30年後の社会に求められること いますべきこと ~乳幼児期の教育のヒント

「未来の教室」に向けて

経済産業省 サービス政策課長(兼)教育産業室長 浅野大介氏

 

未来への課題に向き合う産業界にこそ、教育に参画してほしい

一般的に、教育は大きく分けて学校教育と塾などの民間教育に大別されます。文部科学省が担当している学校教育のほか、経済産業省が担当している民間教育というのも多様な分野があります。たとえば学習塾やオルタナティブスクール、スポーツ教室、音楽教室、アート教室、最近ではプログラミング教室などを含め、様々なものがあります。

 

私が課長を務めている経済産業省のサービス政策課では、以前からこの民間教育の振興を所管はしていましたが、教育産業による教育イノベーションをさらに強く応援しようと2年前に課内に立ち上げたのが教育産業室で、私が初代の室長を務めています。

 

 

日本には様々な産業がありますが、教育への参画は非常に限定的です。しかし、今こそ産業界の皆さんに、教育に参画してほしいと考えています。なぜなら、この人達は未来社会に向けた課題解決に一番向きあっているはずで、今後世界がどう変わるのかを予測しながら、そこに先手を打とうと考える最先端にいる人たちなのですから。

 

例えば金融業界では、「銀行がなくなる未来」をも見据えて次代の金融サービスを考え、自動車業界も、「自動車を作る産業」からデータやAIを駆使した「移動関連サービス産業」へと変貌を遂げ、新しい世界マーケットの構築を考えているはずです。

 

エネルギー業界や素材業界でも、用いるエネルギー源も原料も全く異なるものに変貌する。製薬業界にしても、今のような「誰にでも同じで、誰にも効かない薬」ではなく、将来は一人ひとりの遺伝子レベルで個別最適化されたオーダーメードの医薬品や治療法を一人ひとりに提供する時代が来ると言われています。つまり、どの業界も未来に向けた破壊的イノベーションのテーマを持っているのです。

 

そういった業界の人達のメッセージが、学校教育にせよ民間教育にせよ、未来を創り出す子ども達の学びの現場にもっと届き、「未来をもっと楽しくデザインしよう」という意識が学校や塾の中に広がっていくことが、これからは必要でしょう。もちろん、そのためには学校教育現場も民間教育現場も変化しなくてはいけません。例えば教師も、普通に教員養成課程や教職課程を経た人たち以外にもどんどん教育現場に入ってくるような世界観を持ち、学びの現場やあり方を変えていくようになるのではないでしょうか。

 

ICTによる教育イノベーションと同時に、一つひとつの個性を健やかに育てるために

「不透明な未来を生きる」ということは、言い方を変えれば「自分で未来を創る」ことができる、ということです。そのために必要な力は、どうやって身に付けられるでしょうか。

 

これからは、様々な仕事が自動化され、モノとモノとがインターネット上で通信し合い、簡単な判断までするような時代に向かいます。そんな中、人間の仕事の重心は、人工知能等のデジタル技術を駆使しながら、「情報編集力」「判断力」「創造性」を活かす仕事へと移っていくはずです。つまり、人工知能やデータをも味方に付けながら、人間にしかできない仕事をするようになるでしょう。そんな時代に向けた教育を創り上げる必要があります。

 

そのためには、ICTを使った教育イノベーションも重要なのですが、そもそも学びの場において「学びとは、何かを創り出す楽しさを味わうためのもの」という常識が定着することが最も重要です。つまり、「何に役立つのかは分からないけれども、とにかく一生懸命やりなさい」という従来型の学びのスタイルからは抜け出す必要があります。何か楽しいことを実現するために、必要な知識や技能を手に入れたいという気持ちと、それを学ぶ力を身に付けることが何より必要だと思います。

 

また、一つひとつの個性や才能を傷つけずに、個別で最適された教育・社会システムを構築する必要があります。

 

オルタナティブスクールには、何らかの理由で学校になじめない子ども達も数多く通います。親の意向から日本の学校教育を選ばずインターナショナルスクールに通う子ども達もいます。また、様々な特性や価値観を持つ子どもや親のいる社会で、潜在不登校者は44万人に上るとの報道もある中、学校と民間教育の垣根の問題を正面から取り上げることも必要です。

 

 

すぐそこにある未来=Society5.0とは

新しい「学びの社会システム」を創るには、学校教育と民間教育とが互いに協力し合って豊かな学びの環境を生み出すことが重要です。私たちは、「すぐそこにある未来」を思い描きながら、新しい学びの社会システムを構想しています。では、そもそも「すぐそこにある未来」とは何でしょうか。

 

ポイントは三つあります。「Society5.0」

「働く方改革」「グローバル化」です。

 

まず「Society5.0」という言葉があります。これは第4次産業革命をベースにした新しい社会の実現を意味しますが、データとAIの力が産業や生活を一変させます。これまで画一的に提供されていたあらゆるサービスが、個別に、一人ひとりに最適化されたサービスに転換していきます。

 

また、今までの個別業界ごとのサービスの垣根が破壊され、一つひとつのサービスが人間の知恵とデジタル技術の力によって新しいサービスとして再編集されていく。そんな社会が、すぐそこに来ています。

 

2点目の「働き方改革」は、安倍政権の打ち出した「一億総活躍社会」の実現に向けて、確実に進行しています。

 

そもそも一億総活躍社会とは、一人ひとりの時間の使い方や様々な事情を互いに理解し合い、尊重し合い、一人ひとりの力が最大限発揮される社会です。

 

そのために働き方改革を進め、これまでの画一的な就労体系や一日の時間の使い方を多様化し、一人ひとりにとって心地よく、自分の求める目標と会社の目標の両立に向けて一番有効な時間の使い方ができる。これが、働き方改革の本質だと思います。また、メールやSNSをはじめ、様々なICTコミュニケーション手段を自在に使えることによって、誰もが活躍できる社会の構築も重要なポイントになります。

 

3点目の「グローバル化」ですが、日本語を話す日本人だけで会社を動かし、縮んでいく日本の市場だけを相手に、日本の常識の中だけで仕事をしたところで、もはや明るい未来を描けない時代にあっては避けられないのが現実です。世界中の人たちと普通にコミュニケーションを取って、普通に良い仕事をする、そんなことをできる子ども達を育む教育に変化する必要があります。

 

日本はもっと様々な人と、様々な知恵を出し合って様々なサービスを生み出し続ける社会を進むことになるでしょう。そのことを前提にして、子ども達を、「未来を創る当事者」へと育む教育に大きく転換すべきではないでしょうか。

未来は不透明だと言われますが、それなら自分の未来を自分で創れる人間になればいいじゃないですか。

 

学びに向かう姿勢も変わっていくべき

 

第4次産業革命の時代に人間に求められる力は、AIにはできない情報編集力や判断力や創造性です。目の前の問題の構造を把握し、課題を一つのシステムとして把握できるかが大切です。

また、そこここに転がっている一見関係のない材料を手繰り寄せ、試行錯誤しながら解決策をデザインする力がこれまで以上に重要になります。ただ、その基礎として、やはり言語能力や数理能力が重要なことには変わりがなく、さらにデジタル技術を自在に使うスキルの重要性が増します。

 

ただ、これから子どもたちが楽しく生きる上で最も必要なスキルは何かと言えば、自分に適した学び方を知っていて、その方法で一生学び続ける力ではないかと思います。

 

時代の変化が速く、知識はすぐに陳腐化します。次々に生まれ出る様々な技術やコンセプトを理解しながら、次に自分が何をするか考えるためには、学び続けるしかありません。そうであるならば、自分に適した学び方を子どもの頃から知っていて、「学ぶことは楽しい」と思って学びに向かえる環境が重要になります。学びに向かう姿勢そのものを変えてあげたい。

 

そして、今、この国では兼業・副業やテレワークが奨励され、多様な働き方で豊かさを生み出そうと社会が大きく変化し始めて始めています。そんな中で、「決められた場所で、決められた時間、決められた人達と静かに座って、大過なく過ごす」ことの意味は小さくなる一方です。

つまり、これからは「自分の時間割りを自分で作れる力」が非常に重要になります。朝8時に学校に来て3時までずっと教室の決められた席に座り、先生の言うことをノートに書いて、決められたクラスメートととりあえず大過なく過ごすことの意味はどんどん小さくなるでしょう。

プロジェクトの遂行のために、必要だと判断したら、集まるべき人たちを集めて有効な議論ができる力が必要ということになります。

 

目的に応じて必要な人と会う際には、同じ空間で対面で話すことにこだわらず、オンライン会話やメール等の文字コミュニケーションで十分仕事できるかどうか。「同じ空間でお互いに顔を見ていないと仕事できない」というような人は、仕事相手の事情を尊重できないという意味で、困った存在になっていくでしょう。

 

誤解しないでいただきたいのは、「対面コミュニケーションの価値」を否定しているわけでは全くないということです。私も、対面でのコミュニケーションは大好きですが、忙しい中でコミュニケーションの頻度や密度を上げるには、インターネット上の対面コミュニケーションも、メールやチャットによるものも、相手の状況に自分が合わせて選べるかどうかが大切になってきます。

 

役所も同じです。私たちは、国会での答弁に必要なメモや参考資料を審議の前日に作りますが、省内で様々な幹部を訪ねて、まるでスタンプラリーのように決裁をもらいに回る、という時代が長く続きました。これが「メールのやりとりだけで決裁」に変わったのはほんの数年前です。今となっては、「何が何でも、目の前に来て説明しろ」と要求する人もいなくなり、「この方が良いじゃないか」と変わったわけです。

 

もちろん、一堂に集まるべき時は集まるし、うちの組織は頻繁に対面の議論をします。ただ、Skypeなどのツールを使って、出張先からオンラインで参加する人も多いです。メールやチャットなどの文字コミュニケーションでは失礼だとか、常に会いに来て説明すべきだという人はほぼいなくなりました。

世間では、対面コミュニケーションが苦手な人のことをコミュ障(コミュニケーション障害)とあざ笑ったりしましたが、今後は逆にテレビ会議や文字のやりとりで対面コミュニケーション同様の対話ができない人の評価が下がる社会になっていきます。一つのコミュニケーション手法を他人に押し付けてはいけない社会がやってくるのです。

 

未来を生きる子どもたちのために、新たな教育の提案

そんな「ポスト・働き方改革」社会を生きる子どもたちですから、小さいときからICTを使い慣れて、多様な手段で機動的にコミュニケーションを取る訓練は必須です。学校現場ではいまだにその是非が議論されるところもあるようですが、それはほぼ時間の浪費です。1人1台のパソコンは、「新しい文房具」なのですから、無駄な抵抗をせず、子ども達のために使って欲しいです。

 

この「1人1台パソコン」というのは、今年度、政府内で合意した重要なキーワードです。文部科学省と経済産業省が連携し、今年中に「いつまでに、どうやって実現するか」を具体的にまとめようと動き始めました。現行の政府目標が「3人に1台を2022年度までに実現」であることを考えると、かなり大きな一歩進みだしたわけです。インターネット、クラウド、電子メールはもちろん、LINEなどのチャットツール、ZOOM、Skype、FaceTime等のテレビ会話ツール、動画コンテンツ、AIドリル等のEdTechを自在に使って個別最適化され、協働にも適した学びの環境を早急に創ります。

 

このような方向性のもと、経済産業省では「未来を創る当事者」として子ども達に必要な学び方、それを可能にするEdTechを活用した学習環境の創出を実証事業として進めています。

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政策の柱は三つあります。「学びのSTEAM化」「学びの自立化・個別最適化」「新たな学習環境の創出」です。

 

まず「学びのSTEAM化」とは、「創ること」と「知ること」をうまく循環させる、つまり「価値創造のための学び」へ転換するということです。ただ知識を仕入れるのではなく、お題はロボットでも美味しい野菜でも何でもいいのですが、「価値ある何か」を創るために、関係する知識を深く「知る」、そして「創る」の試行錯誤を繰り返す、そんな学び方を幼少時からの常識にしたい。そのとき、「知る」と「創る」のサイクルを回してくれる「一人ひとりのワクワクする気持ち」を大切にする。そんな学び方を、ひの日本の教育の当たり前にしたいと考えています。

 

 

STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engieneering(工学)、Arts(アーツ)、Mathematics(数学)が教科横断的に編み込まれた学び方です。

ここでのアーツは芸術という狭い概念ではなく、リベラルアーツ、つまり幸福な人間社会を描く上での教養に近い考えです。

 

つまり、私たちの言う「学びのSTEAM化」とは、今の日本の学びを、「教科知識・技能の効率的なインプット(=知る)」と「今の社会課題や未来社会のテーマを題材にしたプロジェクト型学習(PBL)によるアウトプット(=創る)」のサイクルがぐるぐる回るような学び方へと再編集したい、というメッセージなのです。

 

 

 

 

算数・数学ひとつとってみても、この「知ると創るのサイクル」による学習効果が小学校・中学校の実証実験で明らかになっています。数学はパソコン1台を渡してAIドリルで個別最適化された学習環境を与えれば、通常の半分の時間で知識のインプットは済んで理解度も上がります。それより何より重要なのは、習った数学の定理をプログラミング等の場面で使うことです。

今までは何の役に立つのかわからずに授業で一方的に詰め込まれていた中学や高校の数学の定理が、たとえば車の自動駐車やドローンの自動操縦のプログラムにどう関わってくるのかがわかる。「なぜこの知識を理解せねばならないのか」を理解する機会を増やす工夫は、本当に大切です。

 

 

体育も同じです。下図は、体育の時間を「スポーツ科学の時間」に変えようというプログラムです。「タグラグビー」という体育種目を体育のコマで行い、続く総合や算数のコマではプログラミングを用いてパソコン画面上の碁盤の上で対戦ゲームを作り、ラグビーのシミュレーションへとつなげるのです。この中で、小学生たちは競技の中の科学を知り、その裏に隠れた数理を理解し、戦略的な思考を少し頭に入れた状態で、また体育実技に戻ってくるサイクルを目指します。

 

 

 徒競走も同様です。50メートル走を0.1秒でも速くするためには必ず数理のヒントがあり、それを探究することで、体育の授業がスポーツ科学の時間に変わってきます。自分の競技パフォーマンスを上げるために科学を学ぶ。楽しいと感じる。そうすることで、学びのサイクルが回り出します。それが「知ると創るが循環する学び」だということです。

 

 農業というテーマでも楽しいです。日本全国に農業学科を設置する高校は300校以上あります。農業高校には様々な施設・設備があるので、従来からの農業技術を学ぶだけでなく、ロボットやセンサーを含めた未来の農業の姿をここで探究できるのではないでしょうか。人間の勘と経験を超える第4次産業革命の時代を、もっとスマートに作り出せたら楽しいですよね。

フィールドの状態をセンサーで調べよう、そもそもセンサーってどんな仕組みか、開けて調べてみよう。自分で作ろう。そこで取ったデータで解析をし、データから導き出される管理のあり方を考え、ロボット使って動かしてみよう。全てが一貫したSTEAM学習になるのです。

  

 

 

同時に、「学びの自立化・個別最適化」が必要になります。なぜかというと、一人ひとりの子ども達はワクワクするポイントが違い、個々の認知特性も違うからです。

ですから、個別の学習計画とそれを修正し続けるための学習ノートもデータとして残し、分析を重ねながら学んでいく必要があります。このとき、残すべきデータは学力テストと思われるかも知れませんが、私はそれだけではないと思います。様々な創作物の過程や日記をはじめ、いろいろあるはずです。

 

また、日本では避けられがちな話題ですが、知能検査は今のままで良いのでしょうか。一人ひとりの子どもたちの認知特性は、医療データと同じか、あるいはそれ以上にセンシティブな情報ではありますが、その子どもの脳の働きがどのような特徴を持っているのかに目をつぶって画一的な教育を与える時代は終わらせるべきではないでしょうか。全ての子ども達の認知特性を丁寧に把握しながら個別学習計画を立て、その修正を重ねていく必要はないでしょうか。

 

 

ICTを取り入れることで学びをふくらませる

最後に、これらを実現するには、「新たな学習環境の創出」が不可欠になります。先ほども申しましたが、「1人1台パソコン」、これを可能な限り早く常識にしたいです。これには保護者の御協力とご理解が必要です。いまは各自治体の公費で負担していますが、「文房具」ですから、いずれはご家庭で揃えていただきたい。そのためには教材費の見直しも不可欠でしょう。

 

 

私たちはこれからSTEAM化された学びや自立化・個別最適化された学びを広めるべく、プログラムをたくさん作り、デジタルコンテンツとしてネット上に出していこうと考えているので、ぜひ学校でも塾でも使ってみていただきたいです。