事例56

情報社会を生きる知恵としての著作権をどのように学ぶか

~独自教材とLMS(Learning Management System)を活用した授業の展開

早稲田大学高等学院「社会と情報」授業レポート

2015年8月に、中央教育審議会教育課程企画特別部会でとりまとめられた、「学習指導要領の見直しに係る論点整理」において、情報活用能力は言語能力や問題発見・解決能力と同様に、各学校段階を通じてすべての科目の中で体系的に育んでいくことが重要であるとされました。

 

情報活用能力には、「情報活用の実践力」「情報の科学的な理解」「情報社会に参画する態度」の3つの観点がありますが、この中でも「情報社会に参画する態度」は、コンピュータと人間の共存の形が大きく変わる社会において、ますます重要性を増すと考えられます。

 

身近でありながら体系的に学ぶ機会が乏しい著作権問題

「情報社会に参画する態度」には、「情報モラルの必要性や情報に対する責任」が含まれます。情報モラル教育というと、インターネットに依拠する人間関係やSNSへの書き込み、有害サイトの回避など道徳的な側面に近い活動が比較的多く見られます。しかし昨今は、デジタルコンテンツやそれを加工するソフトやアプリを誰でも入手でき、ネット上で簡単に公開することができます。著作権に対する知識や認識が不足しているために、悪意はなくても法に触れてしまうという危険が、生徒達だけでなく社会全体で増大しているとも言えます。

 

現段階で、初中等教育で著作権について体系的に教える機会があるのは高校の教科情報だけですが、まとまった教材はなかなかありません。さらに、著作権法自体も、デジタルコンテンツや加工ソフトの増加で、従来の著作権法が想定していなかった著作物の創造や流通、利用、管理形態が生まれ、法整備が追い付いていない部分もあります。その中で、「知的財産権を侵害することが他人の財産を奪うことであるという認識を持たせること」「身近な事例を通し、法律を基に著作権の侵害となるかどうかの判断をする力を育成する」ことを目指した授業はどのように行えばよいのでしょうか。

 

「社会と情報」の独自カリキュラムとテキスト(学院テキスト)で情報活用能力の育成に取り組む早稲田大学高等学院の著作権の授業を取材しました。(11月7日・14日)

 

早稲田大学高等学院では、学習指導要領に沿って「社会と情報」を1年次・2年次に各1単元ずつ実施しています。情報モラル関係については、1学期の「情報伝達のモラル」で、グループワークとして「情報漏洩の対策」「迷惑メール対策とチェーンメール」「コミュニケーションアプリの注意点」「情報の信憑性」「炎上と拡散」のいずれかについて調べ、小発表会を実施します。また、著作権については、1年生の2学期にデジタルコンテンツを利用する際に留意すべき内容について法令的な知識の習得と、身近な事例をテーマにしたグループでのレポート課題を3週にわたって行っています。

 

[第1週]

LMSの著作権用語理解度チェックテストで全体像を見せる

今回は、八百幸 大(やおこう ひろし)先生が担当する1年生の授業を見学しました。この授業では、「学院テキスト」は使用せず、Course N@vi(※)と生徒同士のディスカッションを中心に進められました。

 

最初に、先生から「デジタルデータは『完コピ』が手軽にできるが、それを使って自分の作品を作ることをどう思うか」と問いかけました。生徒達は、「他の人の作品を勝手に使ってはいけない」ということは理解できているようですが、具体的にどのようなことが著作権を侵害する行為にあたるかについては明確には答えられないようです。

 

※Waseda-net Course N@vi 早稲田大学および附属高校の学生・教職員全員が使うというLMS(Learning Management System:学習管理システム)。全ての科目について、小テストやレポート提出、授業で使った教材の閲覧、出席確認、連絡などのコースマネジメントを行うことができる。

 

最初の活動は、Course N@viを使った理解度チェックテストです。著作権に関する48の用語について、『内容をよく理解している』『言葉は聞いたことがある』『知らない』の3段階のいずれかにチェックを入れていきます。内容は、「知的財産権」「特許権」「実用新案権」など権利の種類に関するもの、「無方式主義」「コピーレフト」など考え方に関するもの、「引用」「転載」「許諾」など著作物の利用の行為に関するもの、「WIPO著作権条約」「TRIPS協定」など条約や協定の名称、「パブリックドメイン」「クリエイティブコモンズ」「自由利用マーク」など、著作権利用でよく使われる用語などをいったん全部提示する、という形になっています。

 

制限時間の5分が経過すると、それぞれの用語の回答結果がパーセンテージで表示されます。「やばい、ほとんどわからんかった!」「『聞いたことがある』ばかりだった」という声もあちこちから聞こえてきました。

 

『内容をよく理解している』『言葉を聞いたことがある』という回答の割合が比較的高かった用語が、「著作権」「著作権の保護期間」でした。しかし、「引用」は『聞いたことがある』人が半数、「私的利用」については『知らない』と答えた人が約半数で、他人の著作物を使うとはそもそもどのような行為を指すのか、ということもまだ曖昧である、という結果となりました。さらに、制度や方式については、この時点ではほとんどの人が『知らない』と答えていました。

 

ざっくりと回答結果を振り返ってから、改めて先生から「最近よく聞く『デジタル万引き』とは、どのような行為か」という質問がありました。何人かの生徒から、「雑誌や本のページを写メで勝手に撮ること」という声が上がりましたが、先生が「中身だけでなく、表紙もダメなんだよ」と説明すると、一様に驚いた表情が見られました。

 

法律の条文に身近な事例を照らして著作権の意味を考える

2つ目の課題は、「著作権法はなぜ、何のためにあるのか」を、ニュースで知ったことや身の回りの事例をもとに考えて書きます。実際の著作権法の条文(著作権法第一条、二条の一)をプリントで配布し、自分の言葉に置き換えながら、まず各自で5分ほど考えて書きます。

 

5分間では、まだきちんとした文章にまとめるまでには至りませんが、意見をまとめるための素材は大体集まっています。このタイミングで、先生から著作権とは創造的に表現したものすべてに発生すること、そして「創作活動を守ること=個人の才能を尊重する」ためのものであること説明されます。

 

この事例として出されたのが、生徒が書くレポートです。他の人が書いたものをまる写しにして、自分のものとして提出する(=自分の利益とする)ことは悪である、ということに、生徒たちは強くうなづいています。Course N@viには類似判定機能がついていて、他の人のコピペをした人は「F」(=成績がつかない)になることがわかっているので、実感を伴っていました。

このあと、今回のまとめとして著作権法の目的を先生が説明されました。著作権法は、著作者のためだけでなく、著作物を広める者(演じる人、音源等を作る人、放送する人)や、さらに著作物を利用する人の権利も保護するためにあります。

 

著作権法の目的は、「著作者が作った作品を勝手に使われないこと」です。これには、財産的な権利だけでなく、勝手に改変されることで著作者の気分を害することがないように、という人格的な権利も含まれます。

 

一方で、著作者側の権利だけが強すぎると、利用者が使いにくくなります。著作権の目的は文化の発展に寄与することであり、皆が文化を享受できることが大事です。年限を決めて著作権をなくするのは、利用者が使いやすくするためであることも説明されました。

 

チェックテストの用語の意味を分担して調べ、LMSにアップ

授業の最初に行った用語の理解度チェックは、1人が3個ずつ分担して意味を調べ、週末までにCourse N@viに投稿することが宿題になりました。調べたものを書くにあたっては、必ず出典を明記すること、Wikipediaやまとめサイトなどを見てもよいが、必ず大元の資料にあたること、サイトを調べた場合はURLと閲覧日を書くこと、など調べる際のリテラシーも一緒に説明されていました。

[第2週]

LMSの著作 実際の事例をもとに著作権上問題がないかを考える

2日目はまず宿題の振り返りを行いました。

 

ここで取り上げられたのが「送信自動化」です。Webページを見るということは、「このURLのページを見たい」とプロトコルでリクエストし、リクエストを受けた側がOKすることで閲覧が可能になります。自動公衆送信(※)では、リクエストに応答してサーバーに蓄積されたデータを自動的に送信しますが、アクセスする権限のある人のみが閲覧できるページ(アクセス時に「403Forbidden」という表示が出るもの)もあります。 

 

※サーバーなどに蓄積された情報を公衆からのアクセスにより自動的に送信することを「自動公衆送信」、また、そのサーバーに蓄積された段階を「送信可能化」という。

(公益社団法人著作権情報センターHP  http://www.cric.or.jp/qa/hajime/hajime2.html より)

 

著作権には、このように著作物を自動公衆送信したり、放送したりすること、またそれらの公衆送信された著作物を受信装置を使って公に伝達する権利(=公衆送信権・公の伝達権)もあります。一方で、生徒達が日常的に使っているtwitterやブログなどに情報をアップすることは、その瞬間から「送信可能化」されたことになり、著作権を侵害したりされたりする可能性が発生することが説明されました。

 

今回のメインの活動は、実際の事例をもとにした著作権の問題について、グループで話し合った上で各自で考えをまとめてWordのレポートを作成することです。前回のチェックテストでは、著作権に関する知識はほとんどない状態でしたが、宿題で用語調べを行い、調べてきたことをお互いにシェアしているので、基本的な知識はかなり備わっています。

 

課題は

1.「禁転載」や「転載を禁ず」と書かれている資料や文章は引用できないのでしょうか。

2.文化祭で市販の演劇台本を上演する場合、無断で上演できますか。

3.インターネットで配信される音楽や映像をダウンロードして、CD-RやDVD-Rなどにコピーすることは問題ありませんか。

4.ディズニーランドのパレードの動画を、個人のウェブページにアップしてもかまいませんか。

5.美術館でダリの絵画を撮影して、ホームページに掲載することはできますか。

の5つです。

 

グループの代表がどの課題をするかを決めて持ち帰ります。テーマはグループごとで、グループ内で相談はしますが、レポート作成の作業は基本的に個人で行います。レポートでは、事例に対するYes/Noの回答と事例テーマ内に出現する用語の解説、関連する条文の内容、制限事項・例外などの内容、過去の判例(判例データベースで調べる)をまとめました。

 

各自が調べたことをシェアしながら、レポートは個人で仕上げる

生徒達は、手分けしてネットを調べたり、関係のありそうな用語を調べてきた人の話を聞いたりしながら、考えをまとめる材料を集めていきます。

 

レポート作成のルールとして、当然のことながら他の論文・レポートやのコピペはNGです。また、参考文献にはURLと閲覧日を記載することとされます。

 

話し合いはグループごとに進め、先生は机間巡視しながら、まとめ方のヒントやアドバイスを与えていきます。レポートは土曜日までにCourse N@viに提出します。

 

その次の回(第3週)では、グループを再構成して、それぞれが書いたレポートをもとに話し合いを行いました。事例テーマによって難易度の差はありましたが、関連する条文や、過去の判例などを調査し、それをもとに自分の意見をしっかりまとめたレポートが書けていました。

 

[参考とするサイト]

・Google 

・著作権なるほど質問箱(文化庁)

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/naruhodo/

・著作権問題駆け込み寺

http://copyrightlaw.jimdo.com/

・Yahoo知恵袋

・ディズニーのHPの法的制約と使用条件のページ

http://www.tokyodisneyresort.jp/tdr/legal.html

 

早稲田大学高等学院の教科情報のカリキュラムについて、武沢護先生にお話をうかがいました

本校では、「社会と情報」を1年生・2年生で分割履修しています。

 

新しい学習指導要領でもうたわれているように、情報活用能力は全ての科目の中で継続的に身に付けていくべきものであり、また学習内容の進展に伴って情報スキルの活用場面は格段に増えてきます。ですから、週1回でも、継続性があることが大事であると考えています。

 

本校は、生徒の約3分の2が高校からの入学者です。そのため、中学校の技術・家庭科の「計測・制御」の経験もバラつきが大きいですが、2年間かけることで全員がほぼ一定のレベルに達することができます。

 

また、本校では3年生で卒業論文を書いています。そこで統計をツールとして使えるよう、2年生でコンピュータを使った統計やデータ分析について学ぶ時間を取っています。

 

2016年7月に、文部科学省の「情報教育推進校(IE-School)」(※)に採択されました。もともと情報モラルでは「倫理」と、統計では「数I」と連携していましたが、今回の採択を機に、さらに他教科との横断を様々な形で試みてみようと考えています。また大学の附属高校なので、生徒の進学先となる学部の先生方と話し合う中で、高校の時点でどのような力を身に付けさせておくことが必要か、ということで統計やデータ分析を取り上げることにしました。そこで次年度から、2年生でR言語を使った統計の授業を行う予定です。具体的には、1学期に現行2年2学期の統計の基礎的な内容を行い、2学期はR言語を用いた授業(プログラミングを含む)、3学期はデータ分析に関する探究活動を行う予定です。

 

(※)情報通信技術を活用した教育振興事業「情報教育推進校(IE-School)」調査研究

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/detail/1374407.htm

小・中・高等学校におけるプログラミングや情報セキュリティ、情報モラル等を含め、情報活用能力を各教科等の学習と効果的に関連付けて育成するためのカリキュラム・マネジメントの在り方に関する調査研究

 

授業は本校の情報科の教員が編集した「学院テキスト」を使って進めますが、今回の著作権の授業では、Course N@viの小テストの機能を活用しました。Course N@viは、個人がどのような回答をしたかがわかるとともに、クラス全体の傾向も同時進行で見ることができるので、理解できていない人が多い内容をピックアップして説明することもできます。

 

また、Course N@viはパソコン実技の自習にも使っています。WordやExcel、HTML、CSSなどの実技試験内容をあらかじめアップロードしておき、副読本で自習させて学期末に実技試験を行います。これを使うことで、生徒は授業時間内に実技の時間を取らなくても空き時間に練習できるので、一定のレベルまでスキルを身に付けさせることができます。