事例48

価値観の交流を通して考えるプライバシーリスク

行動変容につながる情報モラルの授業

大阪府立東百舌鳥高等学校 勝田浩次先生 稲川孝司先生 北野堅司先生

勝田浩次先生
勝田浩次先生

SNS利用におけるトラブルが多発し、情報モラル教育の充実が求められる中、とりわけ高校生に必要とされるプライバシー・個人情報流出、不適切公開(プライバシーリスク)に関するリテラシーを身につけてもらう授業をしました。「どこまでが個人情報?」という自作の教材を使用しながら、お互いの価値観の交流を通じて個人情報の公開について考えます。

 

SNSトラブルを防ぐためにプライバシーリスクを知る

まずは高校生たちの現状を知るために、大阪府立学校人権教育研究会が毎年行っている大阪府内の高校2年生約3000人を対象にしたアンケートの調査結果をご紹介します。昨年度の調査によると、携帯電話・スマートフォンいずれかを所有している生徒は97.8%、そのうちスマートフォン所有者は約90%ですから、ほとんどの生徒の手元にスマートフォンがあることがわかります。

主な利用法として最も多いのがソーシャルメディアで85.1%、その種類としてはLINEとTwitterが中心です。

このような結果から高校生は大変身近に情報発信と情報収集ができる環境が整っていることがわかりますが、同時にこの環境を起因としたトラブルが多いことも事実です。

 

トラブル発生の背景を詳しく見てみましょう。総務省が高校生のインターネット・リテラシーの指標『ILAS』を定義し、テストにより測り、結果を公表しています。ILAS(Internet Literacy Assessment indicator for Students:青少年がインターネットを安全に安心して活用するためのリテラシー指標)には、3つの柱があります。1つめは、インターネット上の違法コンテンツ、有害コンテンツに対処できる能力、2つめは、インターネット上で適切にコミュニケーションできる能力、そして3つめに、プライバシー保護や適切なセキュリティ対策ができる能力です。

 

ILASがこの3つの柱に対するテストの正答率を調べた結果、全体的に数値が低かったのは3つめのプライバシー・セキュリティに関する項目でした。実際に高校生の間では、SNSでのプライバシーの暴露や個人情報の流出といったトラブルが後を絶ちません。電車内での乗客の無断撮影や、いわゆるいたずら自慢のような写真をアップする、実名のついた友人の写真を晒すといった実例からもわかるように、プライバシーへの危機管理が大変ずさんに行われています。子どもたちは、今一度、プライバシーリスクについて考える必要があると考えます。

 

他者の価値観を理解して行動変容へ

静岡大学の酒井郷平先生らは『情報モラル教育においては子どもの行動変容を促すことが重要であり、危険性を知識として子どもたちに伝える情報モラル教育だけでは、危険性を理解できるものの、問題への意識や自覚を持ちにくいため、自身の行動を見直すことにはつながりにくい』と言っておられます。つまり、情報モラル教育では、危険性を知識として伝えるだけではなく、行動変容を促すところまで行う必要があるということだと考えます。知識だけが手に入っても、行動につながらなければ意味がありません。企業の方に講演をしてもらうといった危険性の注意喚起は、すでに十分なされているはずです。教員は、あれはダメ、これはダメとルールを定めて規制するだけではなく、生徒の主体的な行動につながる次の一手を考える必要があると考えております。

 

行動変容を促す時に注目したいのが、他者の存在です。自らの価値観だけでなく、多様な他者の価値観に触れることで、自身を見直してより良い行動へつながると考えます。図を使って説明すると、青く囲った部分、つまり自分の価値観だけで全てを判断した場合は、自分と重ならない価値観の他者に対して知らないうちに不快な思いをさせてしまうかもしれません。しかし例えば赤く囲った異なる価値観の人と交流して共通点や相違点を見つけることができれば、2つの円の中で自分の行動を広く見直して、もっと適切な行動を自身に促すことができるでしょう。他者と価値観を交えることで「自分にとっては大事ではない情報も、相手にとっては大事かもしれない」と想像できるようになるはずです。またその逆も然りで、「自分にとって大したことがないと思った情報が、他の人にとっては重要である」という可能性もあります。

 

価値観の多様性に気づく「どこまでが個人情報?」 

プライバシーリスクという課題に対して、知識としてではなく実際に自身の行動を見返すことにつながり、なおかつ他者との関わりの中で価値観の相違に気づくことを目的として「どこまでが個人情報?」という教材を作成しました。日常的にSNSに書き込んでいるような内容に関して、他者と意見を交え、自分の中の価値基準を見直してもらえたらと思い、作りました。

教材を具体的に説明していきます。教材はワークシート・情報カード・まとめシートの3枚がセットになっています。ワークシートは「知られてもよい」「知られたくない」という2つの軸で区切られています。また、それぞれの軸で、「知られてもよい度・知られたくない度」の度合いの強さで重み付けができるようにしました。この重み付けを活用してどの程度、その情報を公開してもよい/したくないと思っているのかといったグレーゾーンもマッピングしてもらいます。

 

情報カードには、「名前」・「高校名」・「生年月日」・「みんなで撮った集合写真」といった、高校生がSNSに投稿しがちな情報をカードとして用意しています。この情報カードを、トランプのように一人ずつに配布し、準備が完了です。

 

全員に情報カードが行きわたったら、グループの中で、それぞれの情報カードがワークシートのどこに当てはまるかを考えながら、1人1枚ずつ順番にカードを配置していきます。配置する際は自分のカードがなぜその位置なのか、理由をしっかり伝えます。この時に、他者の発言に対して批判や意見は一切しません。つまり、自分の価値観で情報カードを配置していきます。

全てのカードを配置したら、次に話し合いです。先ほどの情報カードを配置する際に、理由を聞いても納得できなかった、つまり、自分の考えと異なった配置になった情報カードについて話し合っていきます。この話し合いで、みんなが納得した場合は、情報カードの位置を修正することも可能です。他の人が情報カードを配置した場所への違和感について話し合わせることで、自分とは異なる価値観を持っている人がいることに気づいてもらいます。だいたい一度話し合いが落ち着いてきた段階で、こちらからの情報提供なども行います。

 

最後には、全てのグループに、まとめシートにまとめた「個人情報を扱う際には・・・」というクラスへの提言を発表してもらいます。グループの中だけでなく、クラス全体で考えた内容を共有することで、さらに別の価値観に触れることもできます。

 

実際に生徒たちが情報カードを配置したワークシートを紹介します。生徒からは「血液型や出席番号は知られても良い」「住所は知られたくない」といった意見が次々に出ていました。中には「全部知られても構わない」というグループもありましたが、「例えばTwitterで、高校名と何期生とか、組み合わせて検索したら自分のアカウントが出てくるかもしれへんで」と、組み合わせの重要性を説明すると、話し合いをやり直していました。 

ワークシートはこちらからダウンロードできます
どこまでが個人情報.pdf
Adobe Acrobat ドキュメント 679.8 KB

授業での新たな発見から行動変容へ

授業後の生徒の「学んだこと・考えたこと」コメントを紹介します。「自分がいいと思うことと他人がいいと思うことは違うということ(に気づいた)」「他人の個人情報はもちろんだし、自分の個人情報も守らないといけないし、守ってもらわないといけない」といったコメントは、実際に他者との価値観の相違に気づいたと解釈して良いかと思います。また「今日は公開してもよい・よくない情報について考えました。これを通して、自分の独断だけで決定してしまうと、自分だけでなく相手も被害に巻き込まれたり、迷惑になったりしまうことがあるので、相手のプライバシーも尊重しながら考えないといけないと学んだ」というコメントからは、SNSでの自分の発言には相手も含まれるのだから相手のプライバシーも尊重するということが必要だということをわかってもらえたのだと思います。

最後に「◯◯期生や、中学校名は、フォロワーさんとの共通点を見つけられていいと思うので、別に載せても大丈夫と思いました。親友(の写真)やLINEの友達一覧はその友達が困ると思うので、許可がないと載せない方がいいと思いました。」というコメントは、目的を考えて公開する内容を調整した方が良いということです。インターネットで情報を公開することでどんな人とつがりたいのか、その目的や意味について考えてもらえたようです。

この授業での話し合いを通して、多くの生徒が自分を見直すきっかけとなるような新しい発見や気づきを得ていたのではないかと考えます。他者と価値観を交流させることで、新たな気づきがあり、自分自身の行動について改めて考えてもらうことができたのではないかと思います。

 

最後に、高校生たちがインターネットのあり方を考える高校生ICT Conferenceという会議が全国で毎年夏から秋にかけて行われています。大人からインターネットの活用についてルールを決められ、規制されて使用するのではなく、高校生が自分たちで適切なインターネット活用について考え、自分たちの身を守っていくという考えのもと、高校生同士がインターネット上でのトラブルの予防や対策を話し合い、最終的には政府に提言することでより良いインターネット利用環境の構築を目指しています。興味のある高校生・先生はぜひご参加いただければと思います。

 

高校生ICT Conference2016

http://www.good-net.jp/ict-conference/2016/

 

 

[質疑応答]

質問1:ワーク作業時の情報提供についてお聞きしたいのですが、こんな情報が公開されているという説明では実際にエゴサーチのようなことをするのでしょうか。また作業のどのタイミングで行っているのでしょうか。

 

勝田先生:エゴサーチはしません。しかしながら、インターネットで「東百舌鳥高校高校 Twitter ○期生」と検索して結果一覧を見せています。情報の組み合わせの問題などに気づいてもらうためです。タイミングとしては、だいたいのチームが話し合いに行き詰まった時など、ワークの途中に話題提供の時間を挟んでいます。

 

 

質問2:できる限り生徒たち自身で考えて欲しいという時に、個人情報の公開に関して、これはまずいんじゃないかという発言や意見が生徒からあった場合は、どの程度先生の側で対応したり説明したりしているのか、あるいは完全に生徒に任せるのかを教えていただけますか。

 

勝田先生:個人情報公開の良し悪しに関しては基本的にあまり言わないようにしています。この授業で意識して欲しいのは、自分と他者が個人情報を交換する時に起こり得る問題についてなので。ただ、個人情報公開には生徒たちだけでは想像もつかないようなデメリットがあることも事実なので、情報提供としてある程度の説明はしています。

誹謗中傷の類はまた別の例だとは思いますが、例えば就職試験や内部告発についての話をすることで、SNSは閉鎖的な空間ではないと説明したり、Instagramの写真の転載問題や、予備校の合格実績の写真などによるSNS上での個人の特定などの事例を話したりしています。

 

 

質問3:今回の授業の結果として、生徒に行動変容のようなものは見られたでしょうか。また、そういったものを評価する手立ては何かありますか。

 

勝田先生:事前に調査をしていたわけではないので、今のところは生徒自身が記述している「自分の中でこういったことを考えるようになった」といった部分で生徒の変容を判断しています。ただ、1学期での授業の後にSNSでの大きなトラブルは起きていないと聞いています。そういった面で、ある程度は評価できるのかと思います。とは言っても、学年が進むにつれて忘れていくと思うので、こういうものを定期的にやらないといけないのかもしれません。

 

※全国高等学校情報教育研究会 第9回神奈川大会 分科会発表より