研究

あえて図書館貸出記録を用いたデータベース教育の提案

~情報社会とプライバシーを意識させることができる格好の素材

和歌山大学附属図書館 特任助教 岡田大輔先生(元 情報科非常勤講師)


豊中市桜井谷東小学校 学校司書 頭師康一郎先生

東京家政学院大学 講師 新海公昭先生


岡田大輔先生
岡田大輔先生

現行の「情報の科学」のいくつかの教科書には、データベースの実習の題材として「学校図書館の貸出記録」を使った例が載っています。しかし、この貸出記録は、プライバシーであるため、他人が勝手に見ることは適切ではありません。だからと言って「それでは、架空の貸し出し記録であっても使うのはやめよう」ではなく、適切に架空の貸し出し記録を準備することによって、プライバシー問題も含めてデータベース教育に活用しよう、という提案です。
 
本来貸出記録は他人が見てはならないものだが…


図書館の貸出は、昔は貸出カードに名前が残るため、誰が・いつ、その本を借りたのかがわかりました。しかし、プライバシー、ひいては民主主義を守るために、「利用者の読書事実を外部に漏らさない」ことに取り組み、コンピュータ導入が進んだ現在では、返却後の記録を消去する実装するソフトが多くあります。そして、図書委員であっても、「生徒は他人の貸出記録を見てはならない」とされています(※)。


※実際には、ある程度の期間はバックアップに貸出記録は残ります。また、教育の面から教員用に貸出記録をわざと残している学校図書館用のソフトもあります。

 


貸出記録を見ることによっって、例えばその人が何か持病があるらしいとか、家庭内で問題があるようだ、といったプライバシーが漏れてしまうことなど、さまざまな問題があります。しかし、現在の教科書の記述では、「本来貸出記録は他人が見てはいけないものである」ということが、生徒だけでなく情報の先生に伝わりにくい、というのが実感です。


「だったら、貸出記録を使わなければいい」というのは簡単です。しかし、貸出記録の他に、学習指導要領で身近なデータベースの例として紹介されているのは、「携帯電話の電話帳・アドレス帳」「学校の進路情報」「コンビニなどのPOSシステム」など、いずれも貸出記録以上にプライバシーの問題があったり、Excelの1シートにおさまるなど、データベースの本質を伝えにくいものばかり。ただでさえ難しいデータベースの教育で、貸出記録は、生徒に身近で使い勝手もよく、非常に優れた素材なのです。

 

あえて、貸出記録を教材にしてみたい!


一方で、インターネットショッピングやポイントカードなどでは、大量のデータを統計的手法で解析するデータマイニングが行われ、ビジネスに活用されています。将来のビジネスのためにと言うだけでなく、ユーザーとしても、これがどのような仕組みに基づいているかを学んでおくことは不可欠です。ですから、私達は実習用の架空の貸出記録を作り、データベースの授業を行うことを提案します。「図書館の貸出記録」と「データマイニング」の2つを比較しながら、データベースの作業を体験し、最終的には「学校図書館でデータマイニングする」ことを題材に、情報社会とプライバシーについて考えさせたいです。

 

図書館のデータベースは、貸出の際に「所蔵資料リスト」と「利用者リスト」を「貸出記録でつなぐ」など、リレーショナル構造でデータベースを設計することが生徒が理解しやすい、というメリットがあります。さらに、結合・選択・射影といったコマンドの入力を、実際にデータベースの何を操作しているのかを意識させながら指導することができます。

 

さらに、これらの操作を経験することで、情報が漏えいしたり喪失したりすることのリスクとはどういうことか、ということも実感させられます。例えば、貸出記録の貸出者名を逆引きできない番号に置換したとしても、「●●という作家の本をよく借りている人が、医学部進学の手引書もよく借りている。●●をよく読んでいるのは▲▲君だから、彼は医学部を受験するんだ」ということがわかってしまうね、ということです。


現在のところ、学校現場でデータマイニングを行えるソフトや大規模なデータは見当たりません。そのため「ごくわずかのデータを目視で分析する」「ビックデータやポイントカードについては教員の説明を聞く」に留まっているなど、まだまだ改善点は残されています。


以上の教育効果を見込んだ『架空の貸出記録』と指導の流れ(下記よりダウンロードしてください)は、すでにできていますので、ぜひ現場で実践して、ご意見をいただける先生を募集しています。

 

指導の流れ案.pdf
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※本記事は、全国高等学校情報教育研究会 第6回全国大会(2013年8月9日・10日、京都大学にて)でお話しされた内容です。