高校教科情報シンポジウム2017秋 ―ジョーシン2017秋―

思考力/判断力/表現力の測定と情報教育の参照基準

電気通信大学 久野靖先生

本日お話しする「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の開発研究」の発端になったのは、文部科学省が設置した「高大接続システム改革会議」(2015年3月~2016年3月)です。高校教育から大学教育までを一体的に改革することで、現在の我が国の教育に見られる様々な問題に対処しようとするものでした。この問題の中に大学入試のあり方も含まれます。そして、中間取りまとめと最終報告では、高校・大学を通じて育むべき教育の目標として学力の3要素、つまり「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体性・多様性・協調性」を挙げました。

さらに、今までの入試は知識・技能を測るものが主流でしたが、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」(名称は当時)では、「思考力・判断力・表現力」や、「主体性・多様性・協調性」「学びに向かう姿勢」も評価しなければならないということになりました。

 

そこで文部科学省は、「大学入学者選抜改革推進委託事業」を立ち上げ、主体性、人文、社会、理数、そして情報について、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」改め「大学入学共通テスト」と、各大学の独自試験の二段階選抜における問題点の整理や、適切な評価を行うための手法開発を行うことになりました。

 

「主体性・多様性・協調性」を試験で測るのは難しいので、たぶん面接などで見ることになると思いますが、「思考力・判断力・表現力」は、ペーパーテストなどで客観評価をすることが可能ではないか、ということです。 

そして、情報分野については、大阪大学が代表機関となり、東京大学と情報処理学会が連携機関となって、最初に名前が出た「情報学的アプローチによる『情報科』大学入学者選抜における評価手法の研究開発」を行っています。

 

事業の内容としては4つあります。一つは「情報科」入試における評価手法の検討。二つ目が「情報科」のCBTシステム化の検討。三番目は情報技術を使った入試の評価の検討、情報技術をどのように採点に、利用するかということですね。そして、高校・大学の先生方を中心に広報活動や動向調査もあります。このシンポジウムは広報活動も兼ねています。

 

私はこの中で主に「思考力・判断力・表現力」をどのようにして評価するかということに取り組んでいます。さらにもう一つ、小学校から大学までの「情報教育」の内容を体系化できるか、というものを作っています。こちらは、日本学術会議で萩谷先生が中心となって進められた情報学の参照基準につながる一貫したものを作りたい、ということで作ったものです。これについても、このあとお話しします。

 

思考力・判断力・表現力を測る入試問題を作る前提として

思考力・判断力・表現力を測るためには、それらがきちんと定義されていなければなりません。定義がないのであれば、作りましょう、ということになりますが、そんなに簡単に定義できるものなのでしょうか。また、定義したものが正しいかどうかをどのように検証するのか。そして、私たちが作った定義では、思考力は4つに分かれていますが、判断力と表現力が1つだけなのはなぜか、ということもよく聞かれます。今日はその辺りについてもご説明します。詳しくは資料をご覧ください(※1)。

 

※1 資料「思考力・判断力・表現力の評価手法について」は下記よりダウンロードください

思考力・判断力・表現力の評価手法について.pdf
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そもそも思考力とは何かと言えば「考える力」で、それ以上の定義はありません。では、私たちが普通に問題を作ったら、考える力を見たことになるのでしょうか。

 

私たち情報入試研究会では、これまで情報入試の模擬問題をいろいろ作ってきました。知識問題ではなく、考える力を問う問題を作るためにどうするか。知識問題は覚えていれば解ける問題とすればよいですね。しかし、すべての問題の集合から、知識問題の集合を除けば、残りは考える力の問題なのでしょうか。「~ではない」という定義は役に立ちませんから、これはダメですよね。それでは、どうやって問題の作り方の方針を作ったらよいのでしょうか。

 

そこで、私たちは考えました。まず、思考力や判断力、表現力の包括的定義や網羅的定義、つまり「これが思考力の定義である」ということは行わないことにしました。そもそも思考力などというものが簡単に定義できるなら、苦労しません。

 

ではどうするかというと、思考力(Thinking:T)、判断力(Judgement:J)、表現力(Expression:E)について、恣意的な狭い定義を自分たちで決めました。そして、ある受験者がTに関する問題が解けるのであれば、その受験者はここで定義されたTという思考力を持っているとして異論ないだろう、ということにしたのです。 

これは例えて言えば、詰め将棋の難しい問題が解けるのであれば、「この人は考える力がある」と言っても文句はないのと同じことです。ただ、試験問題に詰め将棋を出すわけにはいかないので、別のもので出題しても、それを世の中が認めるなら良しとしよう、と考えることにしました。さらに、それに加えてその問題を作ることが比較的容易であり、なおかつ様々なバリエーションのものがあるようにしよう、というのが、現在私たちが行っている方法論です。 

 

こうすると、想定される反論としては、「そのTでは測れない、T′という思考力もあるじゃないか」というものがあります。それに対する私たちの回答は「どうしても必要ならT′の定義の作問も追加しましょう」ということです。ただ、定義を追加して、それに対する問題を増やすのはなかなか大変なので、作題が可能な範囲で、できるだけ汎用的に使える最善のTを定めておくことが望ましいわけです。

 

今までの話を下図で説明します。このオレンジ色の範囲が世の中でいわれる思考力とだとします。包括的・網羅的定義というのは、左の図のように、それにできるだけ近い〇を描こうとするものです。これは、先ほど言ったように非常に難しい。ですから私たちは、このオレンジ色の範囲の中に入っている、TrとかTdとかTiとかいった思考力のまとまりをいくつか用意して、ここに入っているものであれば、「考える力」と言ってよい、この中に入っていれば思考力を測定する問題を作ることはできる、ということです。

 

そして、思考力については4種類、判断力と表現力は各1種類を便宜的に策定しました。この便宜的というのがポイントです。ざっくり言うと、まずは考えつく限り定義を集めて、リストに順番をつけるものを「判断力」、アウトプットするものを「表現力」として、残りはもう全部様々な思考力ということにしました。

 

「思考力」の4つの分類

ここからは、具体的にそれぞれの思考力を説明していきます。はじめはTr(reading)で、自分にとって必ずしもなじみのない文を読んで意味を理解する力です。読み慣れた、知っているものであれば、考えなくても反射的に答えられますから、Trとはなりません。見慣れない、読み慣れないものを見て、「これはどういうことだろう」と考え、解く力があるというものをTrとしました。

 

このTrを見るための問題例としては、記法の定義を考えました。ふだん使わない記法が定義されていて、それを読んで問題を解く、ということをします。 

 

例題を見てみましょう(下図)。「アルファベットのAからZと、演算◇および△が混ざって並んだ列を考えます。列sに対してs◇はsを2回繰り返すこと、S△はsを左右反転することを表します。sは空でもよく、演算は左から解釈する。例えば『AB◇△』であれば、◇は2回繰り返すことなので、『ABAB△』となります。そして三角は左右反転するので、この並びは『BABA』となります」。ここまでが問題文の記述です。

 

問題そのものは、この規則に従って、「以下の選択肢のうち互いに同じ結果となるものをすべて挙げよ」というものです。そして、この問題が解けるということは、この文章を読んで理解するTrという思考力を持っているということにしてよい、ということになります。 

 

次はTc(connection)です。Tcは、一見関連がわからないところから結び付きを見出す力です。図や文が描いてあって、それらの結びつきは直接は書かれていないけども、これとこれは対応しているね、というのがわかるのは思考力の一種だと考えました。作問方法としては、多数の事項の中から結び付きを発見できるかを見る問題がこれにあたります。

作問例です。「次の文を読み、正人の動作とその理由の組になるものを挙げよ。解答欄は余るかもしれない」。そして、次の文から正人の動作と、その理由として結び付きが考えるものを見つけ出します。問題文は下図をご覧ください。

 

これを解くためには、文の中の正人の動作を見ておいて、それからその理由になるものを見つけ出さなければなりません。少なくとも、知識があれば解ける問題ではなく、読みながらこれとこれは対応している、ということがわかることが必要です。これがTcということになる。解答は、動作と理由を組にして書くことになっています。 

 

次はTd(discovery)です。Tdは何らかの事項の集まりに対して、直接に示されていない事柄を発見する力です。この事項の集まりには、先ほどのTcで発見したものも含まれます。抽象的なのでわかりにくいので、下図に具体例を挙げました。例えば、「事項同士の関連が持つ規則・不規則性やトレードオフ」などは、いわゆる問題発見や仮説構築に対応するものであると思います。

 

また、「事項の特性や振る舞いを説明する有用なモデル化・抽象化」もこれにあたります。モデルを見つけ出したり、抽象化を構築したりすることは、やはり考えなければできません。

 

それから、「事項に対する現に記述されているのとは異なる視点」というのは、視点を変えること、あるいは事項が記されている範囲、文書等外のものとの関連がわかるということも必要です。

 

そして、「事項の記述・表現に内在する意図」。これが入っているのは、情報科ではコミュニケーション、つまり相手が直接話したり書いたりしたことから、相手の意図を見い出せないと困るので、そういうことを含めたということもあります。 

 

作問方法としては、事項の記述を与えた上で、上のような新たな事柄を発見できるかを見ることになります。例題が、「次の整数が共通に持つ性質について20文字以内で述べよ」。これはかなり難しいですね。この解答については、後ほど解説します。 

 

思考力の4つめがTi(inference)です。これは、Tcで結び付きを発見したものや、Tdで発見したものも含めた事項・事柄の集まりに対して、推論を適用するというものです。作問方法としては、推論の正しさを判別させたり、推論そのものを構築させたりします。

Tiの作題例がこちらです。「次の等式すべてが成り立つことはあり得ない。矛盾を生じる最小の集合をすべて列挙せよ」。これは、代数の問題ですが、推論として考えることができるので、Tiの作問例ということになりました。

判断力と表現力は…

判断力は、複数の事項のリストがあって、その中で規定した基準において、優先順位を付ける、上位・下位のものを選択する力に「判断力」という名前を付けました。

 

基準としては、まずは個数とか効率とか金額といった理工学的に合理的な指標が一般的です。さらに情報科には倫理やモラルなども入ってくるので、社会的、倫理的、道徳的な影響力や重要度という基準も必要です。さらに、制約条件を与えることで、順位が変化するような指標、セキュリティや安全性など、エンジニアリングデザイン的な指標も入れました。

 

作問方法は、設問によって与えられた事項、あるいはTcでの結び付き、Tdで発見した事柄、Tiの推論の道筋の中から、正しいものや重要なものを選ばせます。必要に応じて前提とする状況や制約を付記します。

いろいろな問題を作ることが可能ですが、例えば「ある職場でデータが漏えいしたことが発見される事件があった。そこで対応するミーティングを開催することになった。そこで使用するのに、最も適している図式を選べ」という問題。これに対しては、「これは知識問題ではないか」という質問を受けることがあります。どこまでが知識で、どこまでが思考かというのは、問題のレベルによって違います。しかし、易しい問題ではあるけれど、順番は付けているという観点で、これは考える力も含まれている、と私たちは考えています。問題の難易度については、今後別に検討するということになります。

 

最後は表現力、これは与えられた基準において、有用な表現を構築・考案・創出(=アウトプット)する力です。基準としては、次のようなものが考えられます。まず、日本語記述としての適切性。また、図や絵、グラフ、状態遷移図なども表現のあり方とします。

 

それから、自分や他者の問題解決に資する表現としての適切性、問題解決に役立つ表現を創り出すことができるか。それから、プログラムなどの処理手順を創り出すというのも表現力であるということにしました。さらに、自分と必ずしも前提が共通しない他者に理解可能な表現、これは、コミュニケーションを念頭に置いた表現ですね。それからSNSやネットの場における行動の適切さも入ります。最後の二つは、情報倫理的なものもカバーするために挙げてあります。

 

作問方法としては、設問によって与えられた事項やTcの結び付きについて、Tdの発見した事柄について、あるいはTiの推論の道筋について、適切な表現を構築する設問をします。Trの記法や定義を適切に活用した記述も含めます。Tiと同様に、前提や状況は付記します。 

ここに挙げた作題例は、「自転車の利用を促進することは社会的によいという主張をする文章を作成したい。書き出しは『自転車の利用を促進することは社会的に好ましい。なぜならば、』である。これに続く文章の断片を選択肢から選んで記入せよ。句読点は適宜補われるものとする。同じ選択肢を複数回使ってもよい。解答欄は余ってもよいが、解答欄を超えて記入することはできない」というものです。

これは、私たちが開発してきたプログラミングの短冊の並べ替え型問題と同じ形ですが、アウトプットは日本語の文章です。

 

だからこれを実際に書くとすると、「自転車を利用することは社会的に好ましい。なぜならならば、自転車は人力によって動く。」『従って』「自転車はエコである。」『また、』「自転車の駐輪スペースは1人当たりにすれば、駐車場より小さい」。『従って、』「都会の高価な土地の有効活用になる」。

という形でつないでいくとよいですね。このように日本語としてきちんと論旨が通っているか、さらに『従って』や『また』などの接続詞が正しく使われているか、ということを見るわけです。

 

「これは国語の問題じゃないか」と言われることもあります。当然ながら、国語でも表現力を問うことはあります。ただし、ここで問うているのは「作者の気持ちを説明する」といったものではなく、ロジカルな意味での表現力を見るということを目指しているのです。

 

他教科でも汎用的に使えると同時に、情報学の重要な行動を測ることも可能

ここまで紹介した例題は、ほとんどが情報科と関係ない一般的な問題ですが、もちろん情報一般や、コンピュータ・ネットワークなど、情報技術に関するものを題材として取り上げることができます。

また、Tdに出てくる「抽出される事項」として、情報科学的なモデル化・抽象化の結果を入れることもできます。

 

さらに判断力では「判断基準」として、情報倫理の基準や計算量のような、コンピューターサイエンスの基準を入れることもできます。また、表現力では、プログラムや、状態遷移図、データフロー図など情報技術関係のものを「表現の手段・形式」にできます。あるいは、同じく表現力の「表現のよしあしの基準」として、SNSやネットワーク上での行為の適切性や、コミュニケーション手段としての効率性といった基準も含まれます。

 

ここで、先ほどTdのところでお見せした「5,9,12,20,33」の数の共通点について。正解は、「2進表現したときに、1のビットが2か所になる数」です。難しいですね。しかし、ここに「2進表現」というヒントを入れると、急に易しくなります。こういった調節もできると思います。

 

抽象化やモデル化は、情報学では特に重要な行為ですので、それらと今回定義した各能力の定義との対応についても検討を行いました。

例えば抽象化は、複雑性を持つ事項に関して、不要な細部を排除し、直面している問題解決に必要な事柄のみを取り出すことです。これについて言えば、例えばTdで、元の事項に関して、抽象化において考慮すべき要素をピックアップするというのがこれにあたります。さらに、その見出された事項同士の関係性を把握し(=Tc)、その中でどれを選んでどれを落とすかという取捨選択を判断することが必要です(=Ju)。 

さらに、残された事項同士が整合性・完結性を持ち、単独で利用可能であるものが「モデル化」です。ですから、残すべき要素が関連性に基づいて、整合性・完結性があり、利用可能であるかをチェックすること(=Td、Ti)、複数の可能な抽象化から、基準に照らしてより優れた抽象化を選択すること(=Ju)、そしてそのモデルを外部化する、つまり記述すること(=Ex)が必要です。こうしてみると、抽象化とかモデル化という情報を扱う上で重要なことは、私たちが提案した6つの恣意的定義に結構当てはまっていると思いますが、いかがでしょうか。

 

我々が取り組んでいるのは、思考力/判断力/表現力を測る試験の枠組みを考案するというお題ですが、その解として、恣意的にTr、Tc、Td、Ti、Ju、Exという6つの能力を定め、それに基づいて作題する、というアプローチをしました。それでも、例えば抽象化のような重要な行動を測ることができ、情報科・情報学の試験として通用すると言うことができそうです。

 

今後は、実際にこの枠組みを使いつつ、できた問題をこのものさしでチェックしたり、逆に実際に作題や試験結果に基づいて手直ししたり、ということを進めていこうと考えています。

初中等教育から学士取得まで縦軸を通す「情報教育の参照規準」

ここからは、具体的に大学の入学者選抜のレベルでは、何をどこまでできていることをチェックすればいいのかということを、「情報教育の参照基準」としてお話しします。大学で学ぶ前提として何を・どこまでクリアしておくべきなのか。それを明らかにしておかないと、入試問題は作れません。

「そんなことは、学習指導要領に書いてあるではないか」という意見もあるかと思いますが、その学習指導要領自体をどのようにしたらよいか、ということについて我々から提案するためには、「学習指導要領に書いてある通りにします」というわけにはいきません。そこで、たいへん僭越ながら、自分たちでどの段階で何を・どこまで、というものを考えよう、ということにしたのです。 

 

元となった日本学術会議による情報学の参照規準(※2)は、このプロジェクトのメンバーでもある萩谷j昌己先生が中心になってまとめられました。こちらは、文系・理系も含めた情報系の大学の専門教育で学ぶべき内容の全体集合と、その体系を定めたものです。これはもちろん重要ですが、私たちが作ろうとしたのは、専門教育の体系ができた時点で、情報を専門的に学ぶ人だけでなく、すべての市民が情報の「何を」「どこまで」「いつ」学ぶのがよいか、ということです。少なからず無茶な話ではありますが、でもこれを作ろう、ということです。

「情報教育の参照規準」は、少し長いので、スライドにはJKSと略記することもあります。今後出てきたら、こちらのことだとお考えください。

※2 情報学の参照規準

 

情報学とは、「情報によって世界に意味と秩序をもたらすとともに、世界的価値を創造することを目的とし、情報の生成・探索・表現・蓄積・管理・認識・分析・変換・伝達に関わる原理と技術を探求する学問」とされています。

情報教育の参照規準では、情報学に関わる学習をどのようにすればいいのかということを、まず考えます。言い換えれば、情報について学ぶ必要はどこにあるのか。そこには二つの側面があります。一つは、どんな学問をするにせよ、それは情報として頭に入ってくるので、情報がうまく扱えなかったら学ぶことはできません。その意味で、情報学はメタ学問であるという性質があります。もう一つの側面として、情報学自体が、情報を扱う道具であるコンピュータや、社会にある情報の働きなどということもわかっていなければ、現代社会を生きて、世の中に貢献することはできないではないか。情報学固有の必要性というのは、その二つがあるということです。

 

その意味で、すべての人が情報学についての一定水準の知識・理解というのを持つことが期待されることになります。これは、各個人の生活をよりよいものにするという意味でも、我が国が今後も発展していくという意味でも、それから、特に高等教育に進んでいった人が今後の我が国の発展を主導していただくことにとっても必要であるということになります。

 

そこで、小学校・中学校・高校・大学、大学の共通教育、そして各学問分野の専門基礎教育、あるいは学士教育全体で何をどこまで学ぶか、体系を示す必要があるということになります。

非常な大きな仕事です。

情報教育の参照基準10.29版.pdf
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大学教育だけでなく、情報社会を生きるのに必要な情報活用能力を身に付けるために

日本学術会議の「情報学の参照規準」は、最終的には専門教育の体系ですが、「情報教育の参照規準」が目指す教育レベルは、次の三つです。まずは専門教育に接続する学士課程。ここまでやったら、あとは専門教育に確実につなげるというレベルです。

2番目が、情報学を専門に学んだわけではないけれども、社会に出てから情報学の専門家と相互補完できる、一緒にチームを組んで仕事ができるレベルの教育であること。3番目は、仕事とは関係なくても、現代社会で必要とされる水準で、情報や情報技術を活用できること。これからは、お年寄りの方でもiPadなどを使って、昔はできなかったことができるようになっていきます。そういう意味での情報活用力が身に付けられることも必要であると思います。

 

では、具体的にどこまでを目標とするか。その参考になるものとして、文部科学省が定めた学士力がありまます。

学士力は、「知識・理解(=特定学問分野における基本的な知識の体系的理解)」、「ジェネリックスキル(=コミュニケーション力、数量や情報のリテラシー、論理的思考力、問題解決力など)」「態度・志向性(=自己管理、チームワーク、リーダーシップ、倫理、市民性)」、そして「総合的な学習経験と創造的思考力」のことです。学士力のサイト(※3)にはこのようなことがいろいろ書かれていますが、学士課程を修了するまでに身に付けるべき力がこれらであるのならば、情報の体系は、そこからさかのぼって必要であることを考えていけばよいのではないか、と最初に考えました。

 

 ※3 文部科学省 参考資料9 各専攻分野を通じて培う「学士力」

 

内容×レベルを学校段階に振り分けていく

それでは、情報分野特有の体系はどのように作るのか。「学士力」は非常にジェネリック、一般的な能力ですので、情報学に固有の能力をピックアップし、学問体系(=システム)なので、スライドのように5つに分類しました。これは枠組みですから、その中から、情報を専門的に学ぶわけではなくても、ここまでは身に付けてほしいということをピックアップして体系化すればよいと考えました。

さらに、参照基準には情報学に限らない汎用的技能がスライドのGア~Gカの6つが挙げられています。これらについても、情報学に特有な能力と同様に整理する必要があるということになります。

そこで、学習内容・水準・方法を整理するために、様々な情報の分野全体をA~Kの11の分野に分類しました。その中を複数のより具体的な内容に類別し、さらにその中を複数の難しさ・種別でレベル分けしました。レベル分けと言っても、「小学生はここまでわかるよね」とか、「高校でなければこれはわからないよね」という意味でのレベル分けで、ルーブリックではありません。

 

さらに、それぞれの項目に学校段階のマーク、小学校にはe、中学校はj、高校の必修科目の情報Iは〇、選択科目の情報IIが◎、大学1年の初年次教育が☆1、卒業研究までカバーする共通部分の教育を☆4、分野ごとに異なる部分というのを★、というマークを振って分類しました。

最終的には、詳細さや深さは分野によって違うとしても、学士取得までにこれらの全内容をカバーすることを目指します。 

全体は膨大なので、A「情報およびコンピュータの原理」の一部をご覧ください。その内容を、

A1「情報の持つ特性やその表現方法に関する知識・理解」

A2「コンピュータや情報技術の基本原理とできることに関する知識・理解」

A3「コンピュータ・ネットワークやその情報の流れとコミュニケーションの特性に関する知識・理解」

A4「コンピュータやネットワークに関するセキュリティ」

A5「コンピュータやそこで動くプログラムの記述を通して情報を取り扱ったり、機器を制御する技能」

の5つに分けます。

このように大枠を決めた後、それぞれの中を段階に分けていきます。例えば、A1「情報が持つ特性や表現方法」について見てみましょう。

 

情報=知らせですが、それでは知らせとは何か、ということは、小学生のころから意識してほしい。また、「情報を書き表すこと(=外部化)による記録・表現する」ということは、小学生でも字を習って書きますから、これは小学生にも意識してほしい。一方、「デジタル・アナログといった、多様な情報の表現方法」は高校の情報で扱う部分ですね。

 

さらに、「個体や組織と、それにとっての情報のやり取りが持つ意味」というレベルになると、高校ではやや難しいので、大学の初年次でこの点について考えた上で先に進んでほしいと思います。

 

今は叩き台ですので、レベル付けはまた変わるかもしれませんが、こういうふうに分類したということをおわかりいただけると思います

 

 

もう一つ、B「情報の整理と創造」について見てみましょう(下表)。B1は、「情報の記録や整理の方法が人間の情報に対する理解度、処理効率、アウトプットの品質に影響することに関する知識・理解」です。自分や他人の判断がこれまでに得た情報に基づいているとか、情報には様々な整理の方法があるということは、小学校でも理解できるでしょう。

 

ただL3の「KJ法・マインドマップなどの情報整理・発想法」となると、これは高校レベルです。その次の「人間の認知特性を理解し、自分や他人の情報整理法はこれでいいのか、もっと良くするにはどうするかを考える」というのは、やはり大学の共通教育レベルだろうと思います。

 

B2のように、情報が文書になると、文章に書かれていること・いないことを判別するのは、小学生ではできません。これを理解するのは中学校レベルでしょう。そして、文章の中に相反する部分がある場合、その箇所を指摘するのは高校生でないと難しいということになるのです。

 

この辺りは、国語科の領域と大きく被ると思います。ですから、私たちが情報学の参照基準からピックアップしてきたものは、ほとんどは高校の場合、情報科に入りますが、特にジェネリックスキルに近いものの中には、やはりどう見ても国語科の領域だというものがあり、それらには(外)というマークが付けられています。

 

一方、「三段論法など複数の段階を要する論述を過不足なく記述できる」というのは、学士課程教育を卒論までいろいろ叩かれながら、ようやく身に付けていくものなので、☆4となっています。このようにして、個々に全部分類したものはどの段階であればできるか、というのを想定しながらあてはめたのが現在の状況です。

他の項目についてもすべてレベルにあてはめてありますので、資料をどうかご覧いただきたいと思います。

 

小学校・中学校・高校では「学び方」も想定

さらに、学校段階ごとの補足というものも作りました。小学校、中学校、高校については、どの内容をどのようにして学ぶのを想定してあります。

 

大学は学部や分野によって学び方が違いますから、ざっくりと分野分けをして、情報学のこの部分をこのように学ぶだろうと、特徴的な内容を想定していきました。

 

 

ここまでお話ししたように、すべての国民を対象として、情報学分野、ないしは情報教育として、何を、いつ、どのように学ぶべきか、という提案を検討し、体系化したというのが情報教育参照規準です。現段階では、とりあえず何とかまとめたという状態なので、これからさらに検証を重ねていくことが必要です。

 

さらに、各分野固有の内容について、それぞれの学問分野の人にヒアリングしたご意見をまとめた上で、公開していきたいと思います。

 

最終的には、この情報教育参照規準が、各種の情報教育の物差しとして使っていただけるようになればと思っておりますが、それはまだ先のことかもしれません。

 

今日お話しした後半の部分は、初めて公開したもので、今後なるべく様々なご意見をいただきたいと思います。内容が多いので、資料を読み込むのも大変だと思いますが、あらましは、説明させていただいた通りです。皆さんのご意見を入れて、ブラッシュアップしていきたいと思います。

 

[質疑応答]

Q1(情報系の大学院生):情報教育の参照規準を小学校・中学校・高校と分けていますが、割合的に大学がとても多くなっているように思いますが、これはなぜでしょうか。

 

久野先生:正直なところ、分量のバランスを取るといったことを考えるゆとりはありませんでした。現状では、それぞれの内容について、これは小学校でできるだろうか、これは中学校でできるだろう、やっておいた方がよいだろう、ということを想像して区分したというところまでです。そうしてとりあえず区分はしましたが、「これは小学校では絶対無理だ」という意見をいただくこともあるので、今後まだ調整しなければならないと思います。

 

今回、おおまかな骨組みは提案しましたが、今後まだ変わっていくと思います。各段階での分量の配分は、さらにそのあとということになります。

 

Q2(高校教員):今なさっていることは、情報科ということを飛び越えているような気がします。今後、各科目もこのような枠組みになっていくのか、それともこれは情報という教科特有なのか、どういう具合に考えてらっしゃるのか、教えてください。

 

久野先生:これは、情報科からではなくて、情報学の参照基準、専門の情報学の内容というのが原点にあります。そこを基に、それぞれの専門的な内容が達成される、あるいは情報を専門的に学ぶ方向に行かないにしても、社会に出て仕事をする際には、情報が基になっていますから、その両方について、どの段階でどれだけ学んでおくべきか、ということは整理しています。

 

ですから、もともとの検討では、高校の情報科でどうということはいうのは前提とはしていませんでしたが、当然ながら情報科の内容は、先ほど申し上げたことのために一生懸命デザインされてきたわけですから、結果としては、高校の情報科でかなりカバーされていると思います。

 

Q3(高校教員):情報の参照規準と学習指導要領は別物であるというスタンスは理解した上での質問です。次期学習指導要領には「コミュニケーションと情報デザイン」というものがあるりますか、それを情報教育の参照規準につなげるとすると、どこに当てはまるのでしょうか。

 

久野先生:デザインは、現代の非常に重要な課題だと思うんです。しかし、あれがない、これがないというのをすべて盛り込もうとすると、やはり難しいと思います。ただ、私自身の考えですが、デザインというのは、まず結び付きを見つけて、その中でどういう要素を目立たせる(あるいは落とす)かとか、選択するとかいう形での判断であると考えれば、今日ご紹介したもののどこかに入ってくると思います。今後は、今ご指摘いただいたことも含めて検討していきたいと思いますが、どうなるかはちょっとわからないという状況です。

 

Q4(高校教員):情報教育の参照規準で、高校のところに「暗号化の技術の理解」というのが載っていますが、果たしてこれは高校で必要なのかというのはいつも悩んでいます。理由としては、暗号化を知らなくても特に困らないし、そもそも難しい。わざわざ高校生のレベルで本当に理解が必要なのかと思うのですが。

 

久野先生:私の個人的な意見では、あったほうがいいように思います。高校を卒業してすぐに社会に出る人が、セキュリティや暗号化を知らないでよいわけではない。これからの社会では絶対に必要だ、というのが私たちの立場なので入れてある、ということです。

 

ただ、それが授業できちんと教えられているかというのは、また別の問題です。現在どうかというよりは、そうあってほしいという内容だということをご理解ください。

 

萩谷先生:大学教育の中で情報分野の知識・能力というものがどの程度必要なのかを明確に定めるためには、情報の専門分野だけでなく、各学術分野・専門分野において、どのような情報の知識や能力が必要なのか。それを専門基礎ということで、分野別に教えるべきか、それとも共通教育ということで、大学の1年次で教えるべきか。大学側としては、そういうことを今後考えていかなければならないと思います。

 

それが決まると、今度は大学に入ってくる生徒に対して、どういう知識や能力を期待するか、ということが決まってきます。ですから、大学進学という観点では、それに応えるように学習指導要領が作られるのが理想であると思います。

しかし、高校を出て社会に出る人もいるわけですから、そういう人も含めて情報教育全体を体系化することによって、それぞれの教育段階における情報教育というものが、より明確になってくると考えています。

 

この活動は、日本学術会議の第24期に継続して行っていく予定です。今24期の分科会を立ち上げる段階で、今後その分科会から各学会や、様々な専門家、教育者の方々の組織等にご説明を行ったり公開シンポジウムを行ったりしていきます。その中で、様々な方々の意見を取り入れながら、この参照規準をブラッシュアップしていきたいと考えています。