文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業 情報学的アプローチによる「情報科」

情報分野における思考力・判断力・表現力の定義に対応した作題手法と作題例

情報処理学会/電気通信大学 久野靖先生

思考力・判断力・表現力の定義から、それに基づく作題マニュアルの作成へ

情報分野は、大阪大学と東京大学、情報処理学会で、情報分野における思考力・判断力・表現力の定義と、その定義に対応した作題手法と作題例を研究しています。私は、情報処理学会の立場からお話しいたします。

 

萩原先生のお話にもあったように、まず我々は、思考力・判断力・表現力というものの定義を行いました。一口に「思考力」と言っても具体的に定義されてないので、これでは評価のしようがありません。そこで2016年度は、思考力・判断力・表現力を具体的かつ恣意的に定義しました。そして2017年度は、これらの定義群が妥当かどうかについて、教育関係の研究者の方々のお話をうかがったり、実際の問題にあてはめたり、あるいは思考力について扱った書籍と照合するといった形で整合性の検討を行いました。その結果として、大きな問題はなかったということで、定義を固めました。

このように様々な定義はできましたが、最終的にはこれを測る問題が作れなければなりません。例えばある試行問題が思考力を測るのに非常に良い問題であったとしても、先生方が同じような問題を作るのが非常に困難だ、作りにくい、というのではいけないわけです。そこで、今年度はこの思考力・判断力・表現力の具体的な定義に基づいて、これらを測る問題を作題するためのマニュアルを作ることを検討課題としています。ここでは、どのような手順を考えているかということと、それに基づく具体例をご説明します。

 

CBTを前提として、解答に時間がかかりすぎない良質な問題をたくさん作ることを目指す

私たちは、基本方針として思考力(Tr、Tc、Td、Ti)・判断力(Ju)・表現力(Ex)、メタ思考力(Ms)それぞれについて、一つ以上の作題手順を考えました。

例えば、思考力のTrには四つの作題手順があり、この四つを使えばTrを測るいろいろなタイプの問題を作ることができます。

 

ただ、手順の集まりは網羅的ではないので、その力を測るあらゆる問題ができるわけではありません。一方で、今言ったこととは矛盾しますが、手順の被覆性として、複数の手順を組み合わせることで、なるべくその力の多くの範囲をカバーできることを目指しています。

 

この作題手順で作られる問題の特性としては、「考える問題」というと、どうしても1問解くのに数十分かかるような大きい問題になりがちなのですが、今回は私たちが開発するCBTを想定しており、たくさんの問題を解いていく形なので、1問につき数分~10分程度で解ける程度のボリュームの問題を豊富に作ることができるようにしています。そして、手順を整えることでたくさんの人が作題に関わって、良質な問題が蓄積されていくことになると思います。

 

思考力・判断力・表現力を測る出題形式としては、記述式というのが今回の事業の大きなテーマになっていますが、私たちが開発するのがCBTで、そこで使われる多選択肢形式でも測定可能であるという感触を得ています。

 

[具体的な作題手順と問題例]

■Tr:読解的思考力(r=reading)

ここからは具体的な作題手順と問題の具体例をご説明します。「Tr:読解的思考力」は、自分にとって必ずしもなじみのない記述や図式、グラフ、数表を読んで意味を理解する力のことです。今、授業を理解できない生徒が、実は教科書に書いてあることが読めていないということが非常に大きな問題になっていますが、それは、書かれた意味を読み取って問題に答えるという、この力が不足していることが原因であると思います。

 

(1) 定義の適用(Tr-def-appiy)

このTrを測る具体的な問題の一つとして、定義の適用に関する問題(Tr-def-appiy)があります。これは、言葉や記法に対して意味を定義するのですが、その時に日常で使われている意味そのものであれば、その意味を知っている人はそれだけで解けてしまいますので、日常とは異なる、設問中だけの意味を定義し、その定義に沿って適用させる、という問題です。適用のあり方が難しいとまた別の問題になってしまうので、適用そのものは単純である形が望ましいです。

 

下図が作題例の「ぺこぽん数」です。「ある民族は、数を表すのに『ぺこ』で1を表し、必要な数だけ『ぺこ』を繰り返すことでその数を表し、『ぽん』でそこまでに表した数の2倍を意味させるものとする。例えば、『ぺこぺこ』は2、『ぺこぺこぽん』は4、『ぺこぺこぽんぺこ』は5を表す」という説明に対して、与えられた表記が表す数を答えさせるというものです。説明を読んで理解する力があればこの問題は解けますので、読解的思考力を測る問題ということになります。

これがなぜ情報科の問題であるかというと、ここでは手順的な数値の表現方法を定義し、その定義が適用できるか、ということを見ています。定義そのものは、読解的な思考力によって読み取りますが、その解釈方法は手続き的な操作が必要となるので、情報科的な力を測ることができていると思います。

 

(2) 抽象的記述へのあてはめ(Tr-abst-conc)

今度は「抽象的記述へのあてはめ」(Tr-abst-conc)です。これは、「一般的にXはYである」というような抽象的な記述を一つ(または複数)含む記述を与え、次にこの抽象的記述の一部または全体にあてはまる具体的事項を一つ(または複数)与えます。そして、あてはまりの有無やあてはめた帰結が判断できるかを問う、というものです。

文章において一般的にあてはまるかどうかということを問う場合、定義が一般的規則、適用が具体化という点で、先ほどの「定義の適用」に似た部分もありますが、この「抽象的(一般的)記述」は、定義という形にとらわれないため、より広い範囲となります。

 

具体的な作題例が、「再帰的定義」です。再帰的定義として、下図に書かれているような説明がなされています。設問では、上の説明を読んで一般論として理解した上で、例えば整数とはどういう数か、素数とはどういう数かという文章が再帰的定義の形になっているか、というものを選ぶことになっています。

情報科学において多く現れる「再帰的手続き」「再帰的定義」を取り上げて、「抽象的記述へのあてはめ」の手順で作題しています。「再帰的定義」自体を知らなくても、一般論としての意味を知った後、それにあてはまり得る具体例を選ぶことはできます。

 

(3) 具体的記述からの一般化(Tr-conc-abst)

これとは逆に、「具体的記述からの一般化」(Tr-conc-abst)もあります。これは、「XはYしている/Yである」という具体的な記述を複数与えた上で、これらに共通する事項、ないしはそれらを一般化/抽象化した記述について問うものです。

作題例は、正人くんがあるプログラムに様々な個数のデータを入力して実行にかかる時間を調べた、という設定です。データが1000個の時は4秒、2000個の時16秒、3000個の時36秒、5000個の時100秒ですから、データ数がn倍になると時間はnの2乗倍となっていることがわかります。

 

こういった具体的な事例を並べた上で、(1)から(5)の選択肢の中で、この結果を説明するものとして適切なものを選ぶという問題です。

見ていただいてわかるように、この中では(1)と(2)があてはまります。これが情報科の問題であるのは、プログラムの所要時間(時間計算量)は、情報科学の重要なテーマであるからです。

 

(4) 見慣れない図式の読み取り(Tr-extra-graph)

読解というのは、文章に限りません。ふだん目にしないような図式を提示して、その図式の表現の意味を説明した上で、提示した図式が理解でき、読み取れているかを見る(Tr-extra-graph)というものも考えられます。この図式は、ユニークな形のグラフのように設問用に考案したものも、状態遷移図のマトリクスのように情報分野ではよく使われても日常ではふだん見かけないものも含まれます。

 

具体的な作題が下図です。この「つららグラフ」は、ある容量のうち何%が空いているかを示すもので、下の線まで到達していれば空きが100%ということになります。ヒストグラムを逆さにした形状です。これがある部屋で毎年イベントを開催した時の部屋の余裕を示したものとして、グラフから読み取れるものを選択肢から選ぶという問題です。

 

情報科の内容として、データの整理・分析がありますが、その中では「データの読み取り」が重視されます。一般にはヒストグラムを使いますが、この設問では見慣れないグラフからのデータの読み取りに主眼を置いているため、選択肢の各項目は具体的な記述となっています。これが一般的な記述になるほど、先ほどの「具体的記述からの一般化」の側面が大きくなります。このように、ある問題がいずれかの思考力をピンポイントで測るのではなく、どの思考力の部分がより大きくなるかということです。

 

(5) 見慣れた図式の問題の読み取り(Tr-ord -graph)

これとは逆に、ふだん見慣れた図式の問題の読み取り(Tr-ord -graph)というものもあります。これは、ふだんよく目にする図式や数表を提示し、それが何を表すものかを簡潔に説明します。その上で、ここから既存の知識や過去の経験が通用しない事項を読み取らせる、というものです。作題手順の内容は、先ほどの「見慣れない図式の読み取り」とほとんど同じです。

 

作題例は、正人くんのクラスでゲームが好きな人・スポーツが好きな人の関係を示したベン図です。選択肢の中から、この図から読み取れるものを選ぶという設問です。

情報科の内容として、データを整理・分析することがありますが、特に集合を排他的に分割することは、問題解決において重要です。先ほどの「見慣れない図式の読み取り」よりも、読み取り自体により主眼を置くことになり、求める能力が違うことになります。

 

■Tc:関連的思考力(c=connection)

次にTc:関連的思考力を紹介します。これは、一見関連がわからないところから結び付きを見出す力で、多数の事項の中から結び付きを発見できるかを見る設問です。

 

・集合中の関連抽出(Tc-set-relation)

例えば、「集合中の関連抽出」(Tc-set-relation)では、出題テーマに応じた何らかの集合を設定します。設定の方法は、個別の要素を提示しても、条件を指定するものでもかまいません。次に、集合の要素間の関連を指定します。関連を考えた上で判断させるために、一見してどの要素とどの要素が関連しているかが明らかではないものとします。その上で、要素間で互いに関連しているものを答えさせます。

 

作題例は、「2数を出力するコード」です。下図に示すようなフローチャートで、xやyには正の整数を入力するものとします。これらのうち、入力によっては2つのプログラムが同一の出力を生じるものの組み合わせを選ばせます。同一の出力を生じる時の入力は互いに異なってもかまいません。

フローチャートによるプログラムは当然、情報科で扱う範囲です。ここで、複雑なロジックによる判断が必要だと、「Ti(推論)」の問題になりますが、ここではごく小さな整数をあてはめて実行してみれば同じになるかどうかが判別できる、易しいフローチャートにすることで、Tc-set-relationの問題としています。

 

■Td:発見的思考力(d=discovery)

もう少しほかの思考力にも触れてみましょう。Td:発見的思考力にはここに挙げた5つの分類があります。

 

(1) 記述と外部事項の関連発見(Td-external-rel)

その中で「記述と外部事項の関連発見」(Td-external-rel)に関する問題です。複数の事項が関連し合った全体像(ストーリー、状況設定、システムの全体像など)を設定し、その一部範囲について記述を作成します。記述の形式は、文章でも他の方法でもかまいません。そして、その記述にある一部範囲と、記述以外の要素との関連を発見させるような問題を出します。

 

作題例は、ケーキ屋を開業するために、様々なケーキの原価を計算する、という問題です。例えばいちごショートケーキの材料を示して、原価計算をするためのテーブルを作るために、空欄に何を入れたらよいか、ということを考えさせます。目的は原価を計算することなので、材料ごとにいくらかかるかということがわかるようにしなければいけません。レシピを読むと、材料の分量は材料によってばらばらな単位で書かれているので、それに対応した計算ができるためには、文中には出てこない(文の外にある)「単位」をテーブルに含める必要があることを発見しなければなりません。この意味で、この問題は「記述と外部事項の関連発見」ということになります。そして題材である、データベースによる情報の管理は、情報科の重要な内容となっています。

 

(2)記述・表現の意図の発見(Td-expr-intent)

さらに、「書かれていないことに気が付く」ということは、文章の隠された意図を読み取れるかどうか、という問題を作ることもできます(Td-expr-intent)。

 

例えば、A氏が講演会で使ったスライドに、B社の所有する作品が含まれていたことを知ったB社の担当者から、このような手紙が送られてきました。ここには、「講演の盛況おめでとうございます」とか、「興味があるのでスライドを送ってほしい」などといろいろ書いてありますが、この手紙が本当に言いたいことは何か、というと(場合によっては)所有作品に対する著作権料、使用料を請求したいから確認のために送ってくださいね、ということです。この意図を汲んで、何が言いたいのかを並べさせる問題です。

 

今年度中にはマニュアルに基づいて作題ワークショップを実施予定

このマニュアルは現在作成中で、さらにブラッシュアップを進めています。そして、今年度中にこのマニュアルに基づく作題ワークショップを実施し、先生方からフィードバックをいただいて、さらに精緻化を目指していきたいと思います。

現時点では、大問でなくても、思考力・判断力・表現力を測る問題が作ることができ、また、多選択肢方式に対応しているので、CBT/自動採点問題にも対応できていると思います。今後はできれば、このマニュアルに基づいて作られた問題を実際に生徒に解かせて、問題の評価を行いたいと思っています。

 

※平成30年度全国大学入学者選抜研究連絡協議会大会(2018年5月26日)

大学入学者選抜改革エキスポ 成果報告と各教科における思考力の評価方法と問題例の解説 より