New Education Expo2019

AI時代に必要となる情報教育

~段階的な情報活用の育成と大学入試における教科「情報」~

東京学芸大学の「教育AI研究プログラム」

東京学芸大学 副学長 松田恵示先生

「チーム学校」を作る人材育成を目指して修士課程を改組

教育のICT化が進む中で、非常に様々な情報が収集できるようになってきました。そういう教育現場でのデータを、AIという新しい技術によってさらに強化したり、自動化したり、活用するということがより具体的になってきています。

 

ただそうなってくると、今までの方法とAIを用いた新たな方法との間にとまどう教員も現れ、なかなかそこの部分は、現場との距離が縮まらないということを、感じています。

 

そこを埋めるために、教員養成や研修を行いますが、一方では企業の側から教育支援職のようなスタッフを出していただいて、学校の先生方と共同して教育を進めていく「チーム学校」というものを作りたいと考えています。本学では、そういった人材を育成するために、今回修士課程の改組を行いました。

 

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教育におけるAI利用の例としては、様々なAdaptive Learning(アダプティブラーニング)の教材が実用化されています。本学でも、VRを使った教材開発が多方面に渡って始まっていますし、ロボットについては、小中高で導入するケースも増えてきています。

 

自動管理やセンシング技術による情報の収集は、まだまだいろいろな環境整備が必要です。全体的にはまだこれからというところですが、eポートフォリオの実践などは、かなり積み上がってきています。また、chattbot(会話ロボット)はすでに様々な商品として登場していますし、教員の実務に直接関わるものとしては、採点や試験監督などがかなり自動化されてきています。

 

 

現状がこのようなものですので、今後教育のさらなる高度情報化ということを、正面から受け止めていく必要がありそうです。これまでは、ICTを効率や効果の問題として取り上げるケースが多かったのですが、これからは効率や効果の問題だけではなく、教育の中身も変わっていく、つまり全く新しいフェーズの教育段階に移っていく。現在はそのスタートの地点にあるのではないかと思うのです。

 

 

中身が変わっていく教育のあり方、さらに教育制度そのものを考えながら専門人材を育成していくことは、本学修士課程の大きなテーマになるはずです。今後こういった人材が活躍していけるような環境作りをしていきたいと思っています。また、こんな時代だからこそ、基礎的な読解力、基礎的学力が非常に重要になってきます。「情報活用能力」についても、同様のことが言えるでしょう。

 

例えば、フィンランドでは現在、「AIの1パーセント計画(※1)」という施策を上手に行っていますが、そういう成功事例を参考にしてもよいのではないかと思います。

 

(※1) フィンランドの人口1%(約5万5000人)の、IT専門家以外の人々を対象に、無料でAI教育を行うもの。「AIを実用的に応用できる人材を育成すること」が目的で、AIを国民に広く浸透させることで、AIを応用した製品開発の促進を目指す。

 

 

さらには、総務省が「人間力」と呼ぶような、いわゆる、コンピテンシー 論も必要になってくると思います。本学修士課程では、こういったものも取り上げていきたいと考えています。

 

AIが変えていく「教育制度」

もちろん、教育制度ですから、政策サイドがどのように考えているのかは、重要な問題です。文部科学省の方でも、昨年6月にAIに関する報告書「Society 5.0 に向けた人材育成 ~ 社会が変わる、学びが変わる ~」を出しています。

 

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ここでは特に、「公正に個別最適化された学び」「基礎的な読解力」「数学的な思考力」、そして「情報活用能力」という言葉が強調されています。さらに、「文理分断からの脱却」ということにも触れられています。

 

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今年になって、文部科学省が「新時代の学びを支える先端技術活用推進方策」のということで、中間まとめを出しました(6月25日最終報告)。ここでは、「良質な授業コンテンツの提供」「校務の効率化」「教師の経験知をエビデンスベースで科学的視点の中から捉え直していく」「児童生徒の効果的な学びの支援」の四つの柱から、先端技術の活用をより進めていくということをうたっています。

 

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これらは、ある種のロードマップとして、あるフェーズから拡充して革新へ、というようなビジョンを描いています。現在、まだスタートの地点にとどまっているものも多いのですが、政策的には教育再生実行会議や中央教育審議会などでこの条件整備を急いでいるところです。

 

AI教育に関する本学の取り組み

このような現状の課題や政策的な課題を引き受けて、本学では4月から教育AI研究プログラムを開設しました。

 

本学の大学院は、いわゆる「教職大学院」で、総合型の大学院と、従来の教育学研究科修士課程を最先端化した教育を支援するための大学院の二つに分かれています。教育AI研究プログラムのコースは修士課程の「教育支援協働実践開発専攻」にあります。

 

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いわゆる従来の教育学研究科というのは教科単位に専攻があり、本学は、合計319名を定員としていました。今回、基本的に総合教職大学院の方に210名という大きな人数を割き、実践的なリーダーシップを取れる教員を大学院で育てていくという方向に大きくシフトしました。

 

修士課程の中身は教科専攻を廃止して、基本的には日本型の教育を海外に輸出していくことに主眼を置いて募集しました。こちらには109名の定員を設定しています。そういったことに関わる人材養成の部分と、今日のテーマの「教育支援職」、これは最先端の教育を担っていく人材を育成しようという目的で、大きく改組をしたところです。

 

「教育AI研究プログラム」は、カリキュラムに大きな特徴があります。全体構造として、「専攻基盤科目」という教育に関わる実践的な科目を、教職大学院と共通して学ぶことがまずベースにあります。さらに、「人工知能概論」という授業を、全員必修で受けます。現在、既に授業が行われていますが、教員養成大学の大学院には、国語、算数、理科、社会、芸術、体育と、様々な領域の学生が入ってきます。

 

 

逆に言うと、プログラムを書いたことがないような学生も7割ぐらいいます。そういう中で人工知能概論では、文系出身者にも理解できるようなProject Based Learning的な学習を行っています。そういった基礎の上に、個別領域の専門を勉強するようなカリキュラムを作っています。

 

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特に、フィールド研究と呼ばれている「専攻発展科目」という科目群は、企業の方と教員と学生が三位一体になって課題を解決するという産学協同の授業科目です。こういった授業は、教育学研究科では初めてではないかと思います。

 

一方「専攻展開科目」については、「コンピテンシー に関わる領域のもの」「AI社会における教育のあり方」「コンピテンシーとAI社会の教育内容に関わる高度な取り扱い」という三つの領域を設定し、それを、融合的に学習することで、AIの利活用を専門とする人材を育成しようとしています。

 

こういった取り組みを、従来の教育学研究科の内容に合わせて考えてみると、AI技術に関係する情報科学的な各種教育内容やデータサイエンス的な内容に加えて、先ほどのコンピテンシーやAI社会における教育のあり方が、横串となる構造になっています。つまり、従来の学問体系はあまりに細分化されてつながらなくなっているので、この修士課程では、そういうものを融合させていくことを目的にしています。

 

最後に、もう一つの特徴的な「フィールド研究」について、再度お話しします。

 

AIの学習プロセスは、データを学習させて実際に適用し、できたモデルからさらに派生的に活用させていくというプロセスが必要です。これを、産学協同のプロジェクトチームで、動かしていく授業を行います。本学は附属学校がたくさんありますので、随時附属学校にデータをフィードバックしてその内容を検証し、修正していくというようなことも始めようと検討しています。

 

さらに、環境整備を促進するために、本学では今年4月からインキュベーションセンターを立ち上げました。スタートアップの企業とプラットフォームを一緒に作り、そこに企業や行政、あるいは学校現場の方を呼び込んで、オープンリソースで、教育におけるオープンイノベーションを進めていくという試みです。そのプロセスを、先ほど紹介したフィールド研究という形で、学生や教員がともに参画する仕組みをつくろうとしています。こちらも、教育関係では初めての試みではないかと思います。