「情報I」の積極的・前向きなダウンサイジングを見据えた「卒業研究」の実践

愛知県立高蔵寺高校あいちラーニング公開授業

新課程の教科「情報」では、「総合的な探究の時間」との連携が重視されています。「情報」の授業で学んだ知識やスキルを実際の問題解決の場面で活用することで、深い理解につないだり、授業の中だけでは習得できなかった複雑な手順を経験したりすることは、結果的に教科「情報」の理解度を進めることにつながります。

 

単なる「調べ学習」でなく、探究活動を課題発見から仮説の設定、検証、考察、結論という一連の研究の手順を踏まえて進め、一つの成果としてまとめるためには、様々な「お作法」やフォーマットを身に付けることが必要です。しかし、こういった一連の手続きが、教科学習の中で時間をかけて扱われる機会はなかなかありません。

 

探究活動の成果をまとめてプレゼンする場面は、授業内での、いわば内輪の発表会だけではありません。コンテストに参加したり、総合型選抜や学校推薦型選抜で学習成果を提出したりする際には、まとめ方のルールを踏まえているかどうかは採点の対象にもなりますし、大学入学後の演習や自分自身の研究の場面でも必要になります。

 

今後ますます重要になってくる「研究の型」を身に付けながら、「情報I」のエッセンスを「卒業研究」に落とし込んだのが、愛知県立高蔵寺高校の田中健先生の授業です。2021年12月に行われた、最終発表会(※)を取材しました。

 

※愛知県立高蔵寺高等学校 あいちラーニング公開授業

 

■「情報I」のエッセンスを取り入れて、「卒業研究」をやってみた  ~田中先生の事前説明

「情報I」の単元を眺めて「この内容を2単位の授業時間数70時間ではとてもやりきれない」と思われる先生も多いと思います。新課程の教材を執筆した立場で主張するのは恐縮なのですが、「情報I」では授業内容の「積極的・前向きなダウンサイジング」が非常に大事になってくると考えています。

 

本校の教育課程では「情報」は3年生に置かれ、文系クラスでは「社会と情報」、理系のクラスでは「情報の科学」が必履修科目になっています。今回は、その一例として、本校3年次に展開されている「社会と情報・情報の科学」に「情報I」の授業で必要となるエッセンスを取り入れた「卒業研究」をご紹介します。

 

自分たちで考えた、一見ばかばかしくてくだらないテーマについて、仮説を立て、実証実験を行ってデータを取得・加工し、論文形式の文書にまとめ、最後にプレゼンテーション用のスライドを制作して、今日のような発表会を行います。生徒が4年後に経験するであろう、大学での卒論作成の前哨戦というような位置づけです。

 

大学3,4年次のゼミ活動などを経て、おそらく4分の1くらいが大学院に進学すると考えられる学力層の生徒が集まっている高校ですが、率直に申し上げてこの論文とスライドを実際に完成させるのはなかなか大変だったと思います。論文を書く際に、必ず書くべき内容、つまりアブストラクトやキーワード、「はじめに」から目的・検証・結果・考察といった一連の流れを、今のうちから触れてもらう意図なのですが、初めてのことでかなり難しいのは間違いないですよね。しかしそれも良い経験になるはずです。

 

研究過程については授業担当者としての大幅な手直しは一切入っていません。毎時間望ましい進捗度合を定めた指示を参考に、論文とスライドの完成を目指す、ただそれだけです。大幅に脱線しそうなら方向転換のための声掛けをする程度です。

 

お手元に用意した論文は、こうした過程を経て、生徒が今できる精いっぱいのところで形でまとめたものだ、ということをご理解いただければと思います。正直、論文と言うには甘い部分がありますが、高校生が自分たちだけで研究活動をしてみたらこれくらいのレベルのものが出来上がった、と参考までにご覧いただき、今後先生方の授業で実施される場合のレベル感の指標にしていただければと思います。

 

全9クラス93グループあるのですが、これから体裁を整えて、卒業研究論文集に仕上げ、卒業記念品として卒業式で渡そうと考えています。編集して印刷して丁合してとなると、50時間ほどかかる気の遠くなる作業量ですが、今年の「情報」の授業が卒業後に記憶にも記録にも残るといいなと。

 

本日ご覧いただくのは、よくある情報リテラシーとしてのプレゼンテーション授業と一見大差ありません。しかし、卒業研究のタイトル通り、約14時間かけた一連の授業の集大成になっています。どこに「情報I」のエッセンスが入っているかを考えながらご観いただければ幸いです。

 

 

最後に、私がこういった授業実践を毎年公開している目的は、やはり情報科の教員は各校1名しか配置されていない、そのために他の先生の授業を見る機会がなかなかないので何とかしたいという思いが全てです。「こんな授業やってみた」的なYouTubeの動画レベルで良いと思います。こんなことをやってみたからちょっと見てください、感想聞かせてくださいと、ご自身の授業を気軽に公開できる空気感を、愛知県内に、ひいては全国に広げていくきっかけになればと思っています。

 

 

■卒業研究発表会

発表会は、各クラス2時間連続で行われました(これに先立って、同じ日に1時間のリハーサルを実施)。今回見学した3年9組は、理系クラス。1グループが3~5人で、9つの発表が行われました。発表時間は5分間、その後の質疑応答は3分程度、計8分間が1グループの持ち時間です。

 

発表はコンピュータ教室で行います。プレゼンテーションはPowerpointのスライドで行い、他の生徒は手元に各グループの発表の章立てが書かれたシートを持って、教室の前に配置されたスクリーンやそれぞれのPC画面でスライドを見ながらプレゼンテーションを聞きます。

 

 

各グループのプレゼンテーション終了後には、それぞれの発表について評価シートを記入します。田中先生が10年以上前から利用しているというこの評価シートは、下記の項目について各10点満点、合計50点満点で採点し、総合的なコメントを記入するようになっています。また、記入後の評価シートは授業後に回収され、後日当該グループにコピーがフィードバックされます。プレゼンテーションの手応えと、他者からの評価を突き合わせるという反省に役立てられます。

 

 

発表はグループ全員が教壇に立ち、プレゼン、スライド操作、質疑応答など担当を分担して行いました。プレゼン担当者は、手元に原稿を持たず聴衆の反応を受け止めながら説明を進めますが、どのグループも時々笑いを取るアドリブも入れながら、スムーズでわかり易い説明ができていました。

 

 

発表テーマは、故意に与えた先入観によって問題の難易度の感じ方が変わるかどうかを調べる「先入観が及ぼす影響」、マーク式の試験問題の選択肢で正解は何番が多いかを模試の過去問から分析した「センター過去問何番が多いか」など受験生らしい研究や、ボトルフリップ(※)を成功させやすい条件を調べる「目指せ!ボトルフリップマスター」、地球を破壊するために必要なエネルギーを計算する「地球破壊計画」、『名探偵コナン』が原作で行っている行為の犯罪性を検証する「名探偵コナンの犯罪性について」など、ユニークな題材が並びました。

※ ペットボトルを投げ上げて空中で1回転させ、着地させる競技

 

※クリックすると拡大します

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3年生の秋から冬の時期という、時間のとりにくい時期に行った活動であるため、実験や検証に十分時間をとることは難しかったと思います。しかし、この活動のもう一つの目標である、「はじめに」「研究動機」「研究概要/検証方法」「考察」「まとめ」といった探究の手順をきちんと踏まえることができているため、「何のためにこの研究を行ったのか」や「今回の実験条件の中ではどんなことがわかったか(あるいはわからなかったか)」を示すことができていたのが印象的でした。

 

最後に田中先生から、この「情報」の授業が1年を通して「主体的・対話的で深い学び」を目指していたこと、皆のこれからの学びではこの姿勢が最も重要になる、というお話で締めとなりました。

 

2時間の発表の後、今回の公開授業を見学された先生方からの質問や感想を受ける生徒たちの表情はとても誇らしげでした。

 

 

 

■公開授業の振り返り~田中先生の解説と公開授業参加の先生方の質疑応答

 

座学で記憶するだけではなく、活動を通して身に付けていくこと ~著作権、データの分析・可視化、プレゼンテーション、データの管理 

最初に先生方にご提示した、この授業に「情報I」のどのようなエッセンスが入っているか、ということですが、授業の中で触れていたように、来年度から展開される「情報I」では、どのような考え方が必要になるのかを生徒に説明した上で進めていきました。新課程の「情報I」の教科書は、先生方はもうご覧になっていると思いますが、とにかく内容が多いです。先にお話ししたように、全てを網羅しようとすると到底70時間では終わらない。だったら各単元のエッセンスだけ取り出して、押さえるべき要素をまとめてしまえばいい、というのが私なりの答えです。今回の卒業研究には、できる限り詰め込んでみました。

 

そんなわけで、先ほどの卒業研究には著作権のエッセンスを入れていますが、これを単純に、有効なのは著者の死後50年だ70年だといった法律的な話をしたところで、生徒はぽかんとしているだけです。我々は法曹界の人間ではないので、法律そのものを語るよりも、今後大学生・大学院生として著作権とどのように向き合わなければならないのか、ということを考えさせることの方が大事でしょう。ですので、卒業研究では、他人の文章、つまり先行研究をどのように活用していけばよいのか、ということに注力しました。

 

つまり、単に教科書の記述をなぞって記憶するのでなく、生徒自身がどのように関わっていくか。どのような条件のもとで他人の成果物を使えるのか、あるいは使ってはいけないのか、ということを自分ごととして捉えられます。

 

他にも「引用元としてWikipediaは認められていない」ことも伝えたはずなのですが、残念ながらWikipediaが一番手っ取り早いこともあり、結果的に十分伝わりきっていなかったな、という反省もありますが、こういった手法も著作権教育の一つの方法なのではないでしょうか。 

 

次に「データの分析」です。現行課程の教科書にも1次情報、2次情報という言葉は載っていますが、ここについてきちんと授業をされた先生はいらっしゃるでしょうか。

 

恐らく、「情報とは何か」という序章にあたる単元にちょろっと載っているだけなのですが、1次情報というのは、普段明示することはなかなかないと思いますし、意識して取りに行くことはないですよね。

 

今回の例で言えば、紙飛行機を飛ばして、1回ごとの飛距離を測定して記録したもの、これは1次情報です。われわれが手にする情報というのは、公表用に必ずどこかが加工された2次情報ばかりです。例えば、力んで真下に投げてしまった記録0cmというデータは、分析用のデータとしては削除しますよね。授業では、まず1次情報を取るのはどれだけ大変か、どれだけ重要か、ということを必ず考えさせます。そして、1次情報を取得した上で、どのような基準を以ってして加工をするのか。新課程の教科書に掲載されている「外れ値」や「異常値」の扱いをどうするのかということに関しても、生徒自身に考えさせて加工作業を行うようにしました。普段意識することがないからこそ、授業で取り扱う意義も出てきます。

 

その後、加工したデータを可視化させます。可視化しないままでは、実験に立ち会った当人はわかっていても、他人には伝わりにくいものです。口頭で説明するよりも、数字で説明するよりも、図で説明したほうが伝達力は高いですから。他者に正確に理解してもらうにはどんな表現が適切なのか、そこまで考えさせて、初めてデータの分析がなされたということです。

 

この考え方は新単元である「情報デザイン」に通ずるものがあります。「情報I」の「データの分析」は1次情報・2次情報というところから入っていきますので、その具体的な活動はこのような形にまとめることは可能です。正直なところ、受け持つ全てのクラスで実施する授業担当者の負担はかなりのものですし、時間もかかります。しかし、生徒の意見として、やり切った感はかなりあったようなので、実施する価値は大いにあるでしょう。

 

なお、実証実験に関連する諸活動については、学校内の許可を取った上で、「自分たちのグループは、どの場所でどのようなことをしています」ということを事前に申請しておけば、授業時間内に実施してもよいことにしました。新課程では、一方的なレクチャー座学に終始するだけでは達成できない目標も多いことでしょう。主体的・対話的な学習環境を用意することに加えて、各学校のルールを踏まえた上での限定的なことではあっても、授業中に「フィールドワーク的」なことを取り入れるのも有効ではないかと思います。

 

さらにプレゼンテーションです。プレゼンテーションは「社会と情報」には単元として扱われていますが、「情報の科学」にはありません。実施すべきものとして「情報I」では中単元になっているので、プレゼンテーションにどれだけ時間をかけるのか。プレゼンテーションをするのであれば何を発表するのか。発表するネタはどうするのか。オーディエンスに向けて喋ることが目的になってしまうフリートークが着地点になるのは何としても避けたいところです。

 

単にネット上の情報をかき集めてきて、それで何かしゃべりなさい、ということなら誰にでもできます。一方で、自身でネタを用意して、論理を組み上げ、無から有を創り出す、というのは相当しんどいものです。この匙加減が悩ましいところです。1人だと挫折してしまいかねないので、私の授業では無理矢理3~5人のグループを形成することとしました。

 

発表内容がまとまった後には、プレゼンターや実際に話す内容を考えるスクリプターの他にも、スライドの操作者、質疑応答への回答者という役割分担を必ず決めておくことを指示しました。また、プレゼンターとスライド操作者が連携を取ること、プレゼンターが原稿を手に持つのは禁止であることを明確にし、必ずオーディエンスの反応を伺いながら自分の言葉で話す、ということも練習させました。回答者に関しては、想定質問を考えておくこととしました。プレゼンテーションというのは、本来ここまで用意しないといけない、と体感させられたのは良かったと思います。ぜひ大学生としての卒業研究発表会で活かしてほしいですね。

 

その他、力を入れたのはデータの管理です。グループでプレゼンテーション用のデータを扱う際には、誤って削除したり、誰が何をもっているのかわからなくなったり、ということが容易に想定されます。生徒ごとのアカウントでログインすることで利用できる個人フォルダだけ年度更新のタイミングで用意しているので、他のグループメンバーの制作物は確認できません。それをグループで共同管理するには、やはりネットワークドライブが有効だと考え、適宜Googleドライブの扱い方も説明しました。今後、大学生、大学院生、社会人と進んでいく中では当たり前のツールになっていきますし、社会的にテレワークが一般化しているので、ネットワークドライブを経験しておくのもよいかなと思います。

 

 

生徒も先生も、限られた時間の中でどうすることがベストかを模索する

 

仕事や研究の進行管理としてPDCAという言葉がありますが、今はもうOODA [Observe(観察)、Orient(状況判断、方向づけ)、Decide(意思決定)、Act(行動)]が結果を左右する時代だと言われています。SNSの世界では1時間前の情報でも古いと言われる時代、とにかく即決即断が必要とされる状況に置かれることも多いことでしょう。限られた時間内でどうするのがベストか、ということを模索するわけです。PDCAとOODAの違いについて、私もその専門筋ではありませんので、全てを理解していないのかもしれませんが、そういった考え方を意識させてみたい、という思いもあります。

 

授業時間内の活動が主になり、しかも3年生が実施していることですから、共通テストに悪影響が及ばないように、活動終了時期を逆算して時間をやりくりしなければなりません。授業者からは、研究プロセスの目標自体は提示しますが、それに向けての経過管理は自由にやってよいことにしました。論文とスライドの完成というゴールに向けていろいろなチェックポイントを設け、大筋は今日の目標はここまで、次の目標はここ、とその時々の目標を設定させました。また、その過程は研究活動記録として記録することとし、最終的な提出物、評価の対象と伝えてあります。

 

このように、「情報Ⅰ」で求められる様々なエッセンスを卒業研究という形に落としこみ、授業を設計してみました。

 

■質疑応答

Q1.それぞれのテーマを見ると、非常に高度な内容でしたが、そういった内容を指導されるにあたって、どのようなアプローチをされましたか。今後プログラミングに関しても、自分の指導能力を超えていくような生徒が出てくると思いますが、そういった時はどう指導されるのでしょうか。

 

A1.田中先生

アプローチという点では、正直必死です。毎回各テーマについて、ある程度のことは調べた上で、こうしたらどうか、というあっさりした提案をするのみです。やはり私も各分野のプロではないので、明らかにおかしな方向に脱線しないようにするという立ち位置で臨んでいます。

 

もう一つの、プログラミングについて、先生よりもレベルの高い生徒が出て来る可能性については、先生よりもレベルの高い生徒はもちろん多数存在するので、今後各学校で頻発する事例でしょう。

 

プログラミング言語は何を選べば良いかというご質問をよくいただくのですが、何よりもまず、プログラミングの授業でアルゴリズムをきちんと考えさせることです。何かを達成するためにアルゴリズムを組み立て、そのアルゴリズムを各種プログラミング言語で表現する、というのが本質であって、この本質が欠落したまま授業に臨むことは避けていただきたいです。

 

また、プログラミング言語として何を選ぶのか。これは私の一家言ですが、先の問いへの答えは「プロ野球の球団はどこを応援すれば良いですか?」というのと一緒です。どれでも可であり、選んだ言語に対して、今後教える側が責任を持って学び続けられるものであれば何でも良いです。

 

その上で、その言語がわかる生徒と対決するのではなく、授業のチューターとして先生側に引き込んで協力してもらう、という工夫が不可欠でしょう。

 

というのも、今年は先生方がコロナウイルス関連で大いに実感されたはずですが、プログラミングの授業を1回休むとほぼ理解が追いつかず、生徒間で進度が揃わなくてそのクラス全体の授業が崩壊してしまいます。教える側1人ではとてもカバーできない混沌が待っています。前回の授業で5人も休んだら、そのリカバリーのための次の授業の開始20分はつぶれてしまうというよくある事態を防ぐためにも、チューター役の生徒の存在は大きいです。

 

この問題にどのように落としどころを付けるかということについては、今後集合知をつけていく必要があると思います。 

 

 

Q2.今日の発表では、スライドを生徒のPCで画面共有する形で提示していましたが、あえてこの形で行ったのでしょうか。

 

A2.田中先生

これに関しては、発表順が後のグループが準備に充てられるという不公平感をなくすためのレギュレーションです。一番回避したい、他者の発表を聴かずに自分たちのスライドをいじろうとすることを防ぐ目的がありました。

 

また、スライドを作る際の注意点として、一目で理解できることを第一目標に、文字をびっしり書かないこと、見やすいフォント・字体を使うこと、伝えたいことだけに要点に絞って書くこと、グラフなど視覚情報を活用することを意識させました。かなりうるさく注意したと思います。

 

高校生であっても、当初は発表原稿のように文字をずらずら書いてしまうグループもありました。それでは聞き手は読むことに集中してしまって、発表を聴いてもらえない、ということは立場を変えて考える時間を取ってみると理解できます。それでも、どうしても見た目が小さくなってしまうことはあり、評価シートでフィードバックされることで、「これでもまだ見づらかったか」と気づいてもらえばよいと考えています。

 

 

Q3.今回、3年生でこの授業をされていましたが、3年生は入試等もありますので、このタイミング(12月上旬)までにとにかく14時間をやり切るところが必要だったと思います。もし、1年生や2年生で、3月まで「情報I」ができる状況である中で実施されるとしたら、どんな形が理想だと思われますか。

 

A3.田中先生

やはりこういった様々な単元を複合的にした形式の授業は最後になるかなと思います。というのも、データをグラフ化するときにはofficeソフトの指導は避けて通れません。かなり乱暴な言い方ですが、ある一定以上の学力層の生徒については、ワープロソフトとプレゼンテーションソフトに関しては、基本的な操作を10~15分程度で説明すると、それぞれのグループで独自にあれこれ操作し始めます。ですので、この2つに関しては、生徒の自主的な学びに任せた、というところはあります。

 

ただ、表計算ソフトに関してはそうもいかず、データはこうやって整形する、整形したデータをこうやってグラフにする、統計値はこうやって出す、という操作方法を教え込む必要があると実感しています。今年は、サイコロの出目を表計算ソフトで10000回、生徒にとってはフィールドいっぱいの100万回、シミュレーションさせ、そのグラフ化の体験をさせてから、卒業研究で実際に取ったデータをグラフ化へ、とワンクッション置いた形にしました。その効果が出たのか、どのグループも試行錯誤しがら望ましいグラフをそれぞれ組み入れることができていました。

 

1,2年次で実施するとなると単純に20時間ほど増える計算になるでしょうか。それだけの時間が増えれば、各単元をより深化させても良いですし、長らく叫ばれていながら実現していない教科間連携の授業を入れるのも面白いです。例えば、PCM方式の原理を物理の先生が詳細する、通信手段の変遷について歴史的な内容を世界史の先生が解説する、などいくらでも候補は出てくるのではないかと思います。

 

 

Q4.今日の授業では、生徒に相互評価でさせていました。10点満点で、先生が決めた5つの項目ということでしたが、生徒から出てきたものを、この後どのように使っていきたいと思っていらっしゃるのでしょうか。生徒に得点のレベル感について何か説明はされてらっしゃるのでしょうか。また、「フォーマットに沿っていたか」ということについて、発表に関してはどのように見ていらっしゃるのでしょうか。

 

A4.田中先生

まずこの評価シートは完全に各生徒の主観によって点数化されるものであり、「どのように感じ取ったか」と「成果物が評価規準に達したか」というファクターは全く非なるものなので成績に直結させられるようなものではありません。よって、これをそのまま評価評定に反映させるということはありません。話し手としてどれだけの手応えがあったのか、また聞き手としてプレゼンテーションを聴いてどう感じたか、自分が14時間かけて作り上げたものと照らし合わせてみて、この人は頑張ったんだな、この人は手を抜いたな、ということを比較する中で実感してくれれば、という意図が一つです。

 

もう一つは、他者のプレゼンテーションをしっかり聴ける環境を整えることです。こういった評価するというタスクがないと、所属するグループのプレゼンテーションが終わった途端に気が抜けてしまうのは自明の理です。評価シートがあることで、クラス全体で卒業研究発表会を作り上げていくという雰囲気を醸成できるのはかなり有用です。

 

また、評価シートはコピーしてグループ別に切り分け、まとめてグループに渡しますので、他者からどのような評価を受けたかフィードバックされるというのも良い緊張感を生み出しているのかもしれません。

 

さて、おそらく、皆さんはこの卒業研究をどのように成績に反映するのかということにご興味がおありと思いますが、これについては卒業研究専用の特殊的ルーブリックを作り、そこに当てはめるという手法を用いました。評価段階としてA、B、C(とF)の3つを用意していることは折に触れて伝えるようにしました。

 

もう少し詳しくお話しすると、第3学期分に相当する今回の卒業研究は、50点満点で評価点をつけるようにしました。40点分がグループ点、10点分が個人点です。評価の基準としては、手前味噌になりますが、過去に私が発表した原稿を引き合いに出し「配付したフォーマットを利用し、こうした成果物を完成させよ」というルールにきちんと則っているかどうかをポイントとしました。成果物に対して私の主観が一切入らない形でチェックし、ざっくりいえば、ルール内でフォーマットどおりに仕上げられていればA、崩れている部分が散見されればB、中身はどうあれ完成までこぎつければC、というところです。

 

こうして提出されたスライド、論文、発表、グループ活動記録、個人活動記録に対して評価したA~C,Fを、それぞれ10、7、5、0と点数換算した上で、合計点を算出するようにしました。評価の手法については各種様々なご意見があると思いますので、ぜひお聞かせいただけるとありがたいです。

 

発表に関しては、持ち時間を5分とし、4分30秒までは終了不可、5分30秒で強制終了としています。原稿を手に持つことは禁止していますので、きっちり準備していないとこの時間を理論立てて喋り続けるのはおそらく不可能でしょう。スライド下部のノートに原稿を作らせていますし、放送では1分間に400文字、ゆっくりしゃべって300文字と言われているので、1500文字程度の原稿として落とし込めていることが基準になります。その上で、時間内に発表を終えられたという事実が発表会本番で確認できれば評価段階Aと見做せると考えました。

 

 

■取材を終えて

新学習指導要領における「総合的な探究の時間」の目標は、「実社会や実生活と自己との関わりから問いを見いだし、自分で課題を立て、情報を集め、整理・分析して、まとめ・表現することができるようにする」とされ、「社会とのつながり」が前面に出ています。

現行課程の「総合的な学習の時間」も、課題解決能力や主体的な学びを育むことが目標とされていました。しかし、教科学習との関連付けがなく、実施の方法も各学校に任されたために、本来の目的を果たせず、有名無実化することが多いという問題がありました。これは、教科「情報」の位置づけとも通底するところがあります。

 

「総合的な探究の時間」では、単に興味のあることを調べてまとめるだけでなく、課題発見から解決まで思考の一連の課程を正しい調査や研究の方法に則って行い、まだ答えのないものに対する問いを立てて取り組むこととされます。そして、この過程で育成された能力を教科学習に生かすことや、社会に出た際の問題解決に活用することも目的となります。

 

ここで必要となる「問いを立てて取り組むこと」や「正しい調査や研究の方法」、「探究の結果を伝える手法」を、全て「情報I」で引き受けるには無理がありますが、冒頭で田中先生がおっしゃったように、「積極的・前向きなダウンサイジング」という視点でとらえ、生徒の将来に活用できる形で身に付けさせていくことは、非常に重要であると思います。

 

今回発表したのは3年生の生徒でした。この時期、受験勉強をしながらの実験や検証、資料のまとめはたいへんだったかもしれませんが、どのグループも発表の内容に自信を持ち、楽しみながら発表に臨んでいることが感じられました。

 

今回、彼らが提出した論文の予稿は、田中先生が実行委員として運営に携わっていらっしゃる全国高等学校情報教育研究会の分科会発表論文のフォーマットに則ったもので、高校時代にこういった経験をしておくことは、大学入学後の本格的な演習や研究活動で活かされるものになるでしょう。その意味で、「情報」と「探究」は、大学入試も含めた高大接続の大きなポイントとなってくることを実感しました。

 


卒業論文集:写真提供 田中先生