事例243

様々な事象を情報とその結び付きとして捉える態度を育成する授業実践

愛知県立小牧高校 井手広康先生

最初に簡単に自己紹介をします。

 

私は情報科の教員として2009年に愛知県に採用されました。1校目に10年、現在の小牧高校が2校目で4年目になります。

 

本校は愛知県の小牧市にあり、来年で創立100周年を迎えます。普通科7クラスで280人、1年生で「情報Ⅰ」を取りますが、「情報Ⅱ」の設置は残念ながらありません。

 

今日は、このような流れで大きく2つのお話をさせていただきます。

 

1つ目は、「新たな意味を見いだす力」について。2つ目は、今日のメインのお話ですが、実際の授業の実践事例として、さまざまな事象と情報の結びつきを捉える授業実践のご報告になります。

 


 

新たな意味を見いだす力とは

こちらは学習指導要領に記載されている「情報Ⅰ」の目標です。この黄色で色を付けている「問題の発見・解決」というのが、一つの大きなテーマになっています。

 

この中で、私が特に大事であると思うのが、この(2)のところです。

 

 

この(2)はさらに「様々な事象を情報と結びつきの視点から捉え、複数の情報を結びつけて新たな意味を見いだす力」とされています。

 

この「新たな意味を見いだす力」というのは、いろいろな解釈ができると思います。これについて、私の実体験を元に、少しお話をさせていただきます。

 

 

実は私、大学時代麻雀が大好きで、そのために卒業までに5年かかってしまいました。それなのに大学院に行こうと思い立って、教員8年目・9年目で休職して愛知県立大学大学院に行きました。

 

私が配属された奥田隆史先生の研究室では、多くの学生がマルチエージェント・シミュレーションを使っていました。これは、自律的に動く一つひとつの小さな「エージェント」が複数組み合わさって、一つの大きなシステムとして動く複雑系と言われるシミュレーションです。

 

これを使って、例えば、河川が氾濫したときに避難する様子をシミュレーションすることができます。

 

このマルチエージェント・シミュレーションを知って、ふと「全自動麻雀卓の牌をエージェントと考えたら、この自動卓の牌の混ざり具合をシミュレーションできるのではないか」と思い付きました。自動卓の中で麻雀牌がちゃんと混ざってるかということは、これまで議論がされてきているのですが、実際にシミュレーションを用いて検証したというケースはありませんでした。

 

これが自動卓の内部です。このように136枚の牌をぐるぐるかき混ぜながら、4カ所の吸込口が牌を拾い、牌山に積み上げていきます。このように全自動麻雀卓において牌がしっかり混ざっているかどうかということを、マルチエージェント・シミュレーションで再現してみました。

 

 

これが全自動麻雀卓をモデル化し、シミュレーションを行っている画面になります。

 

 

結論を言えば、一つの牌山に積まれている34枚の牌のうち、大体10枚目ぐらいまではあまり混ざっていないことがわかりました。このグラフの紫のラインが途中からぐっと上がっていますが、これは牌山の初めの方はあまり混ざっていないことを示しています(図の横軸は牌山に積まれた牌の番号、縦軸は牌の混ざり具合を表す)。そして、牌山の10番目以降くらいになると、かなり混ざってくるってことがわかりました。

 

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ここで言いたいのは、全自動麻雀卓ではあまり牌が混ざっていないということではなくて、大学院で学んだマルチエージェント・シミュレーションの知識と技能のおかげで、麻雀に対する新しい見方や考え方ができるようになったということです。

 

ですから、情報科の授業で知識や技能を学ばせることももちろん大事なのですが、それ以上に子どもたちに世の中のものの見方について、「なぜこうなっているんだろう」とか、「どうしたらこうなるんだろう」、「こうなったらいいのに」ということを考えさせるような授業の導き方こそが、「新たな意味を自分なりに見いだす力」につながってくるのではないかと考えています。

 

様々な事象と情報の結び付きを捉える授業の実践

 

1.モデル化とシミュレーション

これを踏まえて、さまざまな事象と情報の結びつきを捉える授業の実践を3つご紹介します。

 

こちらは、大学入試センターが出している試作問題です。2022年11月に新しい試作問題が出る予定されておりますが、この中で2020年11月に出た試作問題を扱った交通渋滞シミュレーションを授業で扱いました。

 

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こちらの問題は、Aさんの学校の課題研究の授業という設定です。渋滞がひどい国道をモデル化、シミュレーションして、赤信号と青信号の最適な点灯時間の組み合わせを探す、という内容です。

 

ただ、こちらのデータは公開されていないので、授業では自作したExcelデータを使用してシミュレーションを行いました。

 

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画面の50(秒)、40(秒)となっているのが国道の青信号と赤信号の長さです。この設定でシミュレーションすると、グラフは橙色が国道、青色が県道で、渋滞台数がリアルタイムで表示されます。これを、自分なりに青信号と赤信号の組み合わせを変えて、一番渋滞が少なくなるところをシミュレーションしてみよう、という授業を行いました。

 

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下図が授業に使ったプリントです。左側が課題の設定と交通渋滞のモデル化。右側に、自分で数字を変えていきながら渋滞台数がどのように変わっていったかを記入します。最後はグループディスカッションを踏まえて自分なりに結論を導くのですが、生徒たちはすごく楽しんで取り組んでいた、という印象です。

 

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お伝えしたいのが生徒の感想です。例えば、1つ目には、「同じ時間の比率だけど、結果が全く違って面白かった」、2つ目は、「時間差が少ないほうが混雑しにくいのかなと思ったけど、実際にシミュレーションをやってみて、思っていたことと違っていた」という気付きが書かれています。

 

3つ目には「Excelでシミュレーションができるんだ」という気付きもあります。授業の中で全てを教えるのは無理ですが、生徒がExcelではこういうシミュレーションができる、ということさえわかっていれば、自分が大学や社会人で必要になったとき、経験として「あ、そういえば高校のときにExcelでシミュレーションしたから、これでできるんじゃないかな。」と思うことができる。そんな経験をさせることが大事だと思っています。

 

 

こちらの感想には、「実際の信号は…」と書かれています。つまり、シミュレーションをした後で、実際の世の中の信号機まで目を向けることができているのですね。「いつも目にしてる信号や渋滞を、違う目線で見るようになった」という、まさにここが、最初にお話しした「新しい価値観を見いだす」という視点になっていることがわかります。

 

3つ目では「もっと時間設定を改善して欲しい」というように、改善した方が良い点について書いてる生徒もいました。

 

4つ目は、本校ではなくて、愛知県の違う高校の先生が授業をされたら、こういう感想があった、というものをいただきました。授業でシミュレーションをやって終わりではなくて、そのシミュレーションのデータが実際の世の中に使われているんだ、役立っていることを知ることができた、と書かれています。

このように、シミュレーション一つをとっても、授業の中で完結させるのではなくて、世の中に対する視点を変えるきっかけにすることが大事であると思っています。

 

 

2.情報のデジタル表現

2つ目の実践が、「情報のデジタル表現」の単元です。こちらも「試作問題」に出題された内容を授業で扱いました。

 

色の数とフレームレートと解像度で、一番データ容量が小さくなる順を選べ、という問題です。

 

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私が授業で行ったのは、自分のスマートフォンの設定を変えながら動画を撮り、データ容量を比較するという内容です。iPhoneは動画の解像度とフレームレートを6つの設定から選択することができます。実際に動画を撮って、画面の粗さやデータの容量を調べて、本当にこの設定でよいかということを考えさせました。

 

先ほど稲垣先生が「自分事にするということがキーワードである」とおっしゃっていましたが、私もまさにその通りだと思います。いつも動画を撮っている自分のスマホがデフォルトの設定のままでよいのか、あるいはこんな設定ができるんだということに気づくと、生徒は俄然興味を持って取り組むことができます。

 

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下図が、実際に使った授業プリントです。まず、理論的にデータが何倍になるか、ということを書かせます。その後に、自分で実際に動画を撮ってデータの容量を記録させます。

 

そして、今度は実験した値が実際何倍になっているのかを書かせます。それをグラフ化し、その結果を踏まえてスマートフォンの設定を変更したかどうかを書かせました。

 

iPhoneのデフォルトの設定は表の上から2番目ですが、画質が最も高い6番目の4K/60fpsに変えていた生徒もいました。しかし、実験が終わった後に「こんな良い画質は必要ないと思いました」と、元の2番に戻した生徒も多くいました。

 

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こちらが授業の様子です。皆が自分のスマホを使って、ワイワイと楽しんで取り組めていました。いくつか生徒の感想を紹介します。

 

 

1人目の生徒は、もともと2番目の設定でしたが、「実際にデータを確かめると、画質は確かにきれいになったけれど、容量は8倍くらいになったので、変更しなかった」と言っています。

 

2人目の生徒も、「あまり画質が変わってるように思わなかったので、デフォルトのままでいい」と言っています。

 

3番目の生徒は、「これからは時と場合によって設定を変更しようと思った」と言っています。この授業をとおして、コンピュータで編集したいときや特別な場面はいい画質で撮るといった、別の見方・考え方ができるようになったと思います。

 

 

また、「解像度を上げると、遠くの小さな文字をはっきり見ることができたから、資料などちょっと小さいものを撮るときは、解像度上げたほうがいいんじゃないか」というような気付もがありました。

 

2つ目は「皆がそれぞれの同じ設定で撮っても、実際のデータ容量が違う」ということに気付いています。なぜ違うのかということを聞いてみると、「(対象が)動いているからダメなんじゃないのか」とか「文字など細かいものが多いとデータ量が多いよね」という回答でした。実はこの話は、次の授業の圧縮の話につながってきます。そういった次の単元のつながりが生徒の感想から出てきたら最高だなと思いました。

 

3つ目は、「フレームレートが多い方が滑らかな画像になっている」ということですが、このように実体験から学んだことというのは忘れないでしょう。このように実体験から学ぶことも大事だと思います。

 

 

3.プログラミング

最後のプログラミングは、ちょうど今授業を行っているところの途中報告です。今は大体、どの学校でもプログラミングが始まっている時期かと思います。

 

こちらは、今年6月に愛知県高等学校情報教育研究会で、情報担当の先生方に取ったアンケートの結果です。情報Ⅰの4つの領域の中で、「コンピュータとプログラミング」が一番不安だという回答が最も多かったです。

 

 

私は、先ほどの試作問題とサンプル問題に出題された問題を授業で使用してみましたが、いずれも本当によく考えられた問題です。

 

試作問題やサンプル問題に出題されているプログラミングは、一つのストーリーになっています。まず問1で問題を発見して、問2・問3で解決し、最後は評価・改善まで行っています。

 

このような試作問題やサンプル問題の内容には、知識だけ覚えていても対応ができないと考えます。実際に身の回りに具体的な問題があって、その問題に対してどのようにアプローチし、情報的な見方・考え方で解決していくということを、授業の中で取り扱うことが重要だと思います。

 

 

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大学入試センターがこのような問題の発見・解決を主眼においた問題を出題するというのは、非常にインパクトが大きいです。われわれ高校の教員にとっても、授業の中で教科書をなぞるだけでなく、こういった問題の発見・解決、さらに改善まで意識した授業を行うことが大事だと考えています。

 

では、実際にどのような授業をしているのか、ということですが、今年はmicro:bitを使っています。

まだ3回目が終わったところですが、先ほど稲垣先生のお話でも導入が大事、ということを言われましたが、micro:bitは導入が非常にしやすい印象です。

 

本校ではmicro:bitを40台用意してるので、生徒は自分の手元で本体を光らせることができます。コンピュータ上のシミュレータで動かすのと、自分の手元に本体があるのとでは、生徒の反応は大きく異ると思います。やはり実物が手元にあるというのは、授業の導入が非常にしやすいという印象でした。

 

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今回、プログラミングについては9回の授業を予定していますが、プログラミングのやり方を覚えるだけでなく、これを使って世の中の見方・考え方が変わるような仕組みや取り組みを8回目、9回目あたりでできたらと考えています。

 

なお、「情報I」の教員研修用教材にもmicro:bitの授業例が載っています。

 

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プログラミングの学び方には3段階あると思っています。

 

最初が、例題的なプログラムをなぞって書いて実行してみるというものです。ある程度のプログラムを生徒に渡して穴埋めをする、写経と言うとちょっと言い方が悪いかもしれませんが、そういったプログラムを写して実行するというのが初めにあります。

 

その次のレベルとして、それを改善していくというプロセスが必要になります。試作問題やサンプル問題に問題の改善の要素が含まれていたことからも、積極的に授業で取り組むべき内容であると考えます。

 

さらにその上で、問題を解決するために一からプログラムを作るレベルがあります。それは部活や校外学習であってもよいですが、そこまで学習を進められる授業ができたら非常に効果的だと思っています。

 

 

こちらは、私が3回目のプログラミングの授業で使ったプリントです。最初の例題のところはさっとやって、あとは発展課題も入れながら、生徒に自由にやらせるようにしています。

 

生徒には、やはり主体的にプログラミングを学んでほしい。早くできた人は、先生役になって周りの人に教えてあげてください、と呼びかけます。

 

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私が一方的に説明するのではなく、生徒同士で教え合ったり、学び合ったり、こんなふうにしたらいいんじゃない、と提案したりさせることを意識しています。

 

こちらは先週撮影した、プログラミングの授業の様子です。

 

 

最後に生徒に取ったアンケート結果をお見せします。

 

1回目の授業のときに、プログラミングの経験があるかどうかを聞いてみたところ、本校のある愛知県は、272人中、9割近い生徒が「中学校でプログラム経験がある」と言っています。先ほどプログラミングの経験が全然ないといったお話がありましたが、自治体によってかなり違うことがわかります。

 

小学校でも2割近くが「経験がある」と言っていますが、プログラミング言語はほとんどがScratchです。中学校までのプログラミング学習は、自治体の温度差にもよるという印象です。ですから、本校の生徒たちはプログラミングの考え方には結構慣れていたという印象です。

 

 

プログラミングの授業を楽しみにしてくれている生徒も多いですね。

 

 

また、「プログラミングの授業はどのくらいが適当か」という質問に対する、教員と生徒の回答の対比ですが、生徒が「5~6回」と答えている人が多いに対して、教員は「7~8回」が多く、生徒のほうが「少なくてよい」と感じていているのが、面白いところです。

 

 

最後にまとめです。

 

大事なことはいろいろありますが、それを「情報」の授業の中で全部を教えることはやはり無理だと思います。

 

ですから、授業の中では、問題を発見・解決する過程の中で、複数の情報を組み合わせて、そのものから新しい意味や価値観といったものを見いだす力を培っていけたらよいと考えています。

 

[質疑応答]

Q1.(大学教員)

大変面白い発表でした。麻雀に限らず、このように論理的に物事を考えたり、日常生活で「これはどうなっているんだろう」という、興味の関心の持ち方のようなものがあると思いますが、高校の先生として、それをどのように育てていくのか、ということも大事だと思います。中学から高校に入ってくるまでと、高校を卒業した後の私たち大学の教員に、こういったことを教えてほしい、大学ではこうなってほしいという、先生からのご要望があれば教えてください。

 

A1.井手先生

ありがとうございます。難しい内容だとは思いますが、今、中学校でも本当に高度なことをしています。計測・制御のプログラミングや、ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミングなど、高校の先生もびっくりするようなことをやっているのですね。中学校で学習すべき内容を授業でしっかり学んでいれば、高校に入ってくる生徒は、情報的なモノの見方・考え方や、計測・制御やプログラミング、ネットワークの知識・技能がある状態で入ってきます。

 

ですから、僭越ながら私が中学校に求めるとしたら、やはり学習指導要領の内容をこれまで通りしっかりやっていただきたいということですね。

 

それを踏まえて、高校ではその知識・技能をもとにして、視点や考え方を変えて、世の中をどうやったら良い方向に変えていくだろうか、という取り組みを「情報Ⅰ」で実践し、問題の発見・解決のプロセスを深めていきたいと考えています。

 

逆に、私が大学にお願いしたいと思うことは、いろいろありますが、卒業論文の研究テーマを選ぶなど、自分が何か研究をするときに、ぜひ学生個人が興味のあること、やってみたいと思うことを尊重してあげていただきたいと思います。そして、それをより良く問題解決していくために高校で学んだ知識・技能を改めて活用させたり、大学で学んだ内容を肉付けしたりしながら、問題解決のプロセスを踏まえてほしいと感じます。

 

もちろん、学部や研究室のある程度決められたテーマの中で、という条件はあるかもしれませんが、「学生が提案してきた自分がやりたいこと」をできるだけ尊重してほしいというのが、私が大学に対してお願いしたいことです。

 

情報処理学会高校教科「情報」シンポジウム2022秋(ジョーシン2022)講演より