これからの大学生に必要な「情報活用能力」〜教育機関は社会のニーズにどう応えるか〜

中等教育における情報教育の課題から

早稲田大学大学院教職研究科/早稲田大学高等学院 武沢護先生

私は、教職大学院の実務科教員として週の半分を、残りの半分は早稲田大学附属の高校で情報や数学を教えています。

 

高等学院は、文部省からの研究指定を2つ受けています。一つは「スーパーグローバルハイスクール」ということで、5年間の研究指定です。もう一つは「次世代の教育情報化推進事業推進校」で、こちらの期間は2年間です。

 

教職大学院は、2008年に開設されました。2016年度現在で、国立が39校、私立が6校あります。旧国立大学の教員養成の大学が教職大学院になるという方向で制度設計されたものです。

 

早稲田大学では2008年度に設立し、2年制と1年制のコースがあります。私はそこで「ITリテラシー」という授業を、学部生には「ソーシャルコミュニテラシー」というちょっと変わった名前の授業を持っています。

 

「情報活用能力」という言葉が、我が国の正式な文書でどの辺りから出てきたかをちょっと紐解いたところ、正確ではないかもしれませんが、臨教審(臨時教育審議会)辺りで出てきた言葉らしいという情報を探し当てました。

 

1985年(昭和60年)に、中教審(中央教育審議会)とは別に内閣総理大臣直属の臨教審が立ち上げられ、いくつか答申が出されました。その一番の目玉は「変化に対応する教育」ということでした。国際化に向けて教育をどうするか、情報化に対する教育をどうするか、生涯学習に向けての日本の教育をどうするかという中で「情報化」というキーワードが浮き上がってきたのです。

 

情報活用能力は、「情報及び情報手段を主体的に選択し活用していくための個人的な基礎資質」と位置付けられています。我々が昔から言う「読み書きそろばん」にプラスαという形で位置付けたのが、1985年(昭和60年)辺りのことということになります。

 

これを受けて、日本の教育の中で初等中等教育には大きく3つのキーワードが示されました。1つ目は「情報活用の実践力」、2つ目は「情報の科学的な理解」、3つ目は「情報社会に参画する態度」です。これら3つを初等中等教育の中でバランスよく育成しなさい、ということになりました。

 

情報活用能力を高校できちんと教えるための試み

私は大学の学生も教えていますが、これだけICT社会と言いながら混乱している原因が高校教育にあることは事実です。その理由は、学校間の差、そして教員間の差にあると思います。これは制度設計に問題があります。今振り返っても、情報科のスタート時の教員の養成からして促成栽培でした。多くの高校の教員は、未だに数学を教えながら情報をやるとか、物理をやりながらとか、あるいは社会科をやりながらとか、要するに片手間なのです。

 

なおかつ進学校などでは、正直に言って情報にあまり力を入れていません。早稲田はどちらかというと受験校から来る学生が多いですが、情報の授業ではWordとExcelをちょっとやり、あとは情報の時間に英語や数学の試験勉強をやっていた、という学生がけっこういます。こうなるとリテラシーどころではありません。本来であれば、問題解決能力やプレゼンテーション能力、コミュニケーション能力といったものは、先ほどの3つの観点でバランスよく育成されてきているはずなのにも関わらず、それが現実的に行われていないのは大きな問題です。

 

ここはなかなか難しいところがあり、例えば初等中等教育の場合、国語・数学・理科・社会という、昔からの縦の教科の教員養成はしっかりしていました。国語科の先生もしっかりしているし、社会科の先生もしっかりしていたわけですが、1985年に「変化に対応する教育」といったところで教員養成の手立てが何もできていないのです。小学校に今度英語教育も入ってきますが、国際化にもなかなか対応できていません。私は教員養成もやっていますので、その辺のジレンマを毎日痛感しています。そういう文句ばっかり言っていても始まりませんので、ではどういうことをしていけばいいのかということを考えながら、今勤めている高等学院でいろいろチャレンジをしているところです。

 

情報教育の中核の科目は高等学校の「情報科」です。

 

2003年から始まった時は選択必修で、情報A、B、Cに分かれていました。ざっくり言いますと、Aが実践力、Bが科学的な理解、Cが情報社会に参加する態度という感じで分かれていました。多くの高等学校が選択したのはAでCがその次くらいでしたが、B・Cともに非常に少なかったです。

 

そのような中、情報を高校生に科学的に理解させるための取り組みが非常に少なかったということで、10年後の学習指導要領の改訂では、情報A、要するに「活用」は小学校・中学校でよいだろうということになり、情報Bの発展形「情報の科学」、情報Cの発展形「社会と情報」の2つに絞って選択必修にしました。それでもやはり「社会と情報」の選択が圧倒的に多いという結果でした。

 

次回の改訂は2020年に予定されていますが、プログラミングやデータベース、コンピュータの仕組みなど科学的な理解に重要な「情報I」を必履修にして、「情報II」を選択科目することになっています。

 

教科情報を軸に、情報社会を生き抜く力を身に付ける

高等学校での情報科で、小・中学校と一番違うところがこちらのスライドに挙げてあります。こちらは文部科学省のワーキンググループが昨年の8月にまとめたものの抜粋ですが、「情報活用能力」では、科学的な理解に基づいた問題解決能力とか発見能力といったものをどのように位置付けるか、ということが課題になってきます。こういうものを身に付けた学生たちが大学に進むのが、2020年以降のことです。

 

現在早稲田大学高等学院では、文科省の情報科推進事業推進校になっており、この新しいカリキュラムのモデルを作っています。今年で2年目になります。

 

教科情報を中核とし、様々な科目の中で情報活用能力をどのように育んでいくかを模式化したのがこちらです。これは私たちが考えたものですが、基本は情報社会を生き抜く力を身に付けるということです。モラルの教育の中には著作権も含まれます。このほか、プライバシーの問題やCritical Thinkingにも触れていきます。

 

もう一つの柱がComputational Thinkingです。プログラミングをしたり、物事を論理的に考えたりするような内容を「情報」という教科の中で学び、その成果をいろいろな教科の目標実現のために提供する、という流れで行っています。これはまだ実現されていない一つのモデルプランになっています。

 

本校の情報科の教員は専任が3人おります。私も含め2人が元々は数学で、もう1人が物理の教員で、あとは非常勤です。今年度の2年生から内容をがらりと変えました。1年生ではモラル、著作権、ネットワークの仕組み、セキュリティについて学び、2年生にはほぼ統計の内容を扱いました。今は1学期のちょうど中間点ですが、Excelを使った記述統計を学んでいます。

 

2学期からはR言語を使ったプログラミング教育。3学期はR言語やデータ分析の仕方を基にした探究活動を行います。教材は『日経パソコンEdu』を使い、我々が自作した教科書は電子テキストにしています。

 

また、マシンラーニングを学びせたいと思いましたので、MicrosoftのAzureを2年生だけに提供して、授業で機械学習をやりながら回帰分析を行うというプログラムを今年度組み、これから実践するところです。

 

総合的な学習の時間の活用で、データを科学的に理解するための実践を

もう一つは「総合的な学習の時間の活用」です。対象は2年生で、探究活動の中で自分たちの生活や考え方に関する意識調査のアンケートを取り、そのデータをExcelのシートにまとめて、元データを生徒たちに提供します。その元データに対して、彼らが情報科で学んだ手法を用いながら分析を行います。2年生の1年間で、問いを立て、仮説を立て、論証し、振り返りを行うという一連の学習を行うのです。

 

3年生になると、前年の学習の成果に基づいた卒論作成を総合的な学習の時間の中で行います。「情報」の内容と2年生、3年生の総合的な学習の時間とをリンクさせるわけです。卒論作成では、一定程度の長い文章を書かせたり、プレゼンテーションやディスカッションをさせたりするという活動をしています。

 

個人的には、情報の授業を通して、ICT社会というより「データ社会」の中で、データを科学的に理解させる力を身に付けさせたいと考えています。先日、改正個人情報法が施行されましたが、データを扱う際のプライバシーの問題を考える教材など、データを基にしたカリキュラムや教材、学習活動というものが高等学校の生徒たちに必要であるといつも考えています。

 

オープンエデュケーショナルリソース(OER)の話は、著作権とも非常に深い関係を持っています。生徒たちはネット環境に非常に親和性がありますので、自習や試験勉強をする際などにOERの位置付けが非常に重要になっていくと思います。したがって、我々教員もOERを作成し、著作権の問題をクリアして生徒たちもそれを活用するということが、今後重要になっていくのではないでしょうか。

 

高校の環境を考えると、すべての教科で情報を活用するというコンセプトであれば、コンピュータルームは必要ありません。学校にWi-Fiの環境があり、クラウドサービスが展開されていればそれで十分だと思います。したがって情報環境整備も、従来的な物理的空間を作るのではなく、Wi-Fi環境などをきちんと整備することで、非常にスムーズな活動を展開できるようになると思います。

 

電子テキストの活用も

最後に、私が今携わっている教員養成が課題ではないかと思います。本校で使っている電子教材は、Varsity Waveという、大学生協が作った電子教材です。教員がPDFを大学生協のサイトに提供すれば、電子テキストを一人240円くらいで出力してくれるので、それを高校生に提供しています。興味がある方はVarsity Wave(※1)、大学生協の電子テキストのサイト(※2)をご覧ください。ハードコピーでプリントするよりも安く教科書が作れるので、こういったサービスを使っている大学の先生方がだんだん増えているようです。こういった活用が広がっていくことで、情報の授業のあり方もさらに良い方向に変わってくると思います。

 

※1 http://www.varsitywave.jp/

※2 http://www.univcoop.or.jp/service/book/ebooks.html

 

※New Education Expo2017 東京会場講演 (2017年6月2日)