「AIの基礎的リテラシー」 何を・どう学ぶ?

~高校も大学も一斉にスタートするAIの基礎教育

「日経BP 教育とICT Online」編集長 中野淳さん インタビュー

Society5.0に向けて、政府は「統合イノベーション戦略推進会議」「AI戦略実行会議」などの実行部隊を設けて、AI人材の育成戦略を次々に打ち出しています。2022年から実施される高校の新しい学習指導要領の「情報I」「情報II」でも、様々な形でAIに関する話題が取り上げられ、「文理問わずすべての高等学校卒業生が『理数・データサイエンス・AIの基礎的リテラシーを習得』することを目指す(「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」文部科学省・2019年11月)とされています。

 

大学でも、「人工知能(=AI)」はつい最近までは情報科学系の専門的分野の研究テーマでしたが、前述の「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」では、大学・高専生に対しても、「文理問わず、AIリテラシー教育を50万人に展開」するとされています。

 

「数理・データサイエンス・AI」はデジタル社会の「読み・書き・そろばん」とまで言われています。では、AIリテラシー教育とは具体的にどのような内容なのでしょうか。高校段階ではどのような活動ができるのでしょうか。

 

長年ICT活用教育の現場を取材してこられた「日経BP 教育とICT Online」編集長の中野淳さんに、AIの導入教育の現場についてうかがいました。 

 

■高校・大学でAIリテラシー教育を、というのが話題になっています。この背景について、これまでの流れを教えてください。

中野さん:まず、2019年11月に出された「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」をもとに、今AI人材の育成政策がどのように動いているかを見ていきましょう。

 

小学校・中学校・高校を通じてICTについての基本的な知識を身に付けていって、高校・大学では、AIに関する基本的な知識や、どのようなことに活用できるかということを学びます。さらに、専門家になるような人は、様々な分野の中でのAIの研究や、専門分野での活用ができるようにしよう、というのが大きな流れです。そして、高校では教科「情報」、大学では各大学の中の様々な授業や研究の中でAIについて学んでいきましょう、ということになります。

 

「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」文部科学省/2019年11月
「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」文部科学省/2019年11月

※クリックすると拡大します

 

 

それを具体的にどのように実行するのかが示されているのが、こちらのスライドです。先ほど紹介したように、大学では、「文理系問わず、AIリテラシー教育を50万人に展開」と明示しています。

AI自体は、昔からの研究分野であり、これまでに何回か盛り上がった時期がありましたが、ここへ来てこれだけ爆発的に広がっているのは、現実に世の中で非常に容易に、いろいろな活用が可能になったからです。

 

「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」文部科学省/2019年11月
「AI戦略等を踏まえたAI人材の育成について」文部科学省/2019年11月

※クリックすると拡大します

 

 

かつてのAIの研究は、専門の人だけが、いろいろな研究や開発をしたり、可能性を探ったり、という感じでしたが、社会の様々な課題の解決や、産業や企業の競争力強化にどのように使えばよいか、というところに焦点が移ってきました。

 

そうなったことで、今までのようにAIを専門に学ぶ理系の学生だけではなく、全ての学生に基本的なAIのリテラシーを身に付けてほしいということになりました。プログラミング教育が必修になったとき、「なぜプログラミング教育をするのか」という問いに対して、「自動販売機やロボット掃除機というものは、便利な魔法の箱ではなく、裏にきちんとした仕組みがあって動いていることを皆が理解できるようになってほしい。それによって、さらにいろいろな応用や活用ができるようになる」という説明がありました。AIについても同様です。

 

「AIというのは、何かよくわからないけれど、いろいろなことができるすごいものだ」というのでなく、やはり裏に何らかの仕組みがあることを理解して、「だったらこういったことにも使えるね」ということが考えられる人材を広く育てていくというのが、AI人材育成の目標です。ですから、全員が全員、より高度なAIを開発するのに携わることを目指すということではありません。

 

■大学でのAI基礎教育は、どのような形で広がるのでしょうか。

 

中野さん:あらゆる分野の学生がAIリテラシーを学ぶようにするというのがポイントですから、大学の教育現場では、文系・理系を超えて分野を問わない基本的なAIのリテラシー教育が必要になります。

今は、多くの大学で入学直後にパソコンの使い方やセキュリティ、ネットワークの基本などを学ぶICTの基礎教育を行っています。ただ、大学教育なので、共通のカリキュラムがあるわけではありません。ICTの基礎教育の中でAIの基本的なリテラシーを学ぶというのが、当面の現実的な取り組みでしょう。

もちろん従来と同様に、理系の様々な分野ではAI自体を研究のテーマにすることとなります。国はこのような分野の研究も拡充しようとしていますから、AIそのものの研究に携わる学生は、従来よりも増えていくと思います。

 

■今後小中高で一人1台の情報端末による学習が進めば、高校や大学などでのAI基礎教育の内容も変わっていくのでしょうか。

 

中野さん:大学のICT基礎教育の現状には、いろいろな課題があります。今は小学生でもパソコンを使います。中高でもパソコンやOfficeソフトなどを授業で扱っています。そこで本当にきっちり学んでいれば、大学ではパソコンやOfficeソフトの使い方の授業は必要ないはずです。ところが、現状は必ずしもそうなっていません。

 

大学での学習・研究に必要なスキルなので、多くの大学で、やむなくパソコンやOfficeソフトの使い方を学ぶ授業を展開しています。

 

今後、小中高での1人1台の情報端末による学習が進めば、ほとんどの学生がパソコンやOfficeソフトのスキルを身に付けて大学に入学するようになるでしょう。そうなれば、半年間や1年間のICT基礎教育の中で、AIの学習により多くの時間を割けるようになります。

 

本来は、大学の4年間でどのようなAIリテラシーを身に付けるかを明確にして、それに沿ったカリキュラムを整備して学生が学べるようにするというのが理想です。しかし現状では、学生に求められるAIリテラシーとは何か、文系も含めてICTやプログラミングの知識や経験に乏しい学生にどのように教えたらよいのか、そもそも誰が教えるのか、ということの解が見つかっていません。

 

先ほどお話ししたように、まずは各大学で実施しているICT基礎教育の中で、AIの基本について、少しでも取り上げることからスタートして、徐々に仕組みを整えていくのが現実的なアプローチでしょう。

 

■具体的には、どこからAI基礎教育をスタートすればよいのでしょうか。これは高校の教科「情報」でのAIの学習にもつながりますし、先生方も一番お知りになりたいところと思いますが。

 

中野さん:AIの様々な関連技術の中で現在、中心となっているのは機械学習です。コンピューターに何かをさせるとき、従来の手法では人が一つひとつプログラミングします。例えば、コンピューターに犬と猫を画像認識で判別させようとした場合、「猫だったら耳がとがっている」とか、「犬だったら鼻はこんな形だ」というルールを一つずつプログラムで書く必要があるわけです。

 

しかし、これは実際は非常に大変です。犬も猫も、いろいろな種類がいます。大きければ犬かというと、そういうわけではない。色も様々です。しかし人間は、小さい子どもでも、ある時期から犬か猫かが大体わかるようになります。これは、子どもの頃からたくさんの犬や猫を見ている中で「これは犬だよ」「これは猫だよ」ということを教わって、自然に判別できるようになってくるからです。

 

今、多くのAIに使われている機械学習もこれと同じ仕組みです。例えば犬と猫の判別であれば、たくさんの犬と猫の画像を用意します。そして、これらの画像を処理することによって、コンピューターが自ら犬と猫の特徴を見つけ出して学習します。次からは最初に教えた画像の中になかったものであっても、犬か猫かを高い確率で判別できるようになります。

 

機械学習の基本的な仕組み。「基礎から学ぶICTリテラシー」(日経BP)の解説図を許可を得て掲載
機械学習の基本的な仕組み。「基礎から学ぶICTリテラシー」(日経BP)の解説図を許可を得て掲載

 

機械学習はニューラルネットワークという、人間の脳の仕組みからヒントを得た技術を利用しています。こうした機械学習を学生が実習を通じて体験すると、様々な気づきが生まれます。

 

例えば、機械学習では、判別のためのルールをコンピューターに覚えさせるのが大事なのではなく、いろいろな犬や猫のデータを「これは犬だ」「これは猫だ」という情報とともに集めることが大事なのだ、ということがわかります。この延長で、大量のデータを分析することによって、いろいろな知見が得られたり、サービスに使えたりすることを実感できます。こうした学習を通じて、「ビッグデータ」の意味や重要性の理解も進みます。

 

■実際に大学でAI基礎教育の授業を実施したそうですね。どのような、授業だったのですか。

 

中野さん:2019年にいくつかの大学で、弊社が開発したAIプログラムを利用した授業を実施しました。私自身が担当した授業もありますし、大学の教員が弊社のAIプログラムを利用して実施した授業もあります。時間は90分程度の授業が1~2回です。

 

授業では最初に、AI活用の事例や機械学習の仕組みなどについて簡単に説明します。次に、AIプログラムを使って、画像の機械学習を体験します。そうすると学生は、機械学習のためにデータを集めることの大事さがわかりますし、データを入れれば人工知能はほんの数分で画像を判別できるようになるということを、実感します。

 

また、世の中での機械学習の活用事例も紹介します。例えば学生食堂では、来店者が食品を選んでトレーに乗せてレジに行きます。レジの担当者は、食品を一つひとつ見て金額を打ち込んで、合計金額を出します。画像判別のAI技術を使えば、カメラの下にトレーを置いて、AIがトレーの上の食品を判別して、合計金額を瞬時に出すことができます。これをキャッシュレスで支払う仕組みにすれば、レジにできる行列を減らすことができます。

 

こうした実習や説明の後に、ではこういった技術は、どんな場面で使えるだろう、というテーマでディスカッションをします。すると、学生から、機械学習を利用したサービスのいろいろなアイデアが出てきます。90分授業1コマでこのあたりまでできます。

 

1人1台のパソコンがある大学では、実際に学生が自分なりのテーマで画像を集めて分析し、その結果をレポートにまとめたり、ほかの学生の前でプレゼンしたりという授業も実施しました。こうした授業を通じて、AIはブラックボックスではなくて、うまく使いこなせばいろんな可能性がある、アイデアは自分でも出せるということを、学生に実感してもらえると思います。こういった授業は、パソコンや適切なツールを使うことで、どこの大学でも実施できるのではないでしょうか。

 

AI基礎教育の授業風景

宮城教育大学
宮城教育大学
大阪工業大学
大阪工業大学

 

■今のような内容であれば、大学生や高校生だけでなく、小学生や中学生でもできるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

 

中野さん:いろいろな画像をAIに覚えさせてみようという活動だけなら、小学生でもできるでしょう。AIに触れてみる体験としては、それだけでも効果はあると思います。しかし、「画像データを入れてみました。判別できるようになりました。面白かったです」だけでなく、基本的なことであっても、裏でどういった処理がなされているのかということについて、一緒に学んだほうがよいと思います。

 

半年とか1年間の授業ができれば、AIの仕組みをより深く学んだり、簡単なプログラムを自分で書いて処理させたり、といったことまでできるでしょう。

 

社会に出てAIを利用したサービスなどを実現する際は、プログラムを書いたり、システムの細かいところを作り込んだりするのは専門の人や会社が担いますので、理系で専門的に学ぶ人以外は、そこまで詳しく学ぶことは必要ありません。それでも、AI利用のプログラミングを体験することは、どのような専攻の学生にとってもプラスになるでしょう。半年とか1年の授業であれば、こうした内容を盛り込むことが可能でしょう。

 

■この画像判別で使う画像というのは、大体どれぐらい準備すればよいのでしょうか。何万枚も見せて学習させる、というイメージがありますが。

 

中野さん:今回の授業は、日経BPの『日経ソフトウエア』という専門媒体が開発したAIプログラムの「ちのちゃん」を使いました。何を判別させるかによって、必要な画像の数は変わってきますが、20~30枚の画像があれば、それなりの精度で分析することができます。

 

このソフトは、学習させたい画像をフォルダーに入れて実行するだけで、その画像をAIが学びます。例えば、缶とペットボトルを判別させたい場合は、「缶」「ペットボトル」という名前のフォルダー名を作って、その中にそれぞれの画像を入れて学習させます。学生が自分のスマホで撮った画像でも、画像検索をかけて集めた写真データでもかまいません。缶とペットボトルであれば、それぞれ30枚程度で判別ができるようになりました。

 


「ちのちゃん」ではあらかじめ、犬と猫の判別用のサンプルデータを用意しています。これは、それぞれ100枚あります。サンプルデータには、全身の写真や顔のアップなど、様々な画像があります。このデータを学習させれば、判定させる写真が顔だけでも全身でも、ほぼ正しく判別できるようになります。

 


この種のAIプログラムはたくさん出ていますが、ユーザー登録やクレジットカードが必要だったり、多少プログラミングの知識がないと使えなかったり、と初心者の学生が使うにはハードルが高いものがほとんどです。「ちのちゃん」は、パソコン上ですぐに使えるので、機械学習の本質を短期間で体験するのに向いています。

 

私たちは、日経BPのICT関連の雑誌記事や書籍などのコンテンツを利用できる「日経パソコンEdu」というクラウド型教育コンテンツ提供サービスを展開しています。日経パソコンEduは、多くの高校や大学の授業で採用いただいています。こうした教育機関には、「ちのちゃん」を無償で提供しています。

 

「日経パソコンEdu」の紹介ページ

https://nkbp.jp/npcedu

 

 

■「ちのちゃん」を高校でつかうとしたら、どんな活動ができるでしょうか。新しい学習指導要領の「情報I」でもAIについて触れる部分があります。どんな単元で使えるかご紹介いただけますか。

 

中野さん:現在の大学の情報教育の課題は、他教科のように小中高で学んだ土台の上に大学の専門教育があるというような形になっていないことです。

 

AIになるとこれがさらに顕著になります。今まで全くどこでも教えられていなかったものを、高校でも大学でも同時に新たに始めることになるので、「高校でここまでやったから、大学ではその続きからやります」という形には全くなっていません。当面はそれぞれ別個に基本から教える、ということになるでしょう。

 

そう考えると、実は高校の方が、大学よりきっちり体系的にやりやすいという面があると思います。高校は「情報」という教科があって担当の教員がいるからです。新学習指導要領の「情報I」あるいは「情報II」の中で、AIの基本的な知識を学んだり、実際にAIを使った問題解決を体験したりできるでしょう。

 

情報Iの単元の中で、どこに位置付けるか、ということについては、特にここでなければダメ、ということはないと思います。先ほどご紹介した大学の例では、学生が実際に自分達で画像処理をする体験を通して、こういった技術には様々な可能性があることを実感して、AI活用の多くのアイデアを提案していました。そういう意味では、「(1)情報社会の問題解決」で、社会の中で情報技術がどのように使われているかを学ぶ一環で、AIを取り上げるのも効果的ですね。

 

もちろん、「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」でデータの活用という観点で扱っていただいてもよいですし、さらにちょっと高度になりますが、「(3)コンピュータとプログラミング」で機械学習を実行するプログラミングに挑戦する、ということもできます。日経パソコンEduでは、いろいろな種類のAI関連教材を提供しています。教員の工夫次第で、いろいろなところで使っていただけると思います。

 

情報という教科の大きな特徴は、世の中の情報技術活用の動きに合わせて、内容が常にアップデートされていることです。

 

今まさにAI技術が社会で多く使われるようになって、様々な発展を遂げようとしています。そういったものに触れる経験をうまく授業の中で取り込んでいただくことで、教科「情報」が目指すものを実現できるのではないでしょうか。