新学習指導要領における教育の情報化の位置付け

東北大学大学院 情報科学研究科 堀田龍也先生

学校の情報化は、世の中に比べて大きく遅れている

私は学習指導要領の策定、特に教育情報化のところに深く関わりましたので、その過程で起きたことを皆さんにできるだけ背景も含めて詳しくお伝えしたいと思います。

 

初めに、今日の講演のつかみとして学籍簿のお話をしたいと思います。今、私たちはほとんどがスマホを持っていて、レストランに行くのであればインターネットで探して、予約までネットで済ませてしまうこともできます。地図も同様で、道順を探すのも、GoogleMapなどを使うのは当たり前のことです。そうやって生活している私たちですが、こと学校に関しては全く違うのです。子どもが入学すると、学校からいくつも書類が来て、同じようなことを何回も手書きで書かされます。これは何に使うのだろうと思いながらも、学校から言われることなので、言われるとおりにしなければなりません。これ一つを取っても、学校の情報化が進んでいないことを示す残念な例だと思います。

 

役所には、就学時検診などとの関係から、子どもたちがどこの小学校に行くかについてのデータがあります。もちろん、これは個人情報ですから、セキュアに守られる必要があります。しかし、就学時検診をした後に進学先が決まれば、同じ区立や市立の学校であれば、その後学校の名簿情報の基本になるような台帳部分は、設置者として渡すことはそれほど難しくはないと思います。そして、それを基にして、学校に入学したら保護者用の『〇〇小学校マイページ』のようなところに必要な情報を一度登録しておけば、あとは学校側で必要な情報を使って名簿などを作ればよいわけで、そのために校務支援システムが動いていることになるのが理想であると思います。

 

保護者としては書きたくない情報もあると思います。そのような場合は、一般的なマイページの登録のように、「これは必須事項です」「これは可能なら書いてください」というマークを付けておいて、必須情報が書いてあれば次に進めますが、書いていないとエラーが出る、ということにしておけばよいと思います。それくらいのことを、なぜ学校はできていないのか。たぶん、学校側が単独で「やります」と言っても難しく、設置者である教育委員会や市町村などの自治体との様々なやり取りが必要になります。ですから、ファーストケースができるまでは今の状態のままでしょうが、それでも、どこかでやり始めると一気に状況は変わるのではないかと思っています。

 

今、私たちはもう「ICTを入れたら効果があるのか」というレベルの議論をしている段階ではないのです。ICTは便利だからこそ、社会にこれだけ普及しているのでのです。仕事でICTを全く使っていないという人は、ごく特殊な職業は別としてほぼないでしょう。そして、うまく調べたり必要な情報を取り出せたりする能力、つまり情報活用能力なくして仕事をやりこなすのは、非常に難しいと思います。そういう時代に生きている私たちが子どもの教育を考える時、低学年で基本的なことを身体性をもって覚えるという時期が過ぎたら、その後は一定の割合でICTを使いこなして学ぶという経験をさせておかないと、あとあとになっていろいろな意味で効率が悪いと思います。

 

次の学習指導要領は、情報活用能力が学習の基盤となって機能することを前提に、各教科の内容が定められているという点で、今までの情報活用能力とは位置づけが大幅に変わってきます。これは非常に大きな転換点であると思います。今日は後ほどその辺りのお話もしたいと思います。

 

学校のあり方を再定義することが必要な時代にどんな授業をすればよいのか

学習動画が広く普及し始めています。いろいろな授業の動画が見られるものです。サンプル動画を見ると、非常にわかりやすくて、教える人のパッションが伝わってきます。教え方の上手い予備校の先生の授業と言えばイメージしやすいですね。

 

有料サービスもありますが、例えば小学校5年生の最難関単元の『単位量当たりの大きさ』の説明の動画をYouTubeで検索すると、無料動画が10本以上出て来ます。もし子どもがわからなかったら、検索して選んで見ることができるのです。小学生はあまり見ないかもしれませんが、中学生なら日常的に使うでしょう。高校では、「何とかサプリ」は学校の補習でもしばしば使われています。

 

そういう時代に、先生が教室で授業をするということを、子どもたちはどのように見るのでしょうか。学校というのは、そもそもこれらの映像と同程度のことを、子どもたちに情報として伝えるという役割に留まっていてよいのでしょうか。そういう学校の再定義をきちんとしないといけないというのが、中教審での議論の発端です。

 

そして逆に言えば、子どもたちがこのような映像を使って自分のペースで学ぶ、あるいは自分のわからないところを克服するためにこういう映像を見て復習することも可能になります。このような、自分の学習を自分で調整することを「自己調整学習」と言います。自己調整学習は、大学では以前から話題になっていましたが、今は中学生や高校生でも身に付けることができます。小学校でも「自学」というのを前から行っていますが、自分の好きなことを学ぶというのではなく、自分の関心に向かって、自分のペースで、自分で学び方を工夫しながら学んでいく、そういう学習のエンジンをちゃんと持っているような学習者を育てる、というのがこれからの時代だと思います。そういう気持ちとスキルがあれば、学ぶリソースは多様に存在する時代です。もはや、学校に行って学ばなければ情報が手に入らないという時代ではありません。それなら学校にわざわざ行く理由は何なのかということを、もう一回見直す時代に来ているということです。

 

したがって、私たちが小学校や中学・高校・大学時代を過ごした時代と、今の学校はずいぶん違います。時代の変容を要素に入れないで、自分たちの追体験で子供たちの教育をするというのは、もはや難しい時代になっているのです。

 

1.学校現場での実践から

ICT機器ならではの使い方とは

本日は、

1.学校現場での実践から

2.新学習指導要領の求めること

3.これからの課題

の三つのお話をいたします。

 

まず、学校の授業でICT機器を使う時に一番ベーシックなのは、何かを大きく映して見せるということです。いちばんよく使われるのは、先生が教科書で子どもに見てもらいたいところを大きく映すことですが、その他にも、ある子どものノートを大きく映して、その子が説明をした後に先生が追加で大事なところを説明する、ということもできます。このように、どこに注目すればよいか、どのように考えればよいか、ということを、たった今友達が書いたものに対して先生が指で指しながら説明しているというライブ感やリアリティがあります。こうしたリアリティはICTのメディアならではのものです。

 

これによって授業の効率が上がり、わかりやすく伝えること、特に言語だけでは伝わりにくい子どもや発達に課題のあるような子どもに対して非常に効果がありました。このように教室に大型のテレビや実物投影機が導入され、広く活用されるようになってから、早いところでは約12年になりますので、全国的には相当常識化していると思います。今回の学習指導要領における教育の情報化は、これが常識化したとみなして次の施策ということになりますので、現時点でまだすべての教室に大型テレビや実物投影機がないというのは、周回遅れであると認識した方がよいと思います。

 

これは、理科で豆電球の回路を作っている様子です。この実験自体は昔からありますが、昔と違って今の子はプラモデルなどのように設計図にあわせて何かを作るという体験がほぼないので、この配線そのものに相当苦労するのです。そのため、45分の授業でこれを作るのに約20分かかってしまい、実験は5分しかできませんというようなことになってしまうのです。

 

授業の計画で言えば、45分の中で組み立てて、実験して、考察まで終わらなければならないですから、このままでは全く考察の時間が取れません。子どもたちの体験が希薄だということをどれだけ論評しても、授業は進まないわけですね。この授業はつなぐこと自体が目的ではなく、つないだものを使ってどんなものが電気を通すかを調べることですから、ですから、つなぐところの説明は実物投影機でやって見せて、実験の仕方まで教えるところまでで6分。そのあと各自実験して、実験の結果を書かせて、それをみんなで実物投影機に映しながら議論をすることで考察の時間まで確保できます。このように実物投影機を使うことで授業の効率を上げることができるのです。 

 

ICTを使うと本当に学力は上がるのか

よく「ICTを使うことで学力を上げる」と言われますが、それは非常に大雑把な言い方です。より詳しく言えば、「ICTを使うことで、すべての子に効率よくわかりやすく情報が伝わるので、その情報が学習内容であればそのままわかるということになるし、その情報が学習の仕方であれば、そこから先の学習の仕方がスムーズにいくということになる。それによって、子どもたちがたくさんの時間を学習そのものに使うことができるようになり、結果として学力が上がる」ということです。ですから、ICT自体が学力を上げているわけではありません。ICTが授業の効率をアップしてくれたおかげで授業が充実して、結果として学力が上がるということなのです。

 

今や、テレビや黒板と並べてICTも使って学習するというのは常識です。ICT活用の授業というのは「ICTだけを使う授業」ではなくて「ICTも使う授業」なのです。ICTの特徴として、次の画面が出た時は前の画面は消えますから、ある意味、何かを注目させる時にショット的に使うことになります。一方黒板は、最初は何も書かれていませんが、子どもたちの考え等が書き続けられて最後はまとめまで行くので、学習の流れを理解するメディアということになります。黒板はオールドメディアではありますが、日本の授業の仕方にはとても大切なものです。ですから、ICTと黒板をどうやってうまく使い分けるか、使いこなすか、これが教師の授業力の大事なスキルになるということになります。こういったことを理解している先生方は、様々な授業の場面で使えるように、大型カメラや単焦点のプロジェクターなどを教室に常設しています。

 

先生が授業で日常的にICTを使えるようにするためには

このようなICTの常設が進んだ背景をお伝えします。これは2010年に横浜国立大学の野中陽一先生(横浜国立大学教育人間科学部附属教育実践総合センター・教授)のグループが、授業中のICTの使用頻度と文部科学省の学力調査のデータの関係を研究した時のものです。

6年生の4月に行った学力調査の結果と、その子たちを5年生の時に担任していた先生のICTの使用頻度(ここでいうICTは、先生が大型提示装置で映して教えること)を比べると、ある程度の相関関係がありそうだということがわかりました。平均点にして約3点の差です。学力調査で3点の差というのは大したことはないように思われますが、いろいろな学校の学力調査のデータを比較すると、3点差の間にけっこうたくさんの学校が並ぶので、差がないというわけではない。ですから、効果はあるけれど、かといって著しく効果があるかと言えばそうでもない、という結果です。

 

このように、ICTの利用頻度が学力調査の結果に影響するということが明らかになったので、では先生が日常的にICTを使えるようにするにはどうすればよいのかを考えるために、同じ研究でICTの使用頻度を整備状況別に調べたものがこちらのグラフです。ほぼ毎日使っている人のほとんどがグラフの黒い部分、つまり教室内に機器が常備してあって接続等は不要、スイッチを入れたらすぐ使えるという状態です。一方、例えば上から3番目は、「機器を学年等で共有しているので使いたい時には教室に運び込めばいつでも使える」というものですが、その割には使われていません。

つまりフロアに1セットとか学年で1セットというパターンでは、使用頻度は週1回とか月1回がほとんどで、中には活用しないところ出てきます。つまり、先生はICTが使えないのではなく、ICTを使うためのセッティングをする余裕がないのです。セッティングがきちんとしてあればいつでも使うことになります。この調査は2010年のものですから、このことはずいぶん前から常識化とされていたのです。そして、文部科学省はICTの教室への常設ということを重視するようになりました。次の学習指導要領は、これができていることが前提で進んでいることになります。

 

授業でどのように使うのが効果的か

ICTが教室に常設されている場合、先生方がどのように使っているのかということを調べてみると、一番映されているのは教科書であることが明らかになっています。教科書を読むだけでは、子どもたちはよくわからないので、そこに子どもの意見を聞きながら先生が何かを書き込んでいくと、だんだんわかってくるという感じです。

 

今までこのようなことを黒板でするためには、先生はあらかじめ教科書の図を大きく拡大コピーして黒板に貼って、うっかり書き込み間違いをすると消えないな、などと気にしながらやっていたわけです。それが教科書を拡大して映すだけで簡単にできるようになりました。教科書に書き込んでしまったら、次の時に困るのではないかと思うかもしれませんが、この写真のように教科書にクリアファイルのようなものを挟んで、そこにペンで書くようにすれば、後で雑巾で拭けばきれいに消えてしまいます。現場では書き込みシートと呼ばれていますが、そういうものがうまく使われています。

 

このグラフは、2010年に群馬県藤岡市に実物投影機が導入された時に調査したものです。実物投影機で先生が一番映すのは、やはり教科書です。それは、教科書は使用が義務付けられている主たる教材であり、教科書をずっと開けさせていることはないにしても、ある部分をしっかりと子どもたちに見せて考えさせるというのが授業のシーンとしてはよくあるからです。

ICTで写すものの2位はノート、3位はワークシートです。子どもたちに書き方を教えたり、子どもが書いた意見をそこで共有したりすること、すなわちもともと授業の場面で行われていたことに使われていることが多いのです。つまり、授業のやり方そのものが変わっているのではなく、それを効率よく便利にしているのが提示用のICTだということがわかります。

 

このような研究は2005年頃から頻繁に行われていましたが、最近は行われなくなりました。これは、一斉授業で先生がどのように授業をするか、どのようにICTを使うかということは、だいたい結果が出揃ったということです。

 

デジタル教科書の機能はできるだけシンプルに、まずは大きく写すことができればよい

その後、指導者用の提示用のデジタル教科書が登場し、授業の場面で先生方が使うと便利な機能がいろいろ搭載されるようになりました。ただ、実際の授業の現場では、デジタル教科書の機能で書き込んでいるのか、あるいは電子黒板の機能で書き込んでいるのかをうっかり混同すると、デジタル教科書の方では消したはずなのに電子黒板ではまだ消えていない、いうようなことが起こり、かえって先生の負荷を増やしてしまうということが研究で明らかになっています。

 

ですので、デジタル教科書はできるだけシンプルな方がいい、提示用の機器の方も書き込み機能にそれほどお金をかけなくても、大型テレビくらいでいいというのが主な動きになっています。文部科学省は少し前まで「電子黒板」という名称を使っていましたが、今は「大型提示装置」という言い方にシフトダウンして、書き込み機能も「あったら望ましい」程度になっています。

 

こちらは国語の授業です。先生が教科書の文章を写して、問いのところは青、理由のところは赤というふうにルールを決めてラインを引いて見せます。次に、子どもたちに自分で考えさせてラインを引かせています。

 

 

さらに、教室掲示でも今の青と赤に対応するようにしています。これは次の時間まで残しておいて、次の時間はこれを元にして、「今日は自分たちでやってみよう」という展開ができます。こういった活動は以前から行われていましたが、これをもっとやり易くしたのが大型提示装置だということになります。

 

子どもがICTを使うフェーズへ

ここまでは先生がICTを使うことを中心にお話ししてきましたが、最近は、子どもが道具としてICTを使うというフェーズに入ってきています。これについては、「フューチャースクール推進事業」という総務省の実証事業が平成22年から28年の6年間行われました。始まったのは8年前、まだiPadが出ていない頃です。その後たった8年で、今では「まだ(タブレットを)入れていないところがあるんですか?!」という感じになっています。これだけ急激に普及した理由は、やはり大人も1人1台使うのが普通で、持っている人は一度に3台くらい使いこなしていますし、同じアカウントで入っていればいろいろな端末でデータの再現が可能というクラウドを前提とした環境が整ってきたからです。

 

ですから、子どもたちに込み入ったことをさせる時には大型ディスプレイを使い、簡単なことをさせる場合はタブレットで、というのが実現していくという前提で、教室に子どもの人数分のタブレットが入るというケースが増えてきています。

 

子どもたちのタブレットの使い方としては、最初は写真を撮るくらいです。ネットで調べたり、まとめを作ったり、といった本質的な使い方ではありませんが、実験や校外学習などの記録を写真で残しておくことで、後でレポートをまとめる時に便利だということを知ることを経験するためには、非常によい使い方だと思います。

  

デジタル教科書は、子ども用の端末に入れるものが今どんどん出始めています。文部科学省は、学校教育法を変更して、このような子ども用のデジタル教科書を使ってよいということにしました。これについても、後ほどお話しします。

 

デジタル教科書の便利な点は、このように教科書に線を引いたり切り取ったり、後で見直せたりすることができることです。例えば、昨年勉強したことの発展的な内容を学ぶ時に、昨年の教科書にはどう書いてあったかを見たい時には、アーカイブからすぐに探すことができます。また、誰がどこに線を引いたかが全体で共有されるようなツールもあって、一番線を引いた人が多かったのはこの部分だ、ということを見ることもできるようになっています。

 

オリジナルの資料作りや教材の共有にも便利

その他には、先生が教科書以外の資料として自分で関係のありそうなものを撮影し、それをクラウドで共有して、必要に応じて引き出して見るというのもあります。これは、いわば資料集のローカル版ですね。こういうローカルな資料は、人数分とかクラス分を入手するのはなかなか難しいですが、写真で共有しておけば後で拡大して見ることもできますし、書き込みもできるので、非常に便利です

 

また、写真を撮って共有したり見たりするということにはICTを使い、考えを書いたり、それを書き直したりすることはノートで手書きで行う、という例もあります。これは、キーボード入力が大変だからです。しかし、次の学習指導要領の総則では、小学校でキーボードの入力を学ぶことが必須になっているので、もしスムーズに打てるようになれば、書き直したり、推敲したり、共有したりしながらみんなで新聞を作ったりすることがずっと容易にできます。

 

これから先は、今この右側の手書きで行っている部分もICT化することによって、効率が格段によくなると思います。そのために子どもに情報活用能力が必要であるということになるのですが、このお話はまた後で詳しくいたします。

 

記録や説明が手軽に、効果的にできる

こちらは生活科の授業で、池に棲む生き物を見つけて、写真を撮って記録に残すという活動です。さらにこれを友達同士で見せ合って説明するのに使っているところもあります。

 

今のタブレットの機能では、子どもが何かを書くというのは十分に容易ではないので、子どもたちは紙に書いたものを撮影して皆に見せたり、クラウドに保存したりしています。

 

それでも、例えば自分たちが工夫したことを説明する時に、その部分を拡大して見せることが簡単にできるので、紙だけの時よりずっと便利です。このように、タブレットはここに挙げたような記録や保存の容易さ、再利用性が可能であること、説明のしやすさなど、授業や生徒の学習の道具として非常に有効な機能を持っているのです。

 

一人ひとりが端末を持つことで、先生が言うことが「絶対」ではなくなる

生徒一人ひとりが端末を持って調べられることの意味を示す例として、インスタ(インスタグラム:Instagram)の話をします。インスタはご存知ですよね。SNSの一つで、写真を挙げると見た人が「いいね」を押してくれるものです。

 

こちらは私のインスタで、先日台北に出張して、台北の日本人学校に行った時のものです。写真をアップして「今年も来ました」と書いたのですが、それを見たいろいろな人が「いいね」と押してくれています。よく言われる『インスタ映え』というのは、インスタで見栄えがいいことです。

 

この『インスタ映え』のお話です。授業でタブレットを使っている子どもたちは、例えば英語のわからない単語の意味を電子辞書やGoogleなどで調べます。私が見た授業で子どもたちが悩んでいたのが、『インスタ映え』を英語でどのように表現するか、でした。当時の電子辞書にはまだ載っていないので、Google翻訳で「インスタ映え」と入れると、訳のわからないものも出て来ました。生徒たちはそれを見て、どうやらGoogle翻訳では「インスタ」がわからなくて、「インスタント」を短縮したものとして訳してしまったらしいということに気付くのですね。「早くAIの時代が来ればいいのに」という議論になっていました。

 

それではどうするかということで、「『インスタ映え』を英語でどう言うか」で検索すると、そういったことがまとめてあるサイトがあって、そこに「instagrammable」と書いてありました。一方で先生は、「instagenic」という単語を紹介しました。photogenic(フォトジェニック:写真写りがよい)と同じように「-genic」を付けることで「instagenic=インスタ映え」と言えるよ、ということですね。これを見て、生徒たちは言い方は一つだけではないということを知っていきます。

 

つまり、教室に先生という絶大なリソースしかない時は、どうしても先生の言う通りになりがちですが、子どもたちが端末を持つということは、子どもたち自身がいろいろなリソースを手にしているということであり、先生が絶対視されなくなるということでもあります。実際、この後見ていたら、子どもたちの中にはinstagenicを使っている子もいればinstagrammableを使っている子もいました。

 

これはある意味、教える側にとっては怖いことかもしれません。でもこれからの時代は、誰かの言うことが絶対的だということはむしろ危険です。もちろん、先生を信頼してもらうことは大事ですが、学習の内容についてはいろいろな意見があって、「先生はこう思うよ」という考え方で授業をするとはこういうことなのだな、ということを垣間見たような気がしました。

 

ICTを導入しても、地道な反復練習は必要

子どもがタブレットを持つからといって、タブレットだけで勉強するというわけではありません。教科書もあるしワークシートもある、そういったいろいろなものの一つとしてタブレットがあるのです。私たち大人も、メモを作る時に端末を使う人もいれば、紙に書く人もいます。「こっちの方が効果があるから」と何かを全部置き換えるということはまずなく、たいていは共存していて、便利だと思うところで使うというが普通です。みんなが使うものは、それが便利だと認知されたものと考えられるということになります。

 

この子は英語のドリル問題をやっていますが、紙の教科書で勉強したものを元にタブレットで解いています。この子がドリル問題を上手に解けている理由は、下にある教科書をよく見ると、いろいろな書き込みがしてあります。

 

英語は文章を何回も読んで、どこで区切るかを練習することが大事です。これは昔から変わりません。この子の教科書には、一番上に音読の回数が書いてあります。これだけ自分で努力して訓練しているのですね。このような繰り返しの訓練をしないで、ICTを入れただけで劇的に学力が上がりましたということはありません。学力が上がるのは、ICTがうまく訓練をしてくれる、あるいは、ICTを入れたことでいろいろな情報に当たることができて面白くなってすごく頑張る、といったことがあるからです。

 

あるいは、いろいろなリソースに出会うことで、もっとちゃんと勉強しなくちゃいけないなと思って努力するようになるということもあるかもしれません。いろいろな要素がありますが、ICTを入れることで直接的に学力が上がっているというわけではないと思います。

 

ですから、紙かICTかという議論はあまり意味がありません。必要な時はICTを使えばよいわけですし、紙の方が効果があったり効率が良かったりすれば紙でよいのです。ただ、いずれにしても地道な努力は必要です。結局、基礎的な力をどれだけ備え、それを活用する場面をどれだけ多くするか、そしてこれを限られた授業時間の中でどうやってうまく折り合いをつけるかということが、今後のICT活用の一つの大きなテーマとなります。

 

ICTを導入しても、授業の中で先生が子どもたちにわかりやすく説明する場面が全くゼロになるということは、今後もないと思います。先生は、その限られた時間の中でわかりすく・要領よく説明をする技術を持つと同時に、ICTを使ってそれをより伝えやすくしていっていただきたい。これによって説明時間を短縮し、残った時間で子どもたちが自分で努力して訓練したり自分の思考や学び方を深めたりする、つまり自己調整学習の能力を使って子どもたちが学ぶ時間にすることが大事なのです。自分の能力を発揮していろいろなリソースに当たり、その情報を整理しながら学んでいくことなのです。

 

当然そこには、情報をどうやって集めればいいのか、それらをどうやって整理すればいいか、さらにそれらをどうやって発信していけばいいか、というサイクルがあります。これを子どもたちに慣れさせていくと、授業が進んでいくにつれて、子どもたちはだんだん自分でいろいろなことができるようになります。それが「情報活用能力が付いた」という状態です。その力が付けば、それを使って、あるいは基盤として、教科の学習が効率よく進むようになります。これが「学習の基盤となる情報活用能力」の考え方になります。

 

授業でICTを使うためのルール作りや健康面への配慮も必要

一方、授業でICTを使う時の心構えや態度、心得という意味での情報モラルも、同時にきちんと教えていくことが必要ということです。この写真のクラスでは、先生の話を聞く時はタブレットを裏返す、というルールになっているそうです。これは先生と子どもたちが最初に約束していることで、この授業の時には先生はこのことについて何も言われませんでしたが、子どもたちが自分でそうしていました。使っていい時とそうでない時はそれぞれどんな時か、それでも気になるのを我慢するためにどうすればいいかということを、子どもたちが態度として身に付けていることに感心しました。

 

もう一つ、子どもたちの姿勢の話を少ししておきます。今の教室の机は、多くの場合ノートと教科書までを置くことが前提なので、その上にICTまで置くとちょっと手狭な感じになります。そうすると、子どもたちはこのように姿勢を崩して使おうとします。これは子どもたちが無意識にやっているので、そのことが視力の低下につながる可能性があります。

 

私たちの調査で、子どもたちがタブレット端末を使うと紙の教科書を使う時よりも目が疲れると思うかどうかを聞いたところ、半分以上の子が「目が疲れる」と答えました。子どもたち自身も自覚しているのですね。

 

昨日、文部科学省のデジタル教科書に関する会合(「『デジタル教科書』の効果的な活用の在り方等に関するガイドライン検討会議」)がありましたが、そこでも子どもたちの疲労や、姿勢や視力など健康面の問題は、メインの話題となっていました。つまり、授業の中で子どもたちの疲労を最低限にするような使い方はどうあればよいのかということです。

 

授業中にICT機器をたまに使うのであれば疲労にはなりませんし、むしろ子どもたちにとっては嬉しいことです。この議論は、毎日・毎時間結構な時間使うことが前提となっています。子どもたちは授業が楽しくなれば一層集中して頑張りますから、一方でこのようなことにも気を付けなければいけないね、という話です。

 

東京都渋谷区は、小中学校に一斉にタブレット端末を導入しました。私は渋谷区の教育研究会に呼ばれて講演をしてきましたが、研究会のいろいろなブースでタブレットを使ってどのような授業をするかを紹介する中で、学校保健研究部、養護教員の集まりの方たちが、タブレットを使う時の姿勢や気を付けた方がよいことを紹介していました。

 

養護教員は、多くの場合各学校一人ですから、自分が責任をもって答えなければならないので、皆さんが一生懸命勉強されていて、先生方に「私たち養護教員はこんなことを考えています」ということを啓発されていました。非常に良いことだと思います。

 

ここまで学校現場の実践の話をしました。大きくまとめると、最近は教員がICTを使う時代から子どもがICTを使う時代へとだんだんシフトしていること。そこでは、むしろ最先端に頼り過ぎない・使いすぎないようにするとともに、たくさん使うことを前提とした子どもの健康の問題を考慮しようということが話題になっていること。そして、そこで身に付いた力が、教科の学習を効率的に進める時、例えばアクティブラーニングなどを効率的に進める時に、基盤となる力として機能することになる、という話でした。