New Education Expo2019

AI時代に必要となる情報教育

~段階的な情報活用能力の育成と大学入試における教科「情報」~

放送大学 辰己丈夫先生

昔の人は「未来」をどんなふうに見ていたか?

まずは、過去の人が見た未来が、今本当に来ているのかということを検証したいと思います。

 

 

下の写真は、パリの産業博物館に置いてある、世界初の自動車です。ナポレオンの遠征のために、キュニョーという人が発明した現物です。

 

これを造ったのは、大砲を運ぶためだったといいます。この当時、動力となる蒸気機関は、建物に据え付けて使うのが当たり前でした。ところが、これを小型化して荷車の上に載せ、自分で走らせたわけです。固定されているものを動かして使うということを思いついたキュニョーは、実に独創的な人だったと感じます。

 

他にも、昔の少年雑誌には、「20年後のコンピュータライフ」というイラストがありました。そのイラストは、おそらく、1960年代の子ども向けに、1970年~1980年辺りの未来を、予想したものだと思われます。

 

テレビはもちろん、テレビ電話は現在LINEやSkypeで実現していますし、自走式掃除機を使っている家も、決して珍しくありません。20年よりは時間がかかりましたが、ある程度、予想は実現できています。

 

他にも、未来のコンピュータ学校を想定したイラストもありました。先生が前で3000×25という、あまり面白くない計算問題を出していて、間違った子は、自動で動く棒でたたかれています。体罰ですね。未来はこうなるというイラストですが、体罰を除けばだいたい合っています。

 

現在は、動画コンテンツでの学習など、インターネットを使った勉強方法がいろいろありますので、この風景もあながち、間違いではないように思います。

 

また、1961年に描かれた「2061年の東京」という絵もありました。この絵では、動く歩道の上に街頭テレビが立っていて、「火星便り」と書いてあります。火星からの生放送が、見られるんですね。道路からテレビが生えているのは少しおかしいですが、今はスマホでYouTubeを見ていますから、ほぼ同様のことはできているように思います。

 

昔の人が見た未来の中で、特にすごいのは、アラン・ケイが描いた1968年のイラストです。アラン・ケイは1968年に、未来の子どもは、本のような端末で、対戦ゲームを野原の上でできるということ言っているのです。この当時、世界にはコンピュータが何台あればいいかということを、経済学者が真剣に議論をしていた時代です。

 

結局、このアラン・ケイが想像した通りの未来が来ていて、先ほどのキュニョー、それから、コンピュータも固定からモバイルに、という具合に、過去の人々が想像した未来が、本当に来ているのだと思います。

 

ちなみに、アラン・ケイはこの機材のことを、「ダイナブック」と名付けました。その後、アラン・ケイはダイナブックの商標を東芝に売りました。パーソナルコンピュータという言葉を発明したのもアラン・ケイです。つまり、それまではみんなで使うものだったコンピュータを、パーソナルという名前を付けた、その時点で、本当にすごい発想を持った人だったことがわかります。

 

人間VS.人工知能~囲碁対決の行方は

人工知能はどんどん発達しています。ニューラルネットワーク、機械学習、もののインターネット(IoT)、こういったものが人工知能の発達で、使われている概念だと思います。

 

人工知能の最近のトピックスは、例えば、アルファ碁とイ・セドルの戦いがあります。つまり、AIと人間の戦いです。2016年のことでした。当初は人工知能の専門家も囲碁の専門家も、イ・セドルが4勝、アルファ碁が1勝ぐらいの、4対1でイ・セドルが勝つだろうと言っていたのですが、実際にやってみたところ逆に、アルファ碁が4勝しました。

 

その後、アルファ碁ゼロというのが登場して、アルファ碁同士を戦わせて強くなったものです。アルファ碁ゼロには、もう人間は全く勝てなくなってしまったのです。やはり、それは機械学習というものの、すごさです。

 

人間が打った棋譜は簡単にデジタル化できるので、勝っている棋譜、勝っていない棋譜を機械学習にかけます。そうすると、こうやって打てば勝てるとか、こうやって打てば勝てないというのが、機械学習ではっきりしてきます。それによって、アルファ碁は、こうやって打てる手は勝てると判断するわけです。そして、人間が打ってきた棋譜に対して、過去の棋譜の学習データから予測を立て、一番勝てる確率の高い手を打つのです。

 

ところがアルファ碁ゼロは、人間が打っている棋譜など全く無視して、まず、乱数でアルファ碁ゼロ同士打ち合い、勝ったときの学習データだけを残します。従って、アルファ碁ゼロの定石の中には、人間が発見できなかった定石がたくさんあるそうです。

 

勝てる棋譜が全てわかってしまったので、Googleはアルファ碁ゼロを使っての囲碁の開発は終了ということにしたのです。

 

ちなみに将棋の方は、囲碁よりずっと前に解析されてしまったそうです。ところが、棋士の羽生善治さんは「将棋が人工知能で全て解かれたらどうするのですか」と聞かれて「将棋のルールをちょっと変えればいいじゃない」と、答えたといいます。人間は、ちょっとのルール変更にすぐ対応できますが、人工知能は新たにデータを構築し直さなければならない、ということです。さすが名人、すばらしい発想です。

 

さて、囲碁や将棋は単なるゲームですが、問題はゲームではなく戦争だったらどうなるのかということです。囲碁や将棋と同様に、戦争の歴史を全部たどってAIに学習させれば、次にどういうふうにしたら勝てるかがわかるでしょう。ただ、ゲームと違って戦争は人の命がかかっています。人工知能の研究が、平和目的ではなく利用される危険を、非常に強く感じます。それを止める方法があるかは、とても難しい課題だと思います。

 

それから、人工知能に小説を書かせるという試みもありました。乱数で文章を選び、小説らしきものを作らせたのです。人工知能学会が行った「気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」で人工知能が作ったことを伏せて、星新一賞に応募したところ、入選したそうです。入選してから、実はこれは人工知能が作ったんですよ、と種明かしをしたという有名な作品です。これは、公開されていますので、検索することができます。

 

それから、Microsoftが作った人工知能チャットボット、Tayです。これはMicrosoftが「チャットボットを作ったので、皆さんで使ってください」と、広く宣伝をしました。多くの人に使ってもらったところ、数時間で人道的でない発言するようになってしまいました。つまり、機械学習を入れているので、Tayに「ナチスいいよね」とか、「白人、最高だよね」と教える人たちがいたのです。Tayには、そういった言葉を学習しないようにフィルターをかけていたようなのですが、英語の様々なニュアンスで突破されてしまい、たった数時間で人道的でない発言をするようになってしまったのです。

 

Microsoftはいったんこれを止めて、それから数カ月後に再開しましたが、また数時間後に同じ結果になりました。つまり、人間がちょっと考えただけでは、機械学習は簡単には止められないということです。Tayは、人工知能における機械学習の難しさを垣間見せたと感じます。

 

人工知能が、今後Singularity(シンギュラリティ : 人工知能(AI)が人間の能力を超える時点) を経て、世の中を動かしていくようになったらどうなるのでしょうか。

 

先ごろ亡くなったホーキング博士は、「人工知能の開発は中止すべきである」と警鐘を鳴らしていました。「それは、悪魔の技術である」と。例えば、人造人間、クローン人間、化学生物兵器などは、今、一応、世界的には禁止されていて、多くの国がそれを守っていますが、それと同様に人工知能も禁止すべきなのでしょうか。人工知能が発展すると、人間はどんどんものを考えなくなって、人間そのものが駄目になるということを、ホーキング博士は心配していたようです。

 

 

大学入試に向けての行政の動き

ここからは話題を変えて、大学入試の話をいたします。

 

以前、中央教育審議会の傍聴に行ったことがあります。安西先生が中教審の座長だったのですが、どうも小学校にプログラミングを入れるとか、大学入試を改訂するとか、大学の教育内容を変えるというのが、その辺で決まったようです。高大接続システム改革会議が2015年から始まりましたが、その時も安西先生が座長をしていました。安西先生いわく、なぜ「高大接続改革」ではなく、「システム」と入れたかというと、高大接続に関連するシステムを全て変えるぞ!という会議だから、とのことでした。

 

高校の情報科に関しては、新しい学習指導要領が2016年の8月1日に公開されて、情報Iと情報IIになりました。2022年度から順次、実施されます。

 

情報Iは、この四つの単元になります。

1. 情報社会の問題解決 

2. コミュニケーションと情報デザイン

3. コンピュータとプログラミング 

4. 情報通信ネットワークとデータの利用

この情報Iは、どうやら共通テストに出るという話が出てきています。 

 

情報IIは選択履修で、これは発展的な内容です。

1. 情報社会の進展と情報技術

2. コミュニケーションと情報コンテンツ

3. 情報とデータサイエンス 

4. 情報システムとプログラミング

 

だんだんと、内容が難しくなっていきます。情報とデータサイエンスが入ってきました。

 

入学選抜者試験では、まず、「高校生のための学びの基礎診断」というものがあります。これは2019年度、本年度から提供開始になっていますが、現時点ではまだ「情報」科は入っていません。今後、「情報」科が入るかどうかは不明ですが、これは、ツールを作る事業者が現れるかどうかにかかっています。従って、情報活用能力という点では、これには期待しないということにしましょう。

 

2021年度はプレテストが実施されますが、これも「情報」科は入らないようです。2025年の1月には、ハテナマークが付いていますが、大学入学共通テストが始まる予定ということです。

 

ちなみに、2019年でも情報科入試はあるのですが、まだこれだけの大学しか入試を実施していません。

 

また、「情報関係基礎」というのは、実はすでにセンター試験で出ています。これは、工業、商業、農業の各高校用の、数学IIBの代替科目として選べるもので、プログラミング言語はDNCLという、日本語を使った疑似言語を使っています。センター試験全体で50万人が受験していますが、「情報関係基礎」の受験者は500人ぐらいしかいません。非常に少数です。

ただ、これは、現在の共通教科情報とは違いますが、内容的にはかなり情報Iに似ているので、この問題は、情報Iの問題の参考になるのではないかと思います。

 

ちなみに、河合塾さんも、情報入試の問題紹介と分析のサイト(※1)を出してくれているので、こういう所も見てくれるといいと思います。

 

※1 http://www.wakuwaku-catch-mondai.net/

 

情報入試検討の歴史

私は、「情報入試研究会」というところで活動しているのですが、2003年、高校の教科「情報」が始まったとき、2006年には、情報入試が始まるだろうということで、いろいろと動きました。ところが、参加した大学は少なく、情報処理学会でも大学入試と情報フォーラム2007を開催しましたが、こちらも参加人数は少なく、情報入試を行っている大学も10校程度しかありませんでした。これを第1世代とします。

 

次に第2世代ですが、2013年に始まった高校の新課程で、数学のプログラミングがなくなってしまいました。慶應義塾のSFCは、それまで数学の中でプログラミングを出題していたのですが、情報を出すというふうにして、実践研究したいと村井純先生がおっしゃり、任意団体の「情報入試研究会」を作って、情報処理学会の情報入試委員会に移行しました。

 

その後、文部科学省から大学入学者選抜改革委託事業というものを受託して、3年間取り組み、つい今年の3月にそれが終わりました。情報処理学会、情報入試委員会はそのまま継続となっています。

 

情報入試委員会では、新たに委託事業を受ける前には、紙の問題セットを作って、実際に4セット実施しました。高校の団体受験もやって、分析結果はこちらのURL(※2)で全て公開しております。

 

※2 http://jnsg.jp/

その後に文科省から委託事業で、阪大、東大と一緒にCBTを作りました。サンプル受験者たちのプログラミングの出来は非常に悪かったのですが、いろいろとやりました。ここでCBTに取り組んだということ自体が、意味のあることだったと思っています。

 

センター試験の後継となる大学入学共通テストで、情報がどうなるかということですが、今から4年ほど前、2015年の7月日経新聞に、大学入試パソコン回答、24年度以降導入とあります。ただし、これはさきほどの高大システム接続改革会議の答申だったのです。 

 

ちらは、2018年の教育新聞ですが、「情報Iを出題」とか、「未来投資戦略」といった見出しが踊り、これでいよいよかとなりました。

 

今度は2019年、今年の5月には「『情報I』PCで回答」という記事が出て、僕も大変驚きました。「情報I」をパソコンで解答させることを、センター試験の後継試験で行うための検討が始まったというニュースです。驚いた理由は、文部科学省の委託事業にずっと関わってきたので、多分、無理だろうと、よくわかっていたからです。ところが、突然、CBTを行うと言っているわけです。

 

 

情報処理学会からは、2011年、2018年に「『情報』をやってください」という提言を行いましたが、CBTについては、期待していませんでした。

 

ところが、センターは2018年度に問題を募集して、日本中の高校生や学会に「情報のCBTの問題の素案を出してね」と言って、どうも試行試験を実施したらしいのです。さらに、2019年度も募集を予定しているようなので、CBTがどうなるか、非常に注目されます。

 

文部科学省は、5月に情報Iの研修教材を出しました。教員研修用教材です。ここではプログラミング言語として、Pythonが取り上げられています。先ほど、私はDNCLと言いましたが、今、大学入試センターが出しているDNCLではなくて、Pythonを取り上げているのです。他の言語も公開されるようですが、一応、第1言語としてはPythonが取り上げられたので、高校の情報科の教科書もきっと、これからPythonで作るのが有力だろうと思います。

 

Pythonを使ってAIを作るということを高校でやるのか、という話になりますが、それは簡単なことではありません。大学でも、なかなかスムーズに教えられないのに、果たして可能なのか、正直難題だと思っています。

 

高校「情報」の導入と、制度の改革で情報I、IIが登場し、2006年からずっと働きかけている「情報科」を入試にする動きが、どうやら2025年には花開きそうです。

 

20年越しに、やっと私の夢がかなうかもしれない……というような思いをしているところです。