見えることで、指導や助言の仕方を変えることができます。先生だけでなく、友達同士でやっているものを見合ってインスパイアされ合う、ということも可能です。それを「協働的な学び」と呼んでいます。

 

中教審の答申にも、「孤立的な学びではない」とわざわざ書いています。「個別最適な学び」と言うと、どうしても孤立をイメージする人がいますが、そうではなくて、「指導の個別化」と「学習の個性化」とともに、他の人と一緒に学ぶ(=協働的な学び)ことである、と。この二つの言葉で概念整理がされています。

 

 

個別最適・協働的な学びのためには家庭への端末の持ち帰りも含めて柔軟な運用が必要

 

この総論を受けて、各論として、次の9つの項が整理されています。今日のお話に関係するのは、6「遠隔・オンライン教育を含むICTを活用した学びの在り方」、そして9「Society5.0時代における教員及び教職員の組織の在り方」、つまり働き方のあたりが関係してきます。

 

この答申には、赤字の部分で「(GIGAで配備された1人1台の)端末から、ネットワークを通じてクラウドにアクセスし、クラウド上のデータ、各種サービスを使ったりすることを前提としている」と書かれています。これが前提ですから、「クラウドの使用禁止」とか「うちの学校では回線が遅いからやれない」などというのはあり得ないということです。それが下のほうに、青字で書かれています。

 

さらに、「(学習を学校だけに閉じないようにするために)端末の持ち帰りを可能とすることが望まれる」ということも書いてあります。これは国の方針です。

 

ですから、今これらを禁止している学校は、国の方針に従っていないことになります。ただ、最初からネットにアクセスしたり、端末を持ち帰ったりすることを全て自由にやっていいよ、というのは、今までの学習方法や管理の仕方とギャップがあり過ぎて、無理があります。

 

ですから、これまで規制していたものを段階的に外していくのが現実的だと思いますが、そうであれば、禁止事項を作るにしても、どのような状態になったらどうするか、といったことを、先まで描いた上で設けていることが必要です。

  

  

皆さんの学校では、端末の持ち帰りについてはいかがでしょうか。「まだ持ち帰りはしないように」といった通達が来ていないでしょうか。そうであれば、いつになったら、あるいはどういう状況になったらして持ち帰りをしてよいのか、どういう状況になることを優先して指導してほしいのか。これを示すことが重要です。ビジョンを示さずに、いいとかダメだけを指示してきた、つまり現場に任せてこなかったという現実がそこにあります。その意味では、今後は設置者である教育委員会のビジョンが非常に重要になります。

 

自治体の教育委員会のホームページで、「私たちは、このように端末を整備しました。そして、こういうポリシーでフィルタリングをしている(あるいはしていない)とか、家庭ではこういったことをしてください」といったことが見られるか、ぜひ検索して確かめてみてください。

 

それすら書かれていないと、教育委員会としての姿勢が問われると思います。これは、納税者に対する説明責任です。

 

 

下図は、新しい学習指導要領をきちんと実行するためのインフラとしての、GIGAスクール構想のICT端末の整備を説明する図です。

 

一番下にICT端末のことが書いてあります。そして、それを使うことで、「個別最適な学び」と「協働的な学び」をするという今回の学習指導要領の方針が書いてあり、そのことが主体的・対話的な深い学びにつながり、授業改善につながる、という図です。

 

そして、そのポイントは、中央のびっくりマークのお姉さんの右側にある「基盤となる資質・能力」です。この「基盤となる資質・能力」に、「言語能力」「問題発見・解決能力」の他に、「情報活用能力」が入ったことで、「情報活用がちゃんとできる人にならないと、主体的・対話的な深い学びにはなりませんよ」ということになります。

 

ですから、1人1台のICT端末を、先生がいちいち「今から端末を使うから、机に出してください」とやっているのでは有効なICT活用にはならず、基盤となる資質・能力を身に付けることはできません。逆に、どんな時に端末を使うのかを子ども自身が決められるようにしたいです。権限を子ども自身に移譲するような授業になっていかないと自律した学習者は育たない、ということが課題で、そういう学習者になるということが、最上段にあるSociety5.0や、変化が大きい社会に生きていくための資質・能力になる、ということが書かれています。

 

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授業だけでなく、校務や研修など先生の働き方にもICT導入が不可欠

 

もう一つ、GIGAで1人1台端末がやって来たことは、教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)の一部にすぎません。授業も、子どもの能力感も変わるので、子どもの学習の仕方も変えていくとともに、先生の働き方も変えていく必要があります。そうしないと、働き方改革にならないし、先生方自身のwell-beingにつながらないからです。

 

 

こちらの事例集(※)は3月末に出ていますが、かなりよくできています。ここには、教科の事例の他に、出欠管理や保護者対応、保護者向けの集会、PTA活動など様々な活動をどうしたらよいか、という事例が書かれています。さらに、これをすると大体○○時間の削減になる、といったことも書かれています。ですから、同時に全部は無理だとしても、まず1学期の間にこれとこれをやろう、とかいう形で、どんどん取り入れて行かれるとよいと思います。

 

「全国の学校における働き方改革事例集」

 

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先生自身がICTを便利に使っていない状況、もっと言えば、情報活用能力を発揮して、働き方を工夫していることがない状況で、子どもに対してだけ「ICTを使って、情報活用能力を育てて、そしてICTの有効な利活用をして」というのは、無理に決まっています。子どもたちをどう指導するかということと、先生方のICT活用は、実はセットなのです。だから、GIGAスクールより先に、働き方改革が動いて予算が付いていましたし、法令も変わっています。これがやれるかどうかということは、教員集団の意識であり、もっと言うと、管理職のビジョンでもあります。

 

これまで、公立の学校でも、様々な先進校があり、定期テストをなくすとか、通知表をなくすといった試みが報じられています。これらの事例は、その自治体の学校全てが実践しているわけではなく、校長の権限で、現行の法令内でできることなのです。つまり、管理職のビジョン一つで、今でもけっこう大胆なことができるのです。

 

にもかかわらず、せっかく信号が青なのに、周りの様子を見ているうちに、信号が変わってしまって渡れない、ということをずっと繰り返しているのです。ですから、これからのリーダーシップ像というのは、情報化によっていっそう強く求められるようになっている、ということになります。ここに書いてある、例えばペーパーレス化といったことも、今さらのことですが、わざわざ出しています。それだけできていない学校が多いからです。

 

 

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特に研修は、個人のニーズに合わせて選択制で行うということが、これから進んでいくと思います。今、免許更新講習をどうするか、という議論があります。免許更新講習には、免許を更新するという意味もありますが、10年に1回は知識をリフレッシュして、新しいことを積極的に知る機会を持つことを義務付けるためでもありました。個人でそれができるなら、免許更新はなくてもよいのではないか、という話です。

 

免許更新がなくなって楽になるとか、受講料が要らなくなるというのは見掛け上の問題で、知識をリフレッシュする仕組みは、別の意味で教員研修に求められることになります。

 

そして、その教員研修の形式も現在は集合研修ばかりですが、講座を選択してオンラインで在宅でも受講できて、「1学期の間に、これとこれを受講しておきなさい」という形になってくるかもしれません。

 

私学の例として、教職員のやりとりの全てをGoogle Classroomに載せている、というものもあります。公立学校でも、Googleのチャットで毎日のいろいろな実践報告や情報共有をしているというようなことも増えてきていると思います。チャットというと、拒否反応を示す先生もいらっしゃるかもしれませんが、その方のイメージするチャットは、どんなものなのでしょうか。ビジネスチャットやSlackは、ビジネスの世界ではもう普通ですよね。私の研究室でも、何年も前から使ってます。

 

そもそも学校の先生というのは、同時に勤務していても、必ず皆が違う場所にいるという、非常に特殊な形態の職業です。こういった仕事では、情報があるプラットフォームで常に共有されているという仕組みでないと、共有がうまくいくはずがありません。そこのために、ICTの仕組みを活用しましょう、ということなのです。これは、もう何十年も試みられてきましたが、ようやく汎用的な仕組みでできるようになったと思います。

 

 

全国学力・学習状況調査に見る「情報活用能力」

 

さて、ここからは学習の基盤となる情報活用能力の話をします。

 

先日、全国学力・学習状況調査がありました。この問題を少しお見せします。

 

 

こちらが小学校の算数で、博物館に行くのにどの道順で行くか、というリアルな設定の問題です。しかも、この設問(3)は、「自分たちが行ったときはこの道順だったけど、ネットで調べると違う経路出てきて、1600メートルで20分かかると出ている。自分たちは、500メートルで7分かかった。ネットに出ているのは、自分たちと同じぐらいのペースなのか」という問題で、これは単位時間当たりの速さの問題に結びつけた、うまい設問です。

 

こういったリアルなセッティングと算数をうまくつないで、しかもそこではネットで調べることが普通に使われている。算数ですから、検索のしかたについては聞いていませんが、ネットを使うことが当然、という問題になっているのです。

 

 

こちらは中学の国語ですが、SNSについての意見文の下書きをすることが題材になっています。これらの問題は、全て国立教育政策研究所のウェブサイトから見られます(※)。

 

令和3年度全国学力・学習状況調査の調査問題・正答例・解説資料について

 

さらにこの調査の児童・生徒質問紙や学校質問紙では、ICTをどのくらい使ってるかとか、家に本が何冊あるかとかいうことも聞いています。興味のある方はぜひご覧ください。

 

 

こちらも国語の問題ですが、総合的な学習の時間に、外部の人にメールで相談をお願いするときのメールの書き方を扱っています。これが、情報活用能力調査ではなく、国語の学力調査で出題されている、というのが重要なポイントで、外部の方にメールを出すことを、学習経験として行っていることが前提になっているのです。これが「学校外の人にメールするのは禁止」とか、「生徒用のメールアドレスが付与されてない」といった学校では、子どもたちは経験がなくて困ったかもしれません。

 

 

こちらはPISA(国際学習到達度調査)です。PISAはOECDが実施していますが、毎回話題になるのが、学習状況の調査です。これは、日本の全国学力・学習状況調査と同じですね。この学習状況調査では、ICTをどのくらい・どんな場面で使っているかということも聞いています。

 

 

日本は、授業の中でICTを使ったり、宿題でICTを使ったり、といった率は圧倒的に最下位である一方で、チャットとゲームでの利用はトップです。

 

つまり彼らは、自前のデバイスでICTにじゅうぶん親しんでいすが、学習利用はしていない、ということです。では、学習利用をしていないのは、その子たちの責任なのでしょうか。

 

こちらは2018年のデータですが、このことは2009年の調査からデジタルの読解力が調べられるようになった頃から話題になっていました。PISAは3年に1回実施していて、毎回各国のICTの学習利用頻度が出ていますが、他の国がどんどん利用する方向に推移しているのに、日本だけがずっと止まっています。これが2009から2018まで約10年間続いたことが、政府としても反省点となり、GIGAスクール構想の一番大きな背景になっていると思います。

 

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GIGAスクール構想は学習機能としてのICT基盤のテコ入れのため

 

そもそも学習用のICT端末を整備するのは設置者の義務ですから、自治体・教育委員会がやることです。自治体によって財政力に違いがあるので、財政力の弱いところには、地方交付税交付金がたくさん付くような仕組みになっています。

 

しかし、一度入ったそのお金をどう使うかは、自治体が判断します。ですから、頑張って継続的に大型提示装置や端末を入れている自治体もあれば、ずっと先延ばしにしてきたところもあって、それによって格差も生まれているわけです。「学習指導要領が変わりますよ。そのために端末や通信環境を整備してくださいね」とずっと言い続けて、教育基本振興計画でも提示し続けていたのに、全く動かない自治体があるということで、しびれを切らした政府が、今回GIGAスクール構想を打ち立てた、ということになります。

 

そもそも、ICTを教科のある場面だけで使う、という考え方が、これからの時代には合いません。いろいろな教科には、それぞれ固有の知識・理論と思考力・判断力・表現力がありますが、さらにそれらを支える、教科を超えた学習の基盤となる資質・能力があります。それが言語能力、情報活用能、・問題発見・解決力で、これが学習指導要領の総則に書いてあります。そして、この力が身に付いてれば、どの教科でも使えるわけです。

 

これを身に付けるために、子どもたちにICT端末を渡して、それをいつ使うかを自己決定させることを続けていく。それと同時に、いろいろなリソースに当たらせ、先ほどお話ししたような個別最適の学びを深めていきます。そして、クラウドでお友達がやっている様子を見ることで協働が起こる、という設計です。

 

このためには、クラウドとともに、1人1台端末も外せないし、先ほどの学力調査のメールの問題でも示されたように、社会に開かれた教育課程も促進していかなければならない。それなのに、学習機能としてのICT基盤が弱過ぎる、という課題がありました。そして、これがコロナで露呈したわけです。

 

先ほどお話ししたように、休校になってしまった時、「うちの学校はオンライン授業の準備ができたから、YouTubeで学習動画を流すところからやってみたい」と言った学校を、教育委員会が止めた理由に、「ネット回線がパンクするからやめてくれ」というものもありましたが、中には「隣の学校がさぼってるみたいに見えるから、あなたの学校だけやらないでくれ」というものがあったと聞きます。ICT基盤が脆弱なために、必要な教育ができなかった、というところは実際たくさんありました。

 

こういうことについて、世の中の声は議員さんに上がります。そして、議員さんたちが国会の場で話題にして、「文科省、どうなってんだ」ということになる。それが、GIGAスクール構想を突き動かして、5年かけてやる予定が、わずか1年で実現しました。1年でやってしまったのはさすがに慌て過ぎなので、現場は今ちょっと大変なことになっています。しかし、普通にやっているところであれば、今年1年が終われば、状況は全く変わっていると思います。

 

 

「ICT端末をどのように使うか」は教育の大きなパラダイム転換に

 

そして、1年後にまだ「教科での効果的な活用場面って、どこですかね」とか言っているところは、

だいぶ出遅れていることになります。さらに、そこで言う「場面」を、「話し合う場面」とか「発表する場面」というように、学習活動の単位で考えられればよいのですが、「理科のこの実験」とか「数学のこの単元のこの場面」というように、教科の内容に紐付けて言いたがる人は、多分このことがまだわかっていない、ということになります。

 

どの教科にも、学習の過程として、「課題意識を持つところ」「自分でまず考えて自分で調べるところ」「話し合って他の人の考えを聞いて知識を更新していくところ」「まとめて整理して確認するところ」という場面がそれぞれあります。それらの学習過程に紐付いたICTの活用というのは、それぞれの場面でいろいろあり、それらが有効か・有効でないかという議論があります。

 

それは必ずしも教科の中身と1対1でダイレクトにつながっているわけではありません。そのことがわからない人は、例えば「チョウが羽化するところは動画で見るとわかりやすい」など、ICTの利用を、クリックすれば何かが見られたり答えが出たりするものだと考えてきたのですね。確かに、それも有効ですが、しかしそれは結局、「先生が与える教育」に有効なのにすぎない、ということになります。

 

今回の学習指導要領と、GIGAスクール構想で端末が行き渡ったことで、現場にはかなり大きなパラダイム変換が要求されている、ということになります。

 

授業例をお見せします。ここでは、「dumpling(おだんご)」という単語の意味を調べています。今までなら紙の辞書、最近は電子辞書で調べていましたが、ネットで検索すれば、意味だけでなく、その用いられ方や写真も出てきます。有名なお店はどこか、といった付帯情報も出てきます。これを非能率的と思うか、学習の広がるチャンスだと思うか、という学習観が問われることになります。

 

 

この写真の子は、英語の作文で、「私たちの町にはインスタ映えするものがいっぱいあります」ということが言いたくて、「インスタ映え」という表現を検索しています。これは、2018年の写真ですが、3年前のGoogle翻訳では、「インスタ映え」が「instant shine」と訳していたようですね。今はちゃんと「Instagram」と入りますが、3年前はこの程度でした。

 

生徒もさすがに「これは違う」と気付きます。そして、「先生、どうしたらいいの?」と聞きます。この先生は、「『photogenic』という言葉があるから、『instagenic』と言えばいいんじゃないの?」と言っていました。この子たちは、さらにネットで検索して「instagramable」という言い方があることを見つけてきました。これらは辞書にはまだ載ってない言葉です。そして、「先生は『instagenic』と言っていたけど、『instagramable』という言い方もありなんだな」と気づくわけです。そして、そもそも言い方は一つとは限らないので、どっちでもいいんだ、先生の意見が唯一の正答ではないんだ、ということも学習することになります。

 

 

ちょっとしたシーンですが、新しい時代の学習を予感させるものでもあります。そのとき、先生がどれくらい規制してしまうかで、生徒の学びが変わってしまうか、ということもおわかりいただけるかと思います。こういったことが、指導観の転換が求められている、ということなのです。

 

すでに多くの学校で1人1台端末が実現していて、SNSなどでも、「うちの学校はここまでやりました」といった記事もよく目にします。そこでは、今まで学級経営の達人と言われていた人が、「GIGAのおかげで、今まで自分がやってきたことの世界観が変わってしまう」と言われているのを、けっこう目にしますが、逆にその方は、柔軟なパラダイムシフトができる人なんだな、と思います。

 

子どもとの人間関係や子ども同士の人間関係をどう作るか、学ぶ姿勢をどう作って育てるか、といったところは、たぶん大きくは変わらないでしょう。しかし、全員が端末を持っていることによって、学び方やまとめ方、方向付けの仕方が変わるということはあると思います。

 

これはまた、「紙がなくなる」という話ではありません。学校現場の様子をよく知らない人は、デジタル教科書の話をすると、すぐ「教科書は紙のほうがいいんじゃないか」と言い出します。

 

「いや、紙も使いますよ。全部デジタルにするなんて、誰が言ったんですか」ということになるのですが、そういう思い込みで記事を書くマスメディアの方がいて、結果として無駄な炎上が起こるということが続いてます。

 

 

「学習」をどのようにとらえるのか、先生の指導観が問われる

 

そもそも、子どもたちが自由に端末を使う環境になったとき、自由に使わせると学習に関係ないことをやるんじゃないか。だから、例えば「アイコンの位置を動かしてはならない」という決まりにした方がいいんじゃないか、という話が出がちです。 

 

 

そこで言う「学習」は、教科の勉強です。でも、情報活用能力の観点からいえば、アイコンの位置を変えて、背景を変更して、自分が使いやすいようなデスクトップにするということも大事な学習なのです。

 

皆さんは、デスクトップの背景画像の変え方をご存知ですか。先生が教えていなくても、子どもたちは、いろいろ検索して方法を見つけ、教え合います。そうやって自分でやりたいことを調べて、やり方を見つけてやってみることは、立派な問題発見・解決能力です。禁止していたら、決して身に付きません。これどう考えるか、ということです。

 

何度も言うように、今、先生方の指導観が試されています。この後半年もしたら、今お話ししたようなことがGIGAの一番の話題になると思います。この後、操作の話をしますが、実際に操作させることで、いろいろなことができるようになります。でも、禁止してることだけは経験不足になって、できないままになります。それでいいのか、ということですね。

 

確かに、危なっかしいことを禁止するのは、先生には都合がいいかもしれません。子どもは、許したとたんにやらかします。しかし、それならどういうときに、何が良くて、何がいけないのか、ということを明らかにする必要があります。今、意味のない校則が問題になってますが、あの話と同じです。こういったレギュレーション、何らかの規制というのは、「なぜそのように規制するのか」を皆で決めることに意義があります。それが民主主義を教えるということだと思います。

 

また、6年生ぐらいの子が何かを検索すれば、たいていWikipediaに行き着きます。しかし、Wikipediaの文章は、6年生にはほぼ理解できません。読めても解釈ができないのです。ですから、子どもが理解できるコンテンツが世の中にどのくらいあるか、というのが重要です。さらに、できれば質保証されている内容であってほしい。そのよりどころになるのが、デジタル教科書なのです。これがなかったら、中身のない学習が延々と続いてしまうことになりかねません。そして個別学習用のドリルだけが発達して、それに合わせた学力観ができあがってしまう可能性があります。今、国がデジタル教科書に一生懸命取り組んでいる最大の理由がそこにあります。

 

各教室に1台ずつあるような、大型提示装置を兼ねる電子黒板や指導者用のデジタル教科書は、1人1台端末になっても役に立ちます。実物投影機も、もちろん役に立ちます。こういった、クラス全体で同じものを見られる装置と、子どもたちがそれぞれの端末でいかに自律的に学ぶということは別の話なのですが、財政担当の人が、「子どもが1人1台端末を持つのだから、実物投影機や大型提示装置なんて要らないよね」というのは、ありがちなことです。

 

某政令指定都市でも、そういった理由で大型提示装置を入れずに、1人1台の端末を入れました。ところが、ある子どもがいい発見をしたので皆で共有したい、となったとき、皆が一緒に見られるものがなくて不便だったと聞きます。クラウドでもある程度共有はできますが、やはり大型テレビがある方が便利です。

 

大型提示装置は、GIGAスクールの守備範囲ではないので、従来配分されていた地方交付税交付金で購入する必要がある。そこで自治体の授業観、教育に対する姿勢が問われるということになります。

 

ある学校では、英語の歌を歌うときに子どもたちがタブレットで録音していました。しかも、ただの録音ではなく、Googleドキュメントを立ち上げて、音声認識をさせたのです。そうすると、英語で正しく歌えていれば、英語の文章として入力されます。これを毎日やっていくと、自分の英語がパソコンにだんだん正しく理解してもらえるようになる。つまり、いい発音になってきて、キーワードがちゃんと入っているかということも子どもが自分で確認できるというわけです。

 

これを見たときは、驚きました。これは英語の授業ですが、Googleドキュメントは英語のための特別なツールではありません。英語の授業だから英語のコンテンツを買わなければいけない、というわけではなく、無料のクラウドツールでここまでできるのです。まさにアイデアの勝利です。

 

 

協働作業の中では、困ったことも発生します。ここでは、Jamboardで編集作業をしていたら、自分が書いたことをお友達が消してしまった、という事件が起こりした。消されてしまった子は、勝手に消されたと思いますし、消してしまった方は、わざとやったわけではなく、間違えてやってしまった、と言う。クラウドなので元に戻せますから、何ということはないのですが、ここではそのときの気持ちを題材に話し合いをして、そういう時はどうするか、ということを一つひとつ決めています。こういった過程を丁寧にやっていくことを通して、協働的な学びに慣れていく、という事例です。

 

 

キーボードからの文字入力については、継続的にデータを取りました。これは、端末を使い始めてから2か月後、3か月後、4か月後の、1分間当たりの日本語の入力文字数です。

 

4か月で1分間30文字ですから、2秒に1文字くらいは入力できるようになりました。これは、少し前の文部科学省の情報活用能力調査で、高校生が1分間で約25文字だったことを考えると、小学校の4・5年生が、4か月もやれば、あまり練習していない高校生よりも速く入力できるということです。

 

つまりこれは、能力でなく経験の問題で、使わせない限り身に付かない、ということです。自転車に乗るのと同じで、どこかで集中的に練習して、一度できるようになったらずっとできる、そういうスキルなのです。

 

 

Google Workspaceのどのツールが、いつ頃になると使えるようになるのか、ということについても、時系列で調べました。これはつまり、授業でどういうものが使われるか、という調査でもあります。

 

すると、やはりYouTubeは何も教えなくても使えます。Google classroom、Googleスライド、Jamboard、Googleドキュメント程度は最初からどんどん使えますが、小学生では、スプレッドシートあたりは結構難しい。使えるけれど、あまりニーズがない、ということがわかりました。

 

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オンラインの授業にも練習が必要です。休校になってしまってから、いきなりオンライン配信を見て勉強しなさい、と言われても無理ですよね。これは先生方がオンライン配信に慣れるために、Zoomで職員会議をしているところです。職員室にいる先生と教室にいる先生がいるのですが、「学校にいるのであれば集まってやればいいじゃないか」というわけではなく、練習のためにわざわざこの場を設定しているのです。

 

 

これは、実際に授業を受けているときに、同じ授業をオンラインで見せているところです。オンライン授業を直接体験しているのです。

 

これがわかれば、家で授業を受けるも、どこがどのように映っているかが実感できます。これは、ぜひやってみてください。

  

  

ある自治体で、これをある学校がやろうとしたら、「皆がいるんだから、対面でいいじゃないか」、とけんもほろろだったと聞きました。これでは練習することの意味がわかっていない。「緊急時になったら持ち帰らせるから、心配するな」ということなのですが、避難訓練と同じで、心配しているから練習するんだよ、と言いたいのですが、なぜかわかってもらえない感が非常にあります。

 

これは実は、とても深刻な問題です。大人でも、クラウドで共同編集をした経験のない人には、どれだけ説明してもわかってもらえません。百聞は一見に如かず、とはまさにこのことで、常日頃から校務でクラウドを使っている人は、授業でもうまく活用できます。それをやらずに、授業の場面だけ考えても、結局昔の授業観の中で、限定的な利用を考えてしまうことになる。だから、まずは先生たちがいろいろな場面でどんどん使うことか大事だと思います。

 

 

GIGAスクール構想の現状と課題

 

ここからは、GIGAスクール構想の現状に関する調査の結果を紹介します。

 

GIGAスクール構想は、文部科学省所管で、総予算4819億円という、たぶん二度とないといわれる国策です。守備範囲は地方交付税交付金で行ってるもの以外で、そこについては全部国が出しますよ、というものです。地方交付税交付金で整備することになっているものについては、自分たち自治体の責任でちゃんとやってください。その残りの部分を国が面倒を見ます、という政策です。

 

ですから、今まであまり整備をしていなかった自治体は、慌ててやることになりました。これについては、担当の部局はたいへんな苦労をされたと思います。結果的に、パソコンが壊れた時の保険まで気が回らなかったとか、保管庫の準備を忘れていたとか、いろいろな事件が起きたようです。

 

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GIGAスクール構想と地方交付税交付金の区分がこちらです。教員用のコンピューターや大型の提示装置、実物投影機などは、すでに今まで国から出ている地方交付税交付金で配備してくださいね、ということになっています。GIGAスクール構想では、これ以外の部分、つまり子どもたちの1人1台端末や、校内LANの高速・大容量化の部分にお金がついたということです。

 

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ですから、今回皆さんの学校でいろいろ購入されたものが、GIGAによるものかどうか、わかっていらっしゃらないことが往々にしてあるようです。こちらがこの地方交付税交付金の根拠になった「教育のICT化に向けた環境整備5か年計画(2018年~2022年度)」ですが、ここで示された整備指針に従って着々と整備してきた自治体では、ほとんど混乱はなかったのですが、ここへ来てようなく重い腰を上げて一気にいろいろ入れたところでは、かえって混乱している、というところもあるようです。

 

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小中学校の1人1台端末の達成率は、2020年度末でほぼ100パーセントとされていますが、正確に言うと、2.4パーセントの自治体が2020年度内の納品が完了せず、今年度に持ち越しました。

 

また、OSについては、ある総研の調査によると、Google Chromeが43.8%、iPad OSとMicrosoft Windowsが大体28%ずつでした。

 

 

一方、使っているクラウドサービスは、GoogleのG Suite for Education、今で言うGoogle Workspace が約55%、ほぼ機能は同じのMicrosoft365と合わせて9割弱です。もちろん、これら以外の場合以外もあります。

 

やはりG SuiteかMicrosoftは、使っておくとよいと思います。将来的に、他の自治体の子どもたちと遠隔で交流するような場合になった場合、これらがあるといろいろなことができます。実践事例もそういうところで、これからいろいろあがってくるでしょう。

 

 

クラウドでの共同編集もぜひ活用したいですね。ところが、例えば校長先生の研修などでこの画面の説明を見せて、「この水色やピンクや緑のがカーソルです。カーソルが3つ出ているということは、3人の人が、同時に資料の編集ができます。これはスマホでも見られるんですよ」というと、びっくりされる方がいます。

 

学校内のICT整備の意思決定をする方々が、こういう経験をしてるかどうかというのは、非常に重要なことですね。知らないで決めてしまうことは、全ての人を不幸にします。ここは大事なことだと思います。

 

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こちらは文科省の資料で、学習用のICT端末に使うソフトの呼称と、具体的なアプリをOS別に見せています。

 

また、汎用的な学習支援ソフトとして、クラスルームのようなものもありますね。こういったツールについては、端末に標準でインストールされているもの、あるいはほぼ無料のものを前提に考えていますが、その他のコンテンツについての整備はこれからです。

 

デジタル教科書についても、まだ始まったばかりです。本格的にデジタルコンテンツの時代が来る前に、こういったツールを使えるようにしておきましょう、というのが今年度であると思います。

 

 

教育長・校長先生の姿勢がオンライン授業の自信につながることも

 

ICT端末のお話に戻ります。学校に端末が届いたけれど、まだ子どもに渡してないという学校が、4月1日付ではまだ37%あります。実際にまだ届いてないところもあったようです。先生方も、4月はさすがに忙しかったかもしれませんが、さすがに今頃は配布が終わっていると思います。

 

 

ある自治体で聞いて衝撃だったのは、「コロナで学校を休校にしなければいけないだろうから、そのとき配ります」と言われたことでした。初めてもらったもので、先生も友達もいない家庭で初めて使って、充実した学習活動ができるでしょうか。絶対無理ですよね。何かICT端末を魔法の装置みたいに思っているのでしょうか。こういうことを聞くにつけ、教育委員会の意思決定層や科石膏管理職の情報リテラシーを高める必要があると、切実に思います。

 

また、先生用の端末として、子どもたちと同じものを配備した学校は、55%しかありません。私は同じものの方がいいと思いますが、教員はずっとWindowsマシンに使い慣れていて、それを授業で提示用に使っていた人が多いです。ただ、子どもたちはGoogle Chromeが入っても、結局クラウドサービスを使っているので、端末のOSは別に関係ないよね、ということで、うまくいっているところもあります。ですから、絶対に同じ機種でなければいけない、ということはないと思うのですが、問題は、子どもは自分の端末を使って、先生は予備機を使って授業をしている、という場合です。万一子どもの端末が不具合を起こすと、先生が使っている予備機を貸してあげてしまって、先生の手元には端末がない、というケースもあるわけです。だから、先生用の端末は絶対必要です。

 

一方で、充電保管庫は8割も配備されていますが、充電保管庫を配備せずに、各家庭で充電するという仕組みにしているところもあります。これも、持ち帰りの練習としてはよいことなのですが、一方で「学校で勝手に入れたものの電気代を、なぜ家で払わなきゃいけないんだ」というクレームが来た、という例もあります。保護者の理解を取り付けるのは簡単ではない、ということですね。こういったとこで教育委員会がどのように説明してるか、というのは、とても大事なことです。いわばビジョンが試されているのです。

 

また、使える機能に制限をかけてる学校は多いですね。これは、まさに永久にその制限をかけ続ける可能性もありますが、先ほどお話ししたように、最初は制限をかけていても、「こういう状況になったら(制限を)外していいよ」ということを子どもたちに示すことも大事です。ただ、仮に制限を外せる状態になったとしても、教育委員会が許可しない、ということも往々にしてあります。

 

実際、先生がプログラミングで、あるツールを使うためにアプリを入れたい、と申請したら「ダメです。それについては担当が違うから、○○課に言ってください」と言われて、一生懸命やろうとしている現場の先生がしらけてしまう、ということもあるようです。そして、機能を制限している理由が、結局先生のせいにされてしまっている。こういったことが、今一番問題なのではないかと思います。

 

 

端末の持ち帰りについては、「許可しない予定」という学校が4割、根強いですね。紛失や破損に対する保険契約をきちんとしていなかった、というところもありますが、やはり多いのは使用ルールが確立してないから、という理由です。このルール、いつ確立するのでしょうね。状況はどんどん変わっていきますので、やりながら決めていくしかないと思うのですが、この辺りがやはり形式的で、学校サイドに任されていないというのが、一つの課題だと思います。

 

 

校種と持ち帰りで言うと、小学校の方が持ち帰りを許可されています。ただ、中学校・高校は、恐喝されて取り上げられる懸念というような生徒指導上の心配があると聞きました。

 

 

「オンライン授業に自信があるか」と「端末を持ち帰らせているか」の関係がこちらです。「自信がある」というところほど、持ち帰りの許可をしてるようです。つまり、学校で十分に活用しているから、家に持ち帰ってからも活用できるから、オンライン授業にできるところはオンラインにしようと、ということです。端末を使う準備ができていれば、オンライン授業もうまくいくことを示したデータと言えます。

 

 

校長先生が積極的かどうかでオンライン授業の自信が変わる、というデータもあります。つまり、校長先生が積極的であることでオンライン授業の自信がつき、オンライン授業に自信がつくことで端末を家に持ち帰ることを許可するかが変わってくる、と。つまりは、新しいことに挑戦するかどうかということは、管理職の態度次第で決まることがあるのです。

 

このことは、国立教育政策研究所の最近のデータでも同じような結果が得られています。ここでは、教育長が新しい時代のことを勉強してるかどうかということと、校長先生が必要以上の規制をしないようにしてるかどうか、ということが、GIGAの端末整備やオンライン授業の推進に影響を与える2つの大きなファクターだったということです。

 

 

GIGA StuDXで優れた事例を集めて発信

 

教育の運営上のルールは自治体ごとに行っていることなので、文科省が一律のルールを決めるというのは難しいですが、モデルを決めたり好事例を紹介したりすることはできます。そのために、「GIGA StuDX推進チーム」というものを立ち上げました。StudyとDX、すなわちデジタルトランスフォーメーションを合わせた造語です。

 

ここには、現場の教員を8名連れてきて、いろいろな学校にアクセスして、好事例を集めてwebで発信します。事例が集まったら、セミナーのようなことも始めていく予定です。これは今後注目されるとよいと思います。ホームページがありますので、ご覧になってください。

 

https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/mext_01097.html

 

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そこで考えられてるのがこのスライドです。現段階のすごい実践というのは、氷山の海の上に出ている部分ですが、普通の先生がやらなければいけないのは、潜ってるところなのだと。そこの事例というのは、ワンタッチで何かできるとか、誰でも簡単にできることですが、ここがやれたら次にこれもできるようになるといったことも考えて、整理を進めているということです。

 

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こちらは埼玉県のICT活用ガイドの例です。いろいろな自治体がこういったガイドをすでに既に作っているので、このネットワークの時代に、それぞれがわざわざ新しく一から作るようなことはしないで、いろいろなところのよいところを真似すればよいと思います。特徴を出したいから自分たちで作る、という意見もあるとは思いまますが、こういったものにはあまり特徴は要らないと思います。

 

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デジタル教科書と教育データの利活用

 

最後に、デジタル教科書と教育データのお話をしたいと思います。まずデジタル教科書については、先生が提示用に使うものではなく、子どもが持ってる端末で、今まで紙の教科書と同じようなものが見れる、というのが今の時代のデジタル教科書です。ですから、法令や政策文書で「デジタル教科書」とある場合は、この学習者用のデジタル教科書を指しています。

 

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ただ、検定の問題などいろいろなことがあって、現段階では、紙で検定したものと同等の内容をデジタルにしたものを「デジタル教科書」と定義しています。これはあくまで暫定的な定義ですが、今の法令では、このように定義することによって、紙で検定された教科書を使ったと同じと見なすことができるので、検定も紙の教科書の方だけででよいですし、検定に時間がかからないので、更新を今と同じペースでできることを担保しています。

 

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ただ正直なところ、この定義が足かせになってるところもあります。多くの人は、クリックしたら動画やアニメーションが動いて、紙の教科書を読むだけでは理解できなかった子がわかるようになるようなことを期待しますが、紙では写真や図は動きませんから、デジタル教科書でも、載っている写真や図を動かすわけにはいかない。動いてしまったら、紙と同じ内容ではないので、「デジタル教科書」ではなくなってしまうのです。こういった仕掛けは、今のところはあくまで「デジタルの教材」なのです。しかし、いずれはそこもデジタル教科書の範ちゅうに入ってくるだろうと思います。

 

問題は、デジタル教科書は紙の教科書のような厳密な検定ができるのか、ということです。検定をはじめとして、いろいろな課題が横たわっていて、簡単なことではない、という話です。

 

ただ、紙の教科書をデジタル化というだけでも、合理的配慮に対してはかなりのアドバンテージがあります。子どもたちが多様になってきてるので、これはやっぱり非常に重要なことであると思います。

 

ただ、2年前にある市で、「うちの子どもは識字障害があるので、デジタル教科書で学ばせたい」とお願いした保護者に対して、校長先生が、「あなたのお子さんだけパソコンを使ったら不公平になるからダメだ」と言って、市民団体が猛抗議した、ということがありました。つまり、今までの平等観や価値観で何かを推し量る時代ではなくなっているのに、そういう目で見てしまうということです。管理職の皆様は、本当に気を付けてください。

 

デジタル教科書を全国に普及するという意味で、非常に大きな転機になるのが今年度です。令和3年度のデジタル教科書関連の予算は22億円です。今まで2000万円でしたから110倍、例を見ない増額です。22億円のうちの20億円、これは左側の大きな丸ですが、全国の学校で、1教科でいいからデジタル教科書を使ってもらう運動に使われます。これは、予算額の制限の関係で、結局全国の4割ぐらいの学校にしか行き渡らないですが、今年度は教育委員会が許可すれば、手を挙げた学校には、デジタル教科書が国のお金で入って、使ってみる体験ができています。

 

それでも、4割の学校が使ってくれれば、ここはちょっと期待し過ぎていたな、ということも含めて、「これは紙でやったほうがいい」「ここはデジタルのほうが便利だ」という使い分けを考えていただけると思います。このデータを回収して、これからの教科書制作に使っていこうというのが今年です。

 

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先日文科省の会議で、「どの教科でデジタル教科書が導入されているか」という報告がありました。小学校では算数、中学校は英語が一番入ってました。英語に導入される理由としては、やはりネイティブの音声が聞けることが期待されるからですが、ネイティブの音声はもともと紙の教科書にはないわけですから、そこはデジタル教材だけの特徴です。この「教材」と「教科書」のリンクのところをどうするか、というのが、今、一つの焦点になっています。

 

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そのために、学習指導要領の項目すべてにナンバリングして、デジタル教科書のあるページが、学習指導要領のどこの部分に対応していて、そこに関連する教材は他にどういうものがあるのか、といったことを、全部自動でリンクして子どもたちに見せるような仕組みを、今検討しています。

 

これにはまだ数年かかると思いますが、学習ログの蓄積なども含めて、いろいろなものが今、実用化しつつあります。

 

こういったサービスは、デジタル教科書でないと受けられないので、今の時期からデジタル教科書に使い慣れておくのは、とても大事だと思います。

 

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学習指導は、学習状況のデータを集めて、それを把握・分析して、エビデンスに基づいた個別最適な学びにつなげていく(ラーニングアナリティクス)方向に向かっています。それによって教員のノウハウが変わってくれば、部分的には、それをAI化してコンピューターにやらせることも可能になると思います。経産省では、こういった研究が今どんどん実用化されています。

 

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そうは言っても、実はまだ片付いてないことがあります。学習者用のICT端末が入って、学習指導要領にIDが振られることは、現在かなり片付きました。一方で、今は教科書会社がデジタル教科書の配信をしているのですが、配信ははたして教科書会社の仕事なのか。学習ログを集めるときは、学校のサーバーに集めるのか、自治体のどこかに集めるのか。仮に、配信している教科書会社が全部持っていくとしたら、それでいいのかとか、といった課題です。

 

個人情報などと隣り合わせの課題であり、これは今秋発足するデジタル庁に期待されることですが、こういった課題が、今年度以降いろいろなところで議論されて、解決の方向に向かうという状況です。

 

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最後に、一昨日、6月3日に出た教育再生実行会議の第12次提言(※)です。教育再生実行会議は、文部科学省ではなく、政府の会議です。だから、ここに書かれていることは、恐らく予算付けも含めて国策として動いていきます。多分、数年かかるものです。

 

ポストコロナにおける新たな学びの在り方について(教育再生実行会議第12次提言)

 

 

ここに「コロナで学校の機能が見直されて、特に「集う機能」が重要だということがわかった、とあります。しかし、対面かオンラインか、という二項対立は意味がない。対面の中でもオンラインでできることがいろいろあるよね、データを集めることで現状把握をしたり、教育実践の検証・評価をしたりしていく中で知見を蓄積していこうね、という骨太のことが書かれています。

 

 

これは後でぜひ読んでいただきたいことですが、ビッグデータの利活用や、紙とデジタルの教科書・教材の関係、デジタルと紙のどちらを無償にするか検定や採択を制度上どうするのか、デジタル教科書が教科書会社ごとに性能が違う問題をどうするのか、そういった議論がこれから始まっていくよ、ということが書かれています。

 

 

さらに、子どもたちが転校するときの処理をデジタルで簡単にできるようにするとか、あるいは国立教育政策研究所に教育データサイエンスセンターを置くとか。今、ようやく始まったところですが、これからこの分野がいろいろ進んでいくと思います。

 

最後に今日のお話のポイントです。まず、学校の情報化は、私たちの世間での情報化と同様であるべきということです。今まで学校だけが特別に遅れていました。

 

また、紙かデジタルかという二律背反はやめましょう。情報化によって紙がなくなるという話ではありません。

 

さらに、あまりICTを使わない人が、「ICTを活用することが目的化してはいけない」ともっともらしく言いますが、ある時期は目的的にいろいろ使ってみないと身に付かないのも事実です。黄色のマーカーで示しているように、今はまずいろいろ使ってみる。今はあえて堅いことは言わない方がいい。先生たち自身がいろいろ使ってみて、クラウド感覚を身に付けることがとても大事です。

 

 

GIGAの端末導入によって進む個別最適・協働的学び

 

子どもたちは、いろいろ使うことによって情報活用能力を身に付けることができます。そうなると、たとえば授業の中で、「今から10分あげるから、これこれを検索して、最後にこのようにまとめてごらん」ということが任せられるようになります。それが子どもたちに自己責任を教えることにもなり、学びに向かう力を身に付けさせることにもなります。

 

そして、自分のペースで学べるようになることが、個別最適の学びを支え、それが進むことによって協働的な学びの意味が出てくることにもなります。そういうロジックで政策が作られているのであり、その基盤整備として、GIGAスクールの端末が入ったということなのです。