事例283

校内の情報デザインに関わる問題を生徒と一緒に解決してみた

近江兄弟社高校 長谷川友彦先生

初めに学校の紹介をします。滋賀県近江八幡市という風光明媚な観光地にある、建築家で有名なW.M.ヴォ-リズも創立者の1人という学校です。今でもヴォーリズの建てた文化財の校舎が現役で使われています。

 

 

イエス・キリストを模範とする人間教育ということで、宗教教育・国際人教育・連携教育の3本柱で教育を行っています。

 

 

私は現在国際コミュニケーション科という専門学科の3年生の担任をしています。本校には普通科もあって、普通科には学年制課程と単位制課程があります。

 

3年生の担任ですが、今年担当している科目は1年生の「情報Ⅰ」と2年生の物理なので、実は担任している3年生の授業はありません。

 

 

単位制課程では、出席時間数の自己管理が非常に重要

 

今回、お話しする内容は、普通科の単位制課程で行った実践です。

この単位制課程について、前提となることを少し紹介します。

 

まず、学年制課程と単位制課程の違いは、学習規程が異なるというところです。カリキュラム等は同じで、同じ単位数で実施し、同じように授業が展開されますが、一番大きな違いは履修条件です。

 

通常ほとんどの学校は、出席要件が3分の2以上となっていると思いますが、単位制課程では出席は2分の1でよいことになっています。

生徒のほとんどが中学校までに不登校を経験したことがある生徒です。この単位制には留年が存在しないので、1回生で全く単位が取れなくても、そのまま2回生、3回生へと進んでいき、3年で卒業できなければ74単位取れるまで在籍する、という形です。

 

卒業率としては、3年生で卒業するのが大体7割弱、残りの3割くらいが4年生、5年生に残っています。

 


そのため、この単位制課程においては、まず履修の条件をしっかり満たすということが何よりも重要で、出席時間数を生徒自身が管理することが、とても大切になります。

そのために出席管理表というものを作っています。以前は紙で行っていましたが、1人1台端末が使えるようになってからは、学校が準備した出席管理表に、生徒が自分の端末で管理をしていくということが行われてきていました。

 


日常生活の中で見付けた「残念なデザイン」の改善策を考える

 

ここから本題に入っていきます。

 

私の「情報Ⅰ」の授業の中で、「デザインの改善策を考えよう」という課題を行っています。これは、日常生活の中で、「デザイン」というものによって、こんな困難を抱えている、ちょっと残念だなと感じていることを、どうしたら解決できるだろうということを、日常生活の中で見つけてください、というものです。

 

この課題では、問題発見だけで約2か月の時間をかけて、じっくり取り組んでいます。

 


実はこの課題はTTP、つまり「徹底的にパクった」授業で、勝田浩次先生の授業実践を見て、自分でもやってみよう、と思ったのがきっかけです。

 

この課題で私が狙いとしたのは、身の回りのことをしっかり観察をして、問題点を見付けるものの見方、観察する目を養ってほしいと思ったからです。

 


 

そのため、課題自体は7月に提示しますが、実際にプレゼンを行うのは10月に入ってからと、結構長い時間をかけています。生徒には、「日常生活の中で、いつ・どこで発見できるか分からないけど、『これ、今度の発表にしよう!』という瞬間が、課題ができる瞬間だからね」と言っています。

 

多分この課題は、机に座ってうんうんうなっても、こなせるものではないと思っているので、こういった形にしていますが、この課題に限らず日常からこういったことを意識してもらえたらいいなと思ってやっています。

 

実際に、この課題を行った結果、生徒たちからは、日常から周りをしっかり見る目が養えた、という感想が、たくさん寄せられた、という感触を持っています。スライドに挙げたように、「身の回りのことについて、本当に考えられるようになった」とか「実際に使っているものも、誰かがデザインしたものなんだ」というのは、非常に貴重な意見だと思います。

 

 

実際のプレゼンテーションの様子がこちらです。私は、プレゼンもデザインの一つだと思っていまして、何かを伝えるときには、提示する資料と人とが近接していないというのはよくないと考えています。ですから、このようにオープンな形で発表させています。

 

皆、堂々として発表してくれます。このスライドに映っている生徒が、今からお話しする単位制課程の出席管理表の問題点を、ずばり見抜いてくれた生徒です。

 

 

学校配布の出席管理表は1日分の入力に26工程!~問題の本質は「データとデザインの分離の原則」

 

実際に配布されていた出席管理表がこちらです。まさに、紙をそのまま再現しただけです。彼女は、「これに1日分の入力をするために、クリックして選択して…と全部やっていこうとすると、全部で26工程かかる」と言うのですね。この着眼点はすごいと思いました。

 

 

挙げられていた問題点がこちらです。これは、実際に使っていたスライドをそのまま持ってきたものです。まず、入力するために時間割と、この出席管理表を同時に開かなければならず、切り替えるのがすごく大変だということ。

 

 

そして、一つの画面に収まらないので、ずーっと横の方へ行かないと、目的の科目が出てきません。これも非常に面倒だと言ってました。

 

 

さらに、選択することが非常に多くて、これも入力するのが非常に困難だということでした。

 

 

そこで彼女が提案してくれたのがこちらです。すごくすっきりしていて、まさにこれが、情報デザインによる問題解決だなと思いました。

 

 

具体的な操作です。

 ① まず日付を入力します(実際に作ったシステムでは、ここをクリックすると日付が選べる形にしまし

     た)。

 ② すると、その日の授業の一覧が表示されるので、出席なら「出」のボタンを押す。もうこれだけで

    す。

 ③ 遅刻・早退の場合は、そこにチェックを入れます。

 ④ 最後に「入力」を押して、スプレッドシートに入力します。

 

こうすると、一つの画面だけで完結しますし、ボタンだけで入力が終わるのでとても効率的じゃないか、ということです。

 

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この問題の本質は、「データとデザインの分離の原則」であると思います。情報デザインや、データの活用を考えるとき、この概念は非常に重要であると思っていて、私も授業の中でいつも強調しているところです。

 

ただ、世の中、一般的にはあまり知られていないところでもあるかなと思います。

 


生徒と一緒に実際に改善してみた~もともとの開発者の先生にも協力を仰ぐ体制で

 

そこで、この提案をしてくれたその生徒に、「これ、ほんまに実現してみいひん?」と声を掛けました。

 

授業があるときは難しかったので、授業が全部終わってから、春休みの間に一緒に開発をすることにしました。前の、出席管理表を作ってくれた先生にも、「生徒からこういう提案があって、実現したいんだけど」とお話しして、この案を出してくれた生徒と一緒にその先生のところに行ってプレゼンをして、その先生にも了承をいただいた上で開発をすることにしました。

 

具体的には、私と旧バージョンの作成者と、提案してくれた生徒、あと友達2人の全部で、5人で開発をすることにしました。

 

役割分担をして、私の方で内部設計とデータベースの構築、プログラミングの部分をしました。プログラムはそれほど多くしたわけではありませんが、前のシートを作った先生にも、教師側のシートの動作確認や、ダミーデータの作成の辺りをやっていただきました。

 

提案してくれた生徒には、UIのシートを作成してもらい、友達にはダミーのデータを作ったり、動作確認をしてもらったり、ということを行いました。

 

 

実際は、生徒側の入力シートと、管理をするための教員側のシートは分けて作ることなりました。そうすることで、教員側でも点検ができ、生徒は自分の出席状況を入力したり、そこから拾ったりできるようになりました。

 

 

こちらが、実際の教師側の出席簿のシートです。

 

要は、何月何日何曜日の何時間目に何の授業があって、その時間にこの生徒は出席しているのか、あるいは遅刻・早退したといったことが記録されています。この入力については、生徒自身が行う形になります。

 

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教員側のシートは、時間割のカレンダーを別のシートに用意しておいて、VLOOKUP関数で参照できるようにしておき、時間割変更があったときに、それに合わせてこの出席簿シートの時間割を書き換える、という作業が日々の業務になります。

 

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生徒側の入力シートはこのようなUI(User Interface)になっています。

 

 

このシートですが、GAS(Google Apps Script)のonOpen関数という開いた瞬間に実行される関数で、開いた本人のGoogleアカウントが挿入されるような仕組みを仕込んでおきました。

 

そうすることで、間違いなく自分のデータとして入力、あるいはデータの確認ができるようになるという形になってます。

 

さらに、名簿からクラスを読み込んだり、そのクラスに対応したそれぞれの出席簿のシートのIDが出たりするようにしています。

 

 

実際の入力のシートは、①のように日付をクリックすると、カレンダーが選択できるので、これで日付を入力します。

 

②日付を入れると、先ほどVLOOKUPで紐づけた時間割が呼び出されてきます。

 

③クリック→プルダウンで出席/欠席、遅刻/早退を入力します。

 

④「入力」ボタンを押すと、メールアドレス、日付、校時、出席/欠席といったデータだけが教員側の出席簿シートに飛んで、そちらに入力される、という仕組みです。

 

④で、先ほどのメールアドレスを読み込む部分と、教員側のシートを連携させる部分だけは、ちょっとプログラミングが必要になりました。

 

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最終的に、メールアドレスに一致しているレコード行の、それから何日の何時間目のところに合致しているところに入力された出欠が入力される、という仕組みになっています。

 

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実は、Googleスプレッドシートには、QUERY関数という便利な関数があって、これはSQLをそのまま使えます。とても便利なので、ぜひお使いください。

 

このQUERY関数を使うことで、生徒が科目ごとの出席状況を確認することができるようになっています。

 

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※クリックすると拡大します。

 

授業で学んだことが実際に生かされていることに気づく~「情報Ⅰ」で学ぶ内容は、問題解決の基礎・基本として正しい内容

 

プログラムは簡単なものを組みました。これも、作りながら生徒にその都度「これはこういう意味だよ」ということを説明しながらやりました。

 

そうすると、生徒たちは「それって、授業でやったやつですよね」と気づきます。言語は違いますが、授業でやったことと全く同じですね、と。

 

プログラミングの基本は、とにかく、逐次処理・条件分岐・繰り返しの3つをどう組み合わせるか、というだけで、文法やできることが違っても、基本的な考え方は一緒であるということは確認できたと思います。

 

これを通して「情報Ⅰ」の授業でプログラミングを実際に書く、というところまでは難しいかもしれなくても、基本的な考え方そのものは、十分に習得可能であることを、改めて実感しました。

 


 

 

ただ、問題解決に応用するには、やはり練習や経験が必要です。年に2単位だけの授業の中では、どうしても限界はあるかと思いますが、それでも基礎の部分は十分に作れているのかなと思っています。

 


 

もう一つ。実データを1か所にデータを集めていくということで、「データの活用」のところで、「一事実一か所の原則」ということを話していましたが、これも大事だよね、ということです。

 

そもそもの出発点は、「データとデザインの分離の原則」ということでしたが、つまり、これだけ開発をしたプロセスの中に、「情報Ⅰ」で学んだ内容が全部出てきた、ということです。

 

開発が終わった後、生徒に感想を聞くと、「授業でやったことが全部入っていた。1年間の総復習みたいで、すごく楽しかったです」とすごく爽やかに言ってくれました。

 

つまり、「情報Ⅰ」で学ぶ内容というのは、問題解決の基礎・基本として本当に正しい内容であるという確信を持ちました。

 


情報デザインもプログラミングもデータの活用も、全部揃ってこそ「情報I」

 

問題解決をベースにしながら、情報デザイン、プログラミング、データの活用のいずれも大事だと思いますが、最近、「次の指導要領の改訂で、情報デザインなんて、なくなるんじゃないか」みたいなことをおっしゃっている方がいました。

 

いや、そんなことはないでしょう。プログラミングも大事ですが、データの活用も、もちろん情報デザインも大事です。全部が揃って「情報Ⅰ」なんだ、というのが、私が今日一番言いたかった点です。

「いや、プログラミングだけが大事なんだ」と思っていらっしゃる方がおられましたら、ぜひ考えを改めていただきたいと思います。

 

■質疑応答

 

Q1-1.公立高校教員

今回の発表は、生徒たちが様々なデザインを考えて、その中の1人のアイデアという理解でよろしいでしょうか。

 

A1-1.長谷川先生

はい、そうです。

 

 

Q1-2.公立高校教員

そうすると、他の生徒さんもデザインをしたと思います。そういった場合の、様々なデザインの評価方法はすごく難しいと思いますが、その辺りはどうされたのでしょうか。

 

A1-2.長谷川先生

そうですね。この課題は非常に面白くて、毎年やっていますが、よくこんなことに気がついたな、というものがたくさん出てきます。中には安易に決めてきたり、インターネットに載っているものをそのまま出したりする人もいますが、ネットに出ているものは大体把握してるので、「これはあのサイトに出ていたものだな」とわかります。

 

評価の観点としては、自分の生活実感にしっかり基づいているか。そして改善策ですね。改善点まで考えられているか、問題点を発見できたけれども、改善案を見つけることができていない、といったところで段階をつけて、評価しています。

 

 

Q2-1.公立高校教員

今回できたものは、実際に生徒さんが使われているのでしょうか。

 

A2-1.長谷川先生

はい、既に運用に入っています。単位制の先生方からも、生徒たちがすごく上手に活用してくれているという話を聴いています。

 

 

Q2-2.公立高校教員

素晴らしい実践だと思います。生徒が自分で見つけて、それを自分で解決できたことが認められたのは、非常にいい経験ですし、他の見ている生徒たちにも励みになるだろうなと思います。私にもそういう経験があったので、感動しました。

 

A2-2.長谷川先生

ありがとうございます。過去にも、生徒部が出す啓発プリントが文字ばかりなので、それを図解などをもっと使ったらよい、と提案してくれた人もいて、それが実際に教室に掲示されたこともありました。

 

 

Q3-1.公立高校教員

題材として、本当に素晴らしいなと思ました。ただ、ちょっと気になったのは、出席簿というのは法定帳簿ですよね。それを生徒が管理することになると、例えば、実際は出席していなくとも、生徒が「出席」としたら出席になってしまうのではないか。そういった管理はどのようにするのでしょうか。

 

A3-1.長谷川先生

正式の出席簿自体は、別にちゃんと存在しています。これはあくまでも生徒が自分で自分の出席状況を確認をするためのツールです。要は、自己管理がちゃんとできるようにしましょうね、という指導のためのものですね。特に単位制の場合は、本当にその1時間で単位を落としてしまう、ということが結構ありますので。

 

 

Q3-2.公立高校教員

要は、正式な出席簿は教諭が別で管理する、ということですね。そうすると、先ほど言われた一元管理というのとは少しニュアンスが違うかと思いますが。

 

A3-2.長谷川先生

そうですね。あくまでも、生徒が自己管理するツールで、それと出席簿とを照合して、矛盾がないかをチェックができる、ということです。

 

Q3-3.公立高校教員

なるほどわかりました。ありがとうございます。

 

 

Q4.公立高校教員

生徒と一緒にシステム作りに参加されたのがすごく面白いと思いました。

 

私自身、学校の業務の手順をGAS(Google Apps Script)を使っていろいろ効率化を図っているところですが、校内でプログラムを自動化することに対して抵抗を持っていらっしゃる先生が多いのです。

 

そういう方は、「作った本人がいなくなったら、運用ができなくなるんじゃないか」とよく言われます。この点について、先生のお考えと、あと周りの先生方がどのような反応をされているのか、というところをお聞きしたいと思います。

 

A4.長谷川先生

まさにその通りで、先生方の抵抗感は、非常に強いです。ただ個人的には、作った先生が異動されたり辞めてしまったりされても、また別の人が、別のことを考えればよいのではないか、と思ってます。

逆に、「継続性を考えなければならない」ということも割と広く言われていますが、実はこれにも懐疑的に思っています。「誰かが作ったものを、どうして継続をしければあかんのか」と思っていて、その学校にいる人たちが自分たちの創意工夫で自分たちの持ち味を生かしながら学校づくりをする、ということの何が悪いかな、と個人的には思っています。

 

第16回全国高等学校情報教育研究会全国大会(東京大会) 口頭発表より