事例288

試作問題「情報Ⅰ」と探究力―受験結果の分析と情報教育の未来形―

京都市立日吉ケ丘高校 藤岡健史先生

私は、現在は日吉ケ丘高校で勤務していますが、今日の発表は、昨年度まで勤務していた堀川高校の生徒たちに対して行った実践です。

 

堀川高校のことは、皆さんご存じでしょうか。現在の中央教育審議会の会長であられる荒瀬克己先生は、堀川高校を改革し、「探究」を導入した先生です。その荒瀬先生がちょうど校長に就任した年に、私は堀川高校に新規採用され、現在、教員21年目になります。その後、いろいろな高校に異動しましたが、5年前にふたたび堀川高校に赴任し、昨年度まで勤務していました。そのほかにも、京都大学で情報科教育法を担当していて、ついこの間、集中講義が終わったばかりです。あと、教科書の執筆や学会活動等もしています。

 

さて、先生方は、お手元に2022年11月に公表された共通テストの「試作問題」をお持ちでしょうか。Webで検索していただければすぐに出てきます。ひょっとしたら先生方の中にはもう解いたり、あるいは生徒に解かせたりした先生もいらっしゃるかもしれません。まだという先生方は、ぜひご自身で解いたり、生徒に解かせたりしていただいて、その感想や、あるいはどんな感じだったのかを交流させていただければありがたいです。

 

今日は、その「試作問題」を堀川高校の生徒たちに解かせた結果を紹介いたします。 

 

2022年11月に公開された「試作問題『情報Ⅰ』」は、いろいろなところで分析されており、YouTubeなどで解説している動画も見られますが、堀川高校では抜き打ちで、昨年12月に解いてもらいました。

 

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あるクラスで「今日は60分間のテストをするよ」と突然、問題冊子を配り実施をしました。解答は、マークシートにさせてもよかったのですが、堀川高校ではBYODの1人1台端末がありますので、Microsoft Formsで解答フォームを作りました。60分間問題を解いて、解き終わってから「採点」ボタンを押すと、その場で点数が表示されるようにしました。

 

実施したのは昨年の12月ですので、まだ「情報Ⅰ」の教科書が終わっておらず、「プログラミング」の内容がもう少しで終わるところでした。すなわち「ネットワークとデータの活用」については一切学んでいない状況で、抜き打ちで実施した結果であることにご留意ください。

 

非常に工夫された難易度と配点のバランス

 

結果は、このようなきれいな正規分布になりまして、私はびっくりしました。

 

堀川高校は、いわゆるスーパーサイエンスハイスクール(SSH)に指定されている進学校ですので、高得点に偏るのかな、あるいは、「情報」は数学や英語に比べたら時間数も少ないので下に分布していたりするのかな、などとも考えていたのですが、そのようなことは全くなく、きれいに正規分布となったことに驚いたわけです。

 

「試作問題」は、大学入試センターの先生方のご尽力により、全体的な難易度や配点のバランスまですごく考えられて、作られていることが分かります。

 

 

第1問~第4問の12月時点での得点率を見てみます。こちらは、全体の配点に対して何%取れたかを表しています。

 

第1問が75.4%取れていますので、いわばこれがやや易しい問題と言えます。第2問~第4問に関しては、大体5割前後くらいで分布していて、標準的な問題のようです。全体の平均は、55.2点という結果でした。

 

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次に、この2022年11月公表の「試作問題」には、第4問(参考問題)があることをご存じでしょうか。

 

実は、12月に生徒たちに抜き打ちで実施した時点では、この問題は省いていました。その問題を、翌年(今年)2月の学年末考査の問題の中に入れておき、解いてもらいました。学年末考査ですので、教科書を全部終えた後ということです。1年間「情報Ⅰ」を受けた生徒が解いた結果、約70%の得点率という結果になりました。

 

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箱ひげ図で表した分布がこちらのスライドです。

 

最も平均点の高かった第1問に関しては、中央に寄っているのですけど、第2問~第4問は、ばらつきがあります。そして、2月に行った参考問題も中央に寄った分布でした。

 

特に、第4問はかなりの分量でしたね。生徒たちが、最後までたどり着いていないことがデータからもはっきり見えていて、その差も大きいです。生徒によってはまったく手が付けられていないため、得点率も低めに出ています。

 

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大問ごとの得点率の分布 ~「Bグループ」の問題で差がつく?~

 

第1問の設問ごとの得点率です。

 

得点率が高め(およそ7割以上)の問題と、真ん中くらい(4~7割程度)の問題があります。これらを順に、AグループとBグループと呼び分けることにします。

 

良くできている設問1、設問3カ、キ、設問4は、要はみんなが正答できないといけない問題と言えると思います。逆にこれができないと、他の人からちょっとビハインドになるよ、ということです。こういう問題をAグループとしました。

 

得点率が真ん中くらいのBグループの問題は、いわゆる差がつく問題と言えると思います。Bグループに入った設問2は「パリティビット」の問題ですが、半分程度の生徒は正答できて、残りの半分の生徒はできていませんでした。

 

 

第2問には、Cグループ(3割程度)に入る問題がありました。これは「2次元コード」の問題です。この問題が、第2問で最も正答率が低かったです。このような言い方をして良いかどうか分かりませんが、この問題はできなくても仕方がないかなと思われる位置にいます。

 

Cグループの問題も、もちろん解けるに越したことはないと思いますが、第2問では、まずはBグループの問題が確実に正答できれば良いと思います。

 

 

大問ごとの得点率の分布 ~「プログラミング」演習の必要性~

 

続きまして、第3問は「プログラミング」の問題です。

 

前半の小問については、よくできている一方で、途中の中盤以降については、正答率が下がり、はっきりとした差が出ています。

 

実際の問題を見てみると、決して難しい問題ではなく、かつての「情報関係基礎」のプログラミングの問題に比べて基本的な出題になっていて、すごく素直な問題であったと思います。ですが、まったく問題演習をしなかった生徒に解かせたら、これくらいの正答率という結果になりました。

 

私は、このレベルの問題であれば、しっかり演習することで対策可能だと思いますが、授業ではちょうどPythonでプログラミングをしていた時期で、問題の形式やいわゆるDNCL(大学入試センター言語)にも慣れていないために難しかったのではないかと考えています。Cグループの問題も正答率はBグループと大きな差はなく、これらもしっかり演習することで対策可能だと思います。

 

 

大問ごとの得点率の分布 ~第4問と第4問(参考問題)の得点率分布の差~

 

次は、第4問の分布ですが、こちらが「時間が足りなかった」生徒が多いことをよく示しています。

 

最後の2題が大きく下がっていて、最後の問題まで解けていないことが見て取れます。第4問は、BグループとCグループのみで、Aグループの正答率の問題はありませんでした。最後の設問5は、睡眠時間と残差の変換値の関係の散布図において、外れ値になっているかどうかを判定する問題です。最後まで解けなかった生徒が非常に多く、十分な時間が与えられていなかったと考えられるため、この問題が、実際難しいのか、難しくないのかというのは、これだけではちょっと分かりません。

 

 

このことが、2月にもう一度、この第4問(参考問題)を取り組ませたくなった理由の一つでもあります。じっくり解かせてみて、どれくらいできるのかを見たかったのです。

 

この参考問題は、A、B、Cのグループに分けますと、B・Cグループの問題でも、先ほどの第4問よりも得点率が上がってきています。この結果が、時間が十分あればこれくらい得点できると言うべきものなのか、それとも1年間しっかり学んだから、得点率が上がってきたということなのか、どちらなのかは分かりません。けれど、今のところ、こういったデータが出ています。

 

Cグループの設問2イの、12カ月分の移動平均の形に、明らかに周期性がないものを選ぶ問題が、一番正答率が低い結果になりました。

 

 

「試作問題『情報Ⅰ』」に取り組んだ生徒たちの印象

 

生徒には、問題を解いてもらった直後にアンケートを採り、意見を聞いてみました。

 

まず、難易度について、これは私もびっくりしたのですけど、第3問の「プログラミング」の問題の「とても難しい」が、明らかに突出しています。これは、他の問題に比べてプログラミングが難しいと捉えた生徒が多いことを意味しています。

 

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分量に関するアンケートも採ってみたところ、「やや多い」と答えた生徒が最も多いです。

 

そこで、国語や地歴公民と「情報」の分量を比較してみたところ、地歴公民はやはり分量が多く「情報」はそれに比べてちょっと少ないくらいの分量でした。日頃、数学の受験指導をしていると、3年生にもなると、生徒たちはどの科目がたくさん問題を読まなければいけないのか意識しているようですが、現状として、「情報」はやや分量が多い、つまり、国語や地歴公民などと同じ部類に入る、という感じでしょうか。

 

 

自由記述をテキストマイニングにかけてワードクラウドに示したものです。

 

キーワードとしては「プログラミング」が目立ちます。それから、もちろん「難しい」もあるのですけど「分かる」や「考える」も見受けられますね。私がうれしかったのは「楽しい」や「分かる」、「できる」などといった記述も見られ、前向きなコメントも少なからずあったことです。

 

 

生徒たちの印象の中で、代表的な3人の記述をピックアップしました。この3人は、最も高得点だった生徒、それから、ちょうど中央値の生徒、そして最も苦戦した生徒の中からの抜粋です。

 

最もよくできた生徒は93点でしたが、解きやすい印象である一方、この生徒でもプログラムを読むのにはまだ慣れていないと感じたようです。

 

中央値の生徒は、時間が足りないという感想です。これは、共通テスト全体の傾向かもしれません。でも、練習すればいけそう、という前向きな意見も言ってくれています。

 

あと最後の生徒は、実は数学も苦手な生徒です。グラフを読み取ったりする問題が多かった、数学に関連したところも結構あるのだなという感想が出てくるのは、その辺をにじませていると思います。

 

 

「情報Ⅰ」と数学との関係

 

「情報Ⅰ」の点数を従属変数、他教科の点数を独立変数とした重回帰分析の結果です。どの教科が一番効いているかというと、数学が有意です。

 

 

あと、相関係数も調べてみたところ、こちらも数学が有意でした。

 

 

回帰直線はこのようになっています。

 

これが一体、何を物語っているのかというと、もちろん因果ではなく相関ですけども、やはり、今回の「試作問題」のような出題だと、数学とかなり関係があるということです。

 

「だから数学を勉強しなさい」ということではありません。そうではなく、むしろ、共通テストの「情報」の出題が本当にこれでよいのかという疑問です。これで実際の「情報」の力を測れているのか、数学的な力に偏ってしまっていないかという問題提起です。「情報」とは、そもそもどのような教科なのか、どのような力を身に付けさせる教科なのかを、今一度考える必要があります。

 

この「試作問題」を見てみて、これが解けるように普段の「情報」の授業をしたり、この問題で高得点が取れることを目指して「情報」の授業をされる先生は、もちろんいないと思います。そうではなくて、「情報」の授業の中身を考える上での非常に大事なところを、この結果は示唆しているのではないかと考えています。

 

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他教科との関連性

 

考察をまとめます。

 

まず、「情報Ⅰ」と数学との相関関係を示しました。得点率での問題分類では、Bグループの問題で差がつくのではないか、ということも述べました。分量をみても、土台となる読解力が必須だと思います。

 

今回ご報告したものは、あくまで堀川高校のたった1クラスの結果に過ぎません。ぜひ他の高校の先生方とも交流したいと思っています。ちなみに、今年度赴任した日吉ケ丘高校でも、1学期の期末考査で「試作問題」の一部を出題し比較してみました。その結果、「情報社会と問題解決」分野のAグループの問題の得点率は堀川高校と同レベルでした。他の分野はこれから調査してみようと思います。

 

 

探究力との関連性

 

最後になりますが、探究力との関連性について触れておこうと思います。

 

堀川高校は探究活動に力を入れている、非常に特徴的な学校です。冒頭にご紹介した荒瀬先生が25年前に「探究科」を創設しました。堀川高校の探究活動と、今回の試験結果がどれだけ関係しているのかについては、非常に興味深い観点だと思っています。もちろん、探究活動をしているから「情報」の点が高いという単純な話ではありません。

 

堀川高校では、「情報」をはじめとする、教科の学習で学んだことを、実際に「探究」で“使う”ことを大変重視しています。実際に手を動かして「探究」して、文字通り「身に付ける」という経験こそが力になるのだと、堀川高校の生徒も教員も、まさに経験的に理解しています。

 

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堀川高校での探究活動は、ゼミに分かれています。「情報科学ゼミ」は、私が20年前に作りました。

 

 

これは、昨年度の情報科学ゼミの研究論文のタイトル一覧です。2年生は、秋になると個人で研究した論文をポスター形式で発表します。1年生は、2年生の先輩たちが発表している姿を見てから、自分の所属ゼミを決めます。本当に自分の好きな研究にどっぷり取り組んだ先輩たちの姿は、ロールモデルとして、こういう姿に自分が1年後になれたらいいな、こういうことができたらいいな、と1年生に早い段階で感じてもらうことができます。

 

すると、これらの先輩たちの研究では、「情報」など、教科で身に付けた力を使っていることに気付きます。問題を解くことだけが教科の勉強ではないことは一目瞭然です。まさに、「情報Ⅰ」で学んだことを身に付けて、実際に使っていることを目の当たりにするわけです。

 

そして、取り入れた「情報」をはじめとする教科の力を、できるだけ自分がやりたいこと、あるいは自分のキャリアアップへとつないでいきます。この力を文字通り「身に付ける」、自分のものにするためには何を学ばないといけないか、ということを自然に考えます。これができないと、教科書で学んだ内容がそのまま自分の探究活動につながっていかないですし、何のためにこれをやっているの?となってしまいます。これではモチベーションは上がりません。

 

 

基礎情報学のエッセンスを探究活動で使う

 

ここで、「情報」の教科の視点に立ち返りますと、一番大事なのは、基礎・基本だと思っています。実際の探究活動で使うことを意識して、「情報」のものの見方、本質を学んでおくことが何より大切です。

 

私は、昨年の全高情研でも発表させていただいたように、「基礎情報学のエッセンスをすべての高校生が学ぶ」ということが、何より重要な出発点だと思っています。2つ前のスライドでは例として「3つの情報概念」を示していますが、これを用いると「情報Ⅰ」の内容を非常に体系的に理解できます。体系化されていない知識は、実際の探究活動で使うことができません。詰め込んだだけの知識では使えないのです。引き出しからきちんと取り出せる形に整理されていて、はじめて使えるものとなるのです。

 

事例233 すべての高校生に「基礎情報学」のエッセンスを

 

現在の「情報Ⅰ」の内容は内容が多すぎるという指摘があります。これらをきちんと体系化しておくことがとても重要です。実際の場面で使えるように「情報」の本質を整理・理解しておき、実際に手を動かして「探究」するなかで応用し、「情報」のものの見方を体験的に積んでいくことではじめて、効率的に「身に付いていく」のだと思います。

 

そのようにして身に付けた「情報」の力は、数学的な力とは異なったものです。これが適切な形で、共通テストで測られることが必要です。そうすることで、「情報」の授業と共通テストが相乗効果をもたらし、より良い情報教育の発展につながっていくのだと思います。

 

ご清聴ありがとうございました。

 

第16回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会) 口頭発表より