事例331

人間中心設計に基づいたユーザビリティデザインのための「プロト・ペルソナ作成支援シート」の開発及び実践

広島大学附属福山中・高等学校 平田篤史先生

「自分が作りたいものを作る」vs.「誰がどんな時に使うのか?」

ご本人提供
ご本人提供

私からは、「人間中心設計に基づいたユーザビリティデザインのためのプロト・ペルソナ作成支援シートの開発および実践」と題して発表します。

 

先生方は、いろいろな単元で問題解決の題材を扱っておられると思います。そのとき、どうしても生徒たちの自己満足のコンテンツやシステムができ上がってしまうということはないでしょうか。

 

例えば、身内ネタのWebページやピクトグラム、モバイルアプリなど、制作したものに対して、どんな人が使うのかを意識して作っていないものになってしまっている、ということが往々にしてあるのではないかと思います。

 

例えば、このスライドに載せたのは、過去に生徒が作った「五言絶句生成アプリ」です。五言絶句を自動で生成してくれるというもので、コピーやFAQの機能も実装しています。見た目もきれいですし、やっていることもすばらしくて、そのときは「すごいものを作ったね」ということになりました。

 

ただ、これを誰が使うのか、どういう時に使うのか、ということについては、制作した生徒たちも想定できていないところがありました。

 

このような問題解決型の活動では、自分が作りたいものを作るということも大事ですが、情報科の授業の中でやるのであれば、作ったものが誰かの役に立ってほしいと考え、今回の研究の着想に至りました。

 

 

ペルソナ手法を使って、より有効で使いやすく満足度の高いサービスを考える

「情報I」の学習指導要領解説を見ると、「コミュニケーションと情報デザイン」の単元で、「情報デザインの考え方や方法を用いてコンテンツを設計する力を養う」という記述があります。

 

「情報I」の「教員研修教材」にも、情報デザインの具体例として、「人間中心設計」が挙げられ、コンテンツの要件を定義する手法として「ペルソナ手法」が明記されています。

 

 

「人間中心設計」は、「人間工学やユーザビリティの知識と技術を適用することにより,インタラクティブシステムをより使いやすくすることを目的とするシステムの設計と開発へのアプローチ」(安藤.2013)ということになっています。

 

ここに挙げたチャートのようなプロセスの関係がありますが、「利用者の特性や利用実態を把握する」「利用者の要求を開発関係者が共有する」ことができたり、「設計とユーザビリティ評価の連動によって、より有効で使いやすく満足度の高いサービスを提供する」といったことができるというものになっています。

 

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ペルソナ手法は、人間中心設計の具体的な手法の1つで、コンテンツの代表的なユーザ像を作り上げる手法です。ペルソナというのは、「person+a(ある人)」という造語です。

 

ペルソナを作る3つの手順として、

①パターン化:データをもとにユーザ像をいくつかのパターンに分類する

②擬人化:パターン化したものに具体的な情報を与えて、実在の人物のようにする

③優先順位付け:コンテンツへの要求を取捨選択するために、コンテンツのユーザ像の優先順位を決める

という3つの手順があります(樽本.2014)。

 

 

このペルソナ手法を実践する上の課題として、まずユーザ像のパターン化のためには、データの収集や分析の技能が必要である、ということが言われています。

 

企業でもペルソナ分析をしているところはあります。企業であれば、大量のデータを収集したり分析したりするための十分な技能や時間があります。しかし、高校の情報科の授業の中で同じことをしようとしても、時間と技能の面で難しい部分があります。

 

また、ユーザ像の擬人化には経験値や専門性が必要である、ということも言われています。これは当然高校生にはないものなので、これをどう支援するか。そして3つ目に、ユーザ像の優先順位付けをするための手順と基準が不明確、ということがあります。

 

これらの課題を踏まえて、ユーザ像のパターン化の部分を省略してしまって、擬人化と、それに対する優先順位付けに特化した「プロト・ペルソナ」というものが提案されています。

 

本研究では「プロト・ペルソナ」を高校生が作成することの支援を目的としました。具体的には、「プロト・ペルソナ」作成におけるユーザ像の擬人化と優先順位付けの双方を支援する教材を開発し、実践しました。

 

 

ユーザ像の擬人化と優先順位付けに特化したペルソナ手法を使って、モバイルアプリを提案する

活動は、このように開発→実践→事後アンケートという流れになっています。

 

 

開発した支援教材がこちらです。B4で1枚になっていて、左側は作成の手順、右側は生徒が記入していくスペースになっていて、各項目に対して、それぞれ説明が対応しています。生徒達は、これを手元に置きながらペルソナ像を作っていきます。

 

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ここからは、実際の活動を踏まえながら説明します。

 

まず「ユーザ像の擬人化の支援」ということで、前半の1時間で赤い太枠部分を作成させました。生徒同士でグループを作って、どんな製品やサービスを作るかを決めます。これを決めたら、どんな人が使ってくれるかというユーザ像を考えます。

 

それぞれが頭に思い浮かべているだけでは決めていくことが難しいので、このシートを使ってユーザ像を可視化し、あたかも実在する人物のように擬人化します。これを踏まえて、それぞれの生徒が「サンプルペルソナ」を作っていきます。

 

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後半は、作ったサンプルペルソナをグループの中で議論をしながら、どのサンプルペルソナを優先するか、という優先順位付けをします。優先順位に関しては、第一優先のもの、第二優先のもの、そして今回の開発には加えないほうがよいというもの、という3つで分類させました。

 

優先順位に基づいて、スライドの「5.サンプルペルソナの要求」について取捨選択を行っていきます。

「こちらのペルソナの要求を採用すると、別のペルソナの要求は採用できない」という場合には、優先順位に基づいて仕上げていく、という取捨選択をさせました。

 

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このような実践を、「コミュニケーションと情報デザイン」の単元で、高校2年生の40名×5クラスにおいて2時間で行いました。全体のテーマとしては、「中高生に役立つモバイルアプリを作ろう」として、詳細な設計を各グループに作ってもらいました。

 

 

成果物をご紹介します。

 

こちらは、「てぃーちゃーさーちゃー」という、新入生が、先生がどこにいるかを探すというアプリです。本校は、大きい職員室がなくて、先生方は各教科の教室などいろいろな所にいらっしゃるので、新入生が先生に用事がある時に、場所が分からず困るので、ぱっと分かるようなものを作りたい、という提案でした。

 

新入生のペルソナがこちらです。この生徒は、学校にスマホを持って来ていて、このようなスマホの活用状況である。この生徒が抱えている不安はこのようなことで、学校内のパネルは見ているし、先生の名前などは全て分かるけれども、それが自分の中でなかなか一致していない、といったことも書かれています。

  

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それらを踏まえて、今回作ろうとするアプリでは、「先生の顔と名前を一致させるような機能が欲しい」、「なるべくかさばらずに、いつでもどこでも見られるようにしてほしい」ということ。また、「先生の教室とその場所が地図で同時に分かるようにしてほしい」ということが要求として出てきました。 

 

さらに他のペルソナの要求と組み合わせながら、「拡大できる画像マップがあるとよい」とか、「五十音順や教科順でソートできるような機能もあればよい」「表示できる範囲で個人ページも作れたらよい」という要求も追加しました。

 

擬人化したペルソナの優先順位に基づいて要求を取捨選択することができた

事後アンケートを分析しました。有効回答165件です。

 

「ユーザ像の擬人化の支援に有効だったか」ということについては、「具体的なサンプルペルソナを作成することが個人でできたか」ということに関して、98%が肯定的な回答をしていたので、擬人化の支援には有効であることが分かりました。

 

続いて、「擬人化したユーザ像同士の優先順位づけの支援に有効だったか」ということについては、全グループが「第1優先のペルソナ」を決定することができていました。

 

スライド右上の「プライマリーペルソナの主な決定基準」というグラフは、事後アンケートをテキストマイニングして、それぞれの決定要因の基準を出したものです。この第一優先のペルソナは、主に「人物像や要求の具体性、必要性」を判断基準として決定していたことが明らかになりました。

 

そして、右下の「重要でないペルソナの決定基準」は、主に「情報量が少な過ぎる」ということを判断基準として決定していたことが明らかになりました。

 

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さらに、「優先順位に基づく要求の取捨選択ができたか」という質問には、90%が肯定的な回答を得ました。「グループで具体的な要求を持つペルソナの作成支援にも有効であった」ということに関しても、99%が肯定的な回答をしました。

 

 

まとめです。まず、今回の研究で提案した教材と学習活動は、「情報Ⅰ」の「コミュニケーションと情報デザイン」の単元で、コンテンツを設計する力を育成することに、有効に機能したと考えられます。

 

今後の課題としては、他のテーマや対象で実践を重ねて、有効性を一般化していくということが必要だということです。

 

そして、「情報Ⅰ」に限らず、「情報Ⅱ」でも同様に、また応用的に使うことができるのではないかと思います。この辺りも、今後の課題として続けて研究していきたいと思っています。

 

 

[質疑応答]

 

Q1-1.高校情報科教員

今回、このようにペルソナを作って、それをベースに作ったものと、このステップを踏まずに作ったものと比較して、こういう所が良くなったということはあるのでしょうか。

 

A1-1平田先生

はい。今回の実践では、実際にモバイルアプリを作るところまで行わなかったので、このペルソナを作ったことでこの点が良くなったという比較はまだできていない、というのが正直なところです。次年度はこれもやっていきたいと思っています。

 

 

Q1-2.高校情報科教員

もう一つ質問です。このように具体的なペルソナを決めていくというのは、かなり実在の人を想定して、その人の問題を解決してあげることはやりやすいとは思いますが、逆に、ターゲット絞り込むことで、ぴったり当てはまるペルソナの人には良いけれど、ちょっとずれている人には、合わなくなってしまうということはないかと思ったのですが、その辺りはどのように思われますか。

 

A1-2平田先生

ペルソナ手法自体が、まず1人のユーザに焦点を当てて、そのユーザを中心に設計していくという手法です。ターゲットが局所的になりすぎていないかどうかは、今後検討の余地があると考えています。

 

情報処理学会第86回全国大会 第5回初等中等教員研究発表セッション講演より