New Education Expo2019

AI時代に必要となる情報教育

AI時代の芸術大学・芸術教育

東京藝術大学 先端芸術表現科・芸術情報センター 古川聖先生

本日は、三つの項目から、東京藝術大学の現状、芸術系の大学の現状についてお話しします。

 

最初に東京藝術大学の概要。2番目に、その所属機関である芸術情報センターの取り組みについて。私はこちらのセンター長を兼任しています。そして、3番目に私自身を取り巻く状況も含めた、いくつかの動きについてお話していきます。

 

情報技術の研究も行うようになった「東京藝術大学」の概要

東京藝術大学というのは120年程度の歴史を持っています。もともとは東京美術学校といい、1876年に創立されました。1878年に東京音楽学校ができて、1949年に両者が統合され、東京藝術大学となりました。

 

日本伝統文化の継承・発展と、西欧の芸術思想や技術をうまく取り入れて研究・実践していくという二点が活動の中心です。

 

長い歴史の中で、多くの芸術家・教育者・研究者を輩出しました。芸術家だけでなく全国津々浦に卒業生や教育者を送り出したという意味で、日本の芸術教育にも貢献してきたと思います。

 

現在は、従来の美術と音楽の二つの学部、そして四つの研究科(大学院)からなっています。戦後の創設以来、長い間新学科を作らなかったのですが1999年に先端芸術表現科、2002年に音楽環境創造科、そして、2005年に映像研究科を新設しました。映像研究科では、映画やアニメーションなど、最新のICTに関連した技術の研究を行っています。この三つの科はICT、情報技術と深く関わっている科で、その意味では、東京藝術大学でもここ20年ぐらいで急速にICTへの取り組みが進んだことになります。

 

ICTを扱う「東京藝術大学芸術情報センター」

東京藝術大学の所属機関「芸術情報センター」は、名称からもわかるように、本学におけるICT関連の機構になっています。この機関は、藝大全体で共用しており、「教育、研究、創作活動の支援」「情報サービス基盤の管理・運営、情報セキュリティー対策」「研究、創作活動の拠点」の三つの役割を持っています。

 

 

センターは学内のハブのような場所で、科を越えた創作活動、交流の場として機能しています。そして、教育、研究活動への支援を行っていますが、新しいメディアや情報に関連する授業を、全学に向けて開設しております。また、それらに使用する設備や、専門知識を持ったスタッフなども備えています。

 

2番目の役割としての情報インフラの整備と情報セキュリティー対策については、大学本部や大学事務、または外部の委託業者とともに行っています。年々変化していく状況に、なかなか対応しきれないところもあり、正直、難しいミッションを抱えたセクションだと思います。公立大学は、多かれ少なかれ、こういう問題を抱えているのではないかと推察します。

 

3番目は研究、創作活動の拠点としての機能です。ここに書いたのは教育研究助手、芸術情報センターのスタッフが、ここに宣伝で出した研究成果のリストです。

 

センターの課題としては、やはり、教育、研究、創作において、学生や教職員からの要請がどんどん高まり、それらに対応しきれていないところでしょう。世の変化のスピードは速く、それに伴ってどんどん新しい機械や技術が登場します。それぞれの知識を身に付け、最新の機材を確保するのは、非常に困難なことです。今後、どうやって対応していくのか、検討が必要です。

 

また、情報セキュリティーに関しては、先ほども言いましたが、明らかに人的支援も財政も十分ではありません。複雑化する情報セキュリティー環境に、どのように対応していくのかということは、今後大学全体で考えいかなければならないでしょう。

 

先端芸術表現科と研究室の活動

私の研究室では、新しいメディアや技術など、ICT関連についての研究を行っていますが、その一端をご紹介します。

 

私はもともと作曲家ですが、現在は美術学部に所属し、先端芸術表現科の教員をしています。これは、先端芸術表現科と音楽環境創造科というのが、領域横断型の科だからです。

 

先端芸術表現科というのは、美術の方から見た領域横断型の教育をしていて、私は美術学部の中で、音や音楽と他のいろいろなメディアを組み合わせて、横断しながら作品を作っていく学生たちの面倒を見ています。それで、美術学部に音楽の専門の教員が入っているわけです。反対に、音楽環境創造科という音楽学部にある科には、美術専門の教員が入っています。

 

こちらは、数年前に理化学研究所で行った研究に基づく、弦楽四重奏と脳波演奏家によるパフォーマンスです。脳波計を囲んで真ん中に脳波音楽演奏家という人がいます。彼がいつくもの和音を想起して、それを事前に機械学習にかけたパターンと照合し、そのとき彼が思い浮かべた音が演奏される、というパフォーマンスです。機械学習にかけるのも、舞台の上で行います。ここに見えている画像は、脳波をリアルタイムで視覚化したものです。

 

私の研究室では、「SOUNDROID (サウンドロイド) 」というソフトを開発しています。AIを使って音環境を生成するソフトです。

 

SOUNDROID は、個人から集めたデータや、個人の集合である全体から集めたデータを機械学習させ、個人に向けた音環境をAIで生成するものです。データをどんどん蓄積していく過程で、成長し変化していきます。

 

SOUNDROIDこれは、リラックスや気分の誘導、睡眠、瞑想、子どもの寝かしつけ、BGMなど、様々なことに使えますが、現在は、集中できる音環境を作り出すための開発を続けています。認知的リソースの方向性や、ラインの最適複雑性モデルなどから、15個の音楽を生成するパラメータをコントロールするモデルを作り、その複雑性の相関の中に、ユーザーが目的とする音環境が表れてくるのではないかという予想のもと、研究に取り組んでいます。

 

 

SOUNDROIDの情報収集では、まず場所に関する質問をします。例えば個人スペース、フリーアドレス、コワーキングスペースなど。また、周りはうるさいのか、静かなのか、天気は晴れか曇りか、といったことも情報として集めていきます。

 

次の質問は、「作業について教えてください」ということで、ルーティンワークなのか、やる気があるのか、ないのかといった質問に答えます。

 

実はこの「作業内容」が、「認知的リソースの透過性」というデータになります。例えば、文章を書いているときに横で話をされると邪魔になるのは、「言語」を扱うリソースがバッティングしているためです。でも、「音楽」と「言語」は異質なものなのでバッティングはしません。だから、文章を書いていても、音楽を流す分には構わないわけです。このように、何かに集中したいときは、自分の使っていないリソースを使えばいいということになります。

 

次は顔写真の撮影です。

 

ここで写真を撮ると、Microsoftのあるページに飛んで、データベースに記憶されたたくさんの表情と比較して現在の感情を判断します。そして、判定されたその人のコンディションに合わせて、より感情にフィットした音を生成するのです。

 

音量の調整をして、いよいよ自動生成された音が聞こえます。集中するための音なので、面白い音楽やうるさい音楽ではいけないので、できるだけ小さい音でかけてほしいと思います。

 

将来的には、これは自動的にシステムが組み立つはずですが、今のところは、まだ自分で組み立てています。

 

大事なことは、これは面白い音楽を作るのではなく、自分が何かしているときに、自分が使ってないリソースが暴れないために作っているものであることです。アートとしてはつまらないかもしれませんが、実用性という意味ではまた別の意味を持っています。

 

新しいテクノロジーへの対応は、創作においても教育においても、不可避です。また、創作研究や教育において、とても大きなニーズがあります。

 

創作の分野では既に、新しいデジタルテクノロジーを使ったものがだんだん出てきています。藝大の学生の95パーセントは、そういうことをしませんが、それでも残りの5パーセントの人たちは、そういったものにとても興味を持っていて、これからいろいろな芸術活動がなされていくだろうと思います。

 

先ほど松田先生のお話にもあったように、単なる効率化ではなく、その先にはもっと違った新しい教育方法があるのではないかと思っています。

 

もう一つ考えられるのは、先鋭な現代アートというのは、社会から孤立するような傾向がありますが、デジタルテクノロジーは、そういう雰囲気を変えていくきっかけになるのではないかということです。YouTubeを見ても、今までとは全然違った方向で、アートが作られていく可能性を感じます。

 

ICT環境は、急速な変化や多様化を見せ、どんどんと形を変えていきます。教育手法も様々な影響を受けますが、その変化を私たちは乗り換えていかなければならないと思います。これから大学に入ってくる人のことも含めて、新しい視点から新しいものを作っていければと考えています。