情報処理学会第83回全国大会イベント企画(オンライン開催)

大学情報入試の社会実装において大切なこと

九州工業大学 井上創造先生

情報入試の問題は、作る方もたいへん

ご本人提供
ご本人提供

私からは、今日先生方の発表を聞いた感想や、情報入試に対する思いについてお話ししたいと思います。

 

まず、皆さんは情報入試について、不安に思っていらっしゃるのではないでしょうか。高校生にしてみれば(今日視聴している中にはいらっしゃらないかもしれませんが)、入試で頼りになる過去問はないし、高校の先生は、情報系の学科出身でない方が教えていらっしゃることが多いと思います。大学の先生にしても、ご自分が高校のときに「情報」を習ってないので、どう教えていけばよいのか、どんな試験を作っていけばよいのかわからない、とそれぞれ不安材料があると思います。

 

 

私は、2010年から大学入試センター試験の「情報関係基礎」の問題を作っていましたが、実は問題を作る側にも不安がすごく多いのです。

 

センター試験の作問で、当時私たちは第1委員といって、問題を作る側でしたが、そこで作った問題を、第2委員というチェック担当の別のメンバーの方に匿名でやりとりして査読していただく、という仕組みになっていました。

 

 

このやりとりで何が問題になるかというと、基本的に、「この問題で何を問いたいのか、どういう能力や知識を問うのか」というゴールがあり、それに対して、「それを問うのにこの問題は適切か」ということを何度も議論し、修正を加えていくわけです。しかし、「情報」の場合、「何を問いたいのか」ということを、まだ誰もよくわからないという状況で問題を作っていたので、皆不安が非常に大きかった、ということを覚えてます。

 

これはなぜかと言いますと、今もそうなのですが、「情報関係基礎」は、普通科高校向けではなく、工業高校や農業、商業といった専門高校の生徒が数学の代わりに受験するための試験でした。しかし、そういった専門高校のための「情報」の教科書を見ると、ほとんど共通項がないのです。例えば表計算なら、商業科は表計算を使って会計をやってみようとか、工業科であれば全く別のことをするというわけで、過去問を見ても教科書に全く載っていないことが出題されていたりする。むしろ普通科の教科書の方が近かったのですが、それでも違うなと感じていました。

 

数学や物理といった他の科目には入試問題の歴史があるので、「何を問いたいか」ということがはっきりしていて、それに対して適切な問題であるかどうかを考えて作ればよいのですが、「情報」の問題というのは、その両方を考えないといけないというのがとても大変でした。現在も、多分これからも、多かれ少なかれ似たような状況があるのではないかと思います。ですから、これは皆で「情報」の試験問題はどうあるべきかを考え、作っていくことが大切ではないかと思います。

 

試験問題のポイントは「とっつきやすさ」

「情報関係基礎」の問題構成は、第1問がビットとか、ブール代数とかいった基礎知識です。第2問が思考力で、第3問がアルゴリズム、第4問が表計算です。第1・第2問が必答で、第3問と第4問から1問選択します。

 

過去に私たちが作った問題で、面白かったものを紹介します。私の隣の班が作ったものですが、ハフマン符号化の問題で、どうやって符号化すればよいかを問うものです。試験実施後に得点分布を見ると、私たちが設計したときに予想よりも点数が非常に良かったのです。どうしてだろう、と皆で議論したのですが、たぶん「ドレミ」という題材がとっつきやすかったからではないか、ということになりました。

 

 

つまり、「情報」の問題では、この「とっつきやすさ」というのが結構大事ではないかと思います。

「情報」が苦手な人は、結局、情報に対するアレルギーがあるだけではないかと思うのですね。

 

プログラミングが嫌いだけど優秀なソフトウエアエンジニアというのはあまり見たことがありません。ですから、「とっつきやすさ」は、「情報」を学ぶ上での大事なポイントだと思っています。

 

 

知識vs.思考力 どちらが重要か

では、そのとっつきやすさについて、どうすればとっつきやすくなるのかについて、お話しします。

中等教育でよく聞く言葉で「知識か思考力かどちらが重要か」というのがあります。

 

例えば「DHCPサーバーがおかしいからネットにつながらない」とか、「印鑑の代わりの電子署名のために公開鍵証明書を使って…」といった会話、これは多分「知識」の話だと思います。

 

一方、「思考力」が重視されそうな話題というと、ブール代数とか、集合論、論理的思考力、確率統計といったものだと思います。多分、大学の先生がたはこの右側の「思考力」の方が重要だ、と思ってしまいがちですが、実際の現場で知らないと困るのは、左側の「知識」の方です。

 

 

とっつきやすさのためには、「知識」も「思考力」も両方必要です。実は、「思考力」の問題は、いくらでもとっつきやすくできます。ところが「知識」は、とっつきやすくできないと言ったら変ですが、非常に大事なことである分、飾ることができない大事な部分がある。もしくは、とっつきやすくない原因として、知識そのものの不足ということが結構あるのではないかと思います。

 

ではどうすればいいか、ということについては、私が思うのは、「知識」はその歴史を知ってほしい。それから「思考力」は成功体験をしてほしい。この二つを挙げたいと思います。

 

先生方自身も楽しんで

もう一つ、先生方が楽しそうに教育や研究を行っていただくというのが、とても大事だと思います。情報分野は、素晴らしい学問分野だと思います。「陰キャ」という若者言葉がありますが、そういう内向きな人でも、一生懸命プログラムを作ってたら、いつの間にか世の中の役に立つようになっていた、ということがあるのです。

 

 

私も、介護分野で普通にパターン認識の研究をしているうちに、いつの間にか介護記録を自動化するアプリができたので、介護施設に貸出する会社を立ち上げたり、介護施設のWi-Fiの普及率はまだ4.7パーセントと一般に比べて極めて低いので、クラウドファンディングで資金を集めてスマホの貸し出しをしたり、といったことを手掛けるようになりました。

 

これも、コンピュータサイエンスの研究を内向きにやってたら、いつの間にか外向きに役立つ成果を生み出すことになりました。

 

先ほど村井先生が「『俺たちのための』が、いつの間にか『for everyone』になった」と言われてましたが、情報学はまさにそういう分野なのです。情報入試によって、そういったところをより多くの生徒達に伝道していけることになればと思います。

 

情報処理学会第83回全国大会企画セッションより