貯金、保険、宝くじから恋愛まで…統計学を使えばもっとうまくいく?!

『なるほど! 毎日の役立つ数学』著者の近藤宏樹さんインタビュー

『なるほど! 毎日の役立つ数学』(さくら舎)
『なるほど! 毎日の役立つ数学』(さくら舎)

最近、世の中では急に「これからはAIとデータサイエンスが重要だ」とか、「小学校から大学まで、一貫して『データの分析』を学ばなければならない」と言われるようになりました。

新しい学習指導要領の「情報I」「情報II」でも「データの分析」が前面に出てきて、数学の「確率・統計」との連携が必須となっています。

 

でも、統計はやたらと計算式が複雑なうえに、ただ計算ができればよいだけでなく、数字に基づいた論理的な試行が求められます。「確率が○○%だからといっても、現実では外れることはあるじゃん。面倒くさい!」と言う生徒も多いと思います。

 

今回ご紹介する『なるほど! 毎日の役立つ数学』は、日常生活の中で数学、特に『確率・統計』の知識が役に立つ場面を取り上げて、確率・統計的にはどう考えたらよいのか、実際に「得」になるのはどのような場合なのかをわかり易く説明しています。授業のヒントとなる話題も満載です。

 

[出版社のサイトはこちら]

 


著者の近藤宏樹さんは、現役の高校の数学の先生。高校時代には、3年連続で国際数学オリンピックに日本代表として出場して銅メダル2個、銀メダル1個を獲得し、大学院修了後は保険会社でアクチュアリー(保険数理士)として働いたこともあるという、まさに数学の達人です。

 

今回は近藤さんに高校数学との「付き合い方」、そして『確率・統計』をどのように学んでいったらよいかについて、お話をうかがいました。

 

※この記事は、高校生に本を通して学問との出会いを作るサイト「みらいぶプラス」のためのインタビューをもとにしました。

 

■数学オリンピックで連続メダルを取るほど数学を究められたのは、どんなきっかけだったのですか。

 

本人ご提供
本人ご提供

特にきっかけというものはないですが、昔から算数や数字がずっと好きでした。落書き帳に数字を書いたり、カレンダーや時計のように数字がついているものが好きだったりしたのが、やがて足し算や引き算に夢中になりました。そして、自分で本を読んだり、公文式の算数をやったりするうちに、小学生の時に算数オリンピックというものがあることを知って、出場したら入賞したんですね。その辺りから、数学というものにどんどんはまっていきました。

 

今思うとありがたかったのは、両親が勉強のために無理矢理やらせたというのでなく、私が好きなものを好きなだけ与えてくれて、それが数字や算数だったということです。

 

 

■数学って難しい、面倒だという人も多いと思います。そんな人が、数学を嫌いにならないでうまく付き合っていくためにはどうしたらよいでしょうか。

 

数学が苦手になってしまう人には、そもそも考え方になじめないという場合と、地道に計算したりする手間を惜しんだ結果、わからなくなってしまう場合があると思います。

 

数学の先生という立場から言えば、面倒がらずにやってほしいところですが、まずは考え方で「なるほど」と思えるようなところを探していって、それがきちんとできるためには、しっかり数学の言葉を使って式や説明をしていかなければいけない、という自覚が持てるのが一番いいと思います。

 

例えば証明問題なら、解答の一行一行に必ず意味があります。だから、ふだんは「この行は、何を言うために必要なのかな」とか、「わざわざこれを書くのはどうしてだろう」ということを深く考えることはあまりないと思いますが、そこをあえて考えて意味を理解することで、少しは親しみが持てるのではないでしょうか。

 

中学の数学は何とかなったけど高校の数学が苦手になってしまう人は、「ただ公式を当てはめるだけで解ける」というところから脱却できない、というのがあるのではないかと思います。

 

高校の数学では、数Ⅰ、数Ⅱ…と進んでいくにつれて、一つの知識だけでは解けない問題が出てきます。その時、「この問題は、こういうことを聞かれてるから、条件を整理していくと数Ⅰで使ったあれが使える」というように、組み合わせて考えることが必要になります。それも含めて、全部パターンを覚えて解こうとすると、大変なことになるわけです。

 

そういったとき、なぜこの問題でこの公式を使うのかということには常に意味がありますし、先ほどお話しした証明問題であれば、手順の一行一行の意味が、全て論理的につながっていることを学ぶのが数学だと思います。

 

だから、「数学なんて要らないよ。サイン・コサインなんて日常で使わないじゃん」とよく言われますが、別にサイン・コサインを知ることが目的ではなくて、それを通じて、数学的・論理的にいろいろなことを筋道立てて考えていく手順を知っていくことが大事だと思います。

 

 

■この本では、宝くじ、貯金、保険、恋愛等など、身近なことが数学とつながっているのがとても興味深かったです。この本で近藤先生が伝えたかったことを教えてください。

 

わかりやすいところでいうと、中学校や「数学A」で扱う『確率』や、「数学I」で扱う『データの分析』は、本書の1章・2章で取り上げた、確率や統計のさまざまな身近な話につながっていきます。

 

『確率』の中でも、『期待値』は宝くじや保険など、いろいろなところにつながっていますが、現在は高校で取り扱われることは少なくなりました。ただ、2022年から始まる新しい学習指導要領では、『期待値』が「数学A」に移るので、復活して来るのではないかと思います。

 

これまで「こういった話に確率や数学が使えるよ」ということが書いてある本はかなりたくさんありましたが、「実はこうなんだよ」で終わってしまうか、もっと簡単な話しか書いてないかのどちらかというのが多かったように思います。

 

この本では、式だけでなく、具体的な数字の例をたくさん入れるようにして、できるだけ話に沿って自分で追いかけられるようにしたのが特徴です。

 

 

■統計は今後非常に重要になっていくと思いますが、計算自体はコンピュータに任せてしまってよいのではないかと思います。それでも、数学では必ずココはやっておいた方がよいということを、教えてください。

 

数学で扱う部分は、あくまで統計の原理の話で、実際は扱うデータの量が膨大になるので、計算そのものは、むしろコンピュータに任せるべきだと思います。

 

ただし、「統計」というのは、「実際のデータがこんなモデル(=仮説)に当てはまっている」という仮定があって初めて結論が出せるものなので、どんな仮定から計算方法が導かれているかを理解していないと、間違った解釈をしてしまいます。そういう意味で、最終的にコンピュータに任せるにしても、数学としての文脈で統計に触れておくことは重要であると思います。

 

ただ、数学の文脈では、仮説が当てはまるかどうかということをテストに出すとしたら、「これこれのデータについて、こういう検定をしたとき、このような値が得られた。このとき、この仮説は棄却されるや否や」といった、かっちりと答えが決まるような問題設定になってしまうのですね。

 

それができることも、もちろん大事ですが、それだけではダメで、そもそも「仮説が棄却される」とはどういうことかをきちんと知っておかないといけません。

 

また、データを分析する際には、先ほどお話ししたように、「こういう結果が出たら、こういった仮説が支持される」という、何かしらの仮定を必ず置いているはずです。何もない状態からは分析はできません。「コンピュータにデータを放り込んで、p値がいくつになったからこれはOKっぽい」ではダメなのです。

 

こういったことは、大学以降で、本格的に調査や研究で統計を扱う際にきちんと学ぶことになると思いますが、恐らく高校の数学の教科書の中では、あまり力を入れて教えられないような気がします。2022年から始まる高校の「情報I」でデータの扱いについて学ぶということであれば、そういったところが大事になってくるのではないかと思います。

 

 

■高校の数学で、特にココがポイントというところがあれば教えてください。

 

先ほどの「数学を嫌いにならないには」という質問に対する答と対になりますが、与えられた計算方法にただ当てはめるだけではなく、「なぜこの問題で、この公式や計算方法が使えるか」を常にきちんと考えることだと思います。

 

証明や、途中式の変形でも一行一行に必ず意味があるので、機械的になぞるのではなく、「なぜこうするのか」と、常に頭を使いながら、数学の授業や教科書に取り組むことが大事だと思います。

 

単純な計算の部分は計算機に任せてしまえばよい、という話は先ほどしましたが、一方で、例えばこの本でいえば金利の概算のところで、「利率が3%なら、何年たったら2倍になるか」という話がありました。小学校の小数の計算問題であれば、一桁たりとも間違ったら「×」になりますが、そこではなく、「大体このぐらいの値になる」という感覚がつかめるようになるとよいと思います。

 

計算間違いは誰にでもありますが、出てきた答えを見たときに、「何かおかしい」と思えるかどうかというのはけっこう大事で、それによってミスが発見できる。逆に、間違えない人というのは、そういうところのほうが強い。間違えないわけではなくて、ちゃんと検証できるんですね。

 

そういった感覚を持てるようになると、例えば何か計算したときに、答えが合っているか間違っているかだけでなく、大体どのぐらいになるか、ということが感覚的につかめるようになる。こういったことは学校では教わらないと思うので、そういったところに重きを置いてトレーニングする、というのもアリではないかと思います。

 

 

■「数学がこんなところに使える」というヒントはどうやって見つけたらよいのでしょうか。

 

自分で日々の生活から見つけるのが理想的ですが、学校で数学を学んでいて、日常の暮らしの中で「これって、数学で習ったこれが使えるじゃん!」と気づける人は、なかなかいないと思います。自分の子どもの頃を振り返ると、本を読んで見つけることが多かったと思いますし、私の本に書いたものも、別に全部がオリジナルで考えたものではなく、これまでのいろいろな知識や、いろいろなところで見聞きした話をまとめたもの、という感じです。

 

本書に限らず、「学校で習う数学」だけでない側面を教えてくれる本はたくさんあるので、数学になかなか親しめない人こそ、読みやすそうな本を手に取ってみると良いのでは、と思います。

  

 

■情報科の先生方へ、情報科としてデータサイエンスを教える際のポイントをお話ししてください。

 

数学で出てくる「統計」で新しくなるのは、仮説検定の考え方ですが、これも、すごく前の『確率・統計』を扱う教科書には入っていた部分ですので、本当に新しいということでもないかなとは思っています。

 

ただ、現在「数学B」で扱われている『確率・統計』の章で正規分布の話は出てきますが、基本的に「数学B」の章は選択で、私立大などでも入試の「数学B」は『ベクトル』と『数列』と指定されている場合が多いので、『確率・統計』は多くの高校では扱われてきませんでした。そのため、若い先生の中には、教えたことがない方も多いとは思います。

 

数学で扱うデータサイエンスは、大量データの扱いを前提とした記述には、必ずしもなっていないように思います。また、数学的な仮定の下での帰結を教える側面がどうしても強くなっています。

 

数学と情報どちらで教えるべき、という明確な線はないと思いますが、数学が扱う内容で足りていない部分ということでいえば、実社会のデータを統計的に扱うために何に注意するか、結果の解釈をどうすべきか、そして結果から言えること・言えないことは何か、という部分だと思います。情報では、こういったことに重点を置いて指導できるとよいのではないかと思います。

 

 

高校生に読んで/触れてほしい書籍

『ゼロから無限へ―数論の世界を訪ねて』

コンスタンス・レイド著、芹沢正三訳 (講談社ブルーバックス)

私が中学生くらいの頃にお気に入りだった本です。「0の章」「1の章」…とまさに「ゼロから無限へ」それぞれの数にまつわる数学が紹介されており、数学の奥深さを垣間見ることができます。本格的な数学の本を読んだことのない人に、ぜひお勧めしたいです。

 


『連分数のふしぎ』

木村俊一 (講談社ブルーバックス)

分数の中にさらに分数がある「連分数」という素朴な対象をテーマとして、無理数や黄金比、また植物の葉の付き方や松かさなど、様々なものとの繋がりが分かりやすく解説されています。数学の世界の広がりを感じたい方にお勧めです。

 


『数学ゴールデン 1』

藏丸竜彦 (ヤングアニマルコミックス)

数学オリンピックを目指す高校生を主人公とする連載中の漫画です。学校の数学とは一味違った、競技としての数学の世界を垣間見てみたい方にお勧めです。

 


「確率・統計」「保険数学」に関する身近な書籍

『大学4年間の統計学が10時間でざっと学べる』

倉田博史(KADOKAWA)

大学生になると様々な分野で統計が必要になりますが、そのエッセンスを図解付きで学べる本です。大学生向けとなっていますが、多くの部分では難しい知識が必要となるわけではないので、高校生のうちに触れておくことも良いのではないかと思います。