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高校生が自分事として捉えて学ぶ「情報Ⅰ」の実践 ~情報Ⅰ入試を意識した導入の授業~

東京都立神代高校 情報科 稲垣俊介先生

今回の発表では、高校生が「情報Ⅰ」を「自分事として」捉える必要がどこにあるのか、という部分に注目していただきたいと思います。

 

また、ご紹介する授業は生徒たちにとっても印象深く、年間アンケートでは私の行う全授業の中でも特に心に残る授業の一つと示されており、卒業生からも思い出深いと語られています。この授業を通して、多くの生徒が自分について深く検討し、人生の大きな問題解決を目指していますので、ぜひご紹介させて頂きたいと思います。

 

私は都立高校の情報科の教員ですが、目の前の問題解決のために、さらに実践と研究の橋渡しをしたいと思い、働きながら東北大学大学院情報科学研究科に入学しました。昨年度博士の学位を取ることができ、とても嬉しかったです。また、東京都高等学校情報教育研究会(都高情研)では情報Ⅰ入試検討委員会で委員長を務めています。知見の深い多くの先生がたと語り合える場として継続しています。

 

 

最近は、2022年6月のNEW EDUCATION EXPOで実践発表をしました。また、3月には情報処理学会の全国大会で情報入試に関する講演をしまして、高校の情報教育には、大学の先生がたの協力、企業等のご協力が必要だと強く申し上げました。

 

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去る6月29日、30日には、福島県教育センターの指導主事の先生が私の授業を参観され、対談させていただきました。

 

詳細はこちら(※1)をご覧ください。

 

※1 福島県教育センター 共通教科「情報科」特設サイト

 

 

メディア取材としては、読売新聞に掲載された授業実践で、私の博士論文の検証をしました。自分のスマホ利用状況について生徒に集計させるもので、情報処理学会の会誌に掲載予定ですのでご感想をお寄せください。

 

 

本日ご紹介する授業実践は、朝日新聞に掲載されたものです。

 

 

「情報」の授業を「自分事」とするために

 

なぜこのような近況報告をしたかと言いますと、今これだけ「情報Ⅰ」が注目されていることをお伝えしたかったのです。大学入試に入ることになって、インパクトが大きいからこそ、導入部分をどのように行うかが大切です。それには理由があります。

 

もし高校生に、「なぜ『情報』を勉強するのか」と尋ねたとして、生徒の答えが「大学入試科目だから」だったとしたら、情報科の教員としては非常に残念です。どんなに巧みで、面白くて、興味深くて、そして知的好奇心がくすぐられる授業であっても、学ぶ理由が「情報入試のため」だけでは残念です。しかし、「情報」の授業の導入をうまく行えれば、そうはなりません。今回はその導入の仕組みについてお話しします。

 

学びのきっかけに、「内発的動機付け」がありますが、その内発的動機付けは、自分に起因するものです。つまり、「自分事」として「情報」を学ぶことが最高なのです。

 

「なぜ勉強するの」と聞かれたら、「自分のため、自分が学びたいから」と心から回答してもらいたい。「自分事にさせる」とは、教育用語で「当事者意識を持たせる」ことに他なりません。

 

生徒たちは未熟で、一番興味があるのは自分に関係することです。実は、われわれ大人も同様です。

 

「情報」が大学入試に入ったからこそ、「自分のために『情報』を学ぶのだ」と思えるような導入にすることが求められると思います。

 

そのため、1年間の「情報Ⅰ」の導入として、生徒に自分事として「情報」を学ばせるための授業を紹介します。「30歳のわたし」という授業で、「情報社会の問題解決」の単元です。

 

ここからは、具体的な授業のスライドをそのまま見ていただきながら、授業するような感じでお話しします。

 


 

「30歳のわたし」を考えることで、自らの進路を「科学的な側面」から理解する

 

カリキュラムはこちらです。

 

「30歳のわたし」は何をしているのかを考える。 「30歳のわたし」が高校生に対してプレゼンをする。効果的なプレゼンと何かは。そして、私からの提案とまとめ、という流れです。

 


この授業の目的です。

 

自らの進路を「科学的な側面から」理解するということです。

 


 

生徒たちに「30歳のわたし」は何をしている?と問いかけます。

 

30歳は、社会人として、もう新人とは言えません。そろそろ若くもないかもしれません。その30歳のあなたから見た、高校を卒業した後のあなたの人生を考え、時系列順にまとめてください、と伝えます。

 

 

次に30歳のあなたが、自己紹介をするプレゼンを作ります。あなたは高校を卒業してOB、OGとなって学校にやってきて、自己紹介をします。

 

聴衆はあなたが卒業したこの学校の1年生で、3分間であなたの卒業後の人生を語ります。パワーポイントは全4枚です。

 

 

どのようなプレゼンが効果的なプレゼンなのかについては、生徒同士で話し合います。

 

 

この時間は班のメンバーと話しながらプリントの表面を仕上げます。プリントはA4裏表1枚で、このスライドは、表面の上半分の部分です。

 

ここに30歳のあなたは何をしているか、「職業」「社会的役割」「生活」について全て書けなくてもよいですが、どれか一つは必ず書いてもらいます。

 

ここは生徒同士でワイワイと話し合いながら書いていきますが、将来の職業を考えたことがなくて書けない生徒もいるので、こちらから「30歳になった時にどんな生活をしていたいか」を問います。そうすると、あれこれと希望が出てくるので、それを「生活」として書くと同時に、そのような生活をしているならば、どんな社会的役割を果たしているのか、ひいてはどんな職業に就いているのかを考えるよう順を追って話すと、案外書けるようになります。

 

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次は同じプリントの下半分の部分です。「30歳の私」を想像して、卒業後の自分を時系列に順に書きます。書けない生徒には、まず「30歳の私」を先に書いて、それならば29歳はどんな状況なのか、28歳は…と考えさせると、すいすい書けます。これで授業時間は30分程度です。

 

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さて、先ほどお見せしたこの授業の目的を、もう一度確認します。

 

自らの進路を「科学的な側面」から理解する、とありましたが、「科学的な側面から」とは、一体どういうことなのかについて、私から提案を一つしたいと思います。

 

こちらの動画(※2)をご覧ください。 

※2 「20XX in Society 5.0~デジタルで創る、私たちの未来~

 

ここには、バーチャル・リアリティ(VR)の画像を操作することによる遠隔医療やリアルタイム翻訳など、デジタル革新によってさまざまなことが可能になる社会が描かれています。

 


 

Society5.0の視点から自分の将来を考えてみる

  

ここで、私からの提案を生徒に話します。

 

あなたの目指す職業や社会的役割、家庭は、今のままでしょうか。科学技術の進化は止まりません。むしろその速度は上がっていくのに、あなたたちは、目指す職業や社会的役割、家庭を、現在のテクノロジーをもとに考えていませんか。それではダメです。30歳の時にはもう、先ほどの動画に示されたようなSociety 5.0の時代になっています。それを踏まえて、ぜひとも考え直して今書いたプリントを修正してください、と問いかけます。

 


そして授業のまとめで、「このSociety 5.0において、あなたの目指す役割とは何か」と聞きます。

 

2回目の授業では、Society 5.0など出てきたキーワードを調べてくるように伝え、生徒たちはネットで調べてプリントを完成させていきます。

 


 

こちらが生徒の書いたプリントです。

 

この生徒は養護教諭になりたいと考えており、上半分の部分には、動画を見た後にSociety 5.0の視点が追記され、「全ての人が生きやすい環境をつくる」と書かれていました。

 

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さらに下半分の部分では、養護教諭として働くとき、例えばAIの導入や、オンラインで医師と連携を取りながら治療にあたることができることなど、科学技術の進化が伴った医療の充実が実現していることが追記されています。

 

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先ほどの生徒のプリントの裏面です。

 

別の日の授業で、プレゼンのスライドを作ります。全4枚のスライドを作るにあたってのラフを書きます。

 

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1枚目のスライドは、挨拶と自己紹介。2枚目が30歳現在のこと。3枚目がこれまでのこと。そして、4枚目が高校1年生へのメッセージという流れです。プレゼンは3分間で、スライドの右側にはプレゼンで話す言葉を記します。

 

グループの中で数回のプレ発表を経て、どんなプレゼンの仕方がよいかを何度もチェックします。チェック項目は、Society 5.0説明の有無、30歳になりきってプレゼンができているか、そして挨拶と笑顔を忘れない、という点です。

 

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そして本発表では、2時間で全員が皆の前で発表を行い、他者評価をさせます。それぞれ点数を付ける人数を固定化し、相対評価で採点をさせます。

 

最初にプリントに評価を手書きで記入させ、その後に私が集計しやすいよう、スマホやパソコン経由でWebにて提出という形にしています。

 

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さらに、この発表は校内で全職員に告知しており、担任の先生がたを中心に、校内の多くの先生方に見ていただくイベントにしました。

 

放課後などではなく授業時間中に行いましたが、多い時で7名程度の先生が見に来てくださいました。

このような小さな活動の積み重ねが、校内での情報科の理解を深めることにつながると考えています。

 

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生徒のリフレクションです。

 

「Society 5.0を意識して将来を考えることがなかったのでよい機会となった」「自分の目指す将来がSociety 5.0で変化があることがわかった」など、自分事として捉えて考えている記述が、78%の生徒から見られました。

 

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全ての授業を「自分事」につなぎ、大学入試に向かう意味を感じ取らせる

 

さて、先ほど高校生が「情報」を学ぶ理由を「大学入試」とさせない、「自分事」にする、とお話ししました。

 

この授業は、とても盛り上がります。発表も、やりたい人から前に出て発表するというスタイルですが、われ先にと、ほぼ全員の生徒が発表します。作成途中も大盛り上がりになります。

 

理由は簡単で、授業が「自分事」になっているからです。生徒は自分事になっている授業が好きで、だからこそ「情報」を学ぼう、「情報」を頑張ってみよう、という態度になるのです。

 

その後の授業はとてもスムーズでやりやすく、本当に楽しそうに授業に没入してくれる雰囲気が漂います。大学入試に出るからではなく、自分事の内容だから勉強するのです。ですから、今は全ての内容の単元を自分事に落とし込むような仕組みを考えています。

 

 

この授業の後の単元を、生徒の提出したプリントや作品と共にご紹介します。

 

これは特性要因図です。先に作成した「30歳の私」になるために、具体的にどんな行動が必要なのかを考える授業です。自分事なので熱心に取り組みます。

 

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こちらは、将来、化粧品開発をしたい、という生徒のものです。

 

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情報デザインの授業ではビジョンボードを作らせることも行いました。ここでは、自分の将来の姿ややりたいことなど将来の夢を可視化するために、写真などをたくさん貼ったポスターを作成しました。

 

 

先ほどの特性要因図の授業で、将来の姿を考え、そのための行動も考えました。しかし夢のためとはいえその行動を続けるは難しいものです。

 

だからこそ、気持ちを鼓舞するようなポスターで行動を続けられるようにしようと伝え、生徒と一緒に作りました。

 

 

この生徒はメーキャップアーティストになりたい、猫を飼いたい、インフルエンサーとして活躍したい、と考えています。だから情報の勉強も頑張るのだそうです。

 

ビジョンボードも発表活動をしており、1人あたり40秒で発表させていますが、生徒は夢中になってビジョンボードを作成していました。

 

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この後の授業も、自分事とした「情報」の授業にしていきたいと考えています。

 

このような授業をしていくうちに、生徒たちは自分がこれからのSociety 5.0の担い手であるということに気付き、なぜ「情報」を学ぶのかに気付いていくのです。

 

 

大学入試という生徒の自己実現、夢の手助けをすることを忘れてはいけませんし、私はその実践に力を入れていきます。しかし、同時に生徒たちが「なぜ情報を学ぶ必要があるのか」を自分で気付く授業を、今後も続けていきます。どんなに巧みな授業でも、それに気付けないならば、その場限りの「面白いね」で終わります。しかし、自分事の授業であれば、生徒に自分のこととしてそのまま残るのです。

 

新聞のタイトルにもありますが、これからの時代を生きる生徒たちは、生きるために「情報」を学ぶのです。私はようやくそれに気付き、これまで作ってきた授業を、今見直しています。

 

理想は、生徒にとって自分事でありながら、大学入試の問題も解けるような授業や教材です。皆さんにもご協力いただければ幸いです。

 

第15回全国高等学校情報教育研究会全国大会(オンライン大会) 分科会発表より