高校教科「情報」シンポジウム2019秋 

情報入試問題提案Part1 「情報社会の問題解決」

放送大学 辰己丈夫先生

情報入試をめぐるこれまでの動きと報道は…

先ほど角田先生から、文部科学省の大学入試選抜改革推進の委託事業についてお話がありましたが、実は情報入試の研究自体は2003年から行っていました。このことは、ぜひ皆さんにお伝えしたいと思いました。2003年に高校で情報の授業が始まったので、2006年に情報入試があるはずでしたが、そこで参加した大学は少なかったです。

 

当時私は東京農工大学にいましたが、実は東京農工大はここで参加した二つの国立大学法人立の大学のうちの一つです。もう一校は愛知教育大学でした。情報処理学会は、これに合わせて2007年に「大学入試と情報フォーラム」をやりました。つまり、情報入試の第1世代はここだったということです。


その後、2013年からの新学習指導要領で数学Bからプログラミングが消えたことから、それまで数学でプログラミングを出題していたSFC(慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス)が、2016年入試から情報を出題したいので実践研究をしたいという話が持ち上がり、2012年には任意団体として情報入試研究会が立ち上がり、2016年には情報処理学会情報入試委員会に移行したという歴史があります。


その後、2016年度に文部科学省の大学入学者選抜改革推進委託事業があり、事業自体は2019年3月に終了しましたが、その後も情報入試委員会はそのまま継続しています。

 


皆さんの現在の一番の関心は、情報入試がどうなるかということだと思います。これについての動きをまとめますと、まず2021年入試(2020年度の1月に行う入試。以下同)には教科「情報」は入らない。そうすると、2025年入試の大学入学共通テストで情報科があるのかというのが、一番気になるところと思います。


 

新聞にはいろいろな記事が出ます。例えば、2015年7月には、2024年入試から大学入試をパソコンで解答する形式にする、という記事が出たことがあります。こういったことは、書いてあることをそのまま受け取ってはいけないのであって、この記事を出したということは、果たしてこの動きを潰すためなのか、逆に進めるためなのかということまで考えなければいけません。

 

また、昨年2018年6月には、「未来投資会議で情報Iを入試に入れると言っている」という記事が、教育業界のいわば情報紙のような新聞に出ました。

 

これも、そのまま実施されるかどうか、やや考えておくべき話です。

 

ただ、私たちは先ほどお話ししたように、2003年以来ずっと情報入試に向けて活動しているので、やはりこの動きに乗らないとね、というのが私なりの見解です。ちなみに、情報処理学会は情報入試に対して、2011年と2018年に、ここに挙げた提言を出しています。

 


私たちがやりたいのは、本来はCBT(Computer Based Testing)ではなくて、情報入試です。「教育の情報化」を推進したいというより、「情報教育」を推進したいのです。そうしたところ、今年の6月15日の読売新聞に、「共通テスト情報1の試験をPCで実施」という記事が出ました。「共通テストで情報I」「PCで実施」という二つがセットで出てきましたから、さすがにこれは衝撃でした。

 

これはどう受け取ればよいのでしょうか。そもそも、先の文科省の委託事業で、「現時点で情報入試をPCでやるのはちょっと無理でしょう」と言っていたのに、いきなり「共通テストをPCでやる」というわけですから。

 

さらに、大学入試センターは2018年に全国の国立・私立の高校・中等教育学校長と教育委員会に対して、「教科『情報』におけるCBTを活用した試験の開発に向けた問題素案の募集について」という公募(※)を出しました。

 


この時は、情報処理学会などに対しても依頼がありました。先生方の中にも問題を出された方もいらっしゃると思います。私も出しました。その後、数校で試行試験をしたようですが、詳細は不明です。問題素案は2019年も募集の予定となっていますが、今現在まだ募集は始まっていません。

https://www.dnc.ac.jp/sp/news/20180717-01.html

 

ここでのポイントはCBTがどうなるかということです。先ほどの問題素案の公募でも、「教科情報におけるCBTを活用した試験の開発」となっているので、CBTをやりますよと言っているわけですが、今後どうなるかはわかりません。

 

そして、「高等学校情報科『情報I』教員研修用教材」は、2019年5月に文科省から出ましたが、いったん公開中止になって、先日再公開されました。

 

内容としては、こちらに挙げたような特徴があって、プログラミング言語としてはまずPythonが取り上げられていますが、他の言語バージョンも公開されつつあります。今後どうなっていくかは私にはわかりませんが、情報科の教科書作成には影響があるでしょう。

 


 

第1章「情報社会の問題解決」の概要

ここからが今日の本題です。私からは、第1章の「情報社会の問題解決」の問題提案についてお話しします。学習指導要領に書かれているこの章の目的がこちらです。

 


まず「知識及び技能」では、情報メディアや情報セキュリティ、情報モラル、そして情報技術が人や社会に果たす役割と影響について理解すること、とあります。これだけでは、何を学ぶか、知識・技能で何を求められているのかは、正直、わからないです。

 


次に、「思考力・判断力・表現力等」としては、目的や状況に応じて情報と情報技術を適切かつ効果的に活用して問題解決を行うことために、法やマナー、制度、モラルを科学的に捉えて考察することになっています。個人的には、情報モラルを科学的に捉えることが可能なのかと思うのですが。

 

そして情報と情報技術の適切な活用と望ましい情報社会の構築です。これらのために、一体何をやればいいんだろう、ということになりますね。

 


先ほどの教員研修用には、第1章の学習内容がこのように書かれています。まず問題を発見・解決する方法、情報社会における個人の果たす役割について、そして望ましい社会の構築です。

 


第1章には学習1~5の活動が書かれています。まず学習1の内容としては、メディア(媒体)の比較、問題の発見・明確化と解決の流れ(どうなりたいか・どうありたいか)、ブレーンストーミングや口頭発表の手法などが書かれています。

 


学習2は情報セキュリティに関するもので、サイバー犯罪、情報システムを安心して利用すること、セキュリティを確保するために個人や組織が行うこと、つまり簡単なリスクマネジメントを扱います。

 


学習3は、情報に関する法規と情報モラルということで、知的財産の定義、個人情報の定義、個人情報の扱いについて学びます。ここは完璧に知識を学ぶ内容です。

 


学習4は情報社会におけるコミュニケーションについてです。ここでは、コミュニケーションの手段や、コミュニケーションの「光と影」、問題解決の重要性を扱います。文科省は「光と影」いう言葉が大好きですね。ポジティブとネガティブの両方に目を向けようということで、ここでも出てきています。

 


学習5の「情報技術の発展」では、例えば情報技術の発展によってレジの支払い方法はどう変化してきたのか、同様に働き方は、生活はどう変化してきたかを考えようということで、最後にAIの話が出てきます。

 


まとめると、第1章はメディア、セキュリティ、法令、コミュニケーションがあり、最後に情報技術の歴史、という流れになります。

 

具体的な作問例

※以下、ダウンロード問題は「高校教科『情報』シンポジウム2019秋」の予稿集から引用(一部加工)しています。

 

■情報やメディアの特性と問題の発見・解決

ここからは、具体的な問題を使ってご説明していきます。まず、「情報やメディアの特性と問題の発見・解決」についての作問例です。

 

・傘立ての傘があふれている

「雨の日に校舎入り口の傘立てが溢れて傘が置けなくなる」という「私(ひとりの生徒)」にとっての問題について検討する際に、まず問1はこの直接の要因を選択肢から選ぶという、因果関係をきちんと見るものです。次に問2では「傘を傘立てに入れようとする人が多い」という事象を解消する方法として適さないものはどれかを選びます。これは、実はどういうモデルを適用させるかということにつながる問題です。 

学習1-問題1.pdf
PDFファイル 83.4 KB

 

・「問題解決」の長文読解

長文を使った問題です。これは、情報入試研究会が、情報入試の模試の試作問題を作っていた頃、この分野をどのように作題しようかとみんなで悩んでいたとき、センター試験の公民や地歴などで長い文章を読ませて、文中に穴埋めで適切なものを入れるとか、理由を書かせるというスタイルの問題があるので、それが使えるのではないか、ということで出題したことがありました。

学習1-問題2.pdf
PDFファイル 207.0 KB

 

・「情報」に当てはまる性質と「本(=もの)」に当てはまる性質を選ぶ

個々の場合に応じてメディアを適切に選択しよう、というものです。知識問題か思考力かというと、知識問題寄りですね。ここで、例えば今まで誰も見たことがないメディアの性質が書かれていて、それで過去のメディアとどれが一致するかというと、また変わってくると思います。

学習1-問題3.pdf
PDFファイル 76.5 KB

 

■情報セキュリティ

・不審なメールへの対応

見たことのないメールが来た時、このメールをきちんと読んで適切な行動を選ぶ、という問題もあります。基本的には、いわゆるリスクマネジメントで自分はどう生きていくかといった情報モラル、どちらかというとセキュリティに近い問題です。これもけっこう常識で知っているかどうかに左右されて、実際に考える部分というのは少ないかもしれません。

学習2-問題1.pdf
PDFファイル 157.5 KB

 

■制度・法律の設計

・知的財産権

次は知的財産権に関する正誤の判定問題です。これは、「こういう問題を出してはいけないですよ」というわざとつまらない問題の例として、あえて出しました。先ほどのルーブリックで言えば、レベル1、知識を知っているかどうかというもので、頭を働かせているわけではありません。

学習3-問題1・2.pdf
PDFファイル 95.8 KB

 

・個人情報の利用

これをもう少し考えるものとして作ったのが、個人情報の利用に関する問題です。例えば、コンビニエンスストアでのポイントカードの購買履歴を利用して、Aさんに薬局でおすすめの医薬品を提案することは、Aさんの許諾がなくても実施できるかどうか。これは、個人情報の第三者提供の禁止という原則がありますから、やってはいけないという判断をしなければいけないのですが、この文章からそれをきちんと読み取れるかを問います。

 

個人情報の保護の適用の基本原則という一般ルールに、具体事例を当てはめるのですが、ただ、これでも個人的にはまだ何となく知識レベルの問題のような気がします。

学習3-問題3.pdf
PDFファイル 68.6 KB

 

こういったことは、よく考えると裁判の判例と同じことになりますね。世の中にはいろいろな事件があります。それは具体例、情報系の言葉で言うとインスタンスです。それに対して、どのルールを当てはめるとどういう結果になるかを考えるのですから、ここではインスタンスとルールを組み合わせて判断しているわけです。

 

とはいえ、ここに書いてある様々なケースは世の中において起きていることを文章にしているので、この事件や事例を知っているかどうかで、OKなのかダメなのかがすぐわかってしまいます。だから、本当はここでは現実で起きていないような事例を書かなければいけないのですが、なかなかそういう例を文章として作るのは難しいと思います。

 

例えば、三つ目の事例は「Cさんの友達であるPさんとQさんがけんかをした。PさんがQさんに謝りたいので、Qさんの住所を教えてくださいとCさんに頼んできた。Cさんは、『謝りたいというんだから、仲直りするつもりなのだろう』と思って住所を教えてあげた、という話ですが、これはモラルに照らすべきか、ルールに照らすべきなのか、難しいところですね。本当は授業の中でこのようなことを考える場面を持つべきではないかと、こんな問題を作ってみました。

 

最後の事例も判断が難しいです。EさんとSさんは交通事故に遭いました。Eさんは意識が回復しましたが、Sさんは意識不明です。しかし、EさんはSさんの許諾を得ていなかったので、Sさんの氏名を病院や警察に言わなかった。これは個人情報保護的にどうでしょう、という問題です。「この場合は生命の危機だから伝えても大丈夫だよ」と言ってもよいのですが、ではどこで線引きするかも問題です。

 

・郵便局の転送サービスを考える

郵便局の転送サービスを例として、その仕組みをうまく設計できますか、という問題です。現実に今、皆が困っていることに対して、どのように解決できるかということを問うているわけです。

 

ここで強調しておきたいのは、まず法律や法令に関することに関して、現行法に合わないようなことを正解として求めるような問題を出すことはできません。「将来、法律が変わったら」といった前提があれば別かもしれませんが、前提のない状態で、現行法では法律違反ということになっているものをできるようにするにはどうすればいいですか、という問題は、多分法律の専門家が見たら批判されるでしょう。

 

そして、法律を作るという方向で、「現行の法律では、こんな困った点があるのはどこに問題があるからか」という問いにしなければならないのですが、そうすると今度は、「現行法でここに問題があるぞ」ということを解答者に指摘させることになり、これもまた許されないでしょう。

 

そうすると、「例えば地球外のどこかの惑星のある国ではこうなっています、日本のことではありませんよ」、ということにすればよいのですょうが、そうなると今度は読んでいる人が具体的にイメージすることができない。そこまで想像力を付けさせて問題を解かせるというのは現実的ではないと思います。

学習3-問題4.pdf
PDFファイル 87.0 KB

 

法令、ルール、プロトコルを出題する際には工夫が必要

これらをまとめると、「情報社会の問題解決」の問題は、法令、ルール、プロトコル、歴史といったもので知識を問うものが多くて、これを考えさせるには大いに工夫が必要です。

 

例えば「ルール同士の関係を見つけてください」というのも考えることや、ルールが有効かを判断する、今までにない新しいルールを作る、そして、過去の出来事を元に未来を判断するといった形が可能であり、大事なことではないかと思っています。

 


話を戻して、先ほどの図の一番下に、AIの話があります。データサイエンスのところにもAIが出てきますが、「情報社会も問題解決」でもAIが取り上げられています。

 

つまり、今回問題の提案はありませんでしたが、AIを使っていろいろなことが可能になる一方で、それを使う時に適切な行動や心構えは何なのか、これからもっと考えなければなりません。

 


AIの使い方・考え方をきちんと考える機会を作る問題を

そうすると、これは先ほど説明したように、現行の法律ではカバーできていない、それこそ裁判官も弁護士も知識がないところですから、AIの活用に関して今の法律でどういう問題があるかについて問いかけをするということになれば、うまく作題ができるのではないかと思います。

 

ただ、実際はなかなか困難で、私自身、最近放送大学のAIの授業をすることになっているのでいろいろ勉強していますが、実際はなかなかうまくいかないというところです。

 

情報技術の発展ということについては、先ほどもお話ししたように歴史的な観点が入っていますから、過去の人がAIをどのように考えていて、現在はどのように実現しているのか、あるいは、今でもどのようにウソを信じ込まされているかということも、暴いていかなければいけないと思います。

 

例えば、今でも「将来のAIはこうなる」とか「シンギュラリティが来て人間がコンピュータに支配されるというのはウソだ」とか、「いや本当に来る」とかいろいろなことを言われていて、どれが本当なのか全くわからない状況です。そういった意見に惑わされず、きちんと判断できるようになるためにも、歴史の観点から問うということは大事であると思っています。

 

ほんの30年前、今の私たちがこんなにパソコンやスマホを使っているということは、全く誰も想像していませんでした。1970年代、80年代は、経済学者が世界に何台コンピュータがあればよいかを真剣に議論していました。40年経って、今日この部屋だけで100台近いコンピュータがあるのですから、私たちがAIとどのように付き合っていけばよいかを、歴史の観点から振り返ることはとても重要ですが、先ほども言ったように、なかなかいい案が出てきません。

 

とりあえず知識さえあれば解けてしまう問題ではないものをどのように作っていけばよいのか。今回の資料には、これはダメというものも含めていくつかの提案を掲載しました。よりよく考えさせる問題とはどうあるべきなのかということを、この後のディスカッションでぜひ考えていけたらと思います。

 

高校「情報」シンポジウム2019秋 講演より