情報処理学会第80回全国大会イベント企画

文部科学省 大学入学者選抜改革推進委託事業 「情報学的アプローチによる「情報科」大学入学者選抜における評価手法の研究開発」シンポジウム

 

2017年度事業解説

大阪大学萩原兼一先生

2025年4月の大学入学者選抜を目標とした先進的評価手法

今回お話しするのは、この「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」事業について、昨年2017年名古屋大学で開催された情報処理学会全国大会でお話ししたことから1年経過して、この間に新しく開発したことや試行したことについて、いわば差分について解説することがメインの目的になります。

 

今回初めての方もいらっしゃいますので、大まかに事業の概要をご説明します。

 

まず、2022年の4月に高等学校に入学する高校生から、次期学習指導要領が学年進行でスタートします。彼らが大学に進学するのが2025年4月ですので、このタイミングで情報関係の入試が何らかの形で入るだろうと、文部科学省の高大接続システム改革会議の最終報告に書かれています。ですから、時期としてはこの辺りを目指すことになります。

 

2016年度に、文科省から高大接続改革の推進に関する委託事業が四つ出ています。下図の一番上が、大学教育の改革、一番下が高等学校の教育改革です。真ん中の緑の枠が二つあるのが、大学入学者選抜改革です。そのうち、下にあるのが「大学入学希望者学力評価テスト」、センター試験の後継試験となる共通テスト改革です。このフィジビジビリティを検証する事業です。

 

我々はこの赤で囲んだ部分の「先進的評価手法の共同開発」、先進的な入試を研究するというものです。ターゲットはセンター入試ではなく、各大学の個別入試です。

 

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この事業の公募要領では、大学の入試問題は、主に知識や、計算などの技能を測ることに特化していて、思考力・判断力・表現力を評価していないのではないかということが、問題提起されていました。そして、知識をうまく活用して新たな問題解決ができるような思考力・判断力・表現力を評価する手法およびその仕組みを作るのがこの事業の要求です。

 

そして2016年10月に採択結果が出まして、私たちは、3番目の情報分野を受託し、大阪大学が代表校となりました。国語に関しては北海道大学、地歴・公民は早稲田大学、理数分野は広島大学が代表校です。4番の主体性分野だけは少し毛色が変わっていて、入試の際に高等学校から大学に提出する調査書というものがありますが、その辺りのことを研究するもので、関西学院大学が採択されています。

 

情報分野の取り組み内容~CBTによる思考力・判断力・表現力の測定

我々の取り組みは、大きく四つに分かれています。下図の赤字で示したところが、今までに何らかの形で研究が進んでいるところになります。

 

まず、「情報科」入試実施における評価手法(試験問題)の検討。次に、「情報科」の試験をCBT(Computer Based Testing)で実施するシステムに関する研究。情報技術による入試の評価に関する研究。そして、広報活動と動向調査研究。この四つのテーマで実施しています。

 

研究・開発のスケジュールが下図です。2016年の10月からスタートして、2019年の3月まで、2年半のプロジェクトです。現在は2018年の3月ですから、次期学習指導要領のパブコメが出たという段階です。今まで1年半取り組んできてきましたが、昨年3月にこの全国大会で最初の半年分の成果発表をしました。今日は、それ以降の差分に関してお話しすることになります。

今日のシンポジウムでは、まず次期学習指導要領について鹿野先生にお話ししていただきます。

 

プロジェクトの内容としては、大きく三つの柱があります。第一の柱は、先ほど申し上げたように思考力・判断力・表現力を評価するような試験問題を開発することと、さらに重要なこととして、その試験問題を作るための体系的なメカニズムを提示することです。

 

そして第二・第三の柱は、いわゆるCBTに関するものです。コンピュータを使うことで、多くのデータを扱ったり、動画を見せたり、試行錯誤をさせたりするような出題が可能になるので、ペーパーテストに比べて思考力・判断力・表現力を測るための問題の幅が確実に広がるだろうと、CBTを導入することを試行しています。そのためのCBTシステムの研究・開発を行うというのが第二の柱、さらにCBTならではの試験問題の開発が第三の柱ということです。CBTのシステムについては、昨年度開発したものをCBT V1、現在開発中のものをCBT V2と呼んでいます。

 

このあと、第一の柱に関しては東京大学の萩谷先生にお話ししていただきます。また、昨年7月・8月に、東京大学と大阪大学の1年生で情報の入門科目を受けた学生のボランティアに対して、彼らを仮想的な高校3年生とみなして、CBT V1を用いた模擬テストを行いました。この模擬テストでは、試験結果を様々な角度から分析するとともに、実際に試験を受けた学生からCBT自体の使い勝手について感想を出してもらいました。この部分については、東京大学の角谷先生にお話ししていただきます。

 

思考力・判断力・表現力の分類に「マクロ的思考力(Tm)」が加わる

この事業の最大の要求が、「知識・技能を活用して課題を解決するために必要な思考力・判断力・表現力をテストで評価しなさい。そういう問題を作りなさい」ということです。ただ、この思考力・判断力・表現力という内容は、ぼやっとわかりますが、それをテストで評価すると考えたときには、あまりにも漠然としている言葉、つまりバズワードです。そこで、我々はこの思考力・判断力・表現力というものを、テストで測定するという観点から、もう少しブレークダウンして考えました。下記の3枚の図はこれまでに何回も提示してきたものですが、電気通信大学の久野靖先生が中心になって作られたものです。

 

まず思考力(Thinking)に関しては、四つに分類しました。「Tr」は『reading』、文章を読んで意味を理解する力です。「Tc」は『connection』、結びつきを見いだす力です。「Td」は『discovery』で直接に示されていない事柄を発見する力。そして「Ti」『inference』は事柄の集まりに対して推論を適用する力を表します。

表現力(Expression)は、与えられた基準において有用な表現を構築/考案/運用する力です。与えられた基準、というのが大事ですね。情報分野で特徴的なものとすれば、プログラムとや手順書なども表現力を測る対象となります。

また判断力(Judgement)は、複数の事項の中から、与えられた基準で順位付けできる力としました。この基準としては、個数や効率、金額などの理工学的に合理的な指標や、いわゆるエンジニアリングデザインで出てくるような、環境条件や制約条件、あるいは社会的道徳的な影響などといったものが基準となります。

最初、我々はこれら三つを提案しましたが、「思考力というのはこんな小さなものではないだろう」というご意見をいただきまして、確かにその通りですので、今回新たにマクロな思考力「Tm」(『Meta strategy』)を加えました。これは、これまで挙げた様々な思考力・判断力・表現力を組み合わせて使って、高次の問題解決を行う力を指します。

例えば先ほどの判断力の定義で「与えられた基準において」というのも、考え方によってはその基準を考えることも判断力のうちではないかという意見があります。ここでの立場は、その基準をきちんと考えるのが、ここで言う思考力の「Td」の『discovery』であり、Tdで見つけたものを条件に順位付けする「Judgement」を適用するというのが広い意味での判断力であり、Tmの一つにあたります。

 

成果の普及と今後の課題

成果の普及に向けた取り組みについては、今年度もいろいろな形で普及に努めてきましたが、今日この全国大会が今年度の総まとめとなります。

今現在予定している来年度の予定としては、まず5月26日に電気通信大学で、大学入学者選抜研究連絡協議会の「大学入学者選抜改革エキスポ」という、大学入試センターが主催する大きなイベントがあります。この日の午前・午後を使って先ほどお示しした大学入学者選抜改革事業の五つの分野の人が集まって、それぞれの分野について発表することになっています。

 

 

 

また、このプロジェクトの最後のシンポジウムで、高校関係者・一般の方々との意見交換を行います。こちらは、12月9日(日)が候補日で、大阪で開催する予定です。また、9月に福岡工業大学で開催される情報科学技術フォーラム(FIT)で事業紹介を、来年2019年福岡大学で開催される情報処理学会の全国大会で最終報告を行う予定です。 

 

来年度の課題としては、次期学習指導要領が公示されるのを受けて、思考力・表現力・判断力の評価方法やルーブリックを対応させる必要があります。また、CBTで試験をする際に、IRT(Item Response Theory:項目反応理論)という形がどれくらい使えるかという研究が必要です。さらに、我々は思考力・判断力・表現力等を試すために出題しているつもりですが、本当に思考力を試しているのかというようなことを、別系統のもので何か妥当性を評価するべきだという課題があります。これらについては、来年度の大きな内容となります。