事例97

絵を描く、演じる、演奏する 生徒の興味に着目~知的財産権とは何か 授業実践報告

東京都立総合芸術高校 千葉緑先生

芸術専門高校の実践や興味に即した知的財産権を学ぶ

東京都立総合芸術高等学校は、東京都立高校では唯一の芸術専門高校です。2010年に創立し9年目を迎えます。学科は美術科、舞台表現科、音楽科の3学科があり、それぞれ特色のある教育活動を行っています。そのため1つの学校にもかかわらず3つの学校が共存したような、ちょっとユニークな環境です。

 

美術科は、油彩画、日本画、彫刻、デザイン、映像の5専攻で構成されており、学内の展示ホールでの定期的な展示に加え、有志による展示も行われています。舞台表現科は、舞踊(クラシックバレエコース・コンテンポラリーダンスコース)、演劇の2専攻で構成されており、舞台上で演じることの好きな生徒が多く、文化祭では、オリジナル演劇・ダンス等を行うことも多いです。音楽科は、器楽、声楽、作曲、楽理の4専攻で構成されています。文化祭では1年かけて制作したミュージカルを披露しています。

 

 

私はその中で、舞台表現科に所属していますが、本校で知的財産権について教える教員は私一人なので、3つの学科すべてを担当しています。情報科の授業は、「社会と情報」を開講していますが、本校の特徴として5月上旬から展示会や発表演奏会、定期公演等の催しがあり、生徒がそのたびに知的財産権にかかわる問題に直面します。そのため、なるべく早い段階で、知的財産権に関する授業を行うようにしており、今年は5月の1週目から行いました。

 

知的財産権は複雑でわかりにくいです。そこで生徒の興味に着目した知的財産権の授業実践の報告をしたいと思います。

 

実用新案権、商標権、意匠権、特許権を見分けるのは難しい

今年度の知的財産権の授業は、美術科、舞台表現科、音楽科の各学科で、5時限に渡って実施しました。

 

1~3時限は、知的財産権に関する教科書に沿った比較的オーソドックスな授業です。1・2時限は、知的財産とその保護をテーマに、知的財産権と保護の目的や、著作物の取り扱い方について理解することを学習目標に進めます。3時限目は、個人情報とプライバシーについて理解することを目標に行っています。生徒から質問や疑問があった場合は、メモを取っておいて、各授業の最後にコメントとして入力してもらうようにしています。

 

 

多くの生徒から質問が出るのが、「産業財産権の区別が難しい」ということです。産業財産権とは、知的財産権の中でも特に企業活動による工業製品の権利のことで、大きく分けて特許権・実用新案権・商標権・意匠権の4つがあります。その区別が生徒には難しいのです。

 

私は、「特許権は、高度な技術思想、アイディアに基づく発明に関する権利」、「実用新案権は、日用品のような発明に関するもの」、「商標権は、自分の商品やサービスを特徴づけるマークやロゴ、音などに関する権利」、「意匠権は、製品の形状、模様、色彩など視覚を通じて美感を起こさせるデザインに関する権利」と説明しますが、下図のように、具体的な発明品をあげて例え話で説明するとわかりやすいようです。

 

 

もう一つ生徒にとってわかりにくいのが、「著作隣接権」と「実演家人格権」の見分け方です。これは、舞台表現科や音楽科の生徒にとっては、特に大事な問題です。

 

 

著作隣接権は、「著作物を『伝達する者』に対して付与される権利」ですので、この実演家、レコード製作者、放送・有線放送事業者などに認められる権利です。しかし、これだけの説明では生徒には難しいので、楽譜を見ながらピアノを弾いている人とか、振付家の先生の指導を受けながら振り付けして踊る舞踏家などの具体例をあげて、このピアニストや舞踏家に与えられる権利が「著作隣接権」だよ、と説明しています。

 

これに対して、実演家人格権は、「著作隣接権の中で、特に個人が特定されやすい実演家の社会的評価や感情を守るために認められた権利」です。でもこの説明でも区別は難しいと思います。ですから、「著作隣接権と実演家人格権は、本当に区別がつけにくいんだよ」と生徒に何回も繰り返し説明すると、ようやくわかってくれるようです。

 

文化祭での美術品の複製使用は著作権から免れるか?

本校の知的財産権の授業は、この後の4・5時限に特色があります。

 

まず第4時限には、各科で自分たちの専攻別に作品を作ります。例えば美術科では「情報」というタイトルでA5サイズの絵を描きました。条件としては、制作日を入れることのみで、色の指定やサインの有無などは指定しません。

 

舞台表現科の舞踊専攻には踊りを踊っている動画を、演劇専攻には自分で決めたテーマに沿って歩いている動画を撮影してもらいました。

 

音楽科は、練習曲などを弾いている動画を撮影してもらいました。音楽科については、授業時間外で行いました。また、音楽科の動画には演奏者の姿が入らなくても可としました。

 

 

5時限はその絵や動画をもとに、知的財産の専門家を招いて授業を行います。生徒が制作し自らが著作権の当事者になることで、より知的財産権の意義への理解が深まることを目標にしています。

 

 

美術科を例に取りますと、授業ではまず著作物とは何かという話をしてもらいます。そして、「著作物というのは個性やオリジナリティにあふれた創作物のことで、単なるデータを集めたものや、思想や感情のないものは著作物とは呼ばない」と説明します。

 

 

そこから、美術作品には純粋美術と応用美術(デザイン)の2種類あること、純粋美術は一品制作品であり、著作権で保護することができること、量産されることが多い応用美術作品の中でも、鑑賞性のあるものは著作権と意匠権それぞれで保護ができることなどを伝えていきます。

 

さらに、著作物には「原作者が勝手に誰かに〇〇されない権利」というものがたくさんあるのだ、という話をしていきます。

 

 

私がよく問題にするのは、著作権の保護期間のことです。よく言われるのは、「作者が死亡してから50年が著作権の保護期間」ということですが、「作品を作った日から保護期間は始まっている」という話をすると、たいていの生徒は驚きます。

 

ただし著作権は制限される権利があります。例えば営利を目的としない場合がこれに該当します。ですから、「文化祭で美術作品の複製を使うことは、文化祭は学校行事であるから大丈夫だけど、今から著作権を勉強しておくことは、大人になったときに大事だよ」と教えます。

演じる、演奏するとき生じる知的財産権

舞台表現科と音楽科では、4時限の授業では生徒自身が表現したものを撮った動画が素材となるので、5時限の授業では、自分たちが著作権の当事者になるということを意識します。

 

例えば、舞台表現科では、動画に使った曲とかオリジナルの振り付けなどや動画制作自体には著作権が発生し、演奏のような実演には、著作隣接権が発生することを教えます。生徒は動画の中で表現した当の本人なので、実感を持ってわかってくれるようになります。

 

舞台表現科の生徒の興味を惹くのは、舞台発表のために作られるプログラムです。そこに書かれた演出家や振付家にどのような著作権が発生するのか、生徒はよくわかっていないので、そこを説明します。

 

 

音楽科に関しては、本校の生徒はよく演奏した動画をYouTubeなどにアップロードしますが、そのときにどんな著作権が発生するのか、さらに音楽業界全体でどのような著作権の関係があるかについても、授業の中で取り上げています。

 

著作権の保護期間についても、美術科と同様、実演家にも実演した日から保護期間は始まり、死亡から50年という話をします。ちなみに映画の場合、著作権の保護期間は公表から70年です。

 

普通科の高校生にも知的財産権の授業を

知的財産の授業の終了後のアンケートで書いてもらった感想が下記です。

 

知的財産に関する内容は、現時点では生徒にとって難しいものですが、自分たちが取り組んでいる絵・動画の制作を通すことで、興味を持って学ぶことができたと思います。

 

普通科でも絵を描いたり、演じたり、演奏したりすることが得意だったり、好きだったりする生徒がいますので、普通科の生徒にもぜひ経験してほしいとと思っています。

 

第11回全国高校情報教育研究会全国大会事例発表より