パネルディスカッション

プログラミング教育が目指すもの

vol.3 本当に必要な教育内容や指導体制とは~相模原市の教育課程における取り組みからの提案

相模原市立総合学習センター 渡邊茂一先生

私からは、相模原市の教育課程内における昨年度と本年度のプログラミング教育の取り組みについてお話しします。

 

昨年度、文部科学省から「教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数」という全市町村別のデータが出ました。神奈川県内のグラフが下図ですが、相模原市は国の目標値や全国平均に及ばないということがご覧いただけるかと思います。そのような状況の市の取り組みだということを知った上で話を聞いていただけると、ご参考になることが多いのではないかと思います。

 

※クリックすると拡大します

 

まずプログラミング教育の目標を決める

まず、相模原市のプログラミング教育の実践についてお話しします。プログラミング教育については1年以上前から話題に上がっていたものの、どのような授業をすればよいのかがわからず、正直なところ戸惑っておりました。

 

ただ、相模原市として何らかの取り組みをしようということで、「小中系統的な視点からプログラミング的思考を育てる授業づくり」を探っていこうと考えました。その実行にあたっては、学校の先生方と、行政、機器を導入しているメーカーの三者で協力しながら行うこととしました。

 

現在の学習指導要領には「プログラミング的思考」とは書かれていませんが、要約すると「コンピュータに意図した処理を行わせるために必要な論理的思考」のことだとわかります。

 

実際にこの思考をどのように育てるかですが、有識者会議から「目指すべき資質・能力」が出されていましたので、それを踏まえた上で、本市としては二つのトライをしました。

 

一つ目は、プログラムの仕組みそのものを理解する学習活動です。情報の科学的理解と、プログラムを利用した生活や社会の問題発見や解決する力を育てることを目的とした学習を行いました。

 

もう一つは、論理的な思考力を育てるにあたって、プログラミングをツールとして使う学習活動です。演繹的思考や帰納的思考など各教科に必要な論理的思考力を育てる学習ツールとして、プログラミングを活用しました。

 

そして、この二つの学習を行う中で、小学校・中学校の学習を系統的な視点から捉えた際に、どんな授業を作っていけばいいのかを探ることにしました。

 

現行の学習指導要領でのプログラミング教育は、中学校技術科で必修、高等学校の情報化で選択になっています。そこで次期学習指導要領では、現行の指導要領と比較しながら、各発達の段階に当てはめるとどうなるかを考えました。

 

すると、当然のことながら、中学校では小学校で習ったことより高度なことを教えなくてはなりません。そこでまず、中学校技術科での授業内容をどうするかについて考えました。そして、今まで授業のなかった小学校については「こんなことをすれば良いのではないか」と考えた授業について、実際に取り組むこととしました。

 

中学校技術科でのプログラミングでは「身近な技術」を題材に

まず、中学校の技術科でのプログラミングの授業改善についてです。

 

これまでは「計測・制御」の学習のために、接触センサ型ロボット教材による車庫入れや迷路抜け、ライントレースロボット教材によるコース走行などの学習課題が多く行われていました。

 

これ自体はおもしろい学習課題なのですが、先ほど述べたように、次の学習指導要領が中学校のプログラミング教育の内容を高度化するということを考えた場合、ロボットを走らせるだけでは情報処理の手順が単純で、また、身近な生活の中の技術とは少し乖離している状況があるように感じました。そこで学校の先生方と行政、そして実績のあるメーカーとで協力しながら、新しい活動を考えることにしました。

 

そして、複数のセンサによる制御が可能であり、また、身近な技術を題材として社会の問題解決につながる学習を展開しやすい教材として、レゴのマインドストームEV3を導入することとしました。

 

具体的な事例をご紹介します。

 

一つ目が、自動改札機です。ICカードを読み取ってドアを開けるという制御を、カラーカードをカラーセンサに読み取らせて開けるという制御の流れに見立てたプログラムを作っています。他にも「人がいることを感知したら改札を閉めないで通らせる」という処理の工夫に生徒は取り組んでいます。

 

PC教室の授業では、生徒一人ひとりがPCでプログラムを作り、EV3の自動改札機のモデルにデータをダウンロードして動きを確認し、試行錯誤しながら修正していきます。EV3は多くても1教室に10台しかなかったのですが、自然に協働の学びが生まれた場面があり、よかったと思います。

 

次は、タッチパネル式の自動販売機です。実行する環境を構築するのは手間がかかるかもしれませんが、よい活動でしたので紹介します。 

これは、カラーブロックごとに値段を設定してお金に見立てたブロックをカラーセンサで計測し、画面の商品をタッチすると、アクチュエータが飲み物に見立てたブロックを排出するという情報処理の流れを作るものです。

 

色ブロックを複数個読み取らせると、その分の金額が加算されていきます。他にも、設定されていないカラーブロックを入れられたらはじくといったエラー処理などにも挑戦しています。

この活動もPC教室で行っています。一人ひとりが自分の自動販売機のプログラムをPC上でScratchを使ってつくっています。その際、UI(User Interface)はそれぞれが考えます。この後に、教室内に10台くらいあるデモ機のところにいって、試行錯誤しながらプログラムを動かしていきます。この時も、お互いのプログラムについて意見交換しながら協働的に学ぶ場面が多くあり、大変おもしろい授業になっていました。中には、当たるともう1本もらえる、という当たり判定のプログラムを作った生徒もいました。

 

https://scratch.mit.edu/about

 

授業中に実際に生徒たちが書いていた思考の記録を、現行の授業で使用しているフローチャートと比較すると、単純比較はできませんが、考える回数が違うということが推察されました。そのため、今の指導要領が目指すものよりも高度な内容を実践できたのではないかという成果を感じています。

 

※クリックすると拡大します

 

ただ、技術科の授業時間が少ないため、このような授業をどの学校でも実践するということは難しいことや、次期の学習指導要領では計測・制御だけでなくコンテンツのプログラミングも入ってくるため、その授業づくりをどのようにしていくかという課題が残っています。

 

小学校では小中の連携を意識。国語の授業に導入してみる

小学校では先ほどの二つの学習場面と発達の段階を考えて、中学校から逆算し、どのような授業づくりをしたら良いかを考えました。

 

先行事例が本市にはないため、学校の先生方や行政、そして教材を導入していただいている企業や保守業者にもご協力いただきながら、授業づくりを行いました。

 

そこで計画したのが、4年生の国語の授業です。

 

4年生の国語に調査をした内容のレポートの書き方を学習するという単元があります。そこで、この調査対象を「レゴWeDo2.0」というプログラミング用の教材にして、それがどのような教材かということを子どもたちが調べて報告書を書き、その報告書をレゴ様に届けるという形の授業展開にしました。

 

実際の授業では12のグループに分かれ、自分たちで相談して選んだプロジェクトにしたがって、モノづくりをしたり、プログラムをしたりするということを行いました。

 

センサがついているため、順次のプログラムだけでなく、手をかざすと止まるなど、状況に応じて動作を変えることができます。国語の授業ですから、調査した結果をきちんと文章に起こして、最後にその結果を共有します。

 

中には「センサがないと感知することはできないし、プログラム通りに動いても災害を防ぐことはできない」など、今の中学校技術科の授業で教えているような内容に気付く児童もいました。

 

これらのことから「小中系統的」という意味で、中学校の技術科にうまく接続できるような姿が児童から見られたこと成果であると考えています。ただ、国語の授業の中で行うことに対して、抵抗を感じる先生がおられるのではないかということ、そして機材がないと同じ授業ができないということは、課題として残っています。

 

そこで、例えば、1年生の国語の授業のお店屋さんとお客さんの話し方を考えようという授業の中で、会話の段落を並び替えることを通じて、プログラミング的思考を育てることを試みることもできます。

 

他にも、音楽の授業で身の回りの音をタブレットPCで集めて、PC教室のソフトウエアで並べ替え、曲を作ることを通して、意図した動きの順番や組み合わせを論理的に考えさせようという取り組みを行うこともできます。このような事例を紹介していくのが、教育委員会の役割であると考えています。

 

小・中学校を通した学校情報化計画を策定

平成29年度以降に向けて、3つの大きな課題があります。教育課程内におけるプログラミング教育の具体的な指針の作成、先生方のプログラミング教育に関する授業力の向上、そしてプログラミング教育の環境整備です。これらについて、相模原市立小・中学校を通した、平成29年度から31年度の3年間の学校情報化計画を策定し、解決に取り組むことにしました。

 

まず、プログラミング教育の指針の策定です。下図は、発達段階に合わせた教科ごとの育成すべき資質・能力とその学習活動の例をまとめたものです。その中にプログラミング教育の計画を盛り込み、先生方に確認を取った上で進めていきました。目標とする資質能力を育てるために、このような資料があることで、先生方の安心感につながります。

 

※クリックすると拡大します

 

先生方の授業力の向上については、まず研修や事例の収集を充実させようということで、今年は全小学校の4年生の担当の先生を集めて、プログラミング授業の研修を行います。市内に72の小学校がありますが、2学期にはその約6000人の小学4年生全員がプログラミングの授業を体験する予定です。授業としては、Scratchを使用して、算数の「およその数」の活動ができないかと考えています。

 

 

また、小学校は総合学習センターでの先生研修の他、指導主事が各学校を訪問し研修を行っています。

 

中学校では、技術科の免許を持っている先生自体が少ないという問題がありますので、訪問して授業のサポートも行うことも予定しています。

 

最後に、環境整備です。中学校は、全37校に順次レゴマインドストームEV3を入れており、平成30年度に完了の予定です。小学校は、現在検討中ですが、今年度更新校より、1校10セットずつのレゴWeDo2.0を順次配備していくことを計画しています。

 

■安藤先生からのコメント:先生方の研修でも一斉と個別を使い分ける

安藤先生:今のお話では、小学校・中学校が系統的に取り組むというところがポイントの一つであると思います。小学校のプログラミング教育は始まったばかりなので話題性がありますが、中学校にはすでにノウハウがあるので、それをどのように小学校に下ろすかを重視して取り組んだということですね。そして、中学校では「身近な技術」を題材にした授業の開発をしたということでしたが、どのような理由で「身近」というところに着目したのでしょうか。

 

渡邊先生:個人的な見解ではありますが、走行ロボットのようないわゆる「車輪系」の制御教材は、生徒が学習と生活とを実感を持って結び付ける学習することが難しいという印象をもっていましたので、もっと身近な技術が良いのではないかと思い、先生方と話し合いました。そして今回、自動改札機や自動販売機に行きついたのです。

この夏に、これまでの取り組みを実践した先生が、市の教育課程研究会で発表するのですが、生徒たちが自分たちの身近にあるものを題材にすると、自然とプログラミングになじめるようになるということが、その中のアンケート結果からも明らかになっています。

 

安藤先生:自動販売機も自動改札も、子どもたちは毎日動いているところを身近に見ているので、そういったものがどんな仕組みで動いているかを考えることができるわけですね。身近ではあっても、仕組みを考えながら使うことはほとんどないので、それを考える機会があり、かつその挙動をプログラムに落とし込むことを経験させてくれるというのは、貴重な学び方だと思います。

 

渡邊先生:子どもたちが現実の自動改札機にタッチしてうまく開かなかったとき「あ、こいつは今うまく読み取れなかったんだな」というように、アルゴリズムを考えてくれると嬉しいです。

 

安藤先生:小学校でのレゴのレポートを国語で取り上げるという取り組みはおもしろいと思いました。コンピュータ本体を使って教えられる時間が限られている時、コンピュータなしでも子どもたちも先生もプログラミングに意識を持てるようにするのは、どのような意味があったのでしょうか。

 

渡邊先生:プログラミング教育というのは、技術教育でないといけないとか、これに関する専門課程で学ばなければ習得できない、というわけではないと思います。子どもたちが大人になって生きていく上で必要な力というのは、教育課程内の全ての教科を通して育てるはずですから。

 

そういう意味で、全ての教科で学んだことが、例えば先ほどお話ししたように、自動改札に引っかかったときに「これは恐らくここがちょっとダメだったな」という気付きに何かつながってくると信じています。それは特定の教科だけから得られるものではなく、様々な教科の様々な経験を通して行き着くものだと思います。その意味でコンピュータを使わずに行う活動の意味はあると思います。

 

安藤先生:企業とのタイアップのあり方も参考になりました。一方で、では自分の学校ならどの企業とどのようにタイアップすれば良いのかを探るというのは、もう一つの課題かもしれません。また、教育研修の充実については課題認識としてあっても、実際に先生は多忙なので、先生たちにとっては大変なことが増えたという認識かもしれません。それも踏まえて、どのような点がうまくいったと思われますか。

 

渡邊先:先生を全員集める研修の仕方は、先生方に強制的にと捉えられてしまうと思うのですが、そのような取り組みも必要だと思います。しかし同時に、指導主事が学校からの要望に応じて訪問研修を行うという方法もとっています。ですから、学校が困っているその要望に寄り添って行う研修と「これは全体でぜひやりましょう」という全体向けの二つが必要かと思います。

 

※New Education Expo2017 東京会場 (2017年6月3日)